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エピローグ

「本当に良かったのか?」

 フレースヴェルグの首都、パンドラ要塞の繁華街。

 人口太陽がさんさんと輝く昼下がり、多くの家族連れやカップルで賑わっていた。

 あの事件から半月が経過したある日、ユーリはコトハを連れ、サドラー兄妹と会食をしていた。

「俺たちがタルタロスのクルーとして乗り込むことか? それともタビト恒星系とアーティファクトテクノロジーをフレースヴェルグ預かりにすることか?」

 フォークに刺したチキンを口元で止め、リカルドはユーリの目を見つめかえした。

「どっちもだ」

 ユーリは半眼のまま答え、コーヒーをすする。

 タビト恒星系は、ベラルージュ王家にあったメモリーキューブのデータによって航路が発見されたという理由から、フレースヴェルグは統治権をサドラー兄妹に譲渡することにしたのだ。

「タビトを統治したところで、国民もいなければ、それを守るための力も俺たちには無い。もちろん、アーティファクトがあっても、それを使いこなす国力も武力も無いからな。俺がタルタロスに乗り込むのは、その力を得るためだ」

「……いるのは恐竜だけ」

 ぼそりと付け加えるファレル。

「リカルド様は、いま『俺は』と申されましたが、ファレル様には別の考えがおありなのですか?」

 コトハは、リカルドの隣で大人しく座っているファレルの顔をじっと見つめた。

「……私は」

 ファレルは、コトハから視線を逸らし、ユーリへと漂わせ、慌てて下をむいた。

 顔がやや赤くなっているように見えるのは、気のせいだろうか。

「まあ、ファレルも年ご……ごふっ!」

 リカルドは何かを言いかけ、わき腹にファレルからの強烈な肘打ちをくらう。

「……それよりも、アーティファクトは何だったの?」

 めずらしく、ファレルからの質問が飛んできた。

「ああ、あれな。すげーわ」

「凄い?」

 リカルドがおうむ返す。

「ガーディアンの攻撃、覚えてるか? 吐き出したブレスが途中で消えて、ミカヤの頭上からあらわれた」

「そういえば、あったな。それがアーティファクトと関係あるのか?」

「ガーディアンってのは、アーティファクトの技術を応用した攻撃をしてくるんだよ」

「ほう、それが?」

「まだ分かんねぇか?」

 ユーリは、にやりと笑みを浮かべた。

「空間湾曲技術だよ」

「くうかんわんきょく……?」

「つまり、擬似的なポータルゲートを作り出す技術でございます」

 コトハは、首をひねりまくるリカルドに助け舟をだした。

 だが、リカルドには何が凄いのかさっぱり分からない。

「すまん、俺の理解力の限界だ。分かりやすく説明してくれ」

 ユーリとコトハは、同時にため息をついた。

「いいか、現在の恒星間航法は、ハイパージャンプステーションで船を撃ちだすか、ポータルゲートを使って空間を飛び越えるかだよな?」

「ああ」

「だけどな、この空間湾曲技術を実用化させれば、任意の場所にゲートを作りだし、任意の場所へ瞬時に移動できるようになるんだ」

「…………」

「な? 凄ぇだろ?」

 ユーリは、まるで子供のように目を輝かせた。

 ファレルは、それを見て思わず小さく笑う。

「ん? どうかしたか?」

「……ユーリが子供みたいだから」

 ユーリは、ファレルの目をみつめた。

「……なに?」

「お前、明るくなったよな」

 思いもよらない言葉をかけられ、ファレルは思わず赤面してうつむいた。

 そんなやり取りを見ていたコトハは、洋ナシジュースをわざとらしく音を立ててすする。

 心なしかムッとしているように見えるのは気のせいではないだろう。

「そろそろお前たちの正体を教えてくれないか?」

 リカルドは、急に真顔になって訊いた。

「うーん、どこから話すべきか……」

「まずは、フレースヴェルグの歴史から説明するのが無難でございましょう」

 コトハは、頭を搔いて悩むユーリにそう助言する。

「百五十年ほど前、とある遺跡を宇宙開拓者たちが発見した。その開拓者たちの中には、その遺跡の鍵となるメモリーキューブの伝承者も含まれていたんだ」

「つまり、彼らは遺跡を偶然に見つけたのではなく、発見するべくして見つけたということか?」

 ユーリは首肯した。

「遺跡を見つけた彼らは、多くの犠牲を払いながら遺跡のガーディアンを倒し、そして、世界で最初のアーティファクトを手に入れた」

 コーヒーをすすって一呼吸おくユーリ。

「開拓者たちは、大いに喜んだ。失われた文明が残したオーバーテクノロジーを手に入れたんだからな。当然だ。

 彼らは、それを始まりのアーティファクトと呼んだ。

 だが、彼らが解き放ったのは、始まりのアーティファクトだけではなかった。

 それ以後、各地で次々とアーティファクトが見つかるようになった。

 解き放たれたアーティファクトテクノロジーによって、人類の生活は豊かになっていき、宇宙の距離も縮まっていった。

 変わっていったのは、人々の生活だけではなかった」

「戦争か……」

 リカルドが言葉をつづけた。

 昼食時もおわり、客もまばらになっていて、店内は静けさを取り戻しつつあった。

「アーティファクトは、戦の形をも変えました。それに伴って国家間の優劣もはっきりするようになり、力が弱い国が強い国に食われるという、弱肉強食の戦国時代を引き起こしてしまったのです」

