#8(修正)
スコープを覗いていたミカヤがライフルを構えるのをやめた。
「ミカ姉ぇ、何で撃たないんだよ!?」
双眼鏡をおろし、問うサクヤ。
ふたりはユーリたちが取り囲まれた位置から離れた場所から、ずっと様子を伺っていた。
いま撃てば、ユーリとコトハならあの場を切り抜けられるはずだ。
「マスターが撃つなという合図をだしたから~」
ミカヤは頬を掻くしぐさをしてみせた。
「とりあえず~、様子をみながら次の行動の準備をしないとねぇ」
「準備つったって……」
状況からすると、ユーリたちはタルタロスが入港したあたりからマークされていたと考えるべきだろう。タルタロスが制圧されているということは考えられないが、周囲は完全に押さえられていると考えると判断するべきだ。いま戻るのは危険だろう。
「大丈夫よ~。タルタロスと連絡さえ取れれば問題ないんだから~」
携帯端末に秘匿回線コードを打ちこみ、ミカヤはにっこりと微笑んだ。
「おい、納得のいく説明はしてもらえるんだろうな?」
後ろ手に手錠をかけられながらユーリ。
コトハは大人しく従いつつ、視線はユーリにむけている。
「俺の船はどうなったんだ?」
「現在、我々の仲間が完全に包囲している。観念しろ」
「観念……ね」
ユーリはそうつぶやき、コトハと視線を合わせた。
コトハは小さく礼をかえし、静かに瞑目した。
ユーリとコトハは、そのまま護送車に乗せられる。
「おい、あいつらとは別の車なのか?」
別の護送車に乗せられるリカルドとファレルをみて、ユーリはそう訊いた。
「…………」
無言の守備隊兵士。
質問に答える気はないのだろう。
「マスターとコト姉ぇが拘束されたって」
携帯端末での通話を終えたアヤネは、振り返ってブリッジにいる面子に報告した。
タルタロスは現在、全てのハッチを閉じている。
船外随所を映すモニターには、宇宙ステーションの守備隊兵士がタルタロスに取りつき、外部から強制的にハッチを開けようと四苦八苦しているのが映し出されていた。
「それで、ミカちゃんたちは何て?」
ミカゲは落ち着いた口調で問う。
「うん。留置所のセキュリティーへのハッキングと警備状況をトレースして、端末へ送信してほしいって」
「じゃあ、すぐ作業にとりかかってね。スズちゃんはコトちゃんから何か連絡きた?」
静かに目を瞑っているスズネに向きなおるミカゲ。
スズネはゆっくり目を開け、ミカゲに視線を向けた。
「えっと、りゅ、留置所に出入りする人の監視をしてろって」
「うん。任せたわね」
ミカゲはニッコリと笑顔をかえす。
「今から私が臨時で指揮をとるわね。これより臨戦態勢に入ります。誰に喧嘩を売ったのか、しっかりと思い知ってもらいましょうね♪」
表情や口調とは裏腹に、ものすごく物騒な言葉をはくミカゲ。
それを横で聞いていたギンジは、哀愁を漂わせながら遠い目をした。
留置所の個室で、ユーリは寝台の上で仰向けになっていた。
まだ、容疑が確定していないためか牢屋へ入れられていないが、コトハとは部屋を分けられた。
天井をぼんやり見つめながら、頭の中で状況の整理をする。
――どういうわけか、ドルドリア帝国軍に先手を打たれた。
守備隊の様子からすると、ここのやつらは事実の把握はしておらず、ただ上からの命令に従って動いただけなのだろう。
ベロムたち海賊は、データにない軍艦であらわれた。
ブリッジに帝国軍士官の姿があったとコトハが言っていたな。ドルドリア帝国軍に拾われ、俺たちを見つけ出すために利用されたと考えて間違いないだろう。
敵の足並みが揃っていないことを考えると、相手はドルドリア軍ではなく個人と考えるべきだな。
