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#5(改稿)

 真新しい司令官席。真新しい設備機器。真新しい艦体。

 軽巡航艦に分類される新造艦の艦橋で、ベロムは艦長席からの眺めにご満悦の様子だった。

 乗組員は大破した自艦と、撃沈された僚艦から生き残りの手下をかき集めた。

 手下の生き残りは十数人しかい。艦を運用するために足りない人員は、ドルドリア軍の兵士が乗り込んできて穴をうめた。

 バイロン・マクダネル少佐という神経質そうな中年の士官もその中にいた。

 自分たちを監視するためだろうという意図は分かりきっている。

 だが、そんなことは関係ない。

「へ、へへ……」

 笑みが沸き起こる。

 最新鋭の電子設備、軽快な船足。

 最大の特徴は、艦首に装備された大口径の重イオン砲だろう。

 イオン砲は艦の心臓部ともいえる巨大なイオンジェネレーターに直結され、まるで船体そのものを一つの砲門としているかのごとくそこから生み出されたエネルギーを艦首の砲口から放つ。

 その破壊力は戦艦の主砲など比べ物にならないだろう。

 中古の旧型戦艦など足元にも及ばないほどの性能だ。

 たまたま艦隊運用テストのために随伴していたという試作艦らしいのだが、まさかこれほどの船を与えられるとは思いもしていなかった。

「これなら……この船なら、奴らに復讐してやれるぜ」

 バイロンに聞き取られないよう、小声でつぶやくベロム。

 ジェラルドにどのような思惑があるのか知らないが、そんなものは関係ない。

 ベロムの頭の中にあるものはただ一つ、。傭兵の若造に復讐してやることだけなのだ。

「俺様を生かしていたこと、たっぷりと後悔させてやるぜ」

 ドルドリア艦隊から送られてくる情報の解析は、補充要員として乗り込んだドルドリア兵たちが行っていた。

「メノール宙域行きのハイパージャンプドライバにジャンプの痕跡があり」

 解析を行っていた兵士が結果を報告する。

 ハイパージャンプを行うとき、光学バリアとタキオン粒子が干渉しあい、撃ちだした直後にエネルギーの残滓が漂う。

 残滓は数十分ほど漂って掻き消えてしまう。ドルドリア艦隊の哨戒艦は、微かに残ったエネルギーの残滓をとらえたようだ。

 この宙域で最近ハイパージャンプを行った船といえば、あの傭兵たちの可能性が非常にたかい。

「よし、メノール宙域へ向けて最大戦速!」

 ベロムの号令の直後、全身にほのかなGがかかる。

 これほどの急加速にもかかわらず、体にかかるGは微々たる物だ。

 ベロムは改めてこの艦の高性能さを目の当たりにして、思わず口の端があがった。


「本当によろしかったのですか?」

 ベロムたちを乗せた船がまたたく間に遠ざかっていくのを見つめ、フォルカーはつぶやいた。

 艦橋では、部下たちが慌しく発進準備を行っている。

 ふたりの会話は、部下たちの耳には届いていないだろう。

 ベロムがこちらのいうことを黙って聞いているとは思えない。

 恐らく、頭の中は傭兵に復讐をしてやることでいっぱいのはずだ。

 ベロムに渡した艦は、試作艦とはいえ強力な武装を施している。

 万が一、傭兵艦を撃沈するようなことになれば、メモリーキューブが手に入らなくなってしまいかねない。

 だが、ジェラルドは表情を変えずに指令席で黙したままだった。

 ジェラルドからの指示がないため、艦隊はその宙域から動こうとしない。

「閣下……」

「不安か?」

 ジェラルドは司令官席に座したまま、視線だけをフォルカーへと向けた。

「い、いえ、そのような事は……」

「まあよい」

 慌てて言葉を濁すフォルカーを制し、ジェラルドは言葉をつづける。

「お前の心配はもっともだ。やつらは我らを出しぬくつもりだろう。だが、そんなことはどうでもよいのだ」

「と……申されますと?」

「あの艦は私の切り札の一つだからだ」

「はぁ……」

