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金魚(☆)

 祭り、と言えば、皆さんにとっては何が一番の目玉だろうか。花火、浴衣、カキ氷、綿アメ等、魅力的なモノは多いが、私は言わずもがな、金魚すくい一択。

 狩猟本能をくすぐるゲーム性にも惹かれるが、やはり金魚くらいなら色々と小煩い我が母でも渋々飼うのを了承してくれる、と言うのが一番の決め手だ。これが「ヒヨコすくい」だったら目くじら立てて「そんなモノ返してきなさいっ」と喚くだろう。

 かくして金魚すくいで手に入れた数々の金魚達……と言いたいところだが、実際には10匹にも満たない。猫でも憑依したかのような手腕で20匹すくっても、「家に連れて帰るのは一匹、多くても二匹まで」という暗黙のルールがあるからだ。

 凄まじい闘志でゲットした無数の金魚達の中から厳選される唯一匹の金魚。選考基準は見た目の可愛さのみで、死にかけとかでない限り、健康状態や病気になりにくい種類などは殆ど考慮されなかった。まぁ子供(バカ)だから仕方が無い。


 例えば水泡眼(スイホウガン)。目の下に風船のように膨らんだ袋があり、おたふく風邪にでも罹ったような金魚だ。ウン十年前の祭りの金魚すくいでは珍しい種類だと思う。水族館に行っても綺麗な熱帯魚よりもオニオコゼに惹かれる私は、オタフクちゃんと名付けたこのユーモラスな金魚を溺愛した。

 水泡眼の頬袋はリンパ液が入っている。そしてその日の体調でリンパ液の量が変わり、元気がない時は袋も萎むらしい。オタフクちゃんの頬袋はいつも張り裂けそうなほどパンパンだった。

「ちょっとコレ、針で突いてみたくなるわね」などと言い出す我が母。彼女は靴擦れなどで出来た豆は必ず潰すタイプだ。他人の豆にまで手を出してくる。紙で切った指先の傷にでさえ厳重に絆創膏を貼る父などは、「あら、その豆、潰してあげようか?」と笑いながら母がにじり寄ってくると、「近づくなッ」と喚き、本気で怯えている。

 水泡眼は特に飼うのが難しいわけではないが、しかし普通の金魚に比べると動きが鈍く、そしてやはり少し弱いのか。母の粘っこい視線によるストレスもあるかも知れない。オタフクちゃんは三ヶ月程で不意に弱って死んでしまった。死んだオタフクちゃんの頬袋はペタンコだった。


 次の祭りで手に入れたのは、出目金のデメちゃん。真っ黒な体は全長2センチ(尻尾含む)ほどしかなく、めちゃめちゃ可愛かった。チビだが非常に元気な彼を、私は北海道土産の毬藻(マリモ)と一緒に入れた。丸い藻とコロコロした小さなデメちゃんはとてもお似合いだった。

 だがしかし。

 デメちゃんは狂喜して自分の体ほどの大きさのある毬藻を突き回した。金魚の餌には見向きもしない。


 金魚の味覚は非常に発達している。金魚の脳質量の約20%は味覚を司るという研究もある。池や水槽の底に沈んだ餌をちょんちょんと啄むようにして食べている金魚や鯉が、砂利やゴミだけをプッと器用に吐き出すのを観たことのあるヒトは多いのではないだろうか。アレは彼等の発達した味覚と口腔内の筋肉のお陰だ。

 口に含んだ無数のモノの内、どれが餌でどれがゴミかを金魚は先ず味覚で判断する。続いて口腔内の筋肉がボコボコと隆起して餌の欠片を押さえ、ゴミだけが水と共に吐き出される。もし口内に十個の餌の欠片があれば、十箇所の筋肉がバラバラに細かく隆起してきちんと餌を押さえつける。そして口の中にゴミがなくなってから、金魚は残った餌だけをゴクリと飲み込むのだ。以前にニンゲンを含む動物には脳内にホムンクルスと呼ばれる全身の感覚地図があると話したが(『デフデフ』参照)、金魚の脳には口腔内を網羅した味覚地図がある。だから口のどの部分で何を味わっているかが細かく分かるのだ。ニンゲン程度の味覚では金魚には到底敵わない。


