#4(改稿)
船外活動中の作業用ドローンは、海賊艦の燃料補給口にマニピュレーターをのばした。
マジックハンドのような腕を器用につかい、補給口のふたをひらく。
漆黒の機体は両腕でパイプを引き寄せ、給油口と接続させた。
パイプはタルタロスから伸びていて、海賊艦とドッキングすると推進剤である水を抜き取りはじめた。
別の作業用ドローンは、物資搬入口から食料などの物資搬出をおこなっている。
ドローンは、全てスズネが遠隔操作していた。
ドローンにはふたつの種類がある。
ひとつは外部から遠隔操作する無線遠隔操作型。
もうひとつは、ミスティック能力者の感応波を利用して操作する感応波による遠隔操作型。
スズネが操っているドローンは、感応波タイプである。
スズネが頭の中で動きをイメージすると、ドローンはそのとおりの動きを実行する。
ミスティック能力というのは超能力のようなもので、その力を有する人間はそれほど多くない。
スズネはミスティック能力者の中でも、とくに優れた素質の持ち主だった。
感応波による遠隔操作は、たとえ一機だけであっても精神的な負荷が大きい。しかし、スズネは最大で六機までなら同時に操作することが可能だった。
鼻歌を歌いながら作業をしていたスズネは、ふとあることに気がついた。
「ねえ、アヤネちゃん。積荷の運び出しはないの?」
スズネは上機嫌な声でブリッジへ通信をおくる。
「今日はハズレ。燃料の抜き取りと食料の運び出しだけだってさ」
「ふぅん」
特に珍しいことでもなかったので、スズネは気にとめることなく作業に集中することにした。
スズネは、この作業が好きだった。
ドローンを人形かヌイグルミのように扱い、それぞれに名前もつけていたりする。
彼女にとってドローンを使った作業は、人形遊びと変わらない。
スズネはドローンを無駄に自機を周回させたり、ドローン同士の会話を頭で想像しては、それを口にしたりしながら作業をつづけた。
ユーリは、コトハを引き連れてまったりとした時間が流れるタルタロスのブリッジへユーリが戻った。
ユーリが不在のあいだ、タルタロスのブリッジを守っていたギンジは、優しげに目を細めながらスズネの仕事ぶりを眺めていた。
「相変わらずだな、あいつは」
ユーリに声をかけられ、ゆっくりと振りかえるギンジ。
スズネは、まるで躍らせるようにドローンを操りながら作業をしていた。
「真面目に作業をするよう、言い聞かせましょうか?」
「好きにさせてやれ」
ユーリは、通信機に手をかけようとするギンジを制した。
無駄な動きは多い。だが、そのせいで作業に支障が出るというほどでもない。
とりわけ急ぐ理由もないので、ユーリはスズネが気分よく仕事が出来るならそれで良いと思っていた。
「そんなことより――」
ユーリは、コトハに向かって掌を向けて何かを催促した。
コトハは袖の下からメモリーキューブを取りだし、ユーリの掌にのせた。
「アヤネ、これを見ろ」
メモリーキューブを無造作に掴んだユーリは、アヤネに向かってそれを放った。
「ちょっ、うわっとっ!」
アヤネはそれを取り損ねて二、三回空中で泳がせた。
「マ、マスター! いきなり投げないでよっ!!」
なんとか両手で抱えこんだアヤネは、思わず抗議の声をあげる。それから、あらためて自分の腕の中にある物体をまじまじと見つめた。
「メモリーキューブ?」
「解析は任せたぞ」
メモリーキューブは、その名のとおり記録媒体だ。しかし、記録されているデータを呼び出すためには、専門の知識と施設が必要になる。
アヤネにはその知識があり、タルタロスにはアヤネ専用のラボ用意されていた。
「時間かかるよ?」
「構わねぇよ。その間のオペレートはミカゲさんにやってもらうから」
アヤネが視線をミカゲへ移すと、いってらっしゃいと言わんばかりの笑顔で手をぱたぱた振りかえされた。
