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#16(修正)

「VAMP隊、帰艦しました。帰艦数十二、未帰還数二十五です」

 ファーブニルのブリッジは、慌しさを増していた。

 二十分ほどまえから、ジャミングされていたレーダーが正常に作動しはじめた。

 ブリッジに複数在籍しているオペレーターたちが、次々と状況報告をしてくる。

 そのおかげで、敵艦の位置を把握することができた。

「敵艦は、月面の渓谷内に身を潜めているようです」

 月の地形を利用し、直接姿を見せないように航行している敵艦の姿がレーダー上でみてとれる。

「ふん、小賢しい。全艦、前進せよ」

 ジェラルドは、全艦に命じた。

 VAMP隊の被害は甚大だったが、敵の航空戦力も著しく低下している。

 相手がどんな最新鋭艦だったとしても、数の差を覆すほどの要因にはなり得ない。

 あとはじわじわと戦闘力を奪い、最後は直接乗り込んで制圧してしまえば、横取りされたメモリーチップも取り返すことができる。

 勝利はゆるぎないものに思われた。


 タルタロスの格納庫では、次々と帰艦してくるVAMPの収容作業に追われていた。

「あら~、随分と派手にやられちゃったわね~」

 ボロボロのドゥラスロールから降りてきたサクヤを出迎えたのは、先に帰艦していたミカヤだった。

 サクヤの表情は暗い。

「どうしたの~?」

「戦闘中に突然ジャミングが切れたんだ」

 ミカヤは、なぜサクヤが暗く沈んだ表情をしているのか理解した。

「それは、スズちゃんが敵の攻撃を受けて……」

 いつも柔和な表情のミカヤは、急に真顔になって目を伏せた。

「スズネ……っ!」

 サクヤの目から涙があふれる。

 そこへ、ドリンクが入ったスクイズボトルを持ったスズネが駆け寄ってきた。

「サ、サク姉ぇ、お、おかえりなさい。な、何かあったの?」

 スクイズボトルを差し出しながらスズネ。

「スズネ……聞いてくれ、スズネが……あ?」

 スクイズボトルを受け取ったサクヤの目の前には、きょとんとしながら小首をかしげるスズネが立っていた。

 よく見ると、目を伏せているミカヤの肩が震えている。

「ミカ姉ぇ、てめぇ! いくら冗談でも悪質すぎるぞ!」

「あははー、ごめんごめんー」

 ミカヤは、腹を抱えて笑っていた。

 全てのVMPが着艦を終え、タルタロスはカタパルトの収納をはじめる。

「全員揃っているか?」

 パイロットスーツのファスナーを大きくあけ、指先でネックレスを弄びながらユーリがやってきた。

「リ、リカルドさんは、ぶ、無事だよ」

 この場に居ないリカルドの無事を告げたのはスズネだ。

 戦闘で負傷したリカルドは、医務室へ連れて行かれていた。

「アヤネの姿が見えないようですが……」

 コトハは、あたりに視線をめぐらせる。

「そういえば~、姿見てないわね~」

 ミカヤは言われるまで気付いていなかったらしく、頬に手をあててあたりを見回した。

「おい……マジかよ……」

 スズネの無事を確認して安心したのもつかの間、再び奈落に落とされたような気分になるサクヤ。

「そうか。なら、ミカヤがアヤネの代わりにブリッジへ入ってくれ」

「おい、てめぇ! それだけかよ!」

 あまりに淡々とした態度のユーリを見たサクヤは、思わず怒鳴りながら彼の胸倉を掴みかかった。

 突然の怒鳴り声に、格納庫内が一瞬しんと静まりかえる。

「それだけだ。それがどうかしたか?」

「これがコトハだったとしても、同じ態度がとれるのか!?」

「当たり前だ」