まずは、敵を特定することが必要不可欠になるな。
いかにタルタロスが高性能であっても、ドルドリア帝国軍全てを相手にするわけにはいかねぇ。
敵の狙いがメモリーキューブである以上、必ずあの兄妹に接触してくるはずだ。
現在、こちらの手駒はミカヤとサクヤが船外で隠密行動中か。
アヤネとスズネはタルタロスに残っていて、おそらくミカゲさんが指揮をとっているはずだ。
コトハとは別々の部屋にされてしまったが――、
「何とかなりそうだな。あとはあいつらが上手く連携できているか、だ」
寝返りをうち、壁にむかってそうつぶやく。
口ではそういうユーリだが、本心では彼女らの能力を信頼していた。
留置所の所長室に一人の男がやってきた。
「これはクリンク少佐。ようこそおいでくださいました」
ひょろりとした中年の男が頭をさげる。
「所長、例の船は?」
「船外にいたクルー四名を拘束しております。船のほうは守備隊の兵士が周囲を取り囲んでおります」
パネルを操作し、タルタロスが係留されているハッチの様子をモニターにだした。
「内部の制圧は出来ていないのだな?」
「も、申し訳ありません」
「いや、確認をしただけだ」
フォルカーは怯える所長になだめるようなしぐさをしてみせた。
「拘留しているのは、若い男女です。うち二名がネグリアード人です」
「その二名を引き渡していただきたい」
「しかし……」
所長は半信半疑だった。
命令を受けたとおり、高速輸送艦タルタロスは押さえ、船外活動中だったクルーを拘束した。
だが、容疑を確定する証拠を何一つ提供されていない。
「ネグリアード人は、この二名で間違いないな?」
胸ポケットから取り出した写真を見せるフォルカー。
そこには豪奢な衣装に身を包んだネグリアード人の若い男女が写っている。
それは、間違いなくあの二名だった。
「間違いありません。ですが、この二人は……」
「この方たちは、ベラルージュ王家の遺児。第一王子のリカルド殿下とファレル王女殿下だ。
先の戦争で滅亡したベラルージュ王家のおふたりを来賓として帝都へ招き入れるために身柄を移送中、海賊に船を襲われ彼らは誘拐されてしまったのだよ」
フォルカーは説明しながら、写真を胸ポケットへもどす。
「ベ、ベラルージュ王家の人間は、全員死亡したのでは……」
「表向きはな。これは極秘事項だ。もちろん他言無用でお願いしたい。これ以上聞きたいというのであれば、それなりに覚悟をしてもらうことになるが?」
「め、めめ、滅相もない!」
慌ててかぶりを振る所長。
「殿下らが一緒であったことこそ、彼らが海賊行為を行ったという何よりの証拠」
「なるほど。確かに現場指揮官からは、ふたりは一緒に拘束されたもうふたりと口論をしていたようだったと申しておりました」
「おそらく、船から逃げ出したのが見つかり、連れ戻されそうになっていたのだろう」
「事情は飲み込めました。ただちに殿下をここへお連れいたします」
そういうと、内線通話のスイッチを押して拘留室の兵士に指示をだした。
「捕らえた海賊どもは、いかがいたしますか?」
「処分してもらって結構」
「では、そのようにいたします」
所長は軽くあたまをさげた。
コトハは個室の寝台の上で、身体をくの字に曲げ、腕を枕にして仮眠をとっていた。
拘留されてから、既に数時間が経過している。
宇宙標準時間では、二十時くらいだろうか。
――姉ぇ……コト姉ぇ……。
頭の中に響くスズネの声が、コトハの意識を眠りの底から引き上げた。
――じゅ、準備が整ったよ。い、今、アヤネちゃんが電磁ロックを解除するから、サク姉ぇと合流してね。