 フォルカーはジェラルドが言っている言葉の意味が理解できなかった。

「あの艦はまだ不完全でな、実戦でしか手に入らぬデータというものもあるのだ」

「まさか、閣下は海賊を利用して試作艦の運用実験を行うおつもりなのですか……!?」

 ジェラルドのにやりとした笑みが、フォルカーの言葉を肯定している。

「…………」

「奴が目当ての傭兵艦を見つけたら、我々との契約など無視して攻撃をしかけるだろう」

「もし、奴らが傭兵艦を沈めてしまったらどうするおつもりですか!?」

 今まで一度も試射実験されたことがない兵器だが、理論上は不具合なく使用可能はなずだ。

「それがどうしたというのだ」

 ジェラルドの瞳の奥にどす黒いものがにじんだ。

「実戦データが得られれば、あの艦の開発を数年早めることができる」

 ドルドリア帝国は、貴族たちがそれぞれの領地で極秘裏に新型艦の開発を行っている。

 貴族たちは互いに競合しあい、最も優れた艦が正式に採用されるという仕組みだ。

「下手をするとメモリーキューブを失うことになりますぞ!」

「いざとなれば、海賊どもには強制退場してもらう」

 遠隔自沈用の操作パネルを指してジェラルドが言う。

 自爆コードを入力すれば、試作艦を遠隔操作で自沈させることができる。

「お待ちください、閣下。あの艦にはドルドリア兵も乗艦しております!」

 フォルカーは慌てていった。

 しかし、ジェラルドは口の端にうっすらと笑みを浮かべるだけだった。

 生唾を飲み込むフォルカー。

 ジェラルドにとっては、部下も海賊も利用可能な道具でしかないのかもしれない。

 慌しかった艦橋は、徐々に静寂を取り戻しつつある。輸送船の調査護衛をしていた駆逐艦も戦列に復帰し、全艦の発進準備が整ったようだ。

「では、我々もあとを追うとしようか」

 ジェラルドは司令官席に備え付けられているスピーカーマイクを手にとるジェラルド。

「全艦、全速前進せよ」

 麾下の艦艇に向けてそう指示をだした。


 タルタロスが光の粒子を帯びながら何もなかった空間に突如あらわれた。

 瞬間移動してきたわけではない。ジャンプ航行から通常航行へと切り替わっただけにすぎない。

 光速以上だった船の速度が通常の速度に変わったから、まるで瞬間移動してきたかのように見えただけだ。

「ジャンプ終了、艦内システムは全て正常」

 ミカゲの透明感のある澄んだ声は、いつ聞いても耳に心地良い。

「しゅ、周囲五光秒以内に、せ、船影なし」

 スズネが報告をする。

「次のハイパージャンプドライバの位置を割り出して」

「う、うん」

 宇宙というものは絶えず動いている。

 それは人間の一生、人間の歴史から見たら微々たる動きなかもしれないが、星々は銀河という星の渦の中を何億年もかけてぐるぐると巡っているのだ。

 そして、それに牽引されるかのように惑星たちが恒星の周囲を公転している。

 ハイパージャンプドライバなどの人工的な施設が設置されているラグランジュポイントは、公転によって常に移動している。

 そのため、その星系内の公転周期を計算しなければ位置を割り出すことができない。

 ほとんどの船には、それを自動で行う電算システムが備わっている。それは、タルタロスも例外ではない。

 しかし、タルタロスはそのシステムを使わずに、スズネがアナログで計算をしていた。

 なぜなら、そのほうが早いからだ。

 最新鋭の電算システムを凌駕するだけの能力がスズネには備わっていた。

「メ、メノール宙域の解析完了。ちゅ、宙域図出すね」

 スズネがパネルをすばやく操作すると、艦橋中央にメノール宙域の星図がホログラムで投影された。

 中央に赤く輝く主星メノールを中心にガス惑星が三つ。惑星は周囲に大小さまざまな衛星を伴っている。

「こ、ここが現在位置。そ、それらか、これがドルドリア帝国領アルスレーナ星系へのハイパージャンプドライバの位置だよ」

 スズネの説明にそってそれぞれの位置が点滅する。

