競作 『白き乙女の微笑み』
第四回競作イベント! 今回のテーマは『カメラ』 お楽しみ頂けたら幸いです!
ここは昼夜なきコンクリートジャングル、新宿の一角。背の高いビルが立ち並ぶこの区画で、何やら人だかりができていた。硝子張りの出入り口で蟻の様に並ぶ人の列。その先のエレベーターの横には『サイモン・フロスト展示会』という看板。
『サイモン・フロスト(1970~)』とは近年流行りのイギリス出身アーティストであり、型に拘らず、油絵から水彩画、グラフィックアートからスクラップアートまで手掛ける、才能あふれた画家である。他のアーティストからは『ポリシーがない』『伝統を踏みにじるレイプ魔』などと鼻つまみ者にされていたが、彼の実力を認める芸術家も多くいた。近年になって一般雑誌で取り扱われてから注目され始め、世界中で展示会を開くほど有名になったという。
そんな彼の作品を見ようと、この会場には日に数千もの人々が集まっては狭い数フロアに寿司詰めになって鑑賞し、各々の感想をため息に乗せて帰っていった。
そんな彼の代表作、小さな屑鉄をキャンパスに散りばめて描かれた人(?)『苦悩する鉄人』が目玉として展示されていた。
しかし、観客たちに一番の感動を与えているのが、油絵で描かれた女性『白き乙女の微笑み』だった。このふっくらとしていながらも細身に感じ、幼くも大人びて見える不思議な女性の笑みに観客たちは心を奪われていた。お土産のポストカードも、この絵が一番人気であり、実物大ポスターも飛ぶように売れた。
だが、この絵には少々不気味な噂があったという……。
真夜中の一時半、この展示会の警備員である横島正一と嶋沢旦は、監視室でモニターをよそにテレビゲームを楽しんでいた。
彼らは幼馴染であり、二人そろって大学中退後、この時給の高い仕事にありついた。横島は空手の黒帯持ちだと嘘八百を口にし、嶋沢は自慢のふくよかな体格を生かした柔道、相撲経験者という出まかせを並べた。何故か裏を取らないテキトーな責任者のお陰か、彼ら二人は揃ってこの職を得て現在に至る。それからというもの、彼らの仕事ぶりはまさに『監視カメラのレプリカ』だった。
「なぁショー、知ってるか?」手元のコントローラーを太い指で器用にいじりながら話しかける。「あの女の絵の話」
「聞きたくないよ、ダン」目の前の画面を凝視しながら口を曲げる。「俺がビビりなの、知ってるだろ? 仕事明けで眠れなくなるのは勘弁だ」
「そうか……ふぅん」真ん丸の顔をふっくらさせ、微笑みながら口を開く。
あの『白き乙女の微笑み』は真夜中の二時を過ぎると、突然啜り泣き始めるのだという。その泣き声を聞き、彼女の顔を見た者は絵に取り込まれてしまうのだという噂だと、無理やり語った。
「だぁっから言うなって! 絵がそこにあるってのに!」監視モニターを指さし苦み走った表情を見せる横島。「マジやめてくれよ……口裂け女とか紫ババァとかでも無理なんだからさ!」
「俺は大好きだけどな」嶋沢は楽しそうな表情を浮かべながら私物の入ったリュックに大きな手を突っ込む。「ほら、今日はコレもってきた」彼の手に握られていたのはデジタルカメラだった。
「……まさか心霊写真を見せる気か?」
「いや、それをここで撮ってやろうかな、と」重たそうな腰を持ち上げ、嶋沢は監視室のドアを開けた。「この展示場って撮影禁止なんだよな? それを撮影できる特権を行使してまいります」ふくよかな体を横に揺らしながら彼は真っ暗な廊下を一人、歩いて行ってしまった。
「おいマジかよ! 独りにするな……あ、ゲーム途中じゃん!」横島は自らの心を蝕む恐怖を忘れようと、ゲームを一人プレイで進める。項に感じる妙な寒気を無視し、目の前のゲームに集中しながら「怖くない、怖くない」と、呪文の様に唱えた。
時は深夜の二時。外では風が激しく吹き、ビル特有の軋みが響く。その度、横島は背筋を震わせ、表情を強張らせた。未だに嶋沢は戻っていない。「ったくぅ~ だから勘弁してくれってぇ……」と、監視モニターをチラリと見る。
モニターは一番から十番あり、全ての作品をレンズ内に収めていた。そんな中の三番モニター。この監視カメラは『白き乙女の微笑み』を見守っていた。
