#2(改稿)
ベロムが輸送船から連れ去ったネグリアード人奴隷は、海賊艦の厨房で働かされていた。
皿拭きをしていた少女の手がとまり、感情がこもらない虚ろな目を天井へ投げかける。
「…………?」
「どうかしたか?」
それに気付いた青年が声をかけた。
「……振動が止んだ」
「そういえば、そうだな」
言われてみると、先ほどまで断続的に続いていた振動がぴたりと止んでいるのが分かった。
かなり激しく揺れていたはずなのだが、そんなことが気にならなくなるほどインパクトの強いものが、この厨房には存在していた。
「ほらぁ、リカルドちゃんもファレルちゃんも! ボーっとしている暇なんてないわよ!」
カエルス・ランペニウスは、ゴツゴツした岩のような巨体を厨房から半分のぞかせ、ふたりに叫びかけてくる。
素肌の上に身につけられた白いエプロンは、脈打つ筋肉を隠しきれていない。
禿頭の上に乗せられたコック帽は、この人物がコックであることを物語っていた。
カエルスがときおり色目を使ってくるせいで、リカルドは海賊艦がどれほどが激しく揺れていようと気にしている余裕がない。
「あんたは気にならないのか?」
「アタシはただ雇われているだけ。海賊たちがどうなろうと、知ったことじゃないわ」
リカルドの問いに、カエルスは冷たく言いはなった。
「こんなところで働いてるんだから、死ぬときは死ぬし、気にしたって意味がないわ。それに――」
表情を緩ませたカエルスは、まるで指揮棒のように菜箸を振りながら言葉を続けた。
「アタシの戦場は、こ・こ。どんなに厳しい状況だろうと、どんなに劣悪な環境だろうと、最高の料理を作ることがアタシに課せられた任務、な・の」
リカルドとファレルがここに連れてこられてから、カエルスはずっと上機嫌だった。
カエルスは、ふたりをとても気に入っている。
だから、厨房を包む空気は、つねに和やかだった。
「ほら、二人とも。その作業はもう良いから、リカルドちゃんはジャガイモ剥いて! ファレルちゃんはポトフの灰汁取りしてね♪」
厨房から出てきたカエルスは、鼻歌まじりでふたりを厨房へと連れこむ。
厨房の中は、ブイヨンの食欲をさそう香りに満たされていた。
「ここの男たちはね、みんな下品でガサツで大食らい。だから、これからがアタシたちにとって本当の戦闘になるわよ♪」
カエルスは歌うようにいった。
それから二人をそれぞれの持ち場につかせ、自身は鼻歌を歌いながら大なべで煮込まれているブイヨンを静かにかき混ぜた。
「か、頭ァ、何なんすか、あいつら!?」
「お、俺に聞くんじゃねぇ! 通路にゃ防衛装置もあんだろ。早いとこ迎撃してしまえ!」
「それが……ぜんぜん動かねぇんですよ! それどころか、システムが入力を拒否ってやすよぉ!?」
海賊戦艦のブリッジはパニックに陥っていた。
艦内各所に設置されているカメラだけは機能していて、それがパニックに拍車をかけている。
回廊で待機させていた手下たちは、おかしな格好をした女たちにものの数分で全滅させられた。
しかも、彼女たちはまっすぐブリッジへと向かってきている。
何度か抵抗を試みてはみたが、散発的な抵抗は彼女たちの足止めにもならなかった。
「残った手下どもをブリッジ前に集めろ! そこに防衛線を張れ!」
ここにきて兵力分散の愚に気付いたベロムは、生き残っている狙撃手をブリッジ前に集め、そこに最終防衛線を築き、地の利を活かして女たちを血祭りに上げることにした。
なぜ、自分たちがこれほど窮地に陥っているのか、ベロムには全く理解ができなかった。
接舷が成功した時点でこちらの勝ちではなかったのか?
