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第5部

 今さらだけど『きらめくあまた』について説明する。古い倉庫を改造した店、集い処きらめくあまた。ここには店主の彩乃さんが作る鉄板焼きに店で販売している駄菓子やジュース、アルコールなどが飲食できる店舗部分とライブや演劇だとかができる『表現会場』という広い空間がある。

 その表現会場なんだけど今はまほろば一座が作った鏡の迷路が張り巡らされている。正確には全てが鏡じゃないんだけど要所要所的確に鏡になってるから明るい時でもその中を歩いていると方向感覚がなくなる。マジで。それは昼間俺が体験しているから間違いない。たとえビールを飲んでいたとしてもだ。いや、飲んでいなかったとしてもだ。

 そんな迷路の空間にいきなり一人で閉じ込められ、その上暗いと来たら誰でも慌てるわ。間違いなく。

 ただ桂介たちがやるのは肝試し。だから鏡の迷路だけなんて事はない。ここからまほろば一座役者勢の出番だ。まずはヒメちゃんが表現会場の隅に作られた特設ブースにこもり、そこで一人演技をする。その姿を鏡の迷路に混ぜ込んだフィルムモニターへ映し出してヒデをさらに混乱させ、その後ティファニーがひょっこり現れてヒデの目の前でゾンビに変身して脅かし、最後に大勢のゾンビがヒデの前に現れヒデをこっちの店舗側へおびき寄せる作戦になっている。

 これはかなりの見物だよ。桂介はやっぱ怖ぇ野郎だ。くわばら、くわばら……


       *


 俺達Salty DOGメンバーはヒデが表現会場の中に入った時点で仕事は終了。後は店舗側で酒を飲みながらヒデの動きを見ていればいい。なんと表現会場の数か所にはモニタリングできるカメラがセットされているという贅沢さ。それも暗視カメラまである。随分と金をかけているまほろば一座だ。


 そんな訳で店に戻った俺は早速店内にある自販機で缶ビールを手に入れヒデ見物と言う事になる。

 店内の壁に貼られた大型フィルムモニターにはご丁寧に表現会場に設置された定点カメラの映像が四分割で映し出されていた。それを観ていたまほろば一座スタッフはみんな声を押し殺して笑っていた。

 俺と茂は一人ニコニコ、クスクスとしていた一郎のいるテーブルへと座り一郎へ聞いた。

「今どんな感じ?」

「今さ、ヒメちゃんが現れたらヒデ」

 そこまで口にした一郎は口と腹を押さえて体ごと揺らしながら必死で笑いを堪えていた。

「何ナニ? 何だよ!? そんなにアイツ面白かった?」

 一郎は声を出さずうんうんと頷くと息苦しそうに声を出して応えた。

「もう、あの驚き方は最高! みんな大ウケだよ」

「マジで? それ見たかったわー」

 一郎の反応を見て最初からヒデの恥ずかしい姿が見られなかったのが残念で仕方なかった。

 でもまだ始まったばかり。序の口だ。これからのヒデの勇姿を見るべくモニターに目を向けるとヒデは早速見せてくれた。

 ヒメちゃんが「会いに来て」と囁くようにヒデへ声をかけるとヒデの奴は素直なのかやっぱりヒメちゃんがあまり怖くなかったのか「何処へ行けば会える?」と言った。

 その映像を見ていたまほろばの誰か男が「すごい挑発的だ」と言ったのが俺の耳に聞こえた。


(ヒデ、お前……)


 ヒデは急に走り出したかと思ったら強烈な勢いで壁にぶつかった。


 バンッ! 


 マイクで拾ったその音が店内に鳴り響くと見ていた皆は声を殺しての大爆笑。一応表現会場にいるヒデに俺達がいることを悟られないよう静かにしていなくちゃいけないんだけど俺はヒデのそのぶつかり方とコケ方に思わず声が出た。


「ヒデ! 何マジでぶつかってんだよっ!」


 すると隣のテーブルに座っていた美由紀ちゃんは俺の腕をつつき「しっ」と唇に人差し指を当て可愛く注意を入れた。


 その後もしばらくヒデは狭い通路を走り回っていた。でも残念なことにその様子を映していたカメラたちはみんな俯瞰視点で暗視カメラでもヒデの細かい表情を見ることは出来ない。

 でもモニター越しからでもヒデの必死さは伝わって来る。同じ所を行ったり来たり。そして何度も壁に体をぶつけ、時には悔しさ丸出しのアクションをしている姿を見ることができた。


 ヒデの奴は何であんなに必死になってるんだ? 俺たちの行動に勘付いてわざとやってるのか?


 じゃないな……


 ヒデ。お前、ヒメちゃんをマジで追っかけてるんだよな? 

 オマエは自分で分かっちゃいないようだけど随分と態度が表に出てるんだぜ? 昔っからヒデは惚れた女を前にすると誰にも見せない優しい笑顔を見せるんだ。自分じゃ分かってないんだろうけど。

 ヒデ。俺は今までお前に惚れた女から何人相談された事か。お前は自分の興味ない女には優しくするも絶対あの笑顔は出さないんだよな。

 ま、おかげでいくらか俺が良い思いさせてもらったけど。


 俺はそんなヒデは本当に良い奴だと心底思ってる。そして誰よりも信頼できるいい男だ。それは間違いない。


 でもな、ヒデ。そんなんじゃ女はものにできねぇよ。

 お前、ヒメちゃんに本気なら本当の本気出せよ。今まで何やってたんだよ? そんなんやってて楽しいのかよ? 


 悪いけど俺が先に頂くぞ。と言っても桂介の野郎がもう食っちまってる臭いけどな。アイツの手癖が悪いのは定評だ。それ分かってやってるんだよな? ヒデ?


 良い人は良い人で終わるだけだ。


 ヒデ。それでいいのかよ?

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