「りょーかい。じゃあ、私はラボにこもるからよろしく」
アヤネはオペレーター席を母へ明けわたし、ブリッジをあとにした。
「ここがタルタロスの厨房ですよ~」
ミカヤは、カエルスをタルタロスの食堂へと案内した。
食堂には広く、椅子と一体型の八人掛け長テーブルが六基設置されていた。
「なかなか綺麗に使っているじゃない」
食堂を見渡したカエルスは、満足げにいうと厨房を覗いた。
厨房の機材も最新式だ。そのどれもが真新しい。
「設備も悪くない……けど」
違和感を感じるカエルス。真新しいというよりは、使用した形跡がほとんどない。
「実はですね~、今までタルタロスにはシェフがいませんでしたので~、まだ一度も使われたことがないんですよ~」
「え? じゃあ、今までどうやって食事を提供してきたの?」
「あれを使ってました~」
ミカヤは、食堂にある大型の機械を指差していった。
幅と奥行きが二メートル、高さは三メートルほどある機械は、巨大な冷蔵庫か自動販売機にも見えた。
「これは?」
「フードプリンターです~。メニューを指定すると~、この機械が食べ物を出力してくれるんです~」
「ふぅん」
これがあるならシェフなんて必要ないはず。それなのに、わざわざ自分を雇ったのには理由があるはずだ。
そう思ったカエルスは、とりあえずチキンソテーを出力してみることにした。
メニューを指定してプリントをスタートさせると、フードプリンターはチキンソテーの出力を開始した。
食堂には、フードプリンターが動く独特の機械音だけがひびく。
カエルスは、出力窓を覗き込みながらチキンソテーが出来上がる様を眺めた。
チキンソテーは三分ほどで出来上がった。出力窓の中は熱気がこもっていて、チキンソテーを取り出すと湯気が立ち上っていた。
「匂いは……合格ね」
鼻腔をくすぐるチキンの香りは、鼻を近づけなくてもはっきり分かる。
カエルスは小指の先にチキンソテーのソースをつけて口に運んだ。
「味もまあまあね。ま、アタシの料理には敵わないけど」
それからナイフとフォークを持ってテーブルに着き、チキンソテーを一切れ口にしてみた。
「……何これ」
租借しながらしかめ面を浮かべるカエルス。
匂いも味も確かにチキンソテーだ。しかし、決定的に違うものがあった。
「これが肉の食感だっていうの!?」
まるで寒天を食べているかのような食感だった。
「よく、こんな食事で満足できるわね」
「食事は~、栄養補給の手段でしかありませんから~」
そういって、ミカヤは苦笑いを浮かべた。
「ああ、なんて嘆かわしいの!」
カエルスは目頭をおさえ、天井を見上げる。
「良いわ。アタシに任せなさい! この船のクルーに食事の喜びと感動と素晴らしさを伝道してあげるわっ!!」
それがこの船のシェフになった自分の使命と感じ、カエルスは武者震いをした。
海賊艦のブリッジには、艦外作業の風景を呆然と眺める海賊たちの姿があった。
「終わったみたいっすよ」
レーダー手のアルバは、まるで感情のこもっていない口調でいった。
VAMPとドローンは母艦へ戻り、船体からパイプが外され傭兵艦に収容されていく様子がレーダー上でも見てとれた。
全ての作業を終えた傭兵艦は、船体側面の姿勢制御用スラスターを噴かしてゆっくりと離れていく。
それと同時に傭兵艦の兵装が収納されいき、双胴の戦闘艦は初めて見たときと同じ輸送船の形状へと変形していった。
「どう見たってただの輸送船だよな……」
力なくつぶやくベロム。
手下たちもただ首肯をかえすだけだった。
やがて、傭兵艦はメインスラスターを吹かしてあっという間に視界から消えていった。
取り残された海賊艦のブリッジには、駆動する低くうなる音だけが響いている。
「どう……するんスか……?」
アルバは、恐る恐る口をひらいた。
「どう……つったって……」
