始まり
もう夜の10時。外は暗い。人が吸い込まれる様にいなくなり寂しさが連れ立って夜遊びに繰り出す。迎えに来て欲しい。携帯の電源を入れた。画面が暗い。ボタンを押すとふっと色が飛んで画面が消えた。もう一度電源をいれるが充電マークの点滅するだけ。緑の色がぬるぬると闇の中へ溶け出して行く。彼女は携帯をしまうと辺りを見回した。公衆電話なんて使った事はなかったけれどしかたない。電話をかけられるのなんてここしかないんだから。ガラスで囲われた直方体のボックスの扉を開けるとガラス越しではぼんやりとして見えた光が瞳の中を駆ける。外から見られているような圧迫感。透明な壁なのに迫ってくるような感覚。外は中が明るすぎてよく見えない。小銭を急いで探り手早くダイヤルを回そうとする。閉じ込められるなんて事を考えないようにしていると扉が開いた。やや冷たい風が咳切って流れ込み、それと同時に彼女のからだはガラスの壁に叩きつけられた。誰なんだろう?見ようとその体は傾けられた途中で、首と体のバランスがおかしい。ガラスと接触した頬はガラスの冷たさに赤みを奪われて行く。そこから何のやりとりもなく無言の空間が数秒支配した後、ガラス押しつられたまま彼女は命を失った。刃先が彼女の物言わぬ体をえぐり、血が止めどなく流れ出し、ガラス一面を赤い色で塗り替えた。彼女の体にはすっかり赤みが戻ったがあいにくそれは表面だけで中身はどんどんつめたくなっていく。彼女を殺した誰かは彼女のコインでゆっくりダイヤルを回した。特に急ぐこともなく。警察に繋がると彼女の体をまた切り裂いた。誰もいない電話ボックスに刃物と肉体とのセッションが響く。聞くのは受話器とその先の者のみ。そんな夜だった。