夏に取り残されて
後一歩でした。
でも、頑張りましたね。
そんなこと言われたって、何にもならない。
結局のところ私達は負けて、結局のところ私達は今年も夢を叶えられなかったのだ。
つまり、甲子園に行けなかった。
どこか遠くに現状を見ている私がいた。
三年間全てを賭けた仲間達は涙を流し、その場に崩れ落ちていく。
後輩達はグッ、と何かを噛み締め涙を見せないようにと振舞っていた。
私はベンチから動けずに、だけれど顔を隠すこともなくその場で涙を零す。
全ての光景を焼き付けようとするように、目を逸らすことなく泣き続ける。
隣では三年間一緒に皆を支えていた、マネージャー仲間が膝に顔を埋めるようにして、啜り泣く声が響いていた。
***
「おはよ!」
登校中に見掛けた広い背中に駆け寄って、勢い良く平手を叩き込む。
すると相手は大袈裟なまでに肩を跳ねさせて、私の平手と同じくらいの勢いで振り返り吠える。
「朝から何なんだお前は!!」
ガシッ、と私よりも全然大きくて骨張った手が、私の頭を鷲掴みにして圧をかけ始めた。
僅かに骨の軋むような音がする。
ちょっと力を入れ過ぎだと思い、軽く私の頭の上にある手を叩く。
こうしてヘラヘラしていられるのも、後少しなんだと思うとあの日に似た思いが、胸の中でふつふつと沸き立ってくる。
『俺達の夏が終わった』なんて、小説とか何かのフレーズでよく見かけるそれを、自分達が実感するなんて思っても見なかった。
私達の夏も終わり、季節としての夏も終わり、完全に秋にシフトチェンジされた今日この頃。
風も枯れ草の匂いを混ぜていて、頬を冷やすように撫でていく。
「そんなに吠えないの」
「お前のせいだろうが」
このやりとりも、卒業までかと思うと何か来るものがあるけれど、それはやっぱりまだ少し先なような気もする。
軽そうなエナメルバッグを肩にかけた彼は、溜息を吐き出して私の頭から手を下ろした。
それを見届けた私は、代わりにとでも言わんばかりに彼のエナメルバッグの肩紐部分を掴んで、彼と並ぶようにして歩き出す。
部活を引退しているから、当然ながら朝練というものはないわけで、普通通りに普通の生徒と同じように登校をする。
「部活終わってから少しお肉ついた?」
「そりゃ、お前の方だろ」
「うわ!セクハラだ」
ツンッ、と彼の脇腹を指先で突っつけば、布越しに硬い筋肉を感じた。
無駄なお肉なんて付きません、と主張しているようで、少しイラッとしたのは言うまでもない。
そんな私の心中を知ってか知らずか、セクハラまがいなことを言う彼に、思い切り舌を出す。
ついでにエナメルバッグを掴みながら、脇腹を突っついていた手を手刀に切り替え、叩き込んでおく。
痛みで呻いた彼だが、ぶっちゃけ私の手も悲鳴を上げているので痛み分けだろう。
手を自分の方へと戻して、もう片方の手で撫でる。
硬い硬い筋肉に彼の努力を見た。
三年間がむしゃらに走ってきたことを知っているし、私も同じように走ってきた自覚がある。
部活を引退して時間の使い方が分からなくなった。
有り余る時間をどう使っていいのか分からずに、何をしたらいいんだろうと首を傾けることが多い。
自由が全く自由に感じないのだ。
朝練がなくなったのに、起きる時間は変わらない。
セットしたはずの目覚ましよりも、全然早く起きてしまうのだ。
結局朝は時間を大いに余らせて、ダラダラと用意をして学校に向かう。
放課後にグラウンドへ向かうことはほぼない。
ジャージに着替えて、皆をサポートすることなんてなくなってしまって、グラウンドから聞こえる声に胸が締め付けられる。
「さみしい、ね」
枯葉が舞う。
小さく呟いた声が届いても届かなくても、この際どうでも良かった。
ただ吐き出したかっただけ。
努力をしている彼を見てきた。
彼らをずっとサポートしてきた。
同じ目標を持って走り続けた。
それがなくなった時、私達の夏が終わった時、その先へ進むことが上手く出来ない。
時間は等しく平等に流れていくのに、それに上手く乗り切れていないのが分かる。
何度も何度もあの日から繰り返し見る悪夢のような思い出。
今日も変わらずにその夢を見て、思い出して、朝から深い溜息が漏れた。
あの日の彼の涙は今でも覚えている。
決して忘れる事は出来ないだろう。
「寂しいな」
届いていた。
聞こえていた。
彼の言葉に、あの日と同じように涙が出そうになった。