上体を起こし、乱れた髪を軽く整えてからヘッドドレスをつけた。
ゆっくりと立ち上がり、足音を立てずに扉のそばへと歩みよる。
聞き耳を立てるコトハ。
通路に人の気配はない。
部屋を出て、音をたてないように扉を閉じる。そして、気配を殺して守衛がいる部屋へゆっくりむかった。
そっと覗き込むと、恰幅のいい守衛がテレビでスポーツ観戦に興じていた。
部屋の片隅には、小太刀などコトハの所持品が無造作においてあった。
コトハは守衛に気付かれないよう背後から近づき、守衛の首に腕をまわして絞めつける。
「ぐっ……が……っ!?」
突然、後ろから首を絞められた守衛は驚きの表情をうかべるが、のど元をきつく絞められ声がでない。
やがて、意識が遠のき、そのまま力なく崩れた。
「申し訳ございませんが、少しのあいだ眠っていてくださいませ」
コトハは意識を失った守衛を床に寝かせると、取り上げられていた所持品をすばやく身につけた。
ユーリが寝台でくつろいでいると、扉が勢いよくひらいた。
「気楽なものだな、海賊」
「あ?」
仰向けのまま、視線だけを向けるユーリ。
やってきたのは、拘置所の所長だった。
「お前らの容疑が固まった」
「証拠は?」
「リカルド殿下とファレル王女殿下が一緒であったことが何よりの証拠だ。国賓として招き入れるはずだったが、殿下を乗せた船が海賊の襲撃にあい、そのまま拉致されたのだ。つまり、お前たちが殿下と一緒であったことが動かぬ証拠だ」
「この国では、国賓として招く相手にボロキレのような服を着せ、奴隷のような扱いをするのか?」
億劫そうに上体を起こしたユーリは、覗き込むように所長の顔をみた。
「何のことを言っているのか、さっぱり分からんのだが?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
今の所長の表情をみるかぎり、本当に何も知らないようだ。
「とにかく、今からお前を――」
所長が言いかけたとき、拘置所内に非常サイレンが鳴りひびいた。
「何事だ!?」
通信機に呼びかける所長。
「海賊の女が脱走しました!」
通信機からは、兵士の慌てた声がきこえてくる。
「何だ、脱走でもあったか?」
「お前には関係ない!」
ユーリは、怒鳴る所長を小気味良く眺めた。
「何を笑っている!」
「いやいや、大変だなって思ってさ」
「ふん、どうせ逃げられはしない。お前らの船も我々の手中にあるのだからな!」
「案外、すぐ近くにいるかもしれないぜ? たとえば、あんたの後ろとかよ」
ユーリの言葉に慌てて振り返ろうとする所長。次の瞬間、頭部に強烈な衝撃を受けて気を失った。
「お待たせいたしました」
所長を背後から襲ったのはコトハだった。
小太刀の柄尻で殴ったらしい。
「先ほど、アヤネから連絡がきました。拘置所から車が一台出たそうです」
「追うぞ」
「かしこまりました」
コトハと合流したユーリは、出来る限り兵士には見つからないように進んだ。
「ところで、タルタロスはどうなっている?」
「包囲はされておりますが、制圧はされていないとのことでございます」
「厄介だな……。ところで、ラッドはタルタロスに無事着いたのか?」
「…………」
ふりかえり、しばしの沈黙。そして、考える素振りを見せたあと、ぼそりと口を開いた。
「ラッド様のことはすっかり忘れておりました」
「泣くぞ、あいつ」
「そんなことよりも先を急ぎましょう」
コトハにそんなこと扱いされたことに、ユーリは内心で苦笑いをうかべる。
コトハが通路に出ようとしたとき、後方から足音が近づいてきた。
