ドMとかマジ私得。
「『《毛皮を着たヴィーナス》を読んだことがあるか?』 勿論有るが。
お前はどうなんだ、《悪徳の栄え》を読んだことは?
…何? どちらもないのか。読んでみろ。
なんなら、俺が直々に読んでもいいぞ?」
私が通っている一宮学園では、現在苛めが横行している。苛めというよりも、最早リンチだろうか。たった一人の人間に対して、よくもここまでできるものだと、私は感心してしまったものだ。
普通だったら、ただの一般生徒である私も何かしようと行動するのだが、とある理由から何もしていない。
現在は教室にて優雅にランチを楽しんでいるほどだ。
なぜなら、苛められているのは……
「おい、生徒会長がそろそろこの教室の前通るらしいぜ!」
「まじかよ、アイツ姫華さんをどれだけ怖がらせたか覚えてねえのか?」
そう言って、彼らは教室の隅でぶるぶると震えている女の子を省みた。
姫宮 愛理。この学園を創設した一族の分家の者であり、現在の一宮学園の理事長の姪にあたる。
彼女がここまで脅えているのは訳がある。
ある日、彼女は生徒会長に屋上へと呼び出された。生徒会補佐の一人である彼女が呼び出しに応えて屋上へと行くと、生徒会長から乱暴にされそうになったのだ。
彼女の甲高い悲鳴を聞きつけた他の生徒会役員は、急いでその場に駆けつけると、目に入ったのはボタンが外れ、脱げかけた制服を身に纏う姫宮愛理と、生徒会長だった。
そして、乱暴しようとしただけでなく、ここ最近生徒会が機能していないのは、生徒会長が仕事をサボって、部屋で遊んでいるからだという事実が発覚した。
そのため、生徒会役員や風紀委員、他の役なしの生徒たちなどからも苛められるということになったわけだ。先生達は、理事長の姪である彼女の機嫌を損ねるのが恐ろしく、苛めについてはなにも言及してこない。
まあ、これが事実ならば、まだマシだっただろう。これらには何一つ真実などない。
実際は姫宮愛理が、自分を愛すように仕向ける生徒会長が頑なにそれを拒むため、卑怯な手段に出たのだ。自分の力でボタンを引きちぎったことを考えると、姫宮さんか弱いとか(笑)と言ってしまいたくなる。勿論、後ろ指なんて指されたくないので我慢だが。
そして、生徒会が機能しないのは、姫宮さんに生徒会長を除く生徒会役員全員が構っているからだ。
副会長、彼女に愛を囁くくらいなら、生徒会長に渡す前の書類の仕分けくらいしたらどうですか?
会計、計算が好きな貴方に適役な、学校行事にかかる費用の計算を、暗算が苦手な生徒会長が代わりにやってるって分かってるんですか?
まあ、書記や補佐、風紀委員に対しても言いたいことはあるが、私は彼らに匹敵するような役もなく、実家が凄いわけでもないので、物申したりなどなどはしない。
信頼を裏切られたと謳う彼らを見て、私はただただ嘲った。
彼女は多分、知識あり転生者なのだろう。この世界はとある漫画によく似ている。その漫画に出てくる主人公と同じような言動をして、生徒会長を除く彼らを堕と(攻略)していたから。
しかし、残念ながら、漫画の世界じゃないんだなあ、此処は。
口元が歪になるのを抑えながら、生徒会長が同じクラスの平田くんと、中井くん(漫画ではサブキャラクターくらいの扱い)にぼこられるのを見遣った。
そろそろ行かないと間に合わなくなるな。弁当を片付けて、徐に席から立ち上がる。
「何処行くのー優ちゃん?」
「ちょっとね。遅れたら保健室って言っといて」
「あいあいさー!」
「よろしく」
友人と別れ、視聴覚室の中の扉の手前で息を殺していた。
……来た!