「こ、これに公転周期から割り出した、さ、最短のランデブーコースを表示するね」

 その軌道は現在地からアルスレーナ星系行きのハイパージャンプドライバに向かって、主星メノールを外側から迂回するようなルートを示していた。

「メノールの内側を通ったほうが距離が短いんじゃねぇの?」

 星図だけ見れば、わざわざ迂回しなくても良いように見える。

 だが、スズネはユーリの素朴な疑問に小さく首をふってこたえた。

「メ、メノールの重力が強くて、ダ、ダメなの」

「このコースなら、メノールに引き込まれることはないというのか?」

 星図にしめされたコースは、メノールからかなり近い位置を通ることになっている。内側と外側で重力が違うとは考えにくい。

「そ、それは、メノールの重力を利用して、え、ええと……」

「そこからは私が説明いたします」

 しどろもどろになっているスズネを見かねて、コトハは助け舟をだした。

「主星メノールを正面にとらえたとき、ハイパージャンプドライバは右方向にあります。

 単純に考えると面舵をきって、ハイパージャンプドライバへ直接向かったほうが早いように思えます。

 ですが、実際にはメノールの引力によって艦が引き寄せられ、艦の速度が大幅に低下、最悪はメノールへと引き込まれてしまいます」

 コトハの説明に合わせて星図に想定航路が表示される。

「ですが、メノールの外側を迂回する航路をとると、艦の推進する力とメノールの重力が作用して艦に遠心力のような力が加わります。それを利用して艦を加速させることによって、通常航行よりはるかに速い速度で航行が可能になり、結果的に到着を早めることができるのです」

「なるほどな。でもよ、迂回といってもメノールからかなり近い宙域を通過するんだよな? どちらにしても引き込まれる危険があるんじゃねぇのか?」

 おそらく、普通の船なら重力の影響をなるべくうけないようにもっと大きく迂回するだろう。

「おいおい。この船の舵は誰が取ってると思ってるんだ?」

 声を上げたのは、操舵手のウェルナーだった。

「凡百の船乗りならいざ知らず、この程度のことなら朝飯前だぜ? スズネちゃんも俺の腕を計算に入れた上で、この航路を提案したんだろ?」

 コクリと小さくうなずくスズネ。

「そうか。よくやったぞ、スズネ」

 ユーリが褒めると、スズネは照れくさそうに首をすぼめて鼻の頭を指先でかいた。

「ハイパージャンプドライバへの到着は、およそ八十時間後の予定です。乗組員の配置は平常時の三交代制当直配置といたしますがよろしいですか?」

 淡々とした口調で時間を告げるコトハ。

「コトハに任せる。俺は次のジャンプまでゆっくりと過ごさせてもらうぜ。何かあったら呼んでくれ」

「かしこまりました」

 コトハは、手をひらひら振りながらブリッジをあとにするユーリの後姿を深く頭をさげたままで見送った。


 ベロムたちの船がメノール宙域に現れたのは、ユーリたちから遅れること九時間後だった。

「ちくしょう、逃がしゃしねぇぞ」

 星系の情報解析が終わらないかぎり、どの方向に何があるのか分からない。唯一、主星メノールだけは、漆黒の闇の中でその存在を主張している。

 コンピューターが解析をしている間、ベロムはイライラしながら艦長席で膝をゆすり続けた。

「少しは落ち着かんか」

「うるせぇ! てめぇに俺の気持ちが分かってたまるか!」

 呆れたように諭してきたバイロンにむかって、ベロムは怒鳴り返した。

 バイロンは首を振りながらなにやら嫌味をいうが、ベロムの耳には届いていない。

 解析には十五分の時間をついやした。

 並みの船より五分以上早いだろう。

「星図、出やすぜ」

 映し出されたのは、主星である赤色矮星とその周囲を公転しているガス惑星が三つ。

 そして、この星系にあるジャンプドライバは二つ。一つは元の星系へ戻るためのハイパージャンプドライバ。もう一つはドルドリア帝国領アルスレーナ星系に向かうハイパージャンプドライバ。