どうするといわれても、残された道は二つしかない。
「二日か……」
ベロムがつぶやくと、ブリッジは重苦しい沈黙に満たされた。
「……しろ」
「は?」
ベロムの掠れた声を聞き取れず、アルバは思わず聞きかえす。
「救難信号を発信しろって言ってるんだ!」
「へ、ヘイ!」
急に声を荒げたベロムに驚いたアルバは、飛び跳ねるように通信席へと向かい、パネルを手早く操作して救難信号を発信させた。
漆黒の空間に国籍表示のない輸送船が大破して漂っている。
船体のいたるところにビーム被弾穴があいている。しかし、そのどれもが致命傷にはなりえず、この船がなぶり殺しにあったのだろうということが見てとれた。
爆発の衝撃でめくれた外装の所々から散る火花は、輸送船が襲われてからあまり時間が経過していないことを物語っている。
その周辺を複数のドルドリア帝国の国籍マークが描かれている戦闘艦が取り囲んでいた。
その中に細長い矢尻を彷彿させるひときわ大きな艦がある。艦隊旗艦『ファーブニル』だ。
ファーブニルのブリッジでは、艦隊司令官のジェラルド・リュディガー准将が苦々しい表情で輸送船を眺めていた。
ジェラルドは第二十三遠征艦隊の司令官であると同時に、ドルドリア帝国貴族に名を連ねている男だ。
鋭く冷たい眼光からは、彼の冷徹な性格が想像できる。
大破した輸送船は、航宙灯が点滅しているところをみると、船の動力がまだ生きているのだろう。
ブリッジからは、ファーブニルから発艦した揚陸艇がゆっくりと大破した輸送船に接舷するようすが見てとれた。
「やはり、生存者の反応は無いようです」
ジェラルドの背後に控えた副司令官のフォルカー・クリンク少佐は、頭を下げていった。
「……そうか」
輸送船はジェラルドのものだった。
輸送船から襲撃の報を受けたジェラルドは、すぐに艦隊を動かした。しかし、この広大な宇宙では到着までにかなりの時間がかかってしまう。
輸送船には傭兵の護衛につけていたのだが、その傭兵たちの護衛艦も数千キロ離れた宙域で撃破されているのが見つかった。
「船内は現在捜索中ですが、手口からして海賊の仕業と思われます。恐らくは積荷も――」
フォルカーの通信端末がなる。
「調査隊からです」
一言告げて回線をひらくフォルカー。
「どうした。うむ……わかった」
回線を切ったフォルカーは、一呼吸おいてから口をひらいた。
「輸送船のクルーは、全員殺害されておりました。しかし、その中にあの兄妹の姿は無かったそうです」
ジェラルドは、表情を崩すことなくフォルカーの報告を無言できいた。
この宙域に傭兵の護衛艦を返り討ちにするだけの力をもつ海賊が潜んでいたことは誤算であった。だが、海賊があの積荷をどうにかできるとは思えない。
ならば早急に海賊を探しだし、取り返せば良いだけのことである。
ジェラルドがそんなことを考えていると、哨戒に出ていた艦からの通信があった。
「救難信号をキャッチしたと言っております」
通信士が内容をつたえる。
同じ宙域で二件目の救難信号だ。もしかしたら海賊の手がかりになるかもしれない。
「距離は」
「二光時ほどと思われます」
通信士は短く答える。
「駆逐艦二隻を残して、引きつづき貨物船の調査をおこなわせろ。残りは救難信号の発信源にむかう。艦の選定は任せた」
「はっ」
フォルカーは敬礼をかえした。
「おふたりには、こちらの部屋をご用意させていただきました」
リカルドとファレルを客室まで案内してきたコトハは、そう言って深く礼をした。
通された部屋は広く、落ち着いたデザインの家具が設置されていて、まるで高級ホテルのロイヤルスイートルームとみまごうばかりである。
「奥に寝室がもう一部屋、そのほかにバスやトイレも完備しておりますので、滞在中は不自由な思いをすることは無いと存じます。なお、くれぐれも艦内を歩きまわることはご遠慮くださいませ」