「……ん?」凝視すると、モニターに白い靄がかかり、奇妙に揺れた。「え?」頬を歪ませ、訝しげな目を向ける。すると……どこからともなく女性の啜り泣く声が彼の耳に入った。
一気に顔が青ざめ、両足が貧乏ゆすりを始める。「冗談だろ? おいダン!! 悪ふざけはやめろよ!!」声が自然と上ずる。
今度は監視室の外から何者かの吐息がドアの隙間から流れ込み、さらに真っ白な霧のようなモノが入り込んでくる。
それに気づいた横島は何も見ないように机に突っ伏し、制服の脇を冷や汗でぐっしょりと濡らした。「夢だ、夢……寝落ちしたんだ……起きろ、起きろ!!」
さらに追い打ちをかけるように、廊下を素足で走る様な音がペタペタと鳴り、それが臆病者の心を踏み砕く。目に涙を浮かべる横島。
「勘弁してくれよぉ!! イギリスの絵がなんで和製ホラーっぽい怖がらせ方をするんだよぉ!! 俺が悪かったからもうやめてくれぇ!!」
この女々しき悲鳴を合図に大きな腹を苦しそうに抱えて監視室に戻ってくる嶋沢。目に溜まった涙を拭き、顔を赤くして大いに笑う。「ははは、本当にショーは昔から怖がりだなぁ」愉快そうに体全体で笑う。
「ふざけるのもいい加減にしろよ、お前!」と、彼の頭を一発殴る。「ってことは、全部お前の……」
後頭部を押さえながらも笑い続ける嶋沢。「そ、おふざけ。監視カメラのヤツはティッシュで、白い霧はドライアイス、音も俺が全部やってたんだよ♪」
「……本当に怖かった……ガキの頃の体験を思い出したよ……しかし、女の泣き真似はうまかったなぁ! あそこで俺、マジでビビったぜ」
「え? それは俺じゃないな……」
「……どういうこ……と?」この瞬間、本格的な悲鳴が警報装置の如く、二人から発せられた。
「やめようぜ! 絵に取り込まれたらどうするんだよ!」横島は体全体を小刻みに震わせ、懐中電灯を二つ持ち、嶋沢の巨体に隠れながら辺りを必要以上に照らした。
「そんな非現実的な話あるか! 真相を確かめるんだ!」デジカメ片手に意気揚々と『白き乙女の微笑み』のある部屋へ向かった。
たどり着くと、横島は不快そうに耳を塞ぎ、冷や汗を滝の様に流した。「聞こえないか?! この不気味な哭き声!! 帰りたい! この仕事辞めたい!」
「俺には聞こえないけど……」残念そうな声を出しながらデジカメをいじる嶋沢。先ほど撮った展示物を見ていき、目の前の絵と照らし合わせてみる。
「何やってるんだよ?」
「よく言うだろ? 写真は真実を写すって」デジカメと絵を交互に見ては、目を真ん丸にして口笛を吹く。「見てみろよ」
「結構です!」怖いモノは何より苦手だったが、妙な好奇心に負けてチラ見する。すると、横島も目を丸くさせ、口をあんぐりと開けた。「……泣いてる……」
デジカメに写った『白き乙女の微笑み』は、目の前の微笑みと違い、少々俯き暗い顔をしていた。目にはキラリと宝石の様な涙を光らせ、愛おしく思わせる。
「何故、泣いてるんだ?」横島は先ほどの過剰な恐怖をすっかり忘れ、女性の涙に疑問を抱き、デジカメと絵を交互に眺めた。
嶋沢は近くのテーブルから展示会パンフレットを取り、絵の紹介文を眺めた。「この絵は作者の恩人を描いた作品なんだってさ。貧しい時、殆どタダで部屋を貸してくれた大家さんの絵……だとか」と、絵に目を戻す。「何で俺には聞こえないんだ?」
すると横島が苦そうに答えた。「俺、霊感強いんだ……故に昔のトラウマでこんなビビりに……」
「勿体ないな」恨めしそうに横島を睨み、肘で小突く。「じゃあ霊能力者さんよ。彼女の悩みを聞いてあげたらどうだ?」
「オレェ? えぇ?」横島は困惑の表情を浮かべたが、一歩足を踏み出し、絵の鼻先まで近づく。「何か、悩み事はありませんか?」
「英語で! 相手はイギリス人だぞ?」
「うるせぇ!」背後の嶋沢を叱り飛ばすと、絵の啜り泣きが止まる。
「……カエリタイ……」
囁くような小声に驚く横島。「え? 帰りたい? 帰りたいって、どこへ?」
「まさか……イギリス?」二人は乾いた笑いを漏らした。
互いの顔を見て笑い合った二人だが、次第に横島は悩むように唸りはじめ、頬を歪めた。しばらく二人は牛の様な声で考え続け、彼は答えが出たように口を徐に開いた。
