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臆病な魔王とダンジョンの秘密  作者: 時潮 デュー
第一章 - 扉とダンジョンと魔王様
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5

 私室には最低限のモノしか置かれていない。食事・排泄の必要がない魔王にとっての最低限は、机、椅子、ベッド、そしてダンジョンコアの4つである。

 その中でもダンジョンコアは魔王にとって命と同価値である。なにせ、魔王を殺すためには魔王自身を死に至らしめるか、もしくはこのダンジョンコアを破壊するしかないからである。とはいえ、《枯れ水源の魔水伯》自身を倒すのはかなり難易度が高いのだが、その話はまた今度にしよう。


 そんな大切なモノであるため、いくら自ら生み出し、全幅の信頼を寄せている魔人たちであっても触れさせるわけにはいかない。

 故に、このダンジョンコアは魔人たちですら破壊できない破壊不可補正のかかった壁で出来た私室に置いているのである。


 つまり、魔王を倒すためにダンジョンへ侵入してくる冒険者たちにとっては、この私室こそダンジョンの最深部ということになるのだろう。









 そんな最深部で魔王《枯れ水源の魔水伯》はコアの前に椅子を設置すると、どかりと座り込んだ。そしてコアに向かって手のひらを突き出す。



『迷宮創造』



 彼のつぶやきに反応してコアが淡い光を放つ。途端にいくつもの画面が彼の周囲に浮かび上がった。画面にはこの世界のものではない文字が羅列している──日本語だ。

 彼は魔王という種族の、ダンジョンマスターという職業である。この画面はダンジョンマスター特有のスキル『迷宮創造』でしか扱うことのできないもので、彼は仕組みは全く理解していないがまるでゲームのようだと思って納得している。



「残ってるDP(ダンジョンポイント)は5289ポイント。有事の際に備えて、2000ポイントは残して置きたいから、使えるのは約3300ポイントか…………」



 フロア増設には一気に2000ポイントを使ってしまう。そうなるとフロア内容に使えるポイントが少なく、あまり複雑なものは作れないだろう。



「ていうか、魔物も新しく作らなきゃいけないんじゃん」



 魔物を作るのはまた別のスキル『魔物創造』を使用する。つまり、魔物を作るにはDPではなく、彼のMP(マジックポイント)を使うのである。

 長い年月を使い、地道に魔物を増やしてきたおかげで古城のあるこのフロアには魔物が大量にいる。しかし、一気に1フロア分の魔物を生み出すのは、レベルが上がった今でも無理だ。


 魔人のリナに頼むという手段もないことはない。彼女は召喚術師(サモナー)なので彼よりも簡単に魔物を手に入れられるだろう。

 ただ、彼女に頼んだとしても足りない。彼女が()べる召喚獣はおそらく多く見積もっても100体が限度。1フロアには少なくても1000体の魔物がほしいところだ。



「フロア様相との相性も考えないと。一番DPが少なくて済むのは砂漠だけど、砂漠に適応出来る魔物ってまだ僕じゃ生み出せないんだよなぁ」



 そうなると次点では120ポイントの草原である。しかし、草原は隠れる場所がない分、魔物との戦闘がしやすく、魔物の消費が激しい。

 基本的に障害物となる物質がない様相の方がポイントが少ない傾向にある。つまり、魔物との戦闘をしやすくするほど作りやすいのである。



「ここはちょっとぐらいポイントを加算して森にしよう。万が一、ポイントが余ったら地面を沼地にするってことで」



 必要経費、必要経費と繰り返しながら画面で森を選択する。森フロアは地下1階に設定し、現在の古城フロアを地下2階へと変更する。

 新たに開いた画面には鬱蒼と茂る森林が映る。まだ魔物を設置していないので、ひたすら植物が続いている。


 あとは広さと、古城フロアに降りる階段の設置、細かい情景の設定だ。

 森というぐらいだし、それに古城に入ってきてほしくないからフロア増設するのだからそれなりに大きな広さにしたい。なので古城フロアの3倍の大きさに設定、これで150ポイント。

 階段は 入口から一番遠いところに、絶対につけなければならないのでポイントなしで設置できる。

 地面を沼地に変更するには500ポイント必要なので、残り500ポイントで5つの水辺を選択。フロアに均等に設置したら、その水辺の周りを沼地に変更。

 これで、綺麗にポイントを使ってのフロア増設が完了となる。あとは魔物だけだ。



「さて、どうしようかなぁ」



 まず、余力を残して魔物を作ると、今の彼の魔力的に約150体の魔物を作れるだろう。リナに手伝ってもらえばそれに+100ぐらいで合計250体。欲しい魔物の4分の1、やはり少ない。