リカルドは唖然とした表情を浮かべて部屋の中を見まわしてしまった。
無粋な戦闘艦の中に迎賓館のような空間があるとは思いもしなかったからだ。
「ここはVIP専用の部屋でございます。私たちが運ぶものは、何も物ばかりとは限りませんので」
傭兵の仕事は戦闘行為ばかりではない。物資の運搬や要人の護衛。金を積まれれば何でもやるのが傭兵だ。
「それから――」
二人の肌着同然の服装を眺め、
「タルタロスのクルーが着ているものと同じものでもよろしければ、ご用意いたしますが?」と言った。
「……クルーの服?」
ファレルは、コトハの服装をまじまじと見つめた。
「これはシュリック家に仕える女性使用人用の服でございます。このようなスタイルなのは、私たちスメラギ家の人間だけでございます。他のクルーはフレースヴェルグ星海軍のものを着用しております」
「フレースヴェルグ?」
リカルドが聞きかえす。初めて耳にする国の名前だった。
「マスターの祖国でございます。私たちはバストゥーラ共和国の傭兵ギルドに登録はしておりますが、マスターを含めた大多数のクルーは、ほとんどがフレースヴェルグ出身者でございます」
説明しながら、フレースヴェルグ星海軍の白いブレザーを手際よく用意する。
「部屋の設備は自由に使っていただいてかまいません。何かございましたら、そこの通信機が私の端末と直通になっておりますので、遠慮なくお呼びだし下さいませ」
そういって、部屋の片隅に設置されてある通信端末を指差した。
「俺たちは、これからどうなるんだ?」
疑問を口にするリカルド。
「次の寄港地で開放されることになっております 」
そして、深々と頭を下げた。
「その後は?」
「おふたりの自由でございます」
「なるほど……」
リカルドは、しばし考える素振りをみせた。
「頼みがあるのだが……」
「何でございましょう?」
「見てのとおり、俺たちは海賊に捕らわれていて一切の金を所持していない。すぐに開放されても正直なところ困るんだ。だから、しばらく雇ってもらえないだろうか?」
「タルタロスで働くということは、戦闘で命を落とすことになるかもしれないということを理解されているのでございますか?」
「もちろんだ。このまま開放されたところで、金も無いのでは、結局は生きていけない可能性がある」
コトハは、リカルドとファレルを交互にみつめた。リカルドがいうように、無一文の彼らを開放するのは、いささか気の毒な気がしなくもない。
しばし思考をめぐらせるコトハ。
ややあって「分かりました」とこたえた。
「それでは、しばらく厨房でカエルス様の手伝いをしていただきましょう」
リカルドの表情がぱっと明るくなる。
「ただ、私にはおふたりを雇い入れる権限がございませんので、継続して雇用するかの返答は保留させていただきます」
「良い返答を期待している」
「では、私は他に仕事がございますので、失礼させていただきます」
コトハは礼を残して部屋をあとにした。
目の前に大破した大型の戦闘艦が漂っている。
原型はドルドリア帝国の旧式戦艦だろう。兵装はすべて破壊され、一見すると過去の戦闘で撃沈された艦が放棄され、長いあいだ宙域を漂っていただけにもみえる。
しかし、救難信号は確かにこの艦から発せられていた。
「周辺宙域を捜索したところ、二隻のフリゲート艦が残骸として見つかりました。この艦の僚艦と思われます」
「…………」
ジェラルドは思案する。
賞金首狩りにでも遭遇したのか。だが、それならば殺すか生け捕りにするはず。仲間割れか? それにしては大破のしかたが不自然だ。
いくら思考を巡らせても、正解と思われる答えは見つからない。
「陸戦隊の出撃準備をしろ。あの船を制圧する。陸戦隊の指揮はクリンク少佐が執れ」
「はっ」
フォルカーはジェラルドの指示に対し、ドルドリア帝国軍指揮の敬礼で答えた。
