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短編を書いていたら遅くなってしまいました。
すみません。
アンネリカがまず訪れたのは村長の家だった。ケネトは村には入ってこなかった。魔人としては人間の多いところは苦手なのかもしれない。
家で仕事をしていた村長に、何の危険もなかった、と説明して足早にケネトの元へ戻った。
けしてケネトに情が湧いて早く会いたかったからとかではない。魔人であるケネトが戯れに人間を殺していないか心配になったからだ。
ケネトはなんの問題もなく、村の外で佇んでいた。
「これからリフォアに戻るけど、あんたもついてくるの?」
「ギルドで情報を集める」
「あんた街に入るつもり?」
いくらなんでも悪目立ちし過ぎる。
このまま街に行けば最悪、ケネトかアンネリカの正体がバレて目撃者は潰すなどと言いかねない。
街に行かせないという選択肢はもはや選べない。ならば、人間側の情報が魔王たちに伝わってしまうのは仕方がない、と見切りをつけよう。
とにかく、街に住む人々を危険から遠ざけるのが最優先だ。
「人間の街に入るなら、格好や態度も人間に似せてくれないと」
「なら、どこがおかしいか指摘しろ」
どうだ、と言わんばかりにケネトは両手を広げてみせた。ケネト自身も自らことを起こす気はないようで、人間に合わせようとしているらしい。
「まず、そのローブはおかしいわ。いくら魔法使いといえど、そんな防御力の欠片もないものは着ないもの」
今の魔法使いは革の防具をつけるのが一般的だ。
接近して戦うようなことはないが、万が一敵が接近してきたときのことを考えているのだ。
「これは主から賜った特殊なローブだ。そこらの人間が作った防具に劣るようなことはない」
言葉の節々から不満さがにじみ出ており、顔を見なくてもケネトが不信感を抱いているのがわかった。
「……言い方がわるかったわ。防御力がなさそうに見えるローブを着ている魔法使いは今じゃあまり見かけない。そのままだと目立つわ」
一応は納得したのかケネトは杖を2回、トントンと地面へ突いた。するとケネトを靄が包み、晴れた時にはどこにでもいそうな普通の青年が使い古された革製品を着て立っていた。
「他は?」
「それが、あなたの素顔なの?」
「違う」
その一般人をケネトだと示すのは、もはや手に持つ杖とその寡黙な態度だけだった。もっとも、元々顔はほとんど見えていなかったので、これまで通りだと言われればそうなのだが。
あとは杖が高価に見えるが、 魔法使いが一番お金をかけるのは杖なので、これはよくある話だと言えるだろう。
となると残りは知識だ。残念ながらケネトは常識が欠けている。こればっかりはどうしようもないだろう。
幸いなことに、彼は無口だ。アンネリカが横から助言をすれば事なきを得るだろう。
「あなたはまだ人間の生活をよく知らない。だから、話は私が進める。それでいいわよね?」
「我々に不利な方向へ傾けば口を出す」
口外に、不利な話でなければ任せる、といったニュアンスだろう。一々回りくどいやつだ、とアンネリカの中でケネトの評価がさらに下落する。
「なら行きましょう。贅沢を言うなら、表情の変化ぐらいつけてほしいものだけど」
「必要性を感じない」
予想通りの答えが返ってきた。
情報を集めるのに人と仲良くなると効率が良い、などというアドバイスはしなかった。
もちろん、ケネトの態度が癪だったからである。
街にはすぐについた。顔馴染みの門番が手をあげて挨拶してくる。どうやら、ちゃんと人間に見えているらしい。
安心しながらアンネリカも挨拶を返す。
ケネトは店先や人々の会話に興味を示しているが、特に行動に移そうとはしなかった。アンネリカに常識がないと言われたことを気にしているのだが、言った本人は問題を起こさないことに安堵していた。
ギルドまで問題なくたどり着くと、ギルドからこれまた顔馴染みの冒険者たちがちょうど出てきた。
冒険者らしいほどよく筋肉のついた大柄な男の集団で、事あるごとにアンネリカをパーティーに誘っていたやつらである。
そんな彼らがアンネリカと共に歩く者を見れば、絡んでくるのは当然のことであった。
「アンネリカじゃないか、後ろのやつは誰だよ?」
