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厨二的な言葉を使うと簡単に呪文が作れると聞きました。
ただ、厨二的な言葉って難しいものばかりですよね………。
呪文って考えるの大変です。
隣村についたのは、正午の鐘がちょうど鳴った時だった。
ゆっくりと散歩をしながら移動してきたため、買ってきた食べ物は全て腹の中に収まっている。今の時間だと食事を摂るのが一般的だが、早い昼食を済ませたということにしてそのまま村長の家へと向かった。
村長の家でも食事の準備が進んでいたが、幸いまだ食べ始めていなかったようなので、先に依頼のことを聞かせてもらうことにした。
「穴を発見したのはの俺の息子だ。ダイアウルフの毛皮を集めに行ったところでとてつもなく深い縦穴を見つけたと言ってきてな。なんでも深過ぎて底が見えなかったらしい」
そこまで深いとは思っていなかった。侵入調査ということは中に入らなければならないのだろうし、少し準備してくるべきだったかもしれない。
アンネリカの心配事が伝わったのか、村長はロープを貸すと言ってくれた。
「息子が言うにはどうも自然にできたような穴じゃないらしい」
「では誰かがその穴を作ったかもしれないと?」
「息子はそう思ってるらしい。だが、別にその穴を作ったやつを暴きたくて依頼を出したわけじゃあねぇ」
村長の息子曰く。
その縦穴は長い草が密集して生えている場所にあり、とても見えにくいのだという。
村の者たちは度々森へ入るという。万が一、その縦穴に落ちてしまった場合、その先が魔物の巣や何かだったら危険だ。
「そこで、あんたにはその穴がなんなのかを見てきて欲しいってわけよ」
「なるほど、理解しました。ですが、魔物の巣だった場合はどうしましょう?」
その場合、アンネリカが倒さなければならないのだろうか。魔物の種類にもよるが、あまりにも大量だとさすがに対処しきれないかもしれない。
「魔物の巣だったらまたギルドに討伐依頼を出すさ。今回は見てきてくれるだけでいい」
「わかりました。では今から見に行こうと思います」
約束通り、村長からロープを貸してもらい、その足でアンネリカは教えてもらった縦穴へと進んだ。
森の奥にあるというだけあり、縦穴まではかなりの距離を歩いた。草は奥に向かえば向かうほど、長くなりだんだんと鬱陶しくなってきたところで、アンネリカの前にその縦穴は現れた。
村長の息子が言っていた通りの様子で、周りには長い草が生え、縦穴は底が見えない。
それに、
「これは確かに自然のものじゃなさそうね」
穴は四角く、また真下へと堀り進められている。これが魔物の仕業だとするなら、そうとう頭の良い魔物である。またこの大きさからすると人と同じぐらいの体格だと思われる。
これは何かある。数々の依頼をこなしてきた者として判断するならば、それは事件の香り。
アンネリカはロープの端を手近な樹木の幹にくくり付けると、ロープを穴へと垂らした。
そして、ロープをしっかりと握り、ゆっくりと穴の中へと入っていった。
穴の深さは人間五人分といったところだろうか。底が見えないというのは長い草のせいで光が入ってこないだけだったようだ。
おかしいのは、真下へと向かっていた穴が、今度はアンネリカが降り立った場所から真横に伸びていたことである。
先は暗くて見えない。アンネリカは魔法を使って自分の周囲を明るくすることにした。
『我が視界を照らせ、ライトニング』
少しの虚脱感と共に、アンネリカの体がじんわりと光り出す。足元と周囲が明るくなったところで、アンネリカは歩を進める。
人が3人ほど並べるほど大きな穴だ。高さも十分あり、背の高い男性であっても余裕で歩けるだろう。
そんな巨大な穴だからか閉塞的な印象はあまりないが、進めど進めどいっこうに変化が見えないことには少しウンザリする。