 わざわざ引き返すとは考えにくい。となれば、憎き傭兵たちが向かった先はただ一つ。

「アルスレーナだ。ただちに向かえ! 全速力だ!!」

 ベロムは艦長席に立ち上がり、怒鳴るように号令をかけた。

 いかにむこうが高速艦とはいえ、軽巡航艦の巡航速度には及ばないはず。

 急激な加速による緩やかな衝撃が艦内を支配する。

 身体に受ける負荷がこの程度ですんでいるのは、艦に搭載されている重力制御装置が優秀である証拠だ。

「待っていやがれ小僧め。ぐふふはははは!」

 与えられた船の優秀さに、ベロムはあらためて歓喜がこみ上げてきた。


 メモリーキューブを解析するためにアヤネがラボへ入ってから、既に四十時間以上が経過していた。

 ディスプレイには、記号のような古代文明の文字が映しだされている。

「う~ん……」

 メモリーキューブの解析は、全くといっていいほどはかどっていなかった。

 解析機を通して記録の断片は読み取れるのだが、すべてが意味不明な文字の羅列になっているのだ。

「数字……座標……う~ん、何を意味しているんだろう」

 導き出された数字を座標に当てはめても、何の進展もない。

 そもそも、数字の組み合わせすら正しいかも疑わしい。

 解析機が故障しているわけではなさそうだ。

 タルタロスに搭載しているそれは、大国の研究機関並みかそれ以上の性能を誇る。

「えぇっと……あぁもう!」

 髪の毛をわさわさと掻きむしる。

 解析は十五パーセントで止まったままだ。メモリーキューブそのものに原因があるらしく、それ以上の解析が不可能なのだ。

「こんな現象、はじめてだよぅ……」

 頭をわさわさと掻きむしって、解析がすすまないもどかしさを紛らわすアヤネ。

 がっくりとうなだれたあと、メガネを外し、袖の下から取り出したハンカチでレンズの汚れを拭きとった。

「もうこんなに時間が経っってたのか……。お腹すいたな……」

 時計を見て、ため息をもらす。

「とりあえず、ご飯食べてこよう。カエルスさんの料理、まだ食べてないもんね」

 ユーリからメモリーキューブを渡されてから、いままでずっとラボにこもりっぱなしだった。

 だから、みんなが絶賛するカエルスの料理は、まだ一度も味わっていないのだ。

 アヤネはメガネを掛けなおすと、静かに席を立ってラボをあとにした。


 コトハは姉二人をともに食堂にいた。

 三人とも難しい顔をしながら、カエルスが作ったクリームシチューを口にしていた。

「どうよ、アタシが作ったシチューの味は」

 カエルスが自慢げに胸を張ると、エプロンの下で大胸筋がピクピクと波打つ。

「……口どけは滑らかで、ミルクが持つまろやかさが絶妙で――」

「四の五の能書きは良いの。美味しいか不味いかを聞いてるのよ!」

 コトハの言葉をさえぎるカエルス。

「とても……美味しゅうございます……」

「じゃあ、もっと美味しそうな顔しなさいよ!」

 カエルスはセリフと表情が合っていないことが気に入らないようだ。

「だってなぁ……」

「ねぇ……」

 サクヤとミカヤが互いに顔を見合わせる。

「何が言いたいのよ」

「う~ん、見た目とのギャップがね~」

 柔和な口調で困ったわとでも言いたげなポーズのミカヤ。

「裸エプロンの屈強なオカマッチョが作った飯が美味いなんて、誰が想像できんだよ」

 サクヤは頬杖をついてジト目で言った。

「サク姉ぇ、それはちがう」とコトハ。

「ブラン・ドラン人であるカエルス様は、アンピディアノド……つまり両性。見た目がどうであれ、心が女性であるのならば女性であると判断するのが正しいでしょう」

「なんか……頭痛くなってきた……」

 サクヤは額を押さえ、げんなりした表情をうかべる。

 厨房の奥では、話を聞いていたリカルドも顔を引きつらせていた。

 リカルドとファレルは、カエルスのもとで調理場のアシスタントとして働いている。

「両性でございますから、当然、子供だって産むことが可能です」

「いらない……情報だ……」

 たまらなくなったリカルドは、壁にもたれかかり、搾りだすような声でつぶやいた。

 ファレルは、そんな兄の背中をさする。

 そこへ、オペレーターの当直任務を終えたスズネがユーリと一緒にやってきた。