「いたぞ!」
ユーリたちを発見した兵士がマシンガンを構えた瞬間、天井のエアダクトの蓋が勢いよくはずれ、何者かがすばやく飛び降りてくる。
長い赤毛を後ろで束ね、手には刀。
その人物が刀の鯉口を切ろうとした瞬間、
「殺してはだめ!」
すかさずコトハが制止した。
サクヤは兵士が手にしたマシンガンを斬り裂き、かえす刀で兵士のわき腹に強烈な峰打ちをくらわせた。
「ユーリ!」
「話はあとだ。車を追うぞ」
言葉を切るユーリ。
三人は通路を一気に駆けぬけ、拘置所の外へとでた。
拝借できそうな車は見当たらない。
拘置所から軍港までは、数キロ離れている。徒歩では追いつくことが不可能だろう。
舌打ちするユーリの横を抜け、サクヤが駆けだした。
「こっちだ!」
サクヤのあとをついていくと、そこには一台のジープ型のエレキカーが隠してあった。
迷うことなく運伝席に飛び込むサクヤ。
ユーリとコトハもそれに続き、ユーリは助手席へ、コトハは荷台へとそれぞれ乗り込む。
携帯端末を取り出したサクヤは、それをケーブルで車とつなぎ、端末に文字列を打ち込んだ。
すると、車内の電子機器類が次々と起動しはじめた。
ケーブルをはずし、端末はマップモードへと切り替え、サクヤはそれをユーリに投げわたす。
「ナビ、頼むぜ」
そして、アクセルを勢い良く踏み込み、タイヤを鳴らせながら発車させた。
リカルドたちを乗せたと思われる車は、イーストエリアにある軍港へと向かっていた。
先回りするために、サクヤは繁華街を抜けることにした。卓越したハンドルさばきで通行人たちを避けながら、アクセル全開で車をはしらせる。
「次の小路を右だ」
ユーリの言葉と同時にハンドルを切り、ドリフトさせながら小路へと侵入し、商店の壁に車体を擦り付けながら軌道を修正させた。
「ここを抜けたところにターゲットがいるはずだ」
「おっけー!」
端末の地図上では、ユーリらを表す青い光点とターゲットを表す赤い光点が接近しつつあった。
ユーリらの車は、ゴミ箱を蹴散らしながらメインストリートへ飛びだす。
目の前には、一般車両に混じり、後部座席の窓全てが真っ黒なシークレットガラスの軍用エレキカーがいた。
通行人たちが慌てて避ける中、車をスライドさせて車体の側面をターゲット車両にぶつける。
タイヤを鳴らせながら互いに押しのけあい、互いの車からは火花が散った。
コトハは腰の短刀を抜くと、激しく揺れる車の荷台からターゲット車両の天井へ飛びうつり、着地と同時に短刀を天井へ突き刺した。
天井を突きぬけた短刀の刃先は、運転手の顔のすぐ横まで到達する。
「ひっ!?」
驚いた運転手は、小さな悲鳴を上げて急ブレーキをかけた。
ユーリらの車は車体を滑らせ、そのまま針路をふさぐように停車する。
急ブレーキによって投げ出されてしまったコトハは、軽い身のこなしで空中で身体をひねって体勢をたてなおして着地した。
「無駄な抵抗はよしな!」
「く、来るなぁ!」
運転席に立ち上がってスラリと刀を抜くサクヤをみて、運転手はおびえた表情で銃をかまえる。
だが、すぐに狙撃をうけ、銃を弾き飛ばされてしまった。
狙撃をしたのは、数百メートル離れた建物に身を潜ませていたミカヤだ。
ミカヤは、スコープを覗いたまま次弾の装填をおこなう。
「大人しくしていてくれれば、危害を加えるつもりはねぇよ」
ユーリは悠然とした足取りで車へ近づき、完全に戦意を喪失した運転手を尻目に後部座席のドアをあけた。
そこにいたのは後ろ手に縛られたリカルドただ一人だった。
「ファレルはどうした?」
リカルドは小さく首を振る。
「俺は囮だ。ファレルは……」