半年後、イギリスのロンドン郊外の住宅街に二人のバックパッカーが到着する。ヒッチハイクをしたのか、乗ってきた車の運転手に礼を言い、大手を振って見送る。
東京の無機質なジャングルとは違い、気品と情緒あふれた建造物が二人の目に映る。髭面になった嶋沢はデジカメ片手に一軒一軒の家の写真を撮っては、そこに霊が写っていないか確かめる。「知ってるか? イギリス人はゴーストが大好きで、幽霊憑きの家に喜んで住むんだぜ」
「家の歴史にもよるだろ」小汚くなり、髪の毛を肩まで伸ばした横島は地図を片手に番地を表記した看板を見る。「メテオストリート583……」と、呟きながら家を一軒ずつ見る。
しばらく歩いた場所に、彼らが目的とする家を発見する。「あった……」
その家はアパートと呼ぶには小さく、普通の一軒家にしか見えなかった。彼らの調べによるとサイモン・フロストはルームシェアをして人間観察をし、暴れるように絵を描いたとあった。
彼ら二人はその家の玄関口へ近づき、恐る恐るとブザーを鳴らした。「この日の為だ。半年のアドベンチャーはこの日の……」荒々しくドアが開く。
「(どなた?)」少々フランス訛りの入った英語が出迎える。目の前には今風のファッションに着飾った20代半ばの白人女性が立っていた。
彼女を前に二人は互いの脇腹を小突き合いながらも、結局はこの旅の言い出しっぺである横島が口を開いた。「(初めまして。ジュリア・クラインさんですか?)」
相手は小汚い東洋人を怪しむような目で眺め、見下すような眼差しを向けた。「(母はいません。私は娘のアンバーです)」
「(ジュリアさんは、ここにおられますか?)」
「(……三年前に亡くなりました……)」目を伏せ、そのままドアを閉めようとする。そうはさせぬと嶋沢は大きな足をドアにひっかけた。
「(サイモン・フロストさんを覚えてますか?!)」
するとアンバーは懐かしい名を聞いて頬を綻ばせ、嬉しそうに語った。「(えぇ……あの変な人……今や有名人ですよねぇ。子供の頃、よく絵を描いてもらいました。みんな変な絵ばかりでしたけど……あんなのが今や数十万ポンド)」
「(そ、そのぉ……)」横島はリュックを置き、中から布に包まれた絵を取り出した。「(この家に置いてくれって、彼女がその……)」と、『白き乙女の微笑み』を彼女に差し出す。
「(こ、これ? え? 本物!!)」アンバーもこの絵の事を知っているのか、仰天してその絵を凝視した。「(って事は貴方達!! え?!)」
この反応を目にした二人は仕方なさそうに頷き、口元に指を置いた。「(ですよね、わかってます。ですが、この絵の為に行動したんです。どうかわかってください)」
しばらく、事態を飲み込めないアンバーに事の始まりから説明する二人。彼女が納得する頃には日が暮れていた。
「(わかりました……では、この絵はこの家にこっそりと飾っておきますね……ありがとうございます)」
「(警察に追われるのは御免ですよ……ふぅ)」揃ってため息を吐く二人。すると、何かを思い出したかのように嶋沢はデジカメを取り出した。「(一枚、いいですか?)」
アンバーはよろこんで絵を胸の前に置き、にっこりと笑った。
真夜中になり、二人は小さなアパートを後にした。背後では、手を振るアンバーの姿があり、彼女に向かって手を振り返しながら笑う横島と嶋沢。「さて、これからどうするかね」
「国際指名手配犯なんだよね、一応……」言葉とは裏腹に横島には微塵の後悔もなかった。
「万が一捕まったらさ、精神鑑定を主張しよう。そうすれば万年刑務所暮らしは回避……できないかな?」
「てか、正直に犯行動機を言っても、信じてくれないって」
「違いない」と、笑いながらデジカメを取り出す嶋沢。先ほど撮った写真を見てにっこりとほほ笑んだ。「見ろよ、これ……無期懲役をくらう価値はあるだろ?」そこにはアンバーの笑顔とそっくりであり『白き乙女の微笑み』というタイトルが似合わないほどの満面の笑みを浮かべたジュリア・クラインがそこに写っていた。
「い~い笑顔……」うっとりと写真を眺める横島。すると彼の背後から、何者かが囁いた。
「……アリガトウ……」
如何でしたか? 次回の競作イベントにもご期待下さい!




