プロローグ――リクト――
“諸君、これはデスゲームではない。繰り返す。これはデスゲームではない。安心したまえ。このゲーム内でいくら死んでも、現実の身体に何ら影響はない。ログアウトできないこと、痛覚レベルの多少の上昇の他に、諸君にとってデメリットとなるシステム変更はない”
プレイ開始から1週間。空から降った声を、俺は呆然と聞いていた。
ネイトルストーン・オンライン。新しく発売されたVRMMO。βテスターに当選し、一足先にプレイしていた幼馴染みの兄妹に誘われ――というより押しつけられ、俺はこのゲームを始めることになった。
第一期のゲーム発売数は2万台。うち5000人がβテスターのため、実質発売数は1万5千台。当然抽選となり、俺は幸か不幸か、当選した。
こう言うと嫌々やってるみたいに聞こえるけど、別にゲームが嫌いな訳じゃない。あの兄妹のように年がら年中ゲームばっかり、というほどではないが、俺だってゲームは好きだ。誘われなくても、いずれ始めていただろう。それが何年後になるかはともかくとして。
ゲームプレイ開始時刻である午前10時になると同時にアカウントを作成する。名前はリクト。すぐにアバター作成画面に切り替わった。幸いなことに、名前は被っていなかったようだ。
ゲーム内で自分が動かすアバター。現実の肉体とのあまり大きな差異を作るのはプレイの快適さからも現実との齟齬による影響の点からも推奨されていない。ただし現実と同一にするのは、防犯上――つまり身バレの防止のため、禁止されている。もしそう設定した場合は、カラーリングがランダムで変更されることになっている。ちなみに、特殊な場合を除き、性別の変更は不可能だ。
とはいえ、ゲームだ。どうせなら可愛かったり格好良かったりするアバターでプレイしたいのは当然だし、制限に引っかからない範囲でみんなどんどんいじっている。
かくいう俺も、現実と違う男らしい顔立ちに設定しようと思っていたのだが、兄妹に盛大に止められてしまった。そのままで大丈夫、むしろそのままでいてくれと懇願された。別に無視してもいいんだが……それはそれで、後がめんどくさい。仕方がないので、柔らかい印象を与える(らしい)茶色の髪を真っ黒にする。目の色は緑。それから幼馴染み妹に髪型は変えておいた方が良いと言われたため、少しだけ伸ばしておいた。邪魔なら結んでしまえばいいだろう。本来の希望とはだいぶ離れている気がするが……仕方がない。
アバターの設定を終えたことを、機械が告げる。最終確認にOKを出す。機械がゲーム世界へのダイブをアシストする。
次の瞬間、俺はチュートリアルの舞台である平原に降り立っていた。
このゲームはスキル選択制。プレイヤーのレベルとは別にスキルレベルがあり、このスキルを使い、レベルを上げることで強くなっていく。プレイヤーのレベルは行動全般から手に入るので、スキルのレベル上げはイコールプレイヤーのレベル上げに繋がる。
初級スキルの習得に条件はなく、取ろうと思えば剣士から魔法使いから、全てのスキルを取ることも出来る。しかし当然ながらレベル上げにかなりの苦労がかかるため、普通は戦闘スタイルを決定してそれに合うスキルを選択する。そして条件を満たせば、スキルのランクアップが行われる。これの繰り返しだ。
このゲームでの職業は、本来ならば習得スキルによって判断される。しかし習得スキルによる職業判断はほとんど行われない。その理由が、職業会館と呼ばれる施設だ。剣士なら剣士会館、魔法使いなら魔法使い会館に行って職業登録をすると、習得できるスキルが制限され、転職が出来なくなる代わりにプレイヤーのステータスが1、2倍に上がる。また、職業に関係する武器・防具を割引料金で購入できたり、職業制限のあるクエストを受けることが出来るようになる。また、上級職への昇進は職業登録していなければ出来ない。メリットが大きいためほとんどのプレイヤーが職業登録を行い、結果、職業判断は登録している職業によって行われるのだ。
ちなみに、職業会館はメイン職業が剣士・魔法使い・格闘家・狩人・吟遊詩人・忍者の6つ。それから会館とは別に、神官や巫女、聖騎士が登録する神殿もある。他にサブ職業として鍛冶師・裁縫師・調合師・料理人の4つがあるが、サブ職業の方はしばらくは関係ない。
もちろん、新しく始まったばかりのゲーム。いろいろ遊んでいく人もいるだろうし、どこまで当てはまるのかは分からないけど。
NSOではレベル10になるまでは見習いとされ、職業登録が出来ない。代わりにデスペナルティが発生しないそうだ。チュートリアルでは初期武器・防具が1セット配給され、その他に試したい武器・防具があれば格安で売ってくれる。様々な装備を試し、職業を決定し、レベル10を超えたら登録に行く、というのが公式の推奨プロセスだ。
ええと、あとはなんだ? レベル上げ? ステータス?
レベル上げはまんま。上げたいスキルを使えば経験値が貰え、一定量溜まればレベルが上がる。プレイヤーレベルの場合はそれこそ何でもいい。スキルを使おうが、モンスター倒そうが、採取しようが生産しようが。さすがに歩くとか走るでは貰えないけど。その辺は分かるよな。
ステータスは、HP、MP以外にSTR、DEF、INT、MR、DEX、AGI、そしてLUKの7つがある。これらは通常数値として見ることは出来ない。プレイヤーの行動――つまり、スキルによって上昇する項目と数値が変化するんじゃないか、という推測がβテスターの間で広まっているらしい。まあ、順当な見方か? よく分からないけど。
で、そうやってレベルアップと共に自然に上昇する見えない数値とは別に、プレイヤーが任意にステータスを上げることが出来る見える数値がある。内訳は変わらない。1レベルアップと共にステータスポイントが2ポイント貰え、それを自分が上げたい項目に割り振ることが出来る。
ええと、あとは……もういいよな、説明。また何かあったら質問ってことで。そもそも、何のためのヘルプ機能だって感じだし。
それじゃ、チュートリアルも終わったことだし、あいつらとの待ち合わせ場所である中央広場とやらに向かおう。すぐに分かるって言ってたな。
“諸君に求めることはただひとつ。ゲームをクリアせよ。諸君の生命は我々が責任を持って管理する。安心して励んでくれたまえ”
「出せっ……出せよ! ここから出せよぉっ!!」
誰かの叫びが聞こえる。あちこちから悲鳴や泣き声や、怒鳴り声が聞こえる。でもこんなもの、きっとアレには届いていない。
“ゲームをクリアせよ、クリアせよ、クリアせよ。それが生きる道だ。健闘を祈る”
声は失われ、静寂に包まれる。プレイヤーの声も、全てが一時失われた。
誰も動かない。動けない。ただ呆然とし、あるいは絶望する。世界は死んでいた。
(デスゲームじゃ、ない……)
でも俺たちは死なない。ならばここで突っ立っている意味も、ない。
ゲームのクリアとは何か。誕生石を集めるのか。システムに加えられた変更とは、何か。
『リクト!』
幼馴染みからの通信が入る。合流の誘い。断る理由もなく、俺は街へ向かった。
異世界トリップしないVRMMOものを書いてみたかったので書いてみました。
WGOともども、よろしくお願いします。