第2話 始まりの前 2
プレイ開始から、3日。PLv11となったリクトは、狩り場をホワイトラビットのいる南のフィールドからブラックラビットのいる東のフィールドへ移していた。
ブラックラビットはホワイトラビットに比べて攻撃力・防御力が高いが、攻撃方法が変わるわけでもなく、先制攻撃をしてくるわけでもない。だいたい見習い期間後半に世話になる狩り場である。レベル11はぎりぎり適正だが、そろそろ経験値量も減ってきている。それでも、次のフィールドである北にはとうとうアクティブ型モンスターが現れるため、東でモンスターを狩るプレイヤーは多かった。
ちなみに、適正レベルはPLvで見るのが一般的だが、それは剣なら剣、魔法なら魔法に集中してスキルを使っている、つまり職業登録をしていることが前提になっている。その場合PLvとSLvに差はほとんど生まれないので、問題はない。しかしリクトのように職業を定めず、ふらふらしていると、必然的にSLvは低くなる。そうなると、本来の適正レベル帯で狩るとモンスターが強いという事態に陥る。実際、リクトが東に来たばかりの頃は、勘が掴めなかったり押し負けたりで10回ほど死んでいる。幸い、見習い期間だったためデスペナルティが発生せず、経験値を失うという事態にはならなかったが。
そういう経験もあり、まだしばらくは、リクトは狩り場を東から動かすつもりはなかった。見習い期間の終了でチュートリアル防具はすでに消滅している。その後、まだ防具を買っていない。初期装備だけあって壊れることだけはないが、防御力などないに等しい布の服を未だに使っているのは、まだメイン武器が決まっていないからだ。正確には8割方決まっているが、他の武器を切り捨てるつもりもないからである。完全に無職ルートに突き進むことになっているが、それもいいんじゃないかと考えることにしていた。
リクトは現在、木の陰に潜んで“隠密”で身を隠しつつ、“索敵”でモンスターの気配を探り、弓を引き絞っていた。矢は“弾丸生成”スキルを使い、MPを消費して作っている。銃弾もこのスキルで作ることが出来る。
目の前を通り過ぎていくブラックラビットに狙いを定め、“精密射撃”スキルを使用。放たれた矢は吸い込まれるようにブラックラビットに命中した。それにより削られたHPは3分の1。攻撃されたラビットがこちらに向かう。こうなれば“隠密”スキルは役に立たない。まっすぐに向かってくるラビットに向けて、“連射”スキルで2射、3射と矢を放つ。だが、距離が縮まれば弓は扱いにくい。普通ならここでいったん距離を置くところだが、リクトは手から弓を消し、代わりにレイピアを実体化させた。
多くのVRMMOがそうしているように、NSOもアイテム使用を思考操作や口頭指示で行えるようなシステムを持っている。戦闘中にいちいちアイテムウィンドウを開かずとも、頭で思うなり声に出すなりしてアイテムを実体化あるいは使用できるのだ。そうでなければ戦闘が追いつかない。とはいえ、実行にはそれなりの練習が必要となる。
そのシステムを応用し、リクトは思考操作で装備の変更を行っていた。死亡理由の多くは、思考操作が上手くできず、素手でモンスターとやり合う羽目になったからだった。まだタイムラグはあるが、何とか実戦で使える程度のスピードは確保できた。慣れていけば、もっと楽に装備変更が行えるだろう。
手に持ったレイピアで、ブラックラビットの残りわずかなHPを消滅させる。こんな動作を繰り返して、リクトはレベル上げを行っていた。
失敗なのか仕様なのか、戦闘開始からキャンセルされていた“索敵”をかけ直してから、場所を移動する。物陰に潜んでから、再び“隠密”を使用。装備を銃に持ち替えて、また獲物に狙いをつける。
