ナポリタン
「なるほど、ナポリタンね……」
黒髪を立たせた男がため息を吐いた。
それに対し、金髪碧眼の女が不思議そうな顔を見せた。
「ナポリタン……? それはどういう料理なの?」
「お前さんの故郷、ナポリで生まれた料理じゃないのか?」
「そんな料理ないっての! 馬鹿にしないで!」
女性は見るからに不機嫌そうな顔を見せた。
俺は職業、探偵だ。さて、遡ること数日前、殺人事件が発生して、知人の刑事にその手伝いを依頼された。殺されたのはイタリア料理店の店主である。彼は何かを口にした後に、刺殺され息を引き取った。その最後に食べた料理がナポリタンだったというわけである。
「なんでも、オーナーは弟子が店を出すことに反対していたらしい。片方は喫茶店を出店しようとしていた佐々木。そしてもう片方は本格イタリア料理を出す店、加藤だった。恐らくその内、どちらかの料理を食べて、オーナーは口論となり、刺殺されたんだ」
「じゃあ、考えるまでもなく犯人は喫茶店の佐々木じゃない。ナポリタンって料理は喫茶店で出すのが普通じゃないの?」
「いや、そうとも限らない。佐々木はナポリタンに妙なこだわりを見せていたようなんだ」
「妙なこだわり?」
「それは、ケチャップを使わないということさ」
女性はため息をついた。
「……当たり前でしょ! そんなの!」
「ところがナポリタンという料理は日本独自の料理だから、ケチャップは必ず使用する。それを佐々木はトマトソースを煮込んで使ったんだ」
「でも、その味が気に入らなかったから口論になったんじゃないの?」
「ところが加藤の料理店では、必ずあるものを使用することを推奨していた。これも口論になりかねない」
「なに、あるものって」
「タバスコだよ。本場イタリアではタバスコは用いられず、唐辛子を漬けたオリーブオイルを使用する。でも、加藤はタバスコを使ったんだ」
「……ええと、喫茶店の佐々木はトマトソースにタバスコ未使用のナポリタン、でイタリア料理店の加藤はケチャップにタバスコのナポリタンってこと?」
「そうだ」
「……あべこべじゃない! こだわりどころが真逆でしょ!」
「これが完全に逆なら、たぶん口論にもならなかったろう。しかし本格イタリア料理店の店主だ、どっちも気に入らなかったに違いないんだ」
「うーん、確かにそうね……。私もナポリ出身だし、複雑な気持ちだわ……。ところで店主は何人だったの?」
「メキシコ人だ」
女は怪訝な顔をした。
「本格イタリア料理店の店主がメキシコ人……?」
「別に海外にある和食店のオーナーが現地人だろうとおかしくないだろう。似たようなものじゃないか?」
「まあ、そうだけど……。でも私なんとなくわかっちゃった気がするんだけどこの事件」
「えっ? どういうことだい?」
「そこにタバスコの瓶はあったの?」
「ああ、あった。……これだ」
「ああ……やっぱり」
女は眉間に皺を寄せた。
「加藤が犯人だと思うわ。見てこの瓶、ハバネロのタバスコよ。メキシコ人は人一倍タバスコにはうるさいもの。こんなに辛いものをめいっぱいぶちまけたナポリタンなんて、冒涜だと思って口論になったのよ……。人種の壁が産んだ悲しい事件ね」
「そうか! なるほどそうだったのか!」
「ところで、佐々木と加藤の関係は?」
「ああ、オーナーのラファエロ・カルロの今の奥さんは佐々木と縁があってね。佐々木の元奥さんがオーナーの奥さんなんだ。夫婦揃ってラファエロの店で働き始めたが、佐々木は昔から喫茶店を経営したがっていた。その出資をラファエロが持ちかけてくれたが、そのうちに出資したものの、店がなかなか出せないことが明らかになってね。ラファエロは怒り、それをなだめる内に佐々木の元奥さんとオーナーは親密になって、しまいには結婚してしまったんだ。佐々木はその怒りを長年ため込んでいたけれど、出資された以上店を辞めることもできず、悶々とした日々を送っていた。そんな矢先どうにか店を出すことができるほど資金が貯まった。そして、佐々木は店を辞める最後の日にナポリタンを作ったんだ。その店では絶対に使わないケチャップを使用し、ハバネロをたっぷりかけた、オーナーの気持ちを蹂躙したナポリタンをね」
「……って、前提条件が崩れてるじゃないの! そんなのわからないわよ!」
女は立ち上がって男を怒鳴りつけた。
「おっと、言い忘れて悪かった」
「だからナポリタンなんて嫌い! 元からその国にないものを勝手に作るなんて冒涜だわ!」
「悪かったよ。帰りに何かおごろう」
「そうね、じゃあ台湾ラーメンのアメリカンが食べたいわ」
「……わかった。もう何も言わない」