そのとき、ユーリの携帯端末にタルタロスからの通信がはいった。
「どうした」
応答すると、目の前にポップアップしたホログラムディスプレイにスズネの顔がうつる。
「こ、拘置所から新たな車が出て、ウ、ウェストエリアへ向かったよ!」
「分かった」
短く答えて通信を切る。
「してやられたな。今から追っても間に合いそうもねぇ」
ユーリは、ゆっくりとリカルドへ向きなおる。
「お前、俺たちと来るか?」
「メモリーキューブを奪って逃げた俺を信用するのか?」
「もともとは、お前らのものだろ」
「…………」
ユーリの真意が読めず、彼の目をじっと見つめ返すリカルド。
「ファレルを助けたいんだろ?」
「何が狙いだ……」
「仲間を助けるのに、いちいち理由が必要なのかよ」
「仲間だと……?」
リカルドは訝しげな表情をうかべた。
「マスター、そろそろ……」
運転手を縛り終えたコトハが声をかけてくる。
「そうだな」
遠くからサイレンの音が近づいてきているのがわかった。
あと数分もしないうちに、機動隊が到着するだろう。
「ファレルを助けたいなら、俺たちと来い!」
ユーリの表情は、いつものやる気の無い半眼ではなく、真剣なものだった。
「……分かった」
リカルドは覚悟を決めて、差し出された手をユーリの手を握り返した。
「おい、どうなってんだよ……」
タルタロスを目前にして、ラッドは物陰に潜んでいた。
タルタロスは何故か港の守備隊に囲まれている。
彼には何が起こっているのか、さっぱり理解できなかった。
ただ、状況から何かまずいことが起こっていることだけは理解できる。
「ユーリのやろう、何かやらかしやがったな……?」
ハンドガンのエネルギー残量を確認しつつぼやいていると、端末からコール音がなる。
「ば、馬鹿野郎! 見つかったらどうする!?」
慌てて応答するラッド。
「申しわけございません」
ポップアップしたホログラムディスプレイには、コトハの顔がうつっていた。
「い、いや、俺こそ怒鳴って……その、悪かった……」
ラッドは少し赤くなりながら視線を逸らす。
「ラッド様、今どちらにおられますか?」
「ああ。物陰からタルタロスの様子をうかがっていた」
「そうですか。良かった」
微かな微笑みを見せるコトハ。ラッドの胸は高鳴る。
「これよりタルタロスへ突入いたしますので、援護をお願いできませんか?」
「その前に状況を説明してほしい」
「私たちは海賊に仕立てあげられました。タルタロスが守備隊に包囲されているのは、そのせいでございます」
コトハは、困惑するラッドに申し訳なさそうな表情を見せる。
「そんな顔するな。で、俺は何をすれば良い?」
きりりと表情を引き締めるラッド。
「私たちは、これからあの中を突っ切ってタルタロスへ乗り込みます。ラッド様には、守備隊に一瞬の隙を作ってもらいたいと思っております」
「あの中へか!?」
「はい。乱戦に持ち込めば、相手は同士討ちを恐れて火器の使用をためらうはずでございます」
「なるほどな」
ラッドは深くうなづいた。
「この作戦の成否は、ラッド様の陽動にかかっております。私、ラッド様の雄姿をこのめにしっかりと焼き付けとうございます」
コトハは微かに頬を染め、視線をそらせる。
「うぉおおお! 俺に任せとけぇええ!!」
ラッドは叫びながら物陰から躍りでた。
ユーリたちは、離れた場所からその様子を伺っていた。
「コトハ、お前……鬼だな……」
「使えるものは親でも使えというのが、スメラギ家の家訓でございます」
ユーリのつぶやき対して、コトハはしれっとした態度でいった。