「……ありゃあ、ドルドリア正規軍ですぜ? 頭ぁ」
現れた船団をみて投げやりに答えるアルバ。
「終わった……もう全てが終わりだ……」
がっくりと肩を落とすベロムからは、悲壮感がたっぷりとにじみ出ていた。
貨物船や旅客船がならともかく、軍艦相手なら乗っ取ることも出来やしない。
一番やっかいな相手が現れたことになる。
しかし、ドルドリア軍からは、一切の攻撃はなかった。
やがて、ひときわ大きな戦艦から強襲揚陸艇が発艦し、海賊艦の左舷へゆっくりと滑り込んでくる。
接舷用パイプが伸びてきて、強襲揚陸艇と海賊艦がドッキングした。
艦内の監視モニターが全て機能停止しているので、ドルドリア兵の動きが全く分からない。
だが、ここにドルドリア兵がやってくることは明白だろう。
どのみち数日後には死んでいた身。それが少し早まっただけのこととベロムは少し自暴自棄になりはじめていた。
「良いんじゃね?」
ユーリは、小指で耳の穴をほじりながらいった。
リカルドらを部屋まで送り届けたあと、彼らの希望をユーリに伝えるため、コトハはまっすぐユーリの部屋へ向かった。
そして、コトハから話を聞いたユーリが口にしたセリフがこれだった。
「そんなに簡単に決めてしまってもよろしいのですか?」
「あのふたりはもう奴隷じゃない。これから何をして暮らそうと、それはふたりの自由だ。あいつらが傭兵として雇ってほしいっつってんだから、雇ってやれば良いさ」
「素性が不透明すぎませんか?」
「傭兵に素性なんて必要ないだろう」
コトハの言葉を笑い飛ばしたユーリは、彼女の頭をぽんぽんと優しくたたく。
「継続雇用するとして、ふたりには何をさせましょうか?」
子供のような扱い方をされたコトハは、語気に不機嫌さをこめてユーリの腕をはらった。
「そうだなぁ……」
払われた腕を組みなおし、思案する素振りをみせたユーリ。しかし、その表情にはまるでやる気が見当たらない。
「そのままカエルスの手伝いで良いんじゃねぇか? さすがにカエルス一人じゃ辛いだろうしな」
「かしこまりました。では、そのように取り計らいます」
特に異論はなかったので、コトハは頭を下げて部屋をでた。
強襲用のパイプ通路から海賊艦に乗り込んだフォルカーが最初に目にしたのは、海賊たちの死屍累々だった。
「いったい、何があったというのだ……」
死体には二種類の傷が見受けられる。
ひとつは鋭利な刃物で切り裂かれた傷。もうひとつは銃傷だ。
銃傷はレーザーなどではなく、実弾によるものだ。
「随分と原始的な武器でやられているな」
刀傷はもとより、フォルカーがもっとも注視したのは通路にばら撒かれた薬莢だった。
文明が高度に発達した今日でも、実弾を撃ちだす武器は存在する。
コイルガンと呼ばれるものがそれになるのだが、コイルガンは電磁の力を使って弾丸を高速で射出するため、薬莢などは必要がない。
火薬で実弾を撃ちだすというのは、旧式――古式と表現してもいい――の銃くらいだ。
「戦闘は無重力下で行われたようだな」
フォルカーが次に着目したのは、不自然に飛散している血痕だった。
撒き散らされた血液は、一度浮遊している形跡が見受けられる。
コイルガンと違って反動が大きく、必中させるにはそれなりの訓練が必要になる。
この死屍累々を作り上げた人間は、そんな銃を無重力下で使用したということになる。
フォルカーが考えをめぐらせている間にも、部下の陸戦隊たちはいくつかのチームに分かれて海賊艦の各所へと散っていった。
フォルカーはブリッジ制圧チームと行動を共にする。
目の前にドルドリア軍旧式戦艦の艦内見取り図をポップアップさせ、部下たちと経路の確認をしてからまっすぐ艦橋を目指しはじめた。
ブリッジの前にも数人の海賊の死体が転がっていた。
「皆、後頭部を撃ち抜かれております」
――後頭部だと?
