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その後も情報収集を続けるケネトを尻目に、とりあえずアンネリカは依頼達成をギルドに伝えることにした。
受付には依頼を受けた時と同じく、クリスタが座っていた。クリスタはアンネリカが帰ってきたことにふわりと柔らかな笑みを見せた。
「おかえりなさい、アンネリカさん」
「えぇ、ただいま。依頼達成よ」
村長から受け取っていた書類を手渡す。書類の内容はアンネリカから得た穴の情報と、依頼が達成されたことを認定する村長のサインだ。
クリスタも書類がなんなのか、想像がついているので軽く目を通すだけで確認を終えた。アンネリカからギルドカードを受け取り、魔道具へ通す。すると今度はカードに記載されていた依頼の文字が消えていた。
「こちらが報酬です。中身を確認しておいてくださいね」
依頼の文字に代わって手渡された硬貨が報酬額と合致するのを見て懐にしまう。
これからどうしようかと考えてケネトの言葉を思い出す。
──元の生活に戻る。
しかしアンネリカは、はいそうですか、とその言葉を鵜呑みにはできない。なんとか魔人やダンジョンについて知らせることができないものかと思案する。
仮に教えたことが露見すれば、被害を被るのはアンネリカだけではない。それが一番怖いところだ。
身近に危険が迫っていることを伝え、なおかつ、それを教えたと悟らせないこと。そんな巧い手段はあるだろうか。
「どうかしました? 何か悩み事ですか?」
クリスタが受付から見上げるように顔色を窺ってくる。その様子を見て、アンネリカは1つ案を思いついた。
言えないなら、気がついてもらえばいいのではないだろうか。思わせぶりな態度をとって自分を調べてもらうのだ。
死人だとバレれば自分で殺さなければならなくなるので、そこだけ死守すればいい。
「ちょっとね……。まあ、何とかなるから大丈夫だと思うわ。クリスタは気にしないで受付やってなさい」
気にしないで、と言われてもクリスタは気にしてしまうことだろう。何やら騙しているようで罪悪感がわいてくるが、仕方が無いと割り切る。
これはクリスタたちを守るためでもあるのだと自分を納得させた。
「……?」
いつもと様子の違うアンネリカに何やら思うところがあったようだが、結局尋ねてくるようなことはなかった。冒険者が起こした厄介事には基本関わらない、というギルドの方針が身に染み付いているからだろう。
でも、クリスタは疑問に思うと密かに行動を起こすということを長年の付き合いから知っている。きっと、私のことを調べて、いずれはあの穴について疑問に思ってくれるだろう。……そうであると願いたい。
しばらく依頼は控えよう。そうすれば、穴への依頼に目がつきやすくなるはずだ。
考えを巡らせた末にそう結論付けると、アンネリカはケネトを無視してギルドを出ることにした。あの様子ならケネト1人でも案外大丈夫そうだ。
『お前の行動が筒抜けだというのとを理解して行動しろ』
出入り口に手をかけたところでそんな言葉が頭に響いた。振り返ると、いつもの無表情がアンネリカを睨んでいた。
背筋に嫌な汗が流れる。せめて内心の焦りが悟られないようにさっさとギルドを出た。
自分を可愛がる女性冒険者が建物から出る後ろ姿が見てなくなると、クリスタは誰にも見られないようにため息をついた。
朝のアンネリカはいつも通りだった、にも関わらず依頼から帰ってきてから何かおかしい。体調が悪くなったのかとも思ったが、高ランクの冒険者がそうそう体調を崩すわけもない。
それと、なぜかいつもは気にかけない他の冒険者たちを見ていたのも気になる。クリスタも見回してみるが、特に変なことは起こっていない。
強いていうなら見慣れない人物がいるだけだ。それだって新たな冒険者が増えることなど日常茶飯事であるため、別段おかしなことではない。
アンネリカは何を気にしていたのだろう。
こういうのを虫の知らせというのだろうか、何か大変なことが起こっているんじゃないかと心配になる。大抵のことは1人でこなしてしまうアンネリカに、こんなにも嫌な予感がするのは初めてだ。
「気のせいですよね? アンネリカさん」
ギルド職員である以上、1人の冒険者に肩入れするのは良くないことだとわかってはいる。なので、クリスタはアンネリカの身を案じてはいても、何もできなかった。
その判断が間違いだと思うのは数日後のことである。
クリスタと同じく出ていくアンネリカの後ろ姿を見つめていたものがもう1人、ケネトである。
彼女が死人、アンデッドとなってはいても精神的には人間の味方であることは重々承知している。だからこそ、彼女の行動は監視する必要がある。
しかし、冒険者として周知されているアンネリカを使って得られる情報も大事ではあるが、自ら見聞きした情報も大事だ。となれば、自ら動いて情報収集もしなければならない。
アンネリカ1人をずっと気にかけているわけにはいかないのだ。
それに命令では、まずは主のダンジョンが知られてしまったかどうかの調査である。
何人かの冒険者に聞いたところ、ダンジョンが発見されたという噂は流れていたが、確実な情報ではない。更にはその噂とやらも別のダンジョンのことを指しているようである。
ならば、とりあえずは目的を達成したと言えるだろう。まだ主のダンジョンは見つかっていない、これが結論だ。
一旦戻ろう、そして主に報告をして次の命令をもらうのだ。
慎重な主のことだ、再び情報収集のために魔人を派遣するに違いない。死人とはいえ冒険者であるアンネリカを従えているため、ケネトは高確率で派遣される魔人に含まれる。別のダンジョンのことなどはその時に詳しく調べればいい。
ケネトは今まで雑談を交わしていた冒険者に別れの挨拶を告げ、席を立った。自分に不審な視線が向けられていないか、一度周囲を見回してからギルドから出る。
ギルドから出て一直線に街の門へ向かう。
すると、先ほど会った門番がケネトを覚えていたようで話しかけてきた。
「なんだ、兄ちゃん。アンネリカとは別れたのかい?」
「ああ、この街のギルドに案内してもらったところで」
「そうかそうか。てっきりパーティーでも組んだのかと思ったが、案内だけだったか。兄ちゃんはこれから依頼かい?」
「いや、しばらくは付近の森で修行をしようかと」
「修行ねぇ、まあ頑張んな」
「ありがとう。失礼するよ」
門番に愛想良く会釈をして別れる。門番に背を向けたところで一気に表情が抜けた顔に戻った。これだから人間は面倒なのだ。
人間が作った道を外れ、森へ入る。すぐに元のローブ姿に戻った。やはりこの姿が一番落ち着く。主がケネトを創造した時の姿こそ本来の姿であるのだから、この姿が落ち着くのは理にかなっている。
だというのに、あの死人はこの姿ではダメだと言う。まったく、人間とはやはり気が合わない。かと言って、魔人たちと気が合うかと聞かれれば答えはNoだが。
しばらく歩くと、ダンジョンの入口である穴が見えてきた。誰もついてきていないことを確認してそそくさと穴へ入る。
行きはアンネリカがいたから明かりを灯したが、魔人にはこの程度の暗がりで視界に支障をきたすことはない。ケネトはそのまま確かな足取りで横穴を進んだ。
しかし、どういうことだろう。まだ、このダンジョンのことはバレていないはずなのだが、扉の向こうから戦闘音が聞こえてくる。
それもかなり激しいようで、時折扉がわずかに揺れているのだ。
何が起こっているのだ。ケネトは一刻も早く事態を把握するため、急いで扉を開けた。
視界に飛び込んで来たのは、ロヴィーサとイェンス、味方の魔人同士の戦闘だった。
2015/05/02 : 誤字を修正しました。