タルタロスを包囲している兵士たちの意識は、銃口とともに一斉にラッドへ向けられていた。
「兵士の注意がラッドに向いている隙に突入するぞ」
気を取り直してユーリがいう。
「リカルドの護衛はサクヤに任せる」
「任せときな」
サクヤはスラリと刀を抜いた。
タルタロスの周辺では、銃撃戦が始まっている。
とはいえ、多勢に無勢。ラッドが一方的に撃たれ、逃げ回っているのだが、兵士たちの注意をひきつけるという意味では良い仕事をしていた。
「サク姉ぇ、くれぐれも相手の命は奪わないように」
「わかってるって」
「行きます!」
コトハが飛び出した。
「遅れんじゃねぇぞ!?」
リカルドにそう言いのこし、ユーリもつづく。
サクヤはリカルドを先導するように、彼の腕を引いて駆けだした。
コトハは兵士たちまでの距離を一気に駆けぬけ、彼らのわきをすり抜けざま、急所へ当身を入れて確実に戦闘不能へとおいやる。
そして、慌ててハンドガンを構えた兵士の膝を足がかりに両足で相手の首を固定し、そのまま前転するように巻き込んで引き倒し、そのまま締めおとした。
「こ、小娘がぁ!」
それを見た別の兵士は、アサルトライフルの柄でコトハに殴りかかる。
「コトハちゃんには手出しはさせん!」
その横からラッドがタックルをしかけ、兵士を吹っ飛ばした。
ユーリは悠然とその中を歩く。
乱戦の中、掴みかかろうとする兵士もいたが、ユーリはその攻撃をことごとくを捌き、逆に投げたり引き倒しては、蹴りや踏みつけで確実にしとめていった。
出だしで遅れたサクヤは、兵士たちからアサルトライフルの斉射をうけていた。
しかし、弾の全てを刀で受けはじく。
「ば、化け物か!?」
兵士たちが驚愕する。
「怯むな、撃て!」
兵士たちが再びトリガーを引こうとした瞬間、狙撃によって構えていた銃を弾きとばされた。
「さすがミカ姉ぇだぜ!」
兵士たちの中へ飛び込んだサクヤは、峰打ちで一人ずつ確実に戦闘不能へと追いやる。
乱戦のなか、不意にスモーク弾が撃ち込まれた。
撃ったのはミカヤだ。
煙が一気に周囲を包みこみ、視界がさえぎられてしまう。
「銃は撃つな! 同士討ちになるぞ!」
兵士が叫んだ。
その中を駆け抜ける人影。人影は、まっすぐユーリのもとへやってくる。
「今のうちですよ~、はやく参りましょう~」
乱戦には不釣合いなほどの間延びした声の主は、ミカヤのものだった。
「全員揃ったことだし、そろそろずらかるぜ」
そう言って、ユーリは携帯端末を操作し、タルタロスへ帰艦の合図をおくる。
そして、彼らは煙幕にまぎれてタルタロスへと帰艦するのであった。
「傭兵たちには逃げられたそうです」
「やはり、守備隊だけでは荷が重たかったか」
部下からの報告を聞き、フォルカーは小さくほくそ笑む。
彼らは艦隊旗艦ファーブニルへ向かう高速シャトルの中にいた。
「……兄さんは」
フォルカーの傍らには、ファレルの姿がある。
「ご無事です。傭兵たちと一緒のようです」
「……そう」
言葉の上では兄を気にかけているようだが、この少女からは感情の起伏というものが一切感じられない。
「王女殿下。もうしばらく、我々にお付き合いください。私も色々と難しい立場なのですよ」
ファレルは、苦笑いを浮かべるフォルカーの顔を見るが、すぐに視線を窓の外へ流した。
「ファレルを連れだしたやつの足取りは把握できているか?」
ブリッジに着くなり、ユーリはそう訊いた。
「シャトルに乗り換えて、十分ほど前に出航したよ」
「タルタロスも発信準備急げ」
「では、あとの指揮はお任せしますね」
ミカゲは微笑みを浮かべながら、艦長席に座ったユーリに頭をさげる。