 即答するユーリに対して、怒りのあまり何も言い返せなくなるサクヤ。

 なかば突き飛ばすように、ユーリの胸倉を乱暴に放す。

「くそっ!」

 サクヤは、やり場の無い怒りを拳に込め、力任せに壁へとたたきつけた。

「お前は何か勘違いしていないか? 俺はお前らの友達でもなければ上司でもない。君主マスターだ。家臣の一人が未帰還だからといって、今の俺に嘆いている暇はない」

 冷たく言い放つユーリの目には、冷徹な色すら浮かんで見える。

 コトハは、その姿を冷静に見つめていた。

「今は、一刻を争います。それぞれの持ち場へ急ぎましょう」

 ユーリと姉妹たちの間に軋轢が生まれそうになるなか、コトハはいつもの淡々とした口調でいった。

 コトハは、ブリッジへ向かう通路でさり気なくユーリの横についた。

 誰も言葉を口にはせず、靴音だけが響いている。

「マスター」

 コトハは、ユーリにだけ聞こえるくらいの小さな声で呼びかけた。

 ユーリからは返事が返ってこない。だが、意識だけは自分に向いたのをコトハは感じた。

「状況が厳しいのでございますね」

 ユーリは、ずっとネックレスを指先で弄んでいる。コトハは、これがユーリが真剣に考え事をしているときの癖であることを知っていた。

「敵艦を一隻も叩けなかったのが痛い」

 小さく答えるユーリ。

 恐らく、敵が撤退を始めたあの時に追撃をかけていれば、数隻は沈められただろう。

 だが、損傷しているラッドやサクヤの機体は、対艦戦に耐えられなかった可能性があり、予定戦力に満たない戦力で強襲すれば、こちら側に戦死者が出ていたかもしれない。

 仲間を想うが故の帰艦命令であったことを理解し、コトハは嬉しくもあり、同時にその思考は指導者として危ういものではないかと感じた。

「どうなされますか?」

 自分の感情を殺し、つとめて淡々と振舞うコトハ。

「敵艦すべてを相手にするのは不可能だ。勝敗の鍵は、敵の旗艦を撃沈できるか否かにかかっている」

「できますか?」

「やるしかねぇよ。敵はメモリーチップを欲しがっている。タルタロスの撃沈は狙ってこないだろう。あとは、いかに敵旗艦をタルタロスの前に引きずり出すかだ」

 話しながら、ユーリは両手をズボンのポケットへ突っ込んみ、歩く速度を速めた。

 その後姿を見つめ、コトハは小さく微笑んだ。


「両軍、進撃を開始しました」

 タビト恒星系第五惑星の周囲に漂うリングの中、フォルカー率いる艦隊が潜んでいた。

 両軍が戦火を交える第二惑星からは、およそ一光時離れたガス惑星だ。

「第二十三遠征艦隊の戦力が、あまり低下していないな」

 フォルカーは、あごを撫でながら率直な感想を口にした。

 彼の予想では、戦況はもっと肉薄するものだと思っていた。

 だが、このままでは傭兵側がドルドリア軍に飲み込まれてしまうのも、時間の問題に思えた。

「我々も動くとしよう。全艦に通達。タビト恒星系第二惑星へ向けて進軍を開始する」

 フォルカーは号令をかけた。


「敵艦、月面付近で停止しました」

 ファーブニルのオペレーターがいった。

「地形を盾にして戦うつもりなのだろう」

 報告を聞いたジェラルドは、鼻で笑ってみせた。

「全艦、敵を射程に捉えしだい攻撃を開始しろ。圧倒的な数の前に地形効果など無意味だと思いしらせてやれ」

 ドルドリア艦隊の砲撃が開始された。

 月面にビーム弾が降り注ぎ、月の地形を変えていく。

「敵艦、後退して山脈の影に入りました」

「ならば、山脈を粉砕してしまえ。他にも障害物になりそうなものがあれば、構わず破壊しろ」