 これ以上作り出すのも、異空間から喚んでくるのも限界。だとするとどこからか連れてくるしかない。



「ダンジョンの外のやつは弱っちいし」



 魔物を設置するのはもちろんここに簡単に来られないようにするためであって、弱くてすぐに倒されるようでは本末転倒なのである。

 しかし、強い魔物なんてどこにでもいるわけがなく、



「いや、いるな」



 そうだ。今、ちょうど強い魔物を内包する場所が各地に現れたではないか。そう、別の魔王のダンジョンである。

 ようは森のようなエリアを形成しているダンジョンを探し出し、そこから魔物をこのダンジョンへ連れてくればいいのだ。

 幸い、どこにダンジョンがあるのか、それは何となく体感できる。伊達に長く生きてはいないのだ。



「とりあえず、設置できるだけの魔物はもう作っておこう。『魔物創造』」



 『迷宮創造』のときとはまた別の画面が現れる。そこにはいくつか魔物が並んでいて、その中から魔物をピックアップしていく。



「獣型はリナに任せて、森に溶け込めるトレント、アルラウネ、水辺にヴォジャノーイぐらいか。数は65、65、20で」



 魔物が何匹も画面に映る度、自分の内側から生気が吸い取られていく感覚を味わう。同時に疲労感も溜まってくるが、動けないほどではない。


 トレントは樹木に魔力が宿ったことで動き出した植物型魔物、アルラウネは上半身が人間で下半身が植物の蔦で出来ている人型魔物、ヴォジャノーイは顔がカエルで体がアザラシの水棲魔物だ。

 トレントは木々の間にいそいそと潜り込み、アルラウネは長い草の密集地帯に身を潜め、ヴォジャノーイは水辺を泳ぎ出したのをそれぞれ確認し、そこで画面はさらに地下へと続く階段を映した。


 隠す気もないその階段と木々に紛れ込むトレントを思い浮かべ、彼は疑問を抱いた。



「この階段をトレントで隠せばいいんじゃないか」



 思い立ったら吉日。すぐに『迷宮創造』と『魔物創造』の画面を手元に引き寄せて操作を始める。

 作り出すのはグランドトレント、樹齢5000年になろうかという巨大なトレントだ。設置場所は階段と同じ座標、そしてグランドトレントを作り出す時の特記事項として、倒されたら幹が割れて階段を見えるようにする、と記述する。

 すると一瞬にして作り出された巨体は、自らの根を器用に使って階段へと覆い被さり、その場に腰をおろしてしまった。一見すると、グランドトレントだともわからず、そこにはただの大木があるだけである。

 うまく隠せたと満足感を覚えたところで一息つこうとすべての画面を消した。


 コアは光を放つのをやめ、部屋には薄暗さが戻ってきた。窓のないこの部屋で唯一の光源、ランプの炎がたゆたう。

 しばらく、炎の揺れと連動して揺れる自分の影を見つめていた魔王は、そろそろやるかと重い体を持ち上げた。


 隣の部屋には手持ち無沙汰になったアルビンとリナが待機していた。



「あれー、フロア増設終わったわけ?」



 手元のバスタードソードを念入りにチェックしていたアルビンが、バスタードソードから目を離さずに声をかけてきた。

 こういう気配を感じられるところは元人間には真似できない、と魔王は心の中で自虐する。



「あとは魔物をもう少し増やすだけ。リナ、手伝って」



 リナは小型の召喚獣、カーバンクルとじゃれ合っているところだった。

 オレンジ色のリスで額に赤い宝石があるカーバンクルは可愛いと思う。自分も一匹くらい欲しいと思っている魔王だが、如何せん相性が悪く向こうから逃げてしまう。



「リナの力で森に合う魔物をできるだけたくさん解き放って。それと、イェンスがどこにいるか知ってる?」


「イェンスは知らなーい。ねぇねぇ、魔物の種類はなんでもいいの?」


「森に合うならなんでもいいよ。あ、でも言うこと聞かないやつはやめてね、怖いから」


「わかった!」



 リナはカーバンクルを肩に乗せると、嬉しそうに駆けてってしまった。残ったアルビンに視線を向けると、視線が絡む。



「あー、イェンスのことなら俺も知らないから。なんか、主の安寧を奪う人間どもなどこの私が排除してくれる! とか言ってたけど」


「…………外には行ってないよね」



 ものすごく不安である。



「流石に扉から先には行ってないっしょ。ケネトが帰ってきたら主に伝えなきゃならないわけだし?」


「うーん、じゃあ頼み事はケネトが帰ってきてからにしよう。そういえばロヴィーサは?」



 イェンスの姿も見えないが、ロヴィーサもいない。ロヴィーサの性格からして、イェンスの手伝いというわけでもないはず。



「さぁ? そっちはなんも知んないなー。イェンスがここを出てった後、少ししてどっか行っちゃったよ」



 随分ロヴィーサらしくない。ロヴィーサは無駄な行動を嫌い、普段からこの部屋で椅子に腰掛けてじっとしているのに。



「あんな女のことよりさ。ようやくこっちから攻撃しかけるんだろ? 早くしようぜ」



 バスタードソードを肩にかけ、アルビンはやる気満々の様子だ。しかし、外の状況がわからない以上、無闇に魔人を外へ出すわけにはいかない。

 ケネトを外へやったのでさえ、本当は嫌だったのだ。本音で言えば、魔人たちにはずっと自分を守るために引きこもりに付き合って欲しいのである。


 しかし、彼ら魔人も生み出されたとはいえ1つの生命体である。それも思考力を伴う優秀な個体だ。

 当然、性格も様々でそんな彼らの意思を捻じ曲げるのはよくないことだと思っている。

 自分の望み、周囲の状況、魔人たちの意思、それら全てを考えての待機である。



「そんな申し訳ない顔すんなって。そりゃ戦いたいけどさー、主の命令にはちゃんと従うって」


「うん、じゃあやっぱり待機で。その代わり、外に出る時は優先的に連れてくよ」


「おー、言ってみるもんだねぇ」



 そうしてアルビンはバスタードソードのチェックを再開させた。


2015/05/02 : 誤字を修正しました。

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