「マスター、アルスレーナ宇宙ステーション管制から停船警告が入ってるよ!?」とアヤネ。
「無視しろ。ハッチへのドッキングは強制パージ。火器類は、いつでも使用可能にしておけ」
「了解! 宇宙ステーションのメインコンピューターへハッキングするね。スズネ、悪いけどタルタロスの火器管制システムの準備お願い」
「ぅえ!? あ、わ、わかった……」
アヤネたちの手が操作パネル上ですばやく動きまわる。
「ミカゲさん、外の兵士たちに警告してくれ。死にたくなければ離れてろってな」
ミカゲは了解しましたと頭を下げ、ハンドマイクを手にした。
「えー、ドルドリア軍兵士の皆さん。当艦はこれより強制出航いたします。危険ですので、巻き込まれて命を落としたくない方は、速やかに当艦から離れてくださいね」
心なしかミカゲが楽しそうにみえる。
「係留アーム解除完了!」
「か、火器管制システム作動。シ、システムオールグリーン」
アヤネとスズネの報告がそれに続く。
「一番から四番までの副砲塔起動。コトハ、周囲の状況はどうだ!?」
「兵士の退避は、既に終了しているようでございます」
「よし、一番、三番副砲発射! 目標はハッチ隔壁!」
「一番、三番副砲発射するよ!」
アヤネは復唱とともに発射スイッチを押した。
甲板上にせり上げられた四門の副砲のうち、艦首の二門が火をふく。
副砲から発射されたレーザーは隔壁を融解し、熱に耐えられなくなった隔壁は爆散した。
「これよりアルスレーナ恒星系を離脱する!」
スラスターが一斉に火がともり、タルタロスは徐々に速度を上げながら宇宙ステーションから離れていく。
「目標はバストゥーラ連邦領バルナス恒星系。ここを出たらアルスレーナ防衛艦隊からの攻撃があるはずだ。火器管制はアヤネに任せたぜ!」
「了解!」
「くれぐれも撃沈するな。戦闘不能か航行不能にするだけで良い」
「それは難題だわ」
アヤネはうんざりとため息をついた。
「スズネ、サポートしてやれ」
「は、はい……っ!」
スズネは慌てて特殊レーダーシステムを作動させた。
「戦闘形態になっている余裕はない。このままで突っ切るぞ!」
宇宙ステーションから出ると、予想どおりアルスレーナ防衛艦隊が多数展開していた。
「重巡航艦一、軽巡航艦三、駆逐艦十二、鶴翼陣形で展開中でございます」
「中央突破だ、全速前進! タルタロスに照準をつけている艦を優先して攻撃しろ!」
コトハの言葉に迷うことなく指示を出すユーリ。
ウェルナーはメインエンジンスロットルを一気に押し込み、足元の補助エンジンスロットルを力いっぱい踏み込んだ。
スラスターユニットから吐きだした噴射炎で港湾施設を炙り焼きながら、タルタロスは速度を急激に上げてハッチから飛びだす。
その直後、アルスレーナ防衛艦隊の両翼前衛を担う四隻の駆逐艦から、対艦ミサイルと粒子砲の一斉射撃をうけた。
「光学バリア展開!」
駆逐艦から放たれた粒子砲は、タルタロスに届くことなく散霧し、対空火器類が飛来するミサイルをことごとく撃ちおとす。
「マ、マスター、こ、光学バリアの出力が足りないよぉ!?」
スズネは悲鳴を上げる。
ベロム艦の攻撃を防いだときに受けたシステムへのダメージが、まだ完全に回復しきっていないのだ。
「どれくらい耐えられる?」
「ぜ、全力展開で十秒くらいだよ!?」
「じゅうぶんだ。調節は任せる」
「ぅえぇ!?」
スズネは思わず声をあげた。
「無傷で切り抜けようなんて思っちゃいねぇ。撃沈と航行不能にだけ気をつければいい」
「うぅ……」
重大な責任のプレッシャーに押しつぶされそうになるスズネ。