 各艦から対地用ミサイルが発射された。

 放たれたミサイルは、ゴツゴツした岩で形成された月の山脈に炸裂し、掘削作業よろしく粉砕していった。

「敵艦から反撃!」

 最前列の駆逐艦の艦橋が、敵の重イオン砲によって消し飛ばされる。

「閣下、VAMP隊を再出撃させますか?」

「必要ない。艦砲射撃の邪魔だ」

 月面に立ち込める土煙をつらぬき、重イオン砲の閃光が軽巡航艦の船体を薙いだ。

「軽巡航艦アストリア大破――爆沈しました!」

「こちらの攻撃は、敵の高出力な光学バリアに遮られております!」

 ジェラルドは、味方の不甲斐なさに苛立ちをあらわにする。

「鶴翼陣形に変え、両翼から敵艦を包み込め。なるべく多くの艦の主砲を集中させろ。光学バリアなど、エネルギー臨界点に達すれば消失する」

「ファーブニルの護衛が手薄になりませんか?」

 艦隊幕僚の男は、そう指摘した。

「敵艦は一隻だ。旗艦に護衛が必要だと思うか?」

「……それもそうですな」

 ジェラルドの指揮のもと、艦隊の後方を守っていた艦艇も前線へ投入されることになった。


「エ、エネルギー臨界点まで、あ、あと四十パーセントだよぉ!?」

 激しい振動が断続的に続くタルタロスのブリッジに、スズネの悲鳴が響きわたる。

 戦闘開始から三十分足らずで光学バリアの飽和エネルギーが六十パーセントに達した。

「ウェルナー、操船は慎重に頼むぞ」

「相変わらず、簡単に言ってくれるな……っ!」

 ユーリに向かって背中越しに文句を言うウェルナー。

 額には汗が滲んでいた。

 宇宙空間に漂った土煙は、そうそう晴れるものではなく、おかげで煙幕の効果を発揮してくれているが、月面が見えないので、タルタロスも座礁してしまう危険性をはらんでいる。

「月の軌道上まで上がったらダメなのか!?」

 こんなところで座礁してしまったら、一方的な砲火を浴びることになってしまう。

 だが、ユーリは顔色一つ変えずにいった。

「ダメだ。これ以上高度を上げることは許さねぇ。もちろん、座礁するのは問題外だ」

「無茶言いやがる」

「お前が操舵手だから、こんな作戦が取れるんだ」

「…………」

 ユーリは、普段言わないようなことを真顔でさらりといった。

「ウェルナーさん~、私が月面の地形を正確にスキャンするから~、頑張ってくださいね~」

「…………」

 ウェルナーは、周囲の時間が一瞬だけ止まったような感覚に陥った。

 艦全体を揺るがす振動だけは、その間も断続的につづく。

「うぉおおお! まっかせてください、ミカヤさんっっ!!」

 ウェルナーのテンションが一気にあがった。

「か、艦の両舷から、こ、高エネルギー!!」

「無理に避けるな。座礁するぞ!」

 敵艦が放ったイオン砲のエネルギーは、光学バリアによって拡散される。

「り、臨界点まで、あ、あと二十二パーセント!」

 スズネは、今にも泣き出しそうな声で叫んだ。

「敵旗艦の位置は?」

「タルタロスの前方。主砲の有効射程外でございます」

 コトハは、戦域図上で説明した。

「土煙にまぎれて艦を前進させ、主砲の有効射程内に入り次第、敵旗艦を攻撃しろ」

「マスター、お言葉ではございますが、タルタロスの重イオン砲では、敵旗艦の光学バリアは破れません」

「それで良いんだ。こちらの主砲じゃお前のバリアを破れないということを教えてやるんだ」

「……かしこまりました」

 ブリッジ要員全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 ユーリの指示通り、タルタロスはゆるやかに前進をはじめた。