 グルメなデメちゃんに餌認定された毬藻は二日も保たずにボロボロに破壊され、食い荒らされた。そして毬藻の食べ過ぎでハライタを起こしたデメちゃんは、貰われてきてから僅か三日で死亡。しかしこれはデメちゃんの種類やサイズに因るものではなく、毬藻と金魚を同じ水槽で飼おうとした私の失策が招いた悲劇だろう。


 母方の祖母の家には中々立派な池があり、常時七〜八匹の鯉が泳いでいた。しかし鯉よりも遥かに目を惹いたのは金魚達だ。お祭りの金魚すくいで獲ってきた和金や琉金なのだが、どれも体長は20センチを軽く超え、和金など身の詰まりすぎた鯛焼きが泳いでいるようだ。

 どの子も見応えがあったが、私のお気に入りは全身真っ白の琉金だった。真珠色の光沢のある体、ふわふわと長いレースのような尾ビレ。パンパンに膨れた腹は血の色が淡い桜色に透けてとても綺麗だった。

 祖母の池の鯉や金魚達は齢十歳を下らず、下手すれば数十歳にもなろうかという古株もいた。しかしある年の冬、金魚達は一斉に姿を消してしまった。

 犯人はゴイサギだ。

 青味を帯びたグレーの翼、赤い目、黒い嘴。繁殖期には細くて長い冠羽が頭部に数本ヒョロヒョロと生えるのが中々お洒落。しかし同じサギ科でもスラリと優美な白鷺とは違い、ずんぐりむっくりした体型の全長60センチ程の鳥だ。ちなみに夜行性。

「嫌いや、あんな鳥!」

 田んぼでゴイサギを見ると祖母は敵意を剥き出しにする。アメリカに遊びに来た時に目にしたゴイサギにも敵意を剥き出しにしていた。せっかく大きく綺麗に育っていた金魚をヤられた無念もあるだろうが、彼女の場合、それ以上にゴイサギ君の金魚の食べ方が気に食わなかったようだ。

 獲物の少ない冬、夜な夜な池に現れたゴイサギ君は、なぜか必ず金魚の眼玉と尻尾を食べ残したらしい。

「朝に起きて見るとな、目の玉と尻尾だっけ池に浮いとるんやで。もう気持ちワルイ!」とプリプリ怒る祖母。生粋の田舎育ちでありながら、祖母はソレ系の「気持ちワルイモノ」が苦手なのだ。その昔、手製のマムシ酒を土蔵に隠していた祖父も「気持ちワルイッ」と叱られ、マムシ酒も捨てられたそうな。

 それにしても、サギは獲物を丸呑みにするものだと思っていたが、何故このゴイサギ君は眼玉と尻尾を食べなかったのだろう。

「イヤがらせや!」とか言う祖母。

 鳥がわざわざイヤがらせをするというのも凄いが、しかし鳥に復讐されるような薄暗い過去でもあるのだろうか。目玉を食べ残すなんて、もしかしてゴイサギじゃなくてイタチかなんかだったんじゃないの? とも思うが、冬の夜に水場で狩りをするのはやはりイタチよりゴイサギか。この辺の事、詳しく知っているヒトがいたら是非教えて下さい。


 合鴨や鶏はイタチに襲われ、従姉妹のあーちゃんが可愛がっていたウサギの仔は蛇にヤられ、そして鯛焼きと見紛うような金魚はゴイサギに狙われる。田舎は自然の天敵が多く、安全に動物を飼うのは意外に難しい。ちなみに私のお気に入りだった真珠色の金魚くんは真っ先にヤられたが、黒い和金(と言うより既に(ふな))などは最後まで生き残っていたので、やはりニンゲンにもてはやされる華やかな色彩のモノは自然界では淘汰されてしまうのだろう。


 ゴイサギに狙われる危険は無かったものの、我が家の金魚達は猫という危険に晒されていた。基本的に昼間は外で遊び、夜に家に帰って来るミルクくんは大丈夫だったが、内猫だったシャロンくんは暇に任せて24時間金魚達を付け狙った。

 シャロンくんが狙ったのは、金太という名の朱色の琉金。金太は金魚すくいの金魚達の中では例外的に長生きで、三年ほど生きた。水面から口を出して私や母の指をツンツンとつつくくらい懐いていた。ちなみに父が真似して指を出すと、サッと金魚鉢の底に潜った。ヒトを見分ける、非常に賢い金魚なのだ。病気になれば大人しく水揚げされて塩揉みされ(我が家の金魚達は塩水浴ではなく、料理用の魚のように母に普通に手で塩揉みされている)、危ないところを何度も生き延びた。