しかし、どうだ。まるで接舷位置が調節されたかのような待ち伏せ。
相手はたった二人なのに、手下たちではまるで歯が立たない。
「クソッ、何がどうなってやがるんだ!」
苛立ちが込められたベロムの拳は、艦長席のレーダーモニターを叩き割った。
「申し訳ございません。姉たちが床を汚してしまったようです」
第三ハッチに到着したコトハは、絨毯に数滴の血が付着しているのを発見して謝罪した。
海賊たちの死体は、すべてパイプの中に転がっている。重力を戻したときに血が床ではねてしまったのだろう。
「酷ぇ有様だな……」
むせ返るような血の臭いのなか、ユーリは呆れ顔でつぶやいた。
パイプの中は、踏み込むことを戸惑わせるほどの血の海だ。
パイプの向こう側には、血の足跡が二人ぶん続いている。
しばらく床を眺めていたユーリは、諦めたような表情を浮かべて血の海に足を踏み入れようとしたその時、屍の中からうめき声がきこえた。
「く、くたば――」
コトハが声のほうに視線を向けると、息があった海賊が震える手で銃を構えていた。
大腿部に撒いたベルトからすばやく棒手裏剣を抜くコトハ。彼女が手裏剣を打とうとした瞬間、海賊の頭が吹き飛んだ。
「行こうぜ」
赤いレザージャケットの中のホルスターにハンドコイルガンをおさめたユーリは、やる気のない半眼をコトハにむけていった。
コイルガンはコイル状の電磁石を使って弾丸を発射する。火薬式のそれとは違い反動もなければ炸薬の爆発音もしない銃だ。
「……かしこまりました」
状況判断に一瞬を要したが、自分より先にユーリが海賊を仕留めたのだと理解すると、コトハは手裏剣をベルトにおさめ、かわりに腰帯の結び目に差した二本の短刀を抜きはなって彼に付き従った。
「チクショウ、あいつら往生際が悪ぃぜ!」
ミカヤとサクヤは、ブリッジの手前で足止めされていた。
サクヤは壁に身を隠しつつ、手鏡を使って通りの向こうを覗きこむ。
鏡ごしに海賊の狙撃手を七人確認した。
だが、その瞬間に幾筋ものレーザーが降り注ぎ、手鏡を焼き砕いてしまう。
「ちっ、下手に飛び出したら蜂の巣だな」
サクヤは解けた鏡を慌てて手から離し、熱が伝わってきた指先に息を吹きかけた。
彼女たちの姿が見えなくなると、海賊たちは挑発するように罵声を浴びせてくる。しかし、近接武器しかないサクヤは、状況を打開するための手段を持たない。
「そうねぇ、確かにやっかいねぇ」
柔和な微笑みを浮かべたミカヤは、眉尻だけを下げ、頬に手をあてため息をついた。
そのポーズまましばし思案したあと、おもむろに何携帯端末を取りだしてタルタロスと回線をつないだ。
応答したのはアヤネだった。端末のディスプレイには、指先で眼鏡の位置を整えるアヤネの姿が映しだされた。
「ブリッジ前にいる敵の配置情報を~、端末に送ってもらえるかしら~?」
『了解。ちょっとまってて』
返事のあと、端末はすぐにデータの受信を開始した。
「ありがとうね~、仕事が早くて助かるわ~」
ミカヤはすぐにデータを開くと、それをホログラム映像で自分の目の前に投写する。
「サク姉ぇ、何する気だ……?」
「まあ、見ててね~」
ミカヤは敵の位置や自分の位置や射角など、頭のなか行っている計算をぶつぶつ口にしながら、通路の壁に向かって銃を両手で構えた。
ミカヤがトリガーを引くと、銃声と共に五十アクション・エキスプレス弾が撃ちだされる。
弾は壁にあたって火花を散らした。
「…………?」
サクヤは、サクヤの行動を姿を訝しげにながめる。
ミカヤは微妙に射角をずらしながら、続けざまに七発すべての弾を撃ちつくした。
すると、通路の向こうで喚いていた海賊たちの罵声がぴたりと止んだ。
銃から弾倉を抜き落としたミカヤは、それを拾い、立ち上がりながら腰のポーチに押し込む。
そして、新たな弾倉を銃に装填すると、サクヤに向かって笑顔でいった。
「さぁ、行きますよ~」
「あ、危ねぇって!」