その間もアルスレーナ防衛艦隊は攻撃の手を緩めなかった。
アヤネはユーリから指示を受けたとおり、スズネの支援を受けながら敵艦の主砲やスラスターに攻撃をくわえ、ピンポイントでダメージを与えていた。
その間もタルタロスはどんどんスピードをあげる。
「アルスレーナ防衛艦隊、陣形を狭めつつあります」
コトハは、淡々とした口調で冷静に戦況報告をした。
敵の前衛艦は、防衛線を抜けたタルタロスの後ろに回りこむような動きを見せている。
「かまうな。突っ切れ!」
「前方に軽巡航艦三隻、針路をふさぐように展開してるよ!」
メインスクリーンには、主砲の照準をタルタロスに合わせている軽巡洋艦が三隻並んで展開しているのが映しだされている。
「まだ撃つなよ。ウェルナー、躱せるか?」
「余裕!」
「よし、艦の姿勢を逆転させながら上に躱せ! 敵の攻撃はバリアでやり過ごす」
ウェルナーは、操舵桿を握る手に力がこもる。
タルタロスは速度を緩めることなく、姿勢の上下を逆転させ、背面航行で敵艦の上方を通過するように軌道修正した。
軽巡航艦のイオン砲が火を噴き、タルタロスに襲いかかる。
イオン砲の粒子がタルタロスの光学バリアと干渉しあい、そのうちの一発がバリアを抜けてタルタロスの四番副砲に突き刺さった。
「四番副砲大破! 敵軽巡航艦の後ろに重巡航艦がいるよ!」
「副砲の照準を重巡航艦の主砲に合わせろ!」
タルタロスの副砲の砲身が全て真上をむく。
「三……二……一……撃て!」
ユーリの合図に合わせて、三門の副砲が一斉にレーザーを吐き出した。
副砲が発射したレーザーは、銃巡航艦の主砲三門をことごとぐ破壊した。
ウェルナーは、賞賛の口笛をならす。
タルタロスは最大戦速で駆け抜けている。敵艦と交差するのは一瞬だ。その一瞬で敵艦の主砲だけを破壊するというのは、もはや神業といって良い。
「艦の姿勢を戻せ」
ウェルナーは姿勢制御用のスラスターを噴かせ、航行したままタルタロスを横に半回転させた。
「このままハイパージャンプドライバーまで一気に抜ける」
「マ、マスター! あ、新たな艦影一!」
スズネは、あたふたしながらメインスクリーンを新手に切り替える。
「防衛艦隊がまだいたか?」
「いえ、あれはアルスレーナ防衛艦隊所属の艦ではありません」とコトハ。
メインスクリーンに映し出されているのは、ドルドリア帝国の重巡航艦。だが、塗装パターンがアルスレーナ防衛艦隊のそれと違う。
防衛艦隊がライトパープルなのに対し、新手の重巡航艦はモスグリーンとライトグリーンの迷彩だ。
「あれはドルドリア帝国遠征艦隊のもの」
コトハはパネルを操作し、敵艦の艦首側面を拡大投影した。
「シリアルナンバーから、第二十三遠征艦隊所属の艦であると推測されます」
「敵艦、主砲を旋回させてるよ! どうするの、マスター!?」
アヤネは、焦る気持ちを言葉に乗せる。
「無視しろ。あれなら逃げ切れる。それより、アヤネ、火器管制はもう良い。おそらくタルタロスは、ハイパージャンプが規制されているはずだ。アルスレーナのジャンプ管制システムにハッキングして、タルタロスのジャンプ規制を解除しろ」
「了解! 忙しいなぁ、もう……」
アヤネはぶつぶつと文句を言いながら、次の作業に取り掛かった。
敵艦の有効射程からはすぐに離脱できた。タルタロスには、ユーリが予想したとおりジャンプ規制がかけられていた。
だが、そんなものは、宇宙屈指の天才ハッカーでもあるアヤネの手にかかれば、簡単に無効化できる。
タルタロスは、最大戦速のままバストゥーラ連邦領バルナス恒星系行きのハイパージャンプドライバーへ飛び込んだ。