「まさか新しくパーティーを組んでるのか?」
突然襲ってくるようなゴロツキではないのだが、言葉の圧力は強い。自分たちはダメでケネトは良い理由はなんだ、と詰め寄ってくる。
ケネトが攻撃してしまわないように、アンネリカは男たちとケネトの間に割り込んだ。
「彼は任務の途中で会って、ギルドに案内してきただけ。パーティーを組んでいるわけじゃないわ」
ケネトは黙っている。
話す必要がないと思っているのか、それともアンネリカが話すなと言ったから黙っているのか。
変化の乏しい彼の表情からはどちらかわからない。
「見た感じ魔法使いってところか? そんな貧弱なやつ、放っておけばいいだろう」
焦りから手汗が出てくる。
頼むから黙ってくれと思うアンネリカだが、男たちはなおもケネトにいちゃもんを付ける。
「お前、レベルいくつだ? アンネリカの腰巾着してんじゃねぇのか?」
ケネトはやはり黙っている。
しかし、視線は男たちにしっかり向いていた。何を思っているのかはさっぱりだが、ケネトが男たちを意識しているのははっきりとわかる。
まずいことになる前になんとかしないと、この男たちが危ない。
「あんたたち、いい加減にしてよ。私は迷惑だなんて思ってないんだし、あんたたちには関係ないんだから、そっちこそ放っておいてくれる?」
「おいおい、関係ないって? どう考えても貧弱魔法使いより俺たちの方が付き合い長いだろーが」
「任務先で会っただけなんて、ただの他人だろ? 俺たちは知り合いじゃねーか」
面倒くさくなっていっそ蹴散らしてやろうかと考え始めた時だ。とうとうケネトが声を出した。
「アンネリカさん、案内助かったよ」
「……え?」
それは今まで聞いていたケネトの声ではなかった。顔に似合った少し高めの、少年のような声。
呆気にとられているアンネリカを置いてきぼりにしてケネトは男たちの間をぬってギルドの中へ入ってしまった。
呆気にとられたのはアンネリカだけではない。男たちも散々小言をぶつけていた相手がいなくなったことで、バツが悪そうにアンネリカに一言残していなくなってしまった。
ギルドの前で呆然としていると、突然頭に声が響く。
『早く来い』
元の口調で告げられたケネトのセリフでやっとアンネリカはその真意を知る。つまり、彼なりに諍いを避けたのだ。
ケネトなら、というより魔人なら暴力で事を片付けようとすると思っていただけに、驚きもひとしおだ。
しかも、ケネトに驚かされたのはこれだけではない。
なんと彼はアンネリカがギルドに入る前に一人で談笑中の冒険者たちの輪に入っていたのである。
相手の話に相槌をうち、自分の苦労話(もちろん嘘だろう)を披露して同情を誘う。身振り手振りを交えて経験談を話す彼に、周りの冒険者たちはすっかりを気を許したらしい。
彼からの質問攻めが始まっても誰も不審に思っていないようだ。
「しかし、今朝は驚いた。まさかダンジョンの噂なんて聞く日が来ようとはな」
「ダンジョン?」
「知らねぇか? リグルドの王都周辺の山岳地帯に例の扉が現れたんだと。まあ、あくまで噂だけどな」
ケネトと話す冒険者は自分で噂を語りつつも、本人はどうやら信じていないようだった。信じていれば多少は慌てるだろう。
しかし、アンネリカだけはその噂を信じた。現にアンネリカも扉を目撃しているし、何より魔人がすぐそばにいる。きっと200年前のように複数のダンジョンが現れたのだ。
噂もダンジョンが複数現れたことも真実ではある。ただし、ケネトがいたダンジョンは200年前に出現したもので、それらとはなんら関わりはない。
しかし、ケネトがアンネリカの間違いを知ったところで指摘はしなかっただろう。何年も昔からあると思われるより新規のものと思われた方が、人間たちの危機感を煽らずに済む点で好都合だからだ。
「他にダンジョンの噂は聞いてない?」
「俺が知ってんのはソイツだけだな。なんだ、お前ダンジョンで一儲けしようとでも思ってるのか?」
「儲けというよりも、名誉かな。魔王を倒せば後世まで語り継がれるかもしれないんだろ?」
「はっ、若い奴は無謀なこと考える」
冒険者はそう言って手元の酒を喉に流しこんだ。よくある若者の荒唐無稽な話だと思っているようだ。
2015/05/02 : 誤字を修正しました。