 主砲の照準は、敵の艦隊旗艦に固定してある。

 タルタロスのブリッジは、異様な緊張感に包まれていた。


「敵艦が動いたようです」

「苦し紛れの特攻作戦か」

 部下の報告を聞いて、ジェラルドは敵を嘲笑った。

「当艦に向けて主砲を発射してきました!」

 土煙をつんざき、ファーブニルに向けて重イオン砲の閃光が迫った。

 だが、それはファーブニルに当たる直前、光学バリアに遮られて拡散した。

 重イオン砲は、なおも連続して発射されたが、その全てがバリアによって霧散する。

「敵艦、停船しました」

 みると、敵艦は砲撃すらもやめていた。

「砲撃を一時中止しろ」

 ジェラルドは、全艦に攻撃中止命令を出した。

「敵艦と回線を開け。敵の指揮官と話がしたい」

「了解しました」

 ファーブニルの女性オペレーターは、すぐにタルタロスへ通信を送った。


「マ、マスター、て、敵艦から通信だよ?」

「降伏勧告か? まあいい、繋げ」

 ユーリは鼻で笑った。

「つ、通信、ひ、開くよ」

 通信用のディスプレイには、古代遺跡にいたあの男の姿が映っていた。

「善戦をたたえよう、諸君」

「敵の親玉が何のようだ?」

 司令官席にふんぞり返り、足を組んで応対するユーリ。

「単刀直入に言う。メモリーチップを渡せ。そうすれば命は助けてやる」

「そうだな、それは俺の質問の答えを聞いてから考えさせてもらう」

「質問……だと?」

 ジェラルドの眉が釣りあがった。

 双方のブリッジは、しんと静まり返っている。

「あんた、愛国心からこれを手に入れようとしているわけじゃねぇよな? これを使って何を企んでいるんだ?」

 ユーリは、指先でつまんだメモリーチップをカメラに向かって掲げた。

 ファーブニルのブリッジでざわめきが起こる。

「何を言っているのか、よく分からんのだが……?」

「ベラルージュ王族のこと、その艦に搭載している物質転送装置のこと、どちらもドルドリア本国は把握していないことだろ? ベロムたちに欠陥兵器を渡し、あいつらをけしかけてきたのも、あんたなんじゃねぇのか?」

「ふっ、知れたこと。祖国のためだ」

「あんたが言う祖国ってのは、ドルドリアじゃねぇな?」

 ファーブニルのブリッジは、ふたたびざわめきだした。

「あんた、何者だ?」

「フラーンミュール王国」

「あん?」

 二人のやり取りを眺めていたコトハは、タルタロスのデータベースにアクセスをし、フラーンミュールに関する資料を探す。

「フラーンミュール王国――。十五年前、当時はまだ軍事大国ではなかったドルドリア帝国の侵略によって最初に滅ぼされた国でございます。ドルドリア帝国が他国を侵略して強大になっていくための足がかりにされた国でございますね」

