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モテ期

動物は動物でもジェイちゃんの話です。

 モテない男、ジェイちゃん。


 小学二年生の時にガールフレンドが二週間ほどいたらしいが、簡易パーマ?のようなものをチリチリと髪にかけた彼女に「可愛い?」と聞かれ、「変」と答えて振られたらしい。以来彼女イナイ歴18年。


「ジェイちゃんってお茶目でカワイイね〜」 などとよく言われるが、それはクマのプーさん的な可愛さであって、決して男らしくてカッコイイとか魅力的だとかではない。そもそも可愛いと言ってくれるヒトの平均年齢が60+なのだ。しかし本人にそれを気にする様子は無い。

 以前、心理学を専攻している友人に頼まれて、彼が課題で作っている心理テストを受けたことがある。考え方や判断力及び行動力が男性的か女性的かを調べるといったテストだった。モノの考え方に本当に性別差があるかどうかはともかく、その心理テストの結果、私は平均よりもかなり男性寄り、ジェイちゃんはめっちゃ女性寄りだった。言いにくそうに結果を伝えてきた友人にジェイちゃんはニコニコと屈託無く一言。

「このテスト、すっごく精確だと思うよ! 僕、常々イズミってXXYじゃないかと思ってるんだよね」 オイ、そーゆー自分はどうなんだ?


 そんなジェイちゃんに人生最大のモテ期が到来した。


 夏休みに日本の親戚の子供達が三人でアメリカに遊びに来た。子供といってもユウちゃんは高校一年生で、そして私よりだいぶ精神年齢が上だ。ゲームなどをしていて私が熱くなり過ぎると、わざと負けてくれたりする。彼女が大人過ぎて、時々自分が恥ずかしくなる。スっちゃんとモエちゃんは5年生。まぁこの二人はまだまだ子供ですな。(ホッ)


 ところでこの三人が三人とも、すごい美人さんなのだ。親戚の贔屓目などではなく、普通に街を歩いていると「まぁ、なんちゅう可愛い子や」などと頻繁に見知らぬ人に囁かれる。特にスっちゃんは色白細面中高切れ長の恐ろしく整った美貌で、はっきり言って日本人には見えん。そして小柄で可愛いモエちゃんは三年生くらいにしか見えず、ジェイちゃんによく肩車されていた。


 ジェイちゃんが初めてこの三人に会ったのは、スっちゃんとモエちゃんが小学三年生になる直前の春休みだった。動物(こども)好きのジェイちゃんは言葉も通じないのに子供達とすぐに仲良くなり、きゃっきゃと楽しく遊んでいた。しかしスっちゃんの妹のこっちゃん(当時四歳)には怪しいヒト扱いされて、ちょっとショボくれていた。

「こっちゃん、ジェイちゃんと手ぇつないで歩けへんの?」 と聞くと、こっちゃんはサッと逃げて私と手をつなぐ。ジェイちゃんとは目も合わせない。ジェイちゃんは白人にしては背も低いし髪も焦茶色なのに、幼子の眼にもやはり異人さんに見えるらしい。

「……エンジュもよく嫌いなヒトに対してやるけどさ、コレってつまり、『あなたは私の世界に存在しません』っていう意思表示だよね。目に映らなければ存在しないのと同じってことでしょ?」


 こっちゃんに相手にして貰えず、スっちゃんとモエちゃんに慰めてもらうジェイちゃん。しかしその後モエちゃんが「ジェイちゃんみたいなパパが欲しい〜」 と言っていたと聞き、密かに絶句していた。ジェイちゃん的には『少し年の離れたお兄さん』のつもりだったらしい。