狙い通りの人物が今まさに扉の前を通ろうとした瞬間、私は勢いよく扉を開け、部屋の中へと引きずり込んで、そのまま床へと投げつけた。
受け身を取れなかった彼は腰を強打したらしく、痛そうにさすっている。
テレビを見る際に使用されるこの部屋をわざわざ待機場所に選んだのは、カーテンを引いてしまえば、部屋の中は真っ暗になるからだ。暗闇に慣れれば、大体見えるものの、急に明るい部屋から暗い部屋に来た生徒会長には私の顔など見えなかっただろう。
不気味とも思えるほどニッコリした顔で、私は彼へと話しかけた。
「こんにちは、最上生徒会長」
「こんにちはっうぐぅ!」
挨拶の返事を返す彼に対して、部屋へと引きずり込んだ時同様に、何も言わずに、腹を蹴り上げた。まだ、何も腹の中には入っていないので、早々に嘔吐はしないだろうと見越してのことだ。後、ちゃんと手加減はしている。
腹を押さえて芋虫のように丸くなっている彼の背中を踏みつける。
「ひぐっ」
「ねえ、最上生徒会長。今どんなお気持ちですか? ただ好意に応えなかっただけで、自分の信じてた人達に裏切られるのって。自分を信じない彼らを恨んでるんですか、それとも、絶望してるんですか? ねえ、今どんなお気持ちですか」
彼からは見えないだろうが、口元に手をやり、くすくすと笑う。生徒会長はこの事態に対して思案しているのだろう、私の問いには答えなかった。
「だんまりは詰まらないですよ、生徒会長」
「誰なんだ、君は?」
「さあ? 調べてみたらどうですか? 私は生徒会長のこと信じてますよ」
そう言って足をどけて、すぐさま扉へと向かう。立ち上がろうとする彼をこけさせて、後を追えない様にしてからだ。
「楽しかった」
「あれ、おかえりー。サボリかと思ったのに」
「私は君と違って真面目なんだよ」
「ひどーい。私だって真面目だよぉ!」
友人を軽くいなしながら、先程のことについて思いふける。
そう、苛められているのを知りながら、私がいじめに加担したような立場になったのか?
それは、彼はドMだからだ。性癖な意味で。だから、あれは一種のご褒美なのだ。
実際は違うかと思ったが、いつも暴力を振るわれている時は赤みが増し、腹を抱えるような体勢、いわゆる前屈みになっており、暴力をふるっていた者達が消えると、小さく声を震わせながら、近くの教室まで行き、やけにスッキリした顔で出てくるので、間違いなかった。
彼が一人で昼を過ごすのも、生徒会長特権で手に入るカードキーによって、特別教室の扉を開けて、怪我の痛みに(性的な意味で)震えながら、一人楽しく過ごしたいからだ。
先程私が背中を踏みつけたのも、生徒会長の生徒会長が大きくなっているのを見たくなかったという気持ちからだ。
ご褒美のために暴力を振るっただけであるので、私は決してドSなどではない。断じて違う。
主人公の立ち位置にいる彼女は知らないようだが、この漫画、乙女ゲームとしても出ている。彼女は正しく乙女ゲームの主人公だ。なのに、漫画の主人公の真似をして彼らを堕とそうとするものだから、ところどころに齟齬が生じている。
生徒会長が全く彼女に靡かなかったのも、その一つだ。まあ、漫画では生徒会長は彼ではなかったのだから、しょうがないだろうが、バッドエンドを自ら選んだところには恐れ入る。
生徒会役員と風紀委員を侍らしているが、それもいつまで持つことやら。
まるで、自分がいる場所が凍った湖の上とも知らずに飛び跳ねる子供のような彼女を見て、私はほくそ笑んだのだった。
書いてみたところ、思いのほか主人公が猟奇的な彼女チックに……。
「呆けているその顔を思い切り平手打ちにした。もしかしたら、明日の生徒会長の頬には綺麗に紅葉ができるかもしれないと思っていると」くらいにしようとしたら、いつのまにか踏みつけてました。大変恐ろしいです。
期待して読んだ小説がドMものじゃなかったことを暫く嘆いていたせいですかね。
冒頭は生徒会長のいつか言うかもしれない台詞です。
閲覧ありがとうございました。