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魔人イェンスは主である魔王の命令を受け、勢い込んでいた。
魔王《枯れ水源の魔水伯》にはイェンスを含めて5人の部下がいる。
その中でもイェンスは一番古参であり、魔王の右腕だと自負している。それ故に、魔王から指揮を任されて当然だとも思っていた。
そして、右腕である自分は魔王の命令を忠実にこなさなければならない。下された命令は2つ、いざという時の指揮とりとダンジョン入口の扉を警護することである。
そして後者の命を果たすべく、イェンスは扉へと向かっていたのだった。
「その他に主が命令を下したのはケネトのみ。だとうのに、なぜ貴様が扉に手をかけている? ロヴィーサ!」
そして、イェンスが扉が目視できるところまでやってきた時、視界に部屋で待機しているはずのロヴィーサが入ってきたのだ。
魔人は魔王に創られた存在、その魔王の思惑に外れた行動を取るなど言語道断である。イェンスはロヴィーサを罰するつもりだった。
「随分と手馴れた様子じゃないか、ロヴィーサ? その様子だとどうやらこのような行動、1度や2度ではなさそうだな?」
「……こりゃ、一番厄介な奴に見つかっちまったみたいだね」
言い訳も通用しそうになく、言い逃れられないと察したのか、ロヴィーサは諦めた様子で扉から手を離した。そして、何をされても即座に反応できるようにイェンスを真正面から見据える。
イェンスとロヴィーサは、魔王とイェンスの次に付き合いの長い間柄である。
イェンスより後に魔人となったロヴィーサではあるが、イェンスは彼女を格下などと思ったことはない。そして、ロヴィーサもイェンスより自分が劣っているとは思っていなかった。
能力の違いでの性能の差はもちろんあるだろう。しかし、純粋な力ではさほど差はない。それは魔人になった時期が近いからで、だからこそイェンスもロヴィーサもお互いのことを一番危険視していた。
「腐れ縁ではあるが、それなりに長い付き合いだ。理由を述べる時間ぐらいの慈悲はくれてやろう」
「そりゃありがたいね。でも、あんたに話すことはないよ。魔王ならいざ知らず、ね」
こうなってしまえばもはや力づくで自分の意見を主張する他ない。同じ意見に達した2人が事を始めるのは早かった。
イェンスは周りに生えている木に手を置くと下腹部に力を込めた。全身に行き渡る魔力を感じ、イェンスは魔法発動の呪文を唱える。
『基本元素への返還、湿・乾・熱・冷の付与。これにより、我は完全へ至る道を示さん!』
唱えている間に木は光の玉となり、そしてそれは形を変えてイェンスの手に収まった。イェンスは手にしたソレを握り締めてかまえる。
イェンスが握っているのは鉄の片手剣だった。
一方、ロヴィーサも腹に力を込めて魔力を感じると、そのまま全身から魔力を放出させた。大量の魔力がロヴィーサの体をおおっていく。
「いきなり『狂戦士化』か」
「そっちコソ、あいかワラず反則的ナ能力じャない? 錬金術師ハオトなしく部屋に篭ッテなさイよォォォォオオオオ」
話している内に自我がなくなったのか、言葉の最後でロヴィーサは突進をしかけてきた。
『狂戦士化』は職業バーサーカーの固有スキルだ。本来の何倍もの力を発揮できる代わりに、時間の制限と自我の放棄が行われる。つまり、それだけのデメリットを支払っても、大きなメリットのあるスキルなのだ。
対して錬金術師が使ったのはもちろん固有スキルの錬金術である。すべての物質を基本元素へ戻し、そこから湿・乾・熱・冷の要素を配分して別の物質へ変成する術だ。
ロヴィーサは反則的だと言ったが、そこまで便利なものでもない。一回の変成に使う魔力は膨大だし、何より目的の物質を識っている必要がある。
そして、この時点で圧倒的に不利なのはイェンスだ。彼がしたことといえば片手剣を作っただけ、これだけでは狂戦士化したロヴィーサの筋力には対抗できない。
そんなことは百も承知であるイェンスは、ロヴィーサを受け止めるようなことはせずに跳躍して突進を避けた。
勢い余ってそのまま通り過ぎたロヴィーサはこれまた強靭になった脚力で無理やりブレーキをかけた。そして顔だけ振り向いてイェンスの居場所を確認、追従するようにこちらも跳躍した。
空中では体勢を整えられないイェンスは虚空に手を伸ばす。
『基本元素への返還、湿・乾・熱・冷の付与。これにより、我は完全へ至る道を示さん!』
体から大量の魔力が出ていく。周りの空気が集まり再び光の玉を作り出す、そして次の瞬間には多数の氷柱がその鋭い方をロヴィーサに向けていた。
一瞬の間を置いて氷柱はロヴィーサへ向けて放たれた。空中で無理やり体を反転させて体勢を立て直していたロヴィーサは、腕を横に一閃するだけですべての氷柱を破壊した。その間にイェンスが着地する。
『基本元素への返還、湿・乾・熱・冷の付与。これにより、我は完全へ至る道を示さん!』
三度の錬金術により、今度は土を爆弾へ変成する。
手に収まるサイズの爆弾を未だ空中にいるロヴィーサへ投げつける。自我がなくなったことで思考能力が低下しているロヴィーサはその爆弾も腕で一閃した。結果、ロヴィーサは爆発に巻き込まれてしまう。
イェンスは爆発による煙でロヴィーサの視界が遮られている内に彼女への接近を試みる。地面を蹴り、ロヴィーサの着地地点へ走るも、ロヴィーサはこれまた無理やり腕を振って煙を追い返し、イェンスを捕捉した。
もはや何かを錬成する時間はなく、仕方なくロヴィーサの体重を含んだ重い蹴りを片手剣で受け止める。力がイェンスの体を通り抜けて地面へ流れ、地面にひび割れが発生する。また、イェンスの足の骨にもひび割れが発生した。
そんな時だった。
2人の意識外へと追いやられていた扉が勢い良く開かれる。
2人が視線だけ向けて確認すると、そこにはケネトが立っていた。ローブで顔は見えないが、おそらく何をやっているんだと顔をしかめていることだろう。
ケネトが帰ってきた、それはイェンスに下された3つ目の命令を執行しなければならないことを意味する。主にケネトの帰還を伝えなければならなくなったのである。
しかし、思考能力の低下したロヴィーサにはそんなことは関係ない。もう一度打撃を喰らわせようと腕を振り上げる。イェンスもそれを見てロヴィーサの足を掴んだ。
『基本元素への返還、湿・乾・熱・冷の付与。これにより、我は完全へ至る道を示さん!』
ロヴィーサを覆う魔力が変成されて炎へと姿を変える。炎は彼女を包み込み、ロヴィーサが火だるまになった。
ロヴィーサが慌てて火を消すために暴れるその間に彼女から距離をとる。
錬金術の使いすぎだった、魔力の消費が激しすぎる。狂戦士化したロヴィーサでなければ片手剣だけでも相手がつとまるのだが。
本来、錬金術は戦闘には向かない。それがロヴィーサとイェンスの持久力に差をつけていた。
『我が命により、意思を届けよ』
聞こえてきたのはケネトの声だ。
高く掲げられた杖が怪しく光る。しかし、この場に何ら変化は見られなかった。
だが、イェンスにはわかる。ケネトが死霊術師であること、ケネトが操るアンデッドたちが城の1箇所に集められていること。
そして、意思を届ける、その呪文の意味からすると……
次の瞬間、あたり一面を水が覆った。
投稿する時間を決めようと思います。
今後は、昼の12時か夜中の0時にしようと考えています。