不用意に通路へ出ようとするミカヤを、サクヤは慌てて止めようとした。
だが、間に合わない。
海賊たちの一斉射撃で蜂の巣にされる姉の姿を想像し、サクヤは目をそむけた。
「サクヤちゃ~ん、何してるのぉ? 先に行っちゃうよ~?」
ミカヤが間延びした声で呼んでいる。
「……あれ、なんで?」
状況が理解できず、サクヤは目をしばたかせた。
そんな妹の様子をみて、ミカヤはくすくすと笑った。
「わたしの銃は~、レーザーじゃないから~。実弾は~、壁に当たっても跳ねてくれるからね~」
歩きながら笑顔で説明するミカヤ。
言ってることが理解できないミカヤは、きょとんとした表情を浮かべた。
ミカヤは、そんなサクヤを手招きする。
ブリッジの前には、額を正確に撃ちぬかれた海賊の死体が七つ転がっていた。
「…………」
サクヤはその光景に言葉も出ない。
「跳弾させると弾の威力が落ちちゃうからね~。正確に急所を狙わないと~」
ミカヤは、まるで得意料理のレシピを説明するかのような口調でいった。
「…………」
この女だけは絶対に敵に回したくないと、サクヤは心の底からそう思った。
「さ、さぁ、あとはこの中だけだぜ」
気を取り直してサクヤ。
ミカヤは笑顔で頷き、ブリッジの扉の開閉ボタンに指をそえた。
ブリッジの扉が空気が抜けるような音を立てて開く。
「スライスされたくなけりゃ、抵抗するんじゃねぇぜ!」
扉が開くと当時に、サクヤは怒鳴り声をあげて突入していった。
サクヤがブリッジへ突入すると、海賊たちの銃口は、全て入り口に向けられていた。
「殺せ殺せぇ!」
モニターで彼女らの戦いを見ていた海賊たちは、サクヤに反撃させまいと死に物狂いで一斉に銃を撃った。
「うおっ!」
咄嗟に床を転げて緊急回避するサクヤ。不意に入り口の陰から様子を見ているミカヤの笑顔が目に入った。
「ミカ姉ぇ、てめぇ!」
「もらった!」
一瞬、足が止まったサクヤをベロムがレーザーガンで狙い撃った。
その瞬間、サクヤは刀でベロムが放ったレーザーを斬り裂いた。
「な、なにぃ!?」
思わず声をあげるベロム。
切っ先から二股に分かれたレーザーの一方は、サクヤの顔を掠めて彼女の頬に一筋の傷を作った。
その瞬間、サクヤの瞳から理性が失われた。
純粋な殺意の塊と化したサクヤがベロムに迫る。
悲鳴を上げるベロム。その光景を目の当たりにして、海賊たちの戦意は完全に砕け散った。
サクヤの足元へと銃弾を一発撃ちこんで彼女の動作を一瞬だけ遅らせたミカヤは、すばやくブリッジへ飛び込み、サクヤとベロムの間へと割って入り、二人の額に銃口を突きつけた。
サクヤの刀はベロムの顔面の直前で止まる。
涙目のベロムは手に持った銃を落とし、崩れるように膝をつくと、がっくりとうな垂れた。
タルタロスのブリッジでは、海賊艦のメインコンピューターにアクセスしたアヤネがずれた眼鏡を気にしないほど集中し、手際よく海賊艦の制御システムを次々と掌握していた。
そこへ、ギンジ・スメラギがあらわれ、ぶつぶつとつぶやきながらコンソールパネル上で指を躍らせているアヤネに声をかけた。
「状況はどうなっている?」
「あ、お父さん」
振り返ったアヤネは、鼻先までずり落ちた眼鏡を指先で持ちあげた。
ギンジはコトハらスメラギ五姉妹の父で、タキシード姿はまるで執事のそれだが、タルタロスでは副長という重要な役割を担っていた。
物静かな表情の奥には、彼が培ってきた知識の深さと経験の豊富さがにじみ出ている。
「順調だよ。敵艦のシステムの制圧は、ほぼ完了。ミカ姉ぇとサク姉ぇは、敵艦橋の征圧が完了。マスターとコト姉ぇは、もうすぐ敵艦橋へ到着。スズネは出撃準備中だよ」
アヤネが説明していると、ミカゲ・スメラギが遅れてやってきた。
「あらあら、私たちの出番は無さそうね」
ミカゲは切れ長の目を優しげに細め、耳に心地よい澄んだ声でいった。
「じゃあさ、悪いんだけど私の代わりにオペレーターやってよ、お母さん」