「そこのお嬢さんは、知っているようだな」

 ジェラルドは、感心したようにいった。

「当時、フラーンニュールの国王だったのは、私の兄だ」

「あんたも王族か……」

 うんざりしたようにため息をつくユーリ。

「兄は、国民に慕われたすばらしい王だった。

 私は兄を尊敬し、敬愛していた。

 だが、ドルドリアが私から兄を奪い、国を奪った」

 ジェラルドは、拳に力をいれ、憎憎しげに吐き捨てた。

「そんな中、唯一手に入れたものがある」

「キューブの継承か」

 ジェラルドが言おうとした言葉を予期し、ユーリが変わりに口にする。

「その通り。

 兄が戦死したことで、キューブの継承権が自動的に私のものとなったのだ。

 当時のドルドリア帝国は、まだ小さくて人材にも乏しく、武力統合した国の重臣たちのうち、ドルドリアに忠誠を誓う者たちを自国の重臣として迎え入れていた。

 ドルドリアは憎かったが、私には、まだ力がなかった。

 そこで、私はドルドリアに忠誠を誓うように見せかけ、旧フラーンミュール王国領の領主となったのだ」

 ファーブニルのブリッジでは、ジェラルドの部下たちが彼の話を黙々ときいていた。

「幸運なことに、フラーンミュールのアーティファクトは、自国領内にあった。

 私は、極秘裏にアーティファクトを手に入れ、研究を重ね、そして完成させた」

「物質転送装置か」

 ジェラルドは首肯する。

「物質転送装置を開発する過程で、従来のものよりも小型で高エネルギーを生成することができるイオンジェネレーターの開発にも成功した。

 実用化に向けた研究をすぐに行ったよ」

 タルタロスクルーの脳裏には、追撃してきたベロムが乗っていた砲艦の姿が思い浮かんだ。

「そんな時、ベラルージュ王国攻めの先鋒艦隊の話が舞い込んできた。

 私にとって、これはチャンスだった。

 ベラルージュにアーティファクトが存在していることは、かねてより知っていた。

 私の物質転送装置を使えば、ドルドリアを出し抜いてアーティファクトを手に入れることが出来るかもしれない。

 そして、それがあればドルドリアへの復讐を早めることが出来るかもしれないと思った」

「閣下、ドルドリアへの復讐とは聞き捨――」

 ジェラルドは、声をあげた艦隊幕僚の男の額を顔色一つ変えずにハンドレーザーガンで撃ち抜いた。

 男は仰向けに倒れ、床に血と脳漿をぶちまける。

 ファーブニルのブリッジに悲鳴があがった。

「そのあとのことは、お前たちも知っているだろう」

 司令官席でふんぞり返っていたユーリは、上体を起こして鋭い視線をジェラルドへ向けた。

「話は理解した。ドルドリアへの復讐って話も理解はできるし、復讐を否定するつもりもない」

「ならば、チップを渡せ。お前たちは、傭兵なのだろ? 何なら、お前たちをそのまま雇っても良い」

「だが、俺はお前のやり方が気に入らない。だから、チップを渡すことは出来ねぇ」

 そして、ユーリはコトハをみた。

「今の話は――」

「はい。敵艦隊の全ての艦艇へ流しております」

「ということだ。この期に及んでお前に従う兵は、どれくらいいるかな?」

 だが、その言葉を聞いてジェラルドは笑い出した。

 手元のパネルを操作し、何やらボタンを押す。

 その直後、一隻の駆逐艦が光輪に包まれ、同時にファーブニルのブリッジに武装した兵士たちが数人なだれ込んできた。

 兵士たちは、ブリッジ要員に銃を突きつける。

 彼らの腕には、ラルフたちと同じ所属章が縫い付けられていた。

「この艦に乗り込んでいる陸戦隊は、全員が旧フラーンミュール王国に忠誠を誓うものたちだ。

 加えて、第二十三遠征艦隊の全ての艦艇には、旗艦から遠隔操作可能な自爆装置が設置されている。

 つまり、だれも私に逆らえないのだよ」

「てめぇ、それを見せ付けるためだけに、仲間の駆逐艦を破壊したのか!?」

「仲間……? 仲間とは、ドルドリア兵のことか?」

 ジェラルドは、冷徹な視線をかえした。

「こいつらは仲間などではない。私が復讐を果たすための道具にすぎん! 全艦、死にたくなければ敵艦を攻撃し、戦闘力を奪え!」

 ジェラルドの号令で、一斉に攻撃が再開される。

 敵艦隊は、ジェラルドという脅威に対する恐怖に飲み込まれていた。

 恐怖にかられ、生き残らんがための切迫した攻撃は、先ほどまでとは打って変わって精細さを欠いている。

 それでも、全く当たらないというわけではなく、敵の飽和攻撃によって光学シールドの臨界点はあっさりと突破し、消失してしまった。

「シ、シールド消失。マ、マスター、ど、どうしよう!?」

 タルタロスは、船体に数発の直撃弾をくらい、激しい振動が船内を襲う。

「機関部に死傷者が多数出ているようでございます」

 被害状況を淡々と告げるコトハ。

「マ、マスター!」

 スズネが叫ぶ。

 タルタロスのブリッジにいる全員の視線がユーリへと集まった。

「攻撃はすぐに止む。やつの目的は、このメモリーチップだ。恐らく、物質転送装置を使って直接乗り込んでくるつもりだろう」

「でも~、正確な座標もわからないまま、どうやって~?」

「やつの話を聞いていなかったのか? 陸戦隊は、全員が旧王国に忠誠を誓うものたちだって」

「…………?」