 そんなある日、金太くんは実は金子ちゃんであることが発覚した。彼……いや彼女は金魚鉢で卵を産んだのだ。我が家で使っていたのは、普通の藻が二本程入れてあるだけの、古色豊かな丸い金魚鉢だ。無論常時冷暖房完備の屋内飼いで季節感とは程遠く、冬眠などはさせていない。水もガンガン替えている。そもそもその頃に飼っていた金魚は金太一匹だけだったのだ。

 何をトチ狂ったのか、突如勝手に発情した金太改め金子ちゃん。彼女がぎっちりと隙間無く金魚鉢に産みつけた卵を見て、悲鳴を上げつつタワシで掃除する母の隣で、「勿体無い!!!」と私も悲鳴を上げた。タワシで擦ってもガラスに卵の跡が残るほど強固な卵だった。金子ちゃんは替えの金魚鉢の中で更に二度ほど卵を産み、その後まるで何事も無かったようにパクパクと水面から顔を出して餌を要求していた。

 金太くん(結局名前は変わらず)のお婿さんと称してペットショップから琉金を二匹買ってきたが(しかし彼等の性別は不明)、金太くんはその後二度と卵を産むことはなかった。

 卵を産み、特別な金魚として可愛がられる金太くんと彼を付け狙うシャロンくんの戦いは、シャロンくんが成長するにつれて激化してきた。仔猫の頃は金魚鉢に片手を突っ込み、パシャパシャと水を跳ね上げる程度だったのが、数ヶ月もすると両手どころか上半身も半ば水に突っ込んで金太くんを追い回している。

「シャロンーーーッ」と怒鳴られても知らんぷり。お尻を叩かれても振り向きもしない。お母さんは国外から買われてきた優雅なターキッシュ・アンゴラで、純白にオッドアイのシャロンくんもルックスは王子様風だったが、性格は野良猫だったお父さんの血を濃く受け継ぎ、実にふてぶてしい。捨て猫だったミルクくんの方が余程殊勝でデリケートだ。

 シャロンくんが金魚鉢を倒しそうな勢いで襲いかかってくるので、金太くんは大きなバケツに移住することになった。シャロンくんに見つからないように、たっぷりと入れられた藻の中でのんびりと泳ぐ金太くん。バケツの縁をトントンと指で叩くと、「ゴハンゴハン」と嬉しげに水面に浮かび上がって来る。

「金魚いなくなっちゃった」と初めはつまらなそうだったシャロンくん。しかし彼は一週間もしないうちに台所の隅にひっそりと置かれたバケツに住む金太くんに気付いた。当たり前だ。外に出ないシャロンくんは暇を持て余し、毎日刺激を求めて家中を探検していたのだから。

 遂に金太くんはバケツごと風呂場に引っ越すことになった。風呂を使う時は石鹸などが入らないようにバケツは洗面所に移動され、それ以外は常にドアの閉められた風呂場に置かれる。金太くんの身を守る為とは言え、金魚って観賞用のペットではなかったのか?

 平安時代のお姫様のように邸の奥深く(=風呂場)でひっそりと簾(=藻)の陰に隠れる金太くん。父方の祖母が水槽の金魚にソウメンを食べさせて大きくしていたのが羨ましい母に「あんたも大きくなりなさい」と時折ソウメンを貰い、何事も無く半年が過ぎた。しかしシャロンくんは金太くんの存在を忘れたわけではなかったのだ。

 夜中に酔っ払って帰って来た父がシャワーを浴び、そして風呂場のドアを閉め忘れた。悲しいかな、彼の記憶力は猫以下だったのだ。ヒト(と言うより父)より遥かに賢いシャロンくんが、この千載一遇のチャンスを見逃す筈はない。

 朝、和室の床の間に飾られている半死半生状態の金太くんを発見。何故わざわざ床の間に……? と言うのは置いておいて、喚き散らしながら駆け込んだ風呂場には、バケツから藻を掻き出し、金魚の代わりに自分がバケツの水に浸かって遊んでいるシャロンくんの姿が……。


 ターキッシュ・アンゴラと同じくトルコ出身のターキッシュ・バンは、『トルコの泳ぐ猫』の異名を持つ。やはり血統が近いせいだろうか。シャロンくんは猫の癖に水遊びが大好きだった。


シャロンくん Before

挿絵(By みてみん)


シャロンくん After

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

たかが一歳とは思えないこの迫力。

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