どれぐらい歩いただろうか。
やがて目の前に薄ぼんやりと壁のようなものが見えてきた。魔物の巣かもしれない、アンネリカは腰にさしたレイピアを抜き取って構えた。
じりじりと間合いを詰めると、それは茶色の扉だった。
いや、違う。これは錆びた鉄の扉だ。
第一印象、重そうである。
「こんなところに扉…………?」
しばらく離れて扉を見つめるが、変化はない。何かの気配が感じられるわけでもないので、一旦レイピアをしまった。
「扉といえば、魔王か…………」
しかし、発見されたダンジョンは全て踏破されたはずであり、また、すべての魔王は討伐されているはずである。
というより、いくら勇者に憧れて冒険者になったとはいえ、魔王などという存在はアンネリカや一般的な人間にとって伝説上の生物とそう大差ない。そんなものがここにあるなどとはアンネリカには考えられなかった。
「誰かの悪戯? それにしては手がこんでるけど」
それとも魔物が作ったのだろうか。だとしたらなぜ。
だいたい、魔物が作ったのだとしたら、なぜここまで扉に近づいてもなんの反応もないのか。
「あけて、みればわかるよね」
第一、依頼内容はこの穴の調査である。扉があったから帰ってきました、では話にならない。せめてその扉の先がどうなっているのか調べないと。
生きてきた中で初めての緊張と言っていいかもしれない。魔王の扉のようで興奮しているのか、はたまた何もわからない現状に恐怖しているのか。よくわからないがとにかく緊張している。
アンネリカは緊張を押し殺して、扉を両手で開け放った。
錆び付いているだけあってかなり鈍い動作で扉は開いた。途端に生暖かい風がアンネリカを襲う。
思わず目を閉じ、顔の前で手を交差させる。
しかし、その突風も一瞬のことで、次第に風の力は弱まっていった。アンネリカは恐る恐る目を開け、そして驚愕した。
「嘘、でしょ」
錆びた扉の先は、湖の畔だった。いや、これを湖と言うのは難しいかもしれない。
言い換えると、そこは巨大なくぼみの傍だった。
剥き出しになった大地はねずみ色で、草木はほとんど見られない。生えていても毒々しい色をしているものばかりだ。アンネリカの記憶が正しければこれは食虫植物ではないだろうか。
湖の跡にも見て取れるその巨大なくぼみ、その真ん中にはあろうことかお城が悠然と佇んでいた。
これは何かの夢なのか。
頭を真っ白にしたアンネリカは、しかし、そこでやっと確信に至る。
夢などではない。いや、憧れていた夢の叶う場所ではある。
厳かな扉、その先は別の空間が広がっていて、ダンジョンがある。そして、そのダンジョンの最奥には、
「魔王!」
そうだ、魔王が待っている。
その強大な力をもってこの世界を支配せんとする、魔物の王。
倒したものは未来永劫語り継がれる勇者となれる。
何度夢見たことか、あの石碑に自らの名を掘ることを。
何度諦めたことか、いない魔王は倒せないと。
陰鬱とした景色の中、アンネリカの心だけは晴れやかだった。それこそ、穴の外の天気と同じ、雲1つない快晴である。
アンネリカは依頼のことなどすっかり忘れて、その異様な景色に見とれた。
そうして、この先に魔王がいるのだと思うと、もはやいてもたってもいられなくなる。
このことをギルドに報告すれば、魔王討伐の手柄を横取りされる可能性がある。そんなことは許せない。これは扉を、ひいてはこの場所を発見したアンネリカだけの特権だ。誰にも譲りはしない。
「私が魔王を倒す。私にならできる、そしてこの時代で唯一のSランクになるのよ!」
彼女は知らない。
この時、穴の外で世界を揺るがす出来事が起こっていることを。そして、外の出来事を機に、ここの魔王が重い腰をあげたことを。
彼女は知らない。
どんな難しい依頼もこなしてみせた自分の実力が、
魔王にとってはただの遊び程度にしかならないことを。
2015/05/02 : 誤字を修正しました。