 コーヒーをすするユーリに代わり、コトハが説明を続けた。

「開拓者たちは気付きました。自分たちが解き放ったものが古代文明の英知の結晶などではなく、パンドラの箱だったのだと」

「パンドラ……?」

 リカルドは眉をひそめた。

「気付いたか?」

 リカルドの反応を見て、ユーリが口をひらいた。

「開拓者たちは、始まりのアーティファクトにこう名づけたんだ。

 パンドラ要塞ってな」

「ちょっと待ってくれ。フレースヴェルグの歴史は分かったが、それがお前とどう関係あるんだ!?」

 話の趣旨が理解できず、混乱するリカルド。

 ファレルは、ただ黙々と話をきいていた。

「その開拓者のリーダーというのは、俺の先祖だ。パンドラ要塞のメモリーキューブの現継承者は、ここにいるコトハだ」

「……っ!?」

 絶句するリカルド。

「現フレースヴェルグ王ブルクハルト・シュリックは、マスターの実父でございます」

 リカルドは、驚きのあまり両目を見開いたまま、二人の顔を交互にみつめた。

 そのあと、急に可笑しくなって笑い始める。

「王子自ら傭兵稼業とは、さすがに思いもよらなかった」

「よせ、王子って柄じゃねぇよ」

「二人の先祖は同じ開拓者だったのだろ? なぜ君主と家臣の関係なんだ?」

 リカルドは、素朴な疑問を口にした。

 この質問には、ファレルも興味があるらしく、彼女も身を乗り出してユーリの返答を待った。

「もともとがそういう関係だったという説と、権力の集中してシュリック家の人間が暴走することを防ぐためという説があるんだけど、実際はよく分かっていないんだ」

「なんだよ、それ!」

 リカルドは、肩透かしをくらった気分になり、思わず声をあげた。

「そもそも、国家という体裁を保つため、形式上は王制を敷いているけれど、中身はフレースヴェルグ王国というよりは、フレースヴェルグ傭兵団と表現したほうがしっくりくるしな」

「確かにな……」

 リカルドは、そう言われて納得してしまう自分が可笑しくて、声をだして笑った。

「……私からも質問」

 おもむろにファレルが挙手をした。

「……コトハたちの衣装、なんで着物な感じのメイド服なの?」

 ファレルだけではなく、ユーリとリカルドの視線もコトハにあつまる。

「そういえば、この衣装を採用したのはコトハだったよな?」

 どうやら、ユーリも常々感じていたようだ。

「それは……可愛くないですか? これ……」

 ほんのりと赤面したコトハの口から出た答えは、予想外なほどミーハーなものだった。


 会食からの帰り道、ユーリとコトハは、遊歩道をのんびりと二人並んで歩いていた。

「なあ」

「何でございましょう」

 ユーリは立ち止まり、道の脇にある柵にもたれかかった。

 柵の先には巨大な強化ガラスがあり、その向こう側には宇宙空間が広がっている。

「今回、一番得をしたのは誰なんだろうな……?」

「どういう意味でございましょう?」

「いや、上手く言えないんだけど、結局、俺も誰かの掌の上で踊らされてただけなんじゃねぇかって思ってさ」

 ユーリは、胸の中でずっともやもやしたものを抱えていた。

 今回の事件は、計算されたものにしては不特定要素が多すぎるのだが、偶然にしては結果が出来すぎているような気がしてならない。

 それとも、やはり結果的にこういう結末にたどり着いただけなのだろうか。

「やっぱり、何でもねぇわ。たぶん、俺の考えすぎだ」

 頭を搔きむしって思考を霧散させるユーリ。そして、再び歩きだす。

 コトハは、何も言わずにユーリに付き従った。


「ご苦労であったな、ミカゲ」

 フレースヴェルグ王フルクハルト・シュリックは、地鳴りのような低い声でいった。

 ここはパンドラ要塞の応接室。大理石の柱には、豪奢な照明がそなえつけられ、水晶の飾りがきらきらと光を乱反射させている。

「全ては、陛下の思惑通りです」

 にこやかに紅茶をすするミカゲには、相手に臆するような様子は微塵もない。

「ユーリは、お前からみてどう映った」

「そうですね……」

 指先で自分の頬をトントンと触れながら、しばし思案するミカゲ。

「荒削りではありますが、指導者として十分な素質があります。ただ、すこし甘さと優しさがあり、私の目からは、それが危うさとして映りましたね」

「そうか……」

「ぎりぎり及第点と言ったところですかね」

 あまりにざっくばらんな物言いに、フルクハルトは思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「では、ミカゲには引き続きユーリの傍にいてもらうとしよう」

「はい、かしこまりました」

 ミカゲは、にっこりと笑顔を返した。

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