第2部
まほろばメンバーの打ち合わせを店の隅で缶ビールを飲みながら眺めていた俺。事細かなきっかけの話とか小難しい話をしてた。
「大変ですな」
10人くらいいる劇団まほろば一座の役者連中は皆ボロボロに破れて血糊べっとりの服を着ていて聞いた話じゃこの後メイクをしてゾンビに変身するらしい。そんな役者の中に一人だけ綺麗な純白のワンピースを着た一際目立つ美しい女性の姿があった。
それは劇団まほろば一座の看板女優として有名な遠藤香織ちゃん。皆は彼女をヒメちゃんと呼んでいる。このヒメって言うのは織姫と彦星の織姫から来てるらしい。何も姫様的高飛車キャラと言うわけでは無い。
彼女に関しては正にお姫様と呼ぶに相応しい美貌と風格を兼ね備えている。
少し気の強さを匂わせるくっきり細めの眉にパッチリとした綺麗な二重の目。その彼女の放つ眼光は利発さを物語っていて近づき難さをも少々感じる。これが俺には堪らないんだけどね。そして若さ溢れる張りと艶のある白い肌にツヤっ艶の長いストレートの黒髪。
そして本物のイイ女だけにこれだけでは終わらない。顔だけではなく体もまた魅力的なものを持っている。
長身でスレンダーなモデル体型なんだが胸の方は小さからず大き過ぎずの魅力高い形状を想像させるものを持っていて、さらにはそこから引き締まった腰が丸みを帯びたヒップをより美しく見せている。そして健康的な太ももにふくらはぎ、足首までを結ぶ脚線美と彼女は男の目を虜にさせる見事な造形の持ち主だ。
このメリハリの効いたボディと顔立ちとが合わさることで気品のある色気、艶やかさを放出している美女が遠藤香織ちゃんだ。
これら全てを含めて俺的には彼女の被服を剥ぎ取りあの綺麗な顔が歪めてみたい、汚して滅茶滅茶にしてみたいという男の欲望に火が付き食指が動く。
で、実績としては今のところ二人で飲み食いを数回した程度で止まっている。俺としたことが臆病風に吹かれてしまっている……
って言うのは彼女は相当な手練れだ。誰とでも一定の距離を置いた会話の展開で感情の在りかをぼかして生の自分を外に一切出さない技を使っている。俺も相手に合わせてあえてそんな技を使う事もある。相手の興味を引くためだ。でも彼女はその点をより天然でやっている節に見せかけてコントロールしている感じがする。
そんな女に生半可に手を出すと火傷程度では済まされない。これは俺の経験からによる直感だ。言い訳じゃない。
じゃじゃ馬を乗りこなすのは好きなんだけど彼女はそう言うのとは全く違う。実際俺も歳食ったせいかリスクに対するメリット、マージンが得られないと感じると簡単に手を引く。楽な方、安全な方を選ぶ。そんな感じ。分かる?
でも美人相手は間違いなく楽しい。って事で俺はまほろばの打ち合わせが終わったようで皆散開していくのを見るとすぐヒメちゃんへ声をかけた。今日はあいにく脚が見えないワンピース姿だ。
「ヒメちゃん。ワンピース姿、すごく似合ってるよ。いつになく綺麗すぎるわ」
「綺麗ですか? んー怖がらせないといけないから綺麗と言われても喜べないんですけど……」
「いやいや、ライティングが入ればかなり来るって。四谷怪談ばりな」
「はい。照明さんと音響さんの力が必須です」
俺はヒメちゃんの受け答えが固く笑えた。
「え? その笑い何ですか?」
「いやぁ、ヒメちゃん可愛いなと思って」
すると目を丸くしたヒメちゃん。
「え? 綺麗と言った後に可愛いって……誠さんは本当にいい加減なお調子者ですね」
「お調子者って……ヒメちゃん相変わらずバッサリ手加減無しに言ってくれるねー。俺は単に素直なんです。つい思った事を口にしちゃうから」
ヒメちゃんは口に手を当ててクスクスと笑う。本当にヒメちゃんは美人だ。ついマジ見しちゃう。そして笑った顔はとても可愛い。普段の少し冷たさのある大人な表情から一気に子供っぽさが滲み出る。
(これ、マジ惚れるわ。ヤバい)
「で何、その衣装は桂介の指示?」
「はい、座長の指示です」
「もしかしてあの貞子イメージ?」
「はい、多分そうかと。私は画像しか見たことないですけど」
「やっぱそうかぁ」
俺はふと桂介の野郎はヒメちゃんに清楚なイメージがする純白のワンピースを着せてプレイしようなんて考えてるんじゃないかと思った。俺が奴の立場ならそういう事を考える。
「どうしましたか? 誠さん? 急に考え込んだような表情で固まってましたよ?」
「え? そう? ゴメンゴメン。まま、とにかく気にせず頑張って、ヒメちゃん。ここから応援してるから」
「はい、ありがとうございます。でもヒデさん来てくれますかね?」
「そこは俺に任せておいてよ。心配無用。ヒデとは付き合い長いから」
「そうですよね。よろしくお願いします。すみません、まだこの後すぐ場当たりとか色々あるので失礼します」
「休む暇なしかぁ。大変だなぁ」
「ええ、少ない時間をやりくりしてますから。ではまた後ほど」
「またね」
彼女の後ろ姿を見ているとやっぱり乗りこなしたいと思う俺の本心。
「うん、我慢できん」
逃がした魚は大きかったと後悔するのは俺の中ではあってはならん事だ。攻めに切り替えるか、寝友達がつい最近減ったばかりだし。