 ミカヤは、ユーリが言っている意味をつかめず、柔和な笑顔のまま小首をかしげた。

「この艦にいるだろ? 陸戦隊の捕虜が。体内に発信機を埋め込んでいたって不思議ではないぜ?」

「あ……!」

 そう話している間に、敵の攻撃がやんだ。

「て、敵旗艦、ぜ、前進してきたよ」

 ブリッジ中央のディスプレイには、敵旗艦がバーニア光をまたたかせている様子が映し出されていた。

「コトハ、物質転送装置の予想有効範囲はどれくらいだ?」

「およそ五万キロかと」

「ガウスキャノンを使って一撃で撃沈するためには、何キロまでひきつける必要がある?」

「五万五千キロでございます」

 淡々と答えるコトハ。

 タルタロスの船底には、長身のガウスキャノンが搭載されている。

 ガウスキャノンは、円筒形の砲身内がコイル構造になっており、そこへ高出力の電磁エネルギーを発生させることにより、強磁性体の実弾を放つ強力な兵装だ。

 一言で表現するなら巨大なコイルガンなのだが、その威力は比べ物にならないくらい強力だ。

 発射される弾頭が物質弾なので、光学バリアでは防ぐことは出来ない。

 唯一の欠点は、重イオン砲の三分の二という射程の短さにあった。

「ガウスキャノン用意。目標は敵旗艦だ。射角情報をウェルナーのモニターに送ってやれ」

 タルタロスのガウスキャノンは、砲身自体に旋回能力はなく、船体そのものを正確な角度で目標に向ける必要があった。

「ウェルナー、責任重大だからな」

「おい、外したらどうなるんだ……これ?」

 珍しく声に緊迫感があるウェルナー。

 そんな彼に、ユーリは笑って答えた。

「決まってるだろ。敵が艦内に送り込まれて、俺たちは敵に蹂躙されておしまいだ」

「笑顔で言うことかよ!」

「じゃあ、どんな顔で言えば良いんだ? チャンスは一回限りだからな」

「プ、プレッシャーかけんな!」

 ウェルナーは、姿勢制御用スラスターを使って、慎重にタルタロスの姿勢を整えた。

「ガウスキャノンの準備完了がしましたよ~」

 ミカヤの間延びした声が発射準備完了を告げる。

「ウェルナー、射角調整が終わったら言ってくれ」

「少し待て……」

 ウェルナーの額からは、大量の汗が噴きだしていた。

「敵艦、有効射程まであと五秒……」

 コトハは、カウントダウンを開始する。

 ブリッジに響くのは、彼女がカウントダウンする声と、タルタロスの駆動音だけだった。

「三……二……」

「発角調整完了!」

 ウェルナーは叫んだ。

「一……ゼロ

「亡国の亡霊よ、宇宙そらの闇へ還れ」

 発射ボタンを押すユーリ。ガウスキャノンが音も無く発射される。

 着弾までの数秒が、果てしなく長く感じられた。

 タルタロスのブリッジでは、皆が固唾を飲んで見守る。

 発射から数秒後、敵旗艦のブリッジと船体の付け根あたりに着弾が確認された。

 砲弾はそのままメインスラスターまで貫通し、一瞬ぐらりと揺れたる敵旗艦。

 次の瞬間、艦体の各所で小爆発を起こし、やがて大きな光輪と化した。

 ガッツポーズをみせるウェルナー。

「敵旗艦の撃沈を確認いたしまいた」

 コトハの言葉が、戦闘の終結を告げたかにみえた。

「マ、マスター、た、大変だよ!」

 スズネが慌てた声をあげる。

「どうした」

「レ、レーダーに、あ、新たな敵影」

 レーダーには、アステロイドベルト方面からやってくる、ドルドリア帝国の識別を示す二十四隻の反応が映しだされていた。

「て、敵艦から入電だよ!」

「繋げろ」

 メインスクリーンに通信相手の姿が映しだされる。

 そこには、四十代半ばほどの精悍な男があった。

「私はドルドリア帝国軍フォルカー・クリンク大佐だ。

 傭兵諸君、貴君らは良く戦った。

 悪いようにはしない。無駄な抵抗はやめて投降しろ」

「あとからノコノコとあらわれて、随分な物言いだな」

 あからさまに不快感をあらわすユーリ。

 しかし、フォルカーはそれに動じることなく、寛大な表情を浮かべたまま言葉を続けた。

「リュディガー提督に謀反の意思があるという情報を得た私は、長らく彼を調べてきた。

 貴君らは、我が国の謀反人であるジェラルド・リュディガーを倒してくれた、いわば恩人だ。

 出来ることならば、私は貴君らに危害を加えたくはない」

「だから、大人しくこの恒星系と入手したアーティファクトを手渡せってか? うわべの言葉じゃなく、本心で話せよ」

 ユーリは司令官席に腰掛け、挑発じみた口調でいった。

 それを聞いてフォルカーは小さく笑い、表情をかえた。

「分からんか? お前たちは私の掌のなかで踊っていただけにすぎんのだよ」

「あんたはジェラルドとは違うな。あんたの目的は何だ?」

 ユーリは、まるで値踏みするかのような視線をフォルカーに送った。

「私の目的? 決まっている、宇宙平和だよ」

「ほう、面白い冗談だな」

 嘲笑うユーリ。

「何を持って平和とするか、是非聞かせてもらいたいものだな」

 フォルカーの言葉に偽りがないということは、彼の目をみれば分かることだった。

「ドルドリア帝国は、なぜ近隣諸国を武力併合しているか、貴君らには分かるか?

 全ては平和のためだ。

 様々な国が存在し、様々な主義主張が存在するからこそ、そこに軋轢が生まれて戦争が起こる。

 ならば、どうすれば良いのか?