銃の場合は発砲音がかなり響く。この音は周りのモンスターに影響を与え、場合によっては敵対行動と見なされてモンスターが集まってくることもある。それを防ぐために“消音”スキルで攻撃音を消す。このスキルの効果は銃に限らないが、レベルが低いうちはほんのわずかに音が小さくなるだけに過ぎない。ぶっちゃけ使えない。銃自体にサイレンサー機能が付いているものもあるが、そういう便利なものは高いのだ。リクトの“消音”レベルはようやく7になったところだ。銃だけではやってられないので、弓や剣での攻撃の時にも、余裕があったら使うようにしている。それでようやく、多少の効果が見られるようになった。音はまだまだ、完全には消えないが。
だから銃の場合は、弓以上に短時間攻撃が必要になる。弓と違って引き金を引くだけで攻撃が出来るので、精密射撃を使いつつも、質より量で撃ちまくっていた。強さはともかく、大量に集まって来ているため、いちいち狙いを定める暇がない。こちらでやらずとも、ある程度はスキル補正で体が勝手に狙いをつけてくれる。要は気持ちの問題だ。どこまで適当にやれるか、という。
ちなみに今リクトを囲んでいるラビットは15匹ほどだ。銃は他のプレイヤーの狩っていたモンスターを横取りしてしまうこともあるので、好かれていない。なるべくプレイヤーの少ない方に向かったため、モンスターの数もそこそこ多い。連射と精密射撃で片っ端から狙っていく。弾丸生成でMPがじわじわと削れていくが、燃費がいいのでMP切れになる前には終わるはずだ。最悪、武器をレイピアに変えればいい。このゲームではSPは設定されていないので、多くの物理スキルではスタミナ切れによるスキル使用不可という状況が発生しない。代わりにスキルキャンセル、いわゆる失敗確率が魔法スキルに比べて高く設定されている。それでも物理スキルがかなり有利で、魔法職からバランス改善の要望がβテストの時から出されているらしい。
結局、15匹を銃だけで倒しきったリクトは、アイテムウィンドウを開いて獲得したドロップアイテムを確認する。ブラックラビットのドロップアイテムであるブラックラビットの肉は、ポーションには劣るがHPを回復する効果がある。金のない初期時代にはかなり重宝されるアイテムだ。ちなみに最初に戦うモンスターであるはずのホワイトラビットが落とす肉は、何故かMPを回復する。不思議だ。
それから、ステータスウィンドウを開いた。PLv12、連射SLv8と言う文字が点滅している。レベルが上がったことをその点滅で知らせているのだ。本来はレベルアップを知らせる効果音が流れるが、リクトは邪魔だと言ってその機能をオフにしている。PLvが上がったことで得たステータスポイントは、主にSTRとMR、DEX、AGIに割り振っている。今回はSTRとAGIに割り振った。
さらに装備を持ち替え、レイピアを手に取ったところで、ソラからフレンド・コールが入った。
「もしもし」
『リクト! まだ見習いやってるの? 早くレベル10にしなさいよ』
「あ」
リクトは、カイ・ソラと、レベル10になったら連絡をすると約束していた。現在のリクトのレベルは、先程上がって12。ついでに言うなら、レベル10には昨日なった。
リクトは、2人に連絡することをすっかり忘れていたのだ。
『あって何よ、あって。忘れてたわね。今レベルいくつよ。答えなさい!』
「……12」
『なんですって! 何で連絡しないのよ。今どこにいるわけ?』
「東だけど」
『東? レベル12で?』
「さっき上がったんだよ」
『それでも、11なら北に来ればいいじゃない。まあいいけど。なら合流しましょう。中央広場でいいわね?』
「いいけど、お前らレベルいくつよ?」
『18よ。じゃあね、早く来なさいよ』
「はいはい……」
18と12なら、まあ許容範囲か。それでも、だいぶ大きい差だと思うが。
通信が切れる。これで行かなければ、きっとものすごい怒られるのだろう。リクトは狩りを中断して、アイテムウィンドウを開いた。転移結晶を選択する。転移の光がリクトを包み、リクトの体を中央広場へと移動させた。