アヤネにそう頼まれたミカゲは、自分専用のシートにすわり、座席に備え付けられたコンソールパネルを操作してオペレート機能を起動させる。
外見は三十路そこそこに見えるが、コトハら五人の娘たちの母であることを考えると、彼女がそれなりの齢を重ねていることが容易に想像できるだろう。
ミカゲはスズネやアヤネが不在のとき、娘たちの代理をつとめていた。
ギンジは艦長席にすわると、必要な情報を目の前の端末に呼びだす。
そこへ、出撃準備をすすめていたスズネから通信がはいった。
『こ、こちらスズネ……、あの、しゅ、出撃準備ができたよ……』
通信用のディスプレイには、黒いヘルメットのバイザー越しにおどおどした表情を浮かべたスズネの顔が映しだされる。
「いっしょに射出するのは、作業用のドローンで良い?」
「え、あ、うん。お、お願い……」
「頑張ってね」
ミカゲは微笑みをかえし、カタパルトのロックを解除する。
カタパルトの射出ランプが上から順に赤から緑に変わると、スズネを乗せたVAMPは勢いよく射出された。
しなやかな流線型の黒い機体は、大気圏内でも高い機動力を有していることを物語っている。
機体に備え付けられた大きなレドームは、この機体が支援機であることを告げていた。
スズネは機体を何度かロールさせたあと、ブリッジの目の前へ機体を滑り込ませる。
そして、姿勢制御スラスターをつかってタルタロスとの相対速度をあわせると、機体をスマートな人型へと変形させた。
次いで射出された二機の作業用ドローンは、スズネの左右に並んで相対速度をあわせた。
『じゅ、準備が出来たよ……?』
「そのまま待機しててね」
ミカゲは笑顔で応対すると、回線をコトハへと切り替えた。
「準備が完了したそうでございます」
通信を切ったコトハは、視線を携帯端末からユーリへ移した。
ふたりが立っているのは、海賊艦のブリッジ前。足元には額を撃ちぬかれた死体が七つ転がっている。
「ブリッジのやつらまで皆殺しにしてなきゃ良いんだけどな……」
ユーリは足元の死体を呆れ顔で見渡した。
「そう祈りましょう」
無表情のまま答えたコトハは、扉の開閉ボタンを押した。
中に入って真っ先に飛び込んできた光景は、後ろ手に縛られ座らされた海賊たちがうな垂れている姿だった。
真ん中にいる髭面の男は、通信モニターに移っていた海賊の頭だろう。
「おせーよ、ユーリ!」
ユーリの姿をみるなり、開口一番サクヤがいった。
頬には一筋の傷がついており、血がにじみ出ている。
「サクヤちゃん、マスターにそんな口をきいちゃダメよ~」
ミカヤは海賊たちに銃口を突きつけたまま、朗らかな笑顔を浮かべてた。
表情と行動がまるで合っていない。
「皆殺しはまぬがれたみてぇだな」
コトハに言葉を投げるユーリ。
「サクヤちゃんが~、危うく殺しかけましたけどね~」
ミカヤは、サクヤの頬の傷を指先でつついた。
「そのあと~、すぐに正気を取り戻してくれたから助かりましたけどね~」
「あたしは、ミカ姉ぇに殺されかけたけどな!」
サクヤは、くすくすと笑うミカヤに抗議の視線をなげかけた。
憎々しげな目で睨みつけ、歯軋りをしている。
「お前がボスだな?」
「だったら何だ」
「この艦の水と食料を渡してもらうぜ」
「か、海賊か、てめぇらは!」
思わず叫ぶベロム。
広い宇宙の真っ只中で水と食料を失うこと。それは、死を意味している。
「海賊はお前らだろ」
ユーリは呆れた表情を浮かべた。
「お前らと違って根こそぎは持っていかねぇ。二日分くらいは残してやるから安心しろ」
笑ってベロムの肩を叩くユーリ。
海賊たちのあいだには、重苦しい空気だけが流れていた。
「ここはお前ら二人で大丈夫だろ? あたしとミカ姉ぇは、艦のほかの場所も見てくるぜ」
そういうと、サクヤは刀を鞘におさめた。
艦内はほとんどは、まだ未調査のままだ。
「伏兵がまだあるかもしれないから、ふたりとも気をつけて」とコトハ。