 簡単なことだ。全ての国を併合し、統一国家を作れば良い。

 大銀河帝国の設立こそが、人類を真の平和へと導く唯一の道なのだ」

 フォルカーの背後では、拍手が沸き起こっていた。

 フォルカーは、自己陶酔に陥った表情を浮かべている。

「それがあんたの正義か?」

「そうだ」

 ユーリは鼻で笑った。心の底から嘲笑った。

「何がおかしい?」

「たしかにあんたの言うとおり、統一国家を築けば仮初めの平和は手に入るだろう」

「仮初め……だと?」

 フォルカーの声は、怒りで震えていた。

「だがな、俺から言わせれば、統一国家の理想なんて幻想だよ。

 世の中には様々な国家、民族、思想があり、それを統一するなんて無理な話だ。

 お前が言った統一国家なんてものは、主義思想を無理やり押し付け、国家に従順な都合の良い国民を飼いならすだけのものだ」

「それでも、戦争がある世の中よりマシではないか!」

「そんなものは、新たな軋轢を生み、いつかは内部から瓦解してしまうだけだ」

「だからこそ、偉大で有能な支配者が民衆を束ねなければならないのだ!」

「力で抑圧してか?」

 自らが信じる道を否定され、フォルカーは憤りを隠しきれなかった。

「では……」

 怒りを抑え、ひっしに声を絞る出すフォルカー。

「では、お前がどう考えているのだ?」

 フォルカーは、ぎろりとユーリをめすえた。

「少なくとも、一つの国家が強大な力をつけ、強引に銀河統一するべきではない。

 国家、民族、主義主張、互いに違いを認めあえば、互いに手を取り合える関係になるんじゃないか?

 というわけで、悪いけどあんたの意見には賛同しかねる。だから、メモリーチップは渡せねぇな」

「ふ……綺麗ごとを……。世の中はそんなに甘く出来ていないことも知らぬ青二才が」

 フォルカーは、ユーリの言葉を鼻で笑ってあしらった。

「良かろう……自ら生きる道を閉ざすというのであれば、メモリーチップを抱いたまま死ね! 全艦、砲撃準――」

 フォルカーが言いかけたその時、

「アステロイドベルトより熱源多数!」

 彼の背後からオペレーターの悲鳴があがった。

 レーダー上からフォルカー艦隊の反応が半分以上消失する。

「こちらフレースヴェルグ第一艦隊。ドルドリア帝国軍に告ぐ、貴官らは我が国の領域を侵犯している。ただちに停戦し、こちらの指示に従え」

 フレースヴェルグ艦隊からの通信は、この宙域にいる全ての艦艇に向けて発進された。

 もちろん、フォルカーはこの主張を容認できなかった。

「何をもって貴国の領域と主張する!」

「貴官らが包囲しているのは、フレースヴェルグ近衛艦隊所属、高速戦艦タルタロスだ。我々は、タルタロスの航海記録チャートから、わが国の高速戦艦タルタロスが当該宙域へ最初に踏み入れた艦艇であることを確認した」

「…………っ!?」

 絶句するフォルカー。

 ユーリは、そのやり取りをやる気の無い半眼のまま眺めていた。

 そこへ、別の通信が割り込んでくる。

「遅くなってごめーん!」

 メインディスプレイの隅に小さな通信モニターがポップアップし、そこにアヤネの顔が映しだされた。

「ポータルゲートの設定に手間取っちゃってさ、でも、みんな無事で良かったよ! ……って、あれ?」

 皆の表情に違和感を覚え、たじろぐアヤネ。

「アヤネちゃん~、無事だったのね~」

 にこやかな笑みを浮かべるミカヤの目じりには、涙の粒が浮かんでいた。

「え? あれ? なに?」

「アヤちゃんのバカーっ!!」

 スズネは声を出して泣きだしてしまう。

「色々と言いたいこと、聞きたいことはあるけど……とりあえず、早く戻ってこい」

 額に手を当てそういったユーリの表情は、呆れと安堵の表情が同席していた。


 その後、ドルドリア帝国軍は、抵抗することなく一時的ではあるが、フレースヴェルグの指揮下に入った。

 フォルカーは最後まで抗議を続けていたが、物証を握られている以上、その主張に正当性はなく、最終的に観念したようだ。

 ユーリが保護していた捕虜たちは、全員がドルドリア軍へと引き渡された。

 ジェラルド亡き今、彼に代わって軍法会議にかけられることだろう。

 ドルドリア帝国艦隊は、ポータルゲートを使い、フレースヴェルグ領を経て祖国へ帰還することになった。

 こうして、宇宙海賊ベロムと遭遇したことに端を発した一連の騒動に終止符が打たれた。

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