部下の報告に疑問をいだくフォルカー。
何か不自然な物証はないかと視線を巡らせた。
そして、奥の壁についた傷を発見する。
「…………?」
壁の傷と通路を交互に見やったフォルカーは、おもむろに通路へと歩きはじめた。
通路の中ほどでやはり同じような傷を見つけ、彼の予想が確証へとかわる。
さらに通路を戻った壁の陰に薬莢をみつけた。
――この艦を襲ったやつらは、とんでもない射撃の腕の持ち主だな。
彼の推測が正しければ、あの海賊たちの後頭部を撃ちぬいた相手は、兆弾を利用して仕留めたということになる。
薬莢を拾いあげてポケットに入れたクリンクは、ゆっくりとした足取りでブリッジへむかった。
ブリッジの扉が開かれ、レーザーライフルを構えた部下たちが中へとなだれこむ。
「動くな! 両手を頭の後ろに当てて膝をついて整列しろ!」
部下の怒号がきこえる。
ブリッジには生存者がいるようだ。
フォルカーもレーザーハンドガンを抜き、ブリッジにはいる。
部下たちに銃を突きつけられていたのは、数人の男たちだった。そのうちのひとりは、見るからに海賊のリーダーという風体があった。
「お前が首領か?」
「だったら何だ?」
「この艦に起こったことを説明しろ」
海賊がどうなろうとフォルカーにとっては知ったことではないが、彼らをここまで叩きのめした相手には興味がある。
「ケッ、どうもこうもあるか」
ベロムは忌々しそうに吐きすてた。
「貨物船だと思って襲ったのが傭兵艦で、そいつらに返り討ちに……あいたっ!」
「余計なことをベラベラ喋るんじゃねぇ!」
アルバに頭突きをくらわすベロム。
「なるほど、傭兵か……」
その傭兵たちが只者ではないだろうことは、容易に想像がつく。
そのとき、別働部隊を率いる部下からのコールが通信端末に届いた。
「何だ」
『積荷を発見いたしました』
「そうか、わかった」
積荷とは、もちろん襲撃されたジェラルドの輸送船が積んでいた積荷のことである。
『ですが……』
「何か問題でもあるのか?」
『メモリーキューブが何処にも見当たりません』
フォルカーの眉がぴくりと動く。
『ネグリアード人の兄妹の姿もありません』
襲われた交易船には、あの兄妹の姿は無かった。
つまり、この海賊たちに連れ去られたと考えるのが妥当だ。
「死体もか?」
『死体もです』
フォルカーは唸る。
「何をもめてやがる」
ベロムは訝しげな表情をうかべた。
「ひとつ質問がある。お前たちが奪った宝物の中に紋様のようなものが刻まれた二十センチ四方のキューブは無かったか?」
フォルカーは銃をホルスターにおさめ、ゆっくりとした口調で訊いた。
「それなら俺たちを襲った傭兵どもが持っていきやがった」
「襲ったのは、俺らなんっすけ……ごふっ!」
余計なことを言うアルバに蹴りを入れるベロム。
「一緒にネグリアード人の兄妹も居たはずだが?」
「あの奴隷たちのことか? あいつらも連れてかれちまったぜ?」
「その傭兵たちの特徴を聞かせてもらえないか?」
――あぁん? これはひょっとしたらひょっとするぜ?
その言葉を聞いて、ベロムは口の端をつりあげた。
「あいつらの……ぐごっ!」
情報を口走ろうとしたアルバを頭突きで黙らせたベロムは、ゆっくりとフォルカーに向きなおる。
「どうやら、あの箱はよっぽど重要なもんらしいな」
不敵な笑みをうかべるベロム。
「あんたらは情報が欲しい。俺たちは命が惜しい。ここまでは分かるな?」
「……何が言いたい」
「あんたらは、あの……メモリーキューブとか言ったか? それがほしい。俺はあいつらに復讐がしたい。利害条件が一致してると思わねぇか?」
ベロムの口からメモリーキューブという単語が飛び出し、フォルカーはかすかに動揺した。口ぶりからして海賊たちがメモリーキューブを知っていたとは思えない。となると、傭兵たちがそれをメモリーキューブだと知ったうえで持ち去ったことになる。
メモリーキューブにどのような秘密が秘められていか知るものは少ない。
にもかかわらず、数ある財宝の中からそれだけを選んで持ち去ったということは、メモリーキューブがどういった代物であるのかを知ったうえで持ち去ったということになる。
「俺たちゃあんたらの力になれると思うぜ? どうだ、手ぇ組まねぇか?」