サクヤは背中をむけたまま手をふる。
小さく会釈を残したミカヤは、サクヤに続いてブリッジを去った。
「あら? しずかになったわねぇ……」
大なべに入ったスープを煮込んでいたカエルスは、ふと天井を見上げていった。
「……気配が減った」
ファレルは、灰汁取りの手を休めず抑揚のない声でつぶやく。
「相手の船に乗り移ったんでしょ」
まるで興味がなさそうなカエルス。その態度から、海賊に対して仲間意識など全く持ち合わせていないようだ。
なぜ、カエルスは海賊艦なんかに乗っているだろうかと、リカルドは不思議に思えた。
ふと、ファレルの動きが止まる。
「どうした?」
リカルドは、ファレルの様子に気付いて声をかけた。
「……来る」
感情がこもっていない虚ろな視線を通路へ向ける。
気配は食堂の前でぴたりと動きをとめ、こちらの様子を探りはじめた。
「リカルドちゃん、ファレルちゃん、ちょっと隠れていなさい」
二人を物陰へと押しやったカエルスは、鋼鉄製の大鍋とレードルを手にする。
そして、厨房から食堂へ出て仁王立ちした。
「そこに隠れているのは分かっているわ。大人しく出てらっしゃいっ!」
姿を現したのは、変わったメイド服姿の見慣れない女がふたり。
「おい、ミカ姉ぇ、変なのがいるぞ……」
「あらあら、困ったわ~」
二人は、ひそひそとつぶやきあいながら姿をあらわした。。
腰の得物が服装に合わず、物々しさが際立っている。
「赤毛のあんたが腰に下げてるのは、姫鶴一文字……のレプリカかしら? でも、業物みたいね」
「へぇ、分かるのか」
驚き、口笛を吹くサクヤ。
「そっちの栗毛はデザートイーグルね」
「物知りね~」
ミカヤは手を叩いて感心する。
「どっちも良い得物だけれど、所詮は骨董品。そんなものでアタシを倒せるかしら?」
鍋とレードルを構えたカエルスは、ふたりを睨みすえて不敵に口の端を吊り上げた。
「ロックなやつだぜ。人の得物に難癖つけときながら、自分はそんなもんで殺り合うつもりかよ」
刀をすらりと抜いたサクヤの目に殺気がやどる。
場の空気が一瞬で張り詰めた。
「小娘ごとき、これでじゅうぶんよ。さあ、どこからでも掛かってらっしゃい」
「仕方ないわね~」
微笑は崩さないまま、ミカヤは諦めをため息という形であらわして銃をぬく。
サクヤは、隙をうかがいながらじりじりと間合いをはかった。
調理器具しか手にしていない目の前のゴリマッチョには、なかなかどうして隙が見当たらない。
サクヤの額から汗がながれた。
艦が駆動する低い機械音と、ポトフが煮えるぐつぐつという音だけがあたりに響きわたる。
物陰から様子を伺っていたリカルドは、あまりの緊迫感に生唾を飲んだ。
その瞬間、ミカヤとサクヤがうごく。
二人は左右へ同時に分かれ、カエルスを挟撃しようとこころみた。
ミカヤの二丁拳銃が火をふいた。
カエルスは弾丸を大鍋で弾き、斬撃はレードルでふせぐ。
そのまま刀をレードルで絡めとり、刀ごとサクヤをミカヤへ投げつけた。
「ちょっ、うわぁあ!」
飛んでくるサクヤの体で射線を隠したミカヤは、カエルスの背後の壁に狙いを定めて銃弾をはなった。
投げられたサクヤは、テーブルや椅子をなぎ倒しながら床にたたきつけられた。
壁にあたった銃弾は跳弾し、背後からカエルスへ襲いかかる。
だが、攻撃すらも大鍋でふせがれてしまった。
「わぁ、すごーい」
拍手代わりに拳銃のグリップ同士を叩いてみせるミカヤ。
「ミカ姉ぇ、感心してる場合じゃねぇって! こいつ、手ごわいぞ!」
散乱したテーブルや椅子の間から這いでたサクヤは、あまりにも暢気な姉の口調に苛立ちをあらわにした。
「そうねぇ~」
ミカヤは、柔和な笑顔のまま、眉尻だけを下げて思案のポーズをとる。
「なぁに、もうおしまいなの?」
不敵な笑みを浮かべるカエルス。
このまま戦いつづけても負けることはないだろうが、決め手を欠いているのも事実だった。