表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第3部

「誠ちゃん」

 と突如、俺の背後から女性の声が聞こえた。振り向くとこの店を切り盛りしている彩乃さんがいた。ちなみに彩乃さんはお婆さん。もう70くらいだったかな? 以前、若い頃の写真を見せてもらった事があるがイイ女だった。結構男を振り回した口だろうなっていう感じのイイ女だった。でも今もお婆さんなんて言うには申し訳ないくらい皺のひとつひとつにも女の気品を漂わせている彩乃さんだ。

「あ、彩乃さん。こんにちは」

「私、今日は用事あって多分戻るのは遅くになると思うから後よろしくね」

 と笑顔で言った彩乃さんはダークグレーでまとめたシックな服装をしていた。更に普段はスッピン同然な感じなのに今日はメイクしていた。

「あ、もしかしてデートですか? お(めかし)して」

「そうね。そんなところ」

「もしかして孝明さん以外の男?」

「何、その言い方? 誠ちゃんは好きね、そういうの」

「好きねって何ですか!?」

「年寄りにそんな冗談言うものじゃなわいよ。この歳で恋愛事なんて。もうとうの昔に卒業よ」

「とうの昔ですか? いやいや、恋愛情事に歳は関係ないですよ! やっぱ彩乃さんはどこでもモテるんでしょうね」

「まあ、若いころはね。じゃ皆によろしく」

 彩乃さんはカラっと応えると足早に出て行った。


 俺は飲んでいたビールが空になると店の自販機へと向かった。

「ちょっとビールも飽きてきたなぁ。ハイボールにでもしようかな」

 どれくらいの量を飲んだかはさっぱり分からないけどいい感じに酔っていることは間違いない。

 飲み終えた缶をゴミ箱へと放り込むとハイボール缶を買い、それを手に取り振り向くと白い眼をひん剥いて青白い顔をした化け物が俺の目の前にいた。

「オオッ! 何だよオマエっ!」

「ハハハ! 誠のリアクションいい感じ!」

 と化け物顔した奴が大笑いした。顔つきと声でそれがトモちんだと分かった。

「トモちんかよ? うわー、最初マジ分からんかった」

「凄いだろ。このメイク」

「おお。これは暗闇で見たらマジビビるわ。まさか美由紀ちゃんが?」

「そうそう」

 不気味な顔をしたトモちんがコミカルに頷くその姿を見て俺は妙案を思いついた。

「そうだ、トモちん」

「何?」

「俺、今、すごい良い事思いついちゃった」

「何だよ、すごい良い事って?」

「今度さぁ、俺と(ツー)マンセルやろうぜ」

「2マンセルって、ナンパか?」

「おお。トモちんはそのメイクで」

「オマエ馬鹿じゃねぇの! 何で俺がゾンビ姿なんだよ!」

「いや、絶対イケるって、これ。普通に歩いてるだけでも女の方から写真撮らせてくれって寄ってくる!」

「それは分かるけど、で俺はこのままで飯なり酒を飲めと?」

「だな」

「だな、じゃねぇよ! 俺は単なる餌同然じゃねぇか! これメイクするのも落とすのも大変なんだぞ!」

「いやいや、女の子と仲良くなるには最初のきっかけが大事だから。いいじゃん、別にその日にベッドに入らなくても良いわけだからさ。まぁそういうコスプレでプレイするのも面白いかも知れんけど」

「こいつ好き勝手に言ってるよ……まあ誠も一緒にゾンビやるなら考えてやってもいいけど俺だけは絶対嫌だ。どっちにしてもそんな理由で長嶋がメイク引き受けてくれねぇよ」

「そうかなぁ……」

 するとここで視界に栗色のマッシュボブヘアーの女の子が入ったのを俺は見逃さなかった。

「美由紀ちゃん!」

 まほろば一座でメイクや衣装を担当している美由紀ちゃんは俺の声に気付くとソフトな笑顔で来てくれた。

「どうもお疲れ様です」

「もう美由紀ちゃんの仕事は終わり?」

「まだ途中です」

「おい、誠。本当に頼むんじゃないだろうな?」

 トモちんが小うるさく俺と美由紀ちゃんとの間に割って入ってきた。

「何がですか? 川田さん?」

「トモちんは、いいから。早く自分の仕事に戻りなさい」

「何だよ誠。まーいいや、好きにしてくれ。長嶋、この酔っぱらいの話まともに聞くなよ?」

「え? あ、はい」

 トモちんの言った事に首を傾げ俺を見た美由紀ちゃん。そしてトモちんは早速ゾンビな歩き方をして去っていった。

「何の話でしたか?」

「いやいや、あの特殊メイク、美由紀ちゃんがやったんだって?」

「はい」

「すごいね。普通の化粧だけじゃなく特殊メイクまでやっちゃうなんてさぁ」

「ありがとうございます。まだまだですけど」

「いや、全然マジすごいわ。あんなのと暗闇で遭遇したら誰でも逃げ出すよ。どこか学校とかで覚えたの?」

「いえ。特殊メイクは独学なんです」

「え?! マジ!? すげぇ……」

「ありがとうございます」と照れ臭そうに小さくお辞儀。そして美由紀ちゃんはそのままニッコリと楽しそうな笑顔を向けて俺に言った。

「誠さん、あんまり飲み過ぎると本番大変ですよ? ふふ」

「一郎も茂も来るから大丈夫だよ!」

「ふふ。ではまだ私、一仕事あるので」

 彼女はそう言って俺に小さく手を振った。


 来週、美由紀ちゃんと会う約束をしている。彼女とのピロートークはなかなか楽しい時間なんだ。色々な話が聞けてさ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