フォルカーの動揺を目ざとく見抜いたベロムは、更にせまる。
「それを決めるのは私ではない」
できるかぎり平静を装ったフォルカーは、そう言い終えると同時に通信用の端末を取り出し、ジェラルドに回線を繋いだ。
ベロムはその様子を小気味良く眺めている。
どうせここで潰えるはずだった命だ。仮に交渉が失敗に終わったとしても、何一つ困ることはない。
だが、通信端末で会話をするフォルカーの様子を見る限り、どうやらあては当たったようだ。
通信を切ったフォルカーがゆっくりと向きなおる。
「リュディガー閣下がお会いになられるそうだ」
その言葉は、ベロムにとって勝利の宣言に等しかった。
タルタロスの前方には、直径が一キロ、全長五キロにもおよぶ巨大な円筒形のオブジェクトが漂っていた。
円筒の中は空洞で、先端にはそれを囲うようにリング状の構造物が二つ、手前が時計回りに、奥が反時計回りに回転している。
恒星間航行の方法は二つある。
一つは、ポータルゲートを使う方法。
ポータルゲートは超巨大な鏡のような姿をした古代文明の遺産だ。
ワームホールを制御し、別空間同士を直接繋げたものでゲート同士がリンクさえしていれば、瞬時に別空間へと移動ができる。
これが現在の人類科学では複製が不可能で、休眠状態で漂っているもののシステムを復元させるしかない。
居住可能惑星が存在する恒星域には、アステロイドベルトにポータルゲートが隠されていることがある。
ほとんどのポータルゲートには光学迷彩のような加工が施されていて、発見することが極めて難しい。
今まで発見されたポータルゲートは、すべてをあわせても十数基程度しかないほどだ。
そして、二つ目の方法がタルタロスの目の前にあるハイパージャンプドライバーを使ったジャンプ航法だ。
円筒前部に漂うリングを高速回転させて円筒内部にタキオンという光速を超えることが可能な粒子を発生させ、それを纏わせた船そのものを光の数万倍の速度で撃ちだすという、いわばコイルガンやガウスキャノンを超巨大化させたような代物だ。
重力制御装置のおかげで乗組員への負担はさほどないが、船体への負担が大きすぎるためタキオン粒子に包まれる前に船体に光学バリアを纏わせておかなければならない。
また、船自体を弾丸のように直接射出させるから航路上に障害物があってはならない。それゆえ、ハイパージャンプドライバーの航路は限られたものになってしまう。
また、そのメカニズムゆえに基本的に一方通行だ。射出先にポータルゲートかハイパージャンプドライバーがなければ、最悪の場合、永遠に宇宙空間を漂い続けることになる。
「ハイパージャンプドライバーとリンク開始。目的地入力。光学バリア展開準備」
ミカゲは手順を呼唱しながら操作パネル上で指を躍らせる。
本当ならアヤネの仕事なのだが、彼女はラボでユーリから渡されたメモリーキューブの解析をしている最中だ。
そういう時、娘たちの穴を埋めるのが母親であるミカゲの役割だった。
「ハイパージャンプドライバーから往信あり。光学バリア展開。ハイパージャンプ、アプローチ開始してください」
ミカゲの言葉を合図に、タルタロスの操舵手ウェルナー・プレガディオは操舵輪を操作した。
「と、当艦はこれよりハイパージャンプ航法に入ります。そ、総員、ジャンプ時の衝撃に備えてください」
艦内放送は通信士であるスズネの仕事だ。
おどおどした性格のせいでいつもどもってしまい、相変わらず格好がつかない。
ハイパージャンプドライバーの先端にあるリングが高速で回転を始め、筒の中に虹色のエネルギーが発生しはじめた。
タルタロスはゆっくりと虹色に輝く口の中へと近づく。
光学バリアを纏ったタルタロスを虹色の粒子が包み込むと、ブリッジからの景色も虹色に輝きはじめた。
やがて虹色のコクーンと化したタルタロスは筒の中へと吸い込まれ、次の瞬間には光の数万倍の速さで撃ちだされた。その瞬間、ハイパージャンプドライバーから虹色のスパークが発生し、光の粒子が散る。そして、再び静寂が訪れた。
長らく空けてしまって申し訳ございません。
ジェノクレの方も執筆中の回の後半まで書き終わっているので、そっちも早いうちにUPできるよう努力します。