「……なんか急に老け込んだ気がする」

 鏡の前で目尻の小皺を調べつつ力無く呟くジェイちゃん。その数日後に男性用シワ取りクリームを買ってきたのは内緒だ。


 アメリカに遊びに来た三人の目的は、

大人(じゃまもの)無しの大冒険』

『ショッピング(ユウちゃん)』

『ジェイちゃんと遊ぶ(モエちゃん&スっちゃん)』

『犬と遊ぶ(モエちゃん)』

 と言ったところか。サンフランシスコの街並みや名所巡りなどには全く興味がなく、三人共車の中で爆睡していたから、観光目的でないことだけは確かだ。


 それにしても子供のエネルギーと食欲って底無しですな。私は朝から晩まで食事の支度ばかりしていた気がする。昼間はジェイちゃんとプールで泳ぎ、遊園地に行き、ドライブを楽しみ、犬共と家中を追いかけっこ。おまけに三人とも完全な時差ボケで夜中の二時過ぎまでジェイちゃんと Wii でマリオカートなどして大騒ぎ。そしてスっちゃんはめっちゃ寝相が悪く、一緒に寝るとクイーンサイズのベッド(日本のダブルベッドの1.5倍)から蹴り落とされそうになる。

「わー、イズちゃん、目の下すごいクマ!」 と驚くスっちゃん。お嬢ちゃん、それは一晩中君に蹴られて眠れなかったからですよ。なるべくスっちゃんと一緒に寝ずに済むように奸計を巡らす私。モエちゃんとユウちゃんは寝相が良いのだ。ちなみにジェイちゃんは自分のベッドを子供達に明け渡し、3週間ずっとソファーで寝ていた。


 三人が帰国する最後の夜は、みんなでオシャレしてレストランに食事に行った。ジェイちゃんと三人が仲良く並んだ写真をiPhoneで撮っていると、スっちゃんが携帯を覗き込み、「ちょっとそれ貸して〜」 と言った。

 画面を操作してモエちゃんとユウちゃんをカット、そして自分とその隣のジェイちゃんだけの写真を作ったスっちゃんが嬉しげに一言。


「みてみて、私とオット♡」


 口の中の物を噴き出しそうになった。オット?! オットセイじゃなくって?!

「ジェイちゃん! あんたこんな美人さんにそんなこと言ってもらえるなんて、後にも先にも人生に二度とないよ! ジェイちゃんが死んだら墓石に今のスっちゃんの言葉を彫ってあげるからね!」

「二度とない、ってことはないんじゃない? でもどうせならもう少しお姉さんになってから言って欲しいな」 高望みするジェイちゃん。

「あのね、あと数年したら、『ジェイちゃんみたいなオジサンは近づかんといて! キモイ! 加齢臭!』とか言われるんだよ? こんな可愛いこと言ってくれるのは今のうちだけなんだよ?」

「大丈夫、僕って童顔だから」 シワ取りクリーム使っている奴が何を言う。


 翌日。三人を無事空港へ送り届けて家に帰ってくると、エンジュと吹雪がドドド、と走って迎えに出てきた。玄関を閉めようとすると、二匹がドアの隙間に無理矢理頭を捩じ込むようにして私達の背後を覗いた。そして誰もいないのを確かめた途端、何やらふーっと大きく溜息をつく二匹。いつもなら「帰ってきた〜、あそぼーあそぼー」 と煩い二匹が、いきなりバタンとベッドに倒れこんだ。そしてその後二時間余り、ぴくりとも動かず、死んだように眠り続けた。エンジュは時々夢にうなされ、寝言を言っていた。犬でも気疲れするらしい。


 ✿ ✿ ✿


 ユウちゃんは今年から大学生、スっちゃんとモエちゃんは中学生になった。

 スっちゃんは自分が言ったことなどとっくに忘れているかもしれないが、しかしこのエッセイによって彼女の黒歴史は永遠に残るのだ。


「あ〜、あんなちっちゃかったモエちゃんが中学生かぁ。もう肩車して遊ぶようなことは二度とないんだなぁ」 と寂しげなジェイちゃん。


 みんなすっかりお姉さんになったけれど、また遊びにおいで。

 そしてたまにはジェイちゃんの相手もしてあげてね。

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