「何の話をしてんだ?」

 そう尋ねるユーリの表情は、相変わらずやる気が無さそうな半眼だ。

「カエルスさんがぁ~、実は女の子だったっていう話を~」

「……あ?」

 ミカヤの言葉を聞いて、ユーリの思考は一瞬だけ停止した。

「おい、何の冗談だ?」

「ミカ姉ぇ、端折りすぎの説明でマスターを困惑させないでください」

「えぇ~、だってぇ~」

「私から説明いたします。

 カエルス様の出身国であるブラン・ドラン連邦はアンピディアノイドの国。つまり、国民は両性でございます。

 カエルス様の場合、心が女性でございますので、この場合は性別を女性と判断するのが妥当であるという話をしていたのでございます。

 実際にカエルス様は子を宿すことも可能でございますので」

 コトハの説明を黙って聞いていたユーリは、ゆっくりと視線をカエルスへむけ、しばしらく見つめつづける。

「お前……小便は立ってするか? それとも座ってするか?」

「それは、立ってするわよ」

「行動がまるっきり男じゃねぇか!」

「そのほうが楽なのよ!」

 下品なやり取りを尻目に一人黙々とクリームシチューを頬張っていたスズネは、食堂に新たな来訪者がやってきたことに気がついた。

「あ、アヤネちゃん」

 その言葉に全員の視線が入り口へと集まった。

「アヤネちゃん、おつかれさまぁ~。ずいぶんと頑張ってたのねぇ~」

 ミカヤはぱたぱたと手を振ってアヤネを迎える。

「みんなここにいたの?」

 皆に視線をおくりつつ、まっすぐ厨房のカウンターへと向かうアヤネ。トレーにシチューとパンと紅茶を載せて戻ってきた。

「メモリーキューブの解析はどんな感じだ?」

 ユーリは、スズネの向かいの席に座ったアヤネに訊いた。

「ぜんぜんダメ。ほとんど解析できていない……」

 スプーンでシチューをつつきながらユーリの問いに答える。

 そして、シチューを口に運んだ瞬間、あまりのおいしさに思わず声がでた。

「うまっ! えっ、何? 何でこんなに美味しいの!?」

「うふふ。アナタはアタシの料理食べに来るの初めてよね」

 まるで流し込むようにシチューをむさぼるアヤネは、カエルスに問われてこくこくとうなずいた。

「ふふっ。料理に大切なのはね、愛情と筋肉と飛び散る汗、な・の」

 カエルスの言葉を聞いたアヤネのスプーンをもつ手がとまる。

 スズネの手も止まっていて、泣きそうな顔で震えている。

「おい……じゃあ、何か? このシチューにはお前の汗が含まれている……のか……?」

 ユーリは震える声を絞りだした。

「何よ! アタシの汗が汚いっていうの!?」

「汚いわ、あほう!」

 みながユーリの言葉に同意する。

「な、何よ! ただの言葉のあやに決まってるじゃない! 曲がりなりにも料理人なんだから、そんなことしないわよ! 汗が飛び散るほど真剣に作ってるって意味よ!」

「カエルスさぁん、言葉はぁ~、とっても大事だから、正しく使わなきゃダメですよぉ~」

 カエルスを除くその場の全員が大きく首肯した。

「それよりも解析結果はどうだったの?」

 コトハは、腰が折れたままの話を戻すために問う。ここまで表情一つ変えていないというところは、流石と褒めて良いだろう。

「ああ、忘れてた……。数字と文字が羅列されるだけで、何がなんだかさっぱり意味が分からない」

「タルタロスの設備を使ってもか?」

 声を上げたのは、頭を使うことが苦手なサクヤだった。

 考えるのことが苦手がサクヤでも、タルタロスの設備がどれほど先進的なものかは知っている。

 ここで解析が出来ないものなら、どこの設備を使っても無理だろう。

「お前の主観はどうなんだ?」

 ユーリは手近な椅子をアヤネのそばへと引き寄せると、背もたれにむかって椅子を跨いですわった。

「う~ん……座標かなにかのデータだとは思うんだけれど、もしかしたら暗号化されたデータなのかもね」

 アヤネはスプーンの先を振りながら説明する。

「…………」

 難しい表情を浮かべながら、厨房へと視線を移すコトハ。

 そのとき、ディフェンスコンディションのレベル上昇を知らせるランプが点灯した。

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