#14(修正)
「ぎりぎり間に合わないくらいか……」
ユーリは、空を眺めてつぶやいた。
陽の傾き方から、日没までは三時間前後くらいだろうか。
行きは三時間ほどだった道のりだが、帰りの人数は行きの二倍以上に膨れ上がっているうえ、けが人もいるのでおのずと行軍速度が落ちてしまうのは分かりきっていた。
しかも森の中だ。日没よりも早く闇が襲ってくるのは目に見えている。
森の中での野宿は危険だし、ジェラルドに物質転送装置があるということから、ここで夜を明かすという選択肢もない。
こちら側にメモリーチップがあり、ジェラルドの狙いもそれである以上、少なくとも惑星爆撃などの強硬手段はとらないだろうというのが唯一の救いだった。
「とっとと行こうぜ」
サクヤがユーリをうながす。
「マスター。私は、その……もう大丈夫でございます」
コトハは、ユーリの肩に強引にかけられた自分の腕を引き抜こうとした。
コトハの手を握るユーリの手から力が抜け、コトハの腕は難なく開放される。
「…………」
コトハの腰にまわした手を離し、彼女の顔をじっと見つめるユーリ。
「本当に平気でございますからっ」
コトハは、そういって顔をそむけ、少しだけユーリと距離をおいた。
ミカヤとサクヤは、相変わらずその様子をニヤニヤしながら眺めている。
「遅れるなよ」
ユーリは、両手をズボンのポケットに突っ込むと、いつもの半眼になり、すたすたと歩きだした。
「……ばかっ」
そんなユーリのうしろ姿を眺めながら、コトハは口のなかで小さくつぶやくのだった。
ファーブニルのブリッジに地上部隊からの連絡が入った。
通信を受けた女性オペレーターが振りかえる。
「遺跡には戦死した兵士以外の死体は無かったそうです」
オペレーターは、苛立つジェラルドの顔色を伺うように怯えた表情を浮かべていた。
「報告を続けろ」
「兵士の死体と第一陣で送り込んだ兵士の数が合わず、ガーディアンの姿も無かったとのことです」
「遺跡の外に死体はあったか?」
「遺跡内のみだそうです。争った形跡もありません」
「そうか……」
心の中で舌打ちをするジェラルド。
状況から推測すると、ガーディアンは傭兵たちに倒されたのだろう。そして、見捨ててきた兵士たちも彼らと行動を共にしている可能性が高い。
恐らく、こちらの第二陣を予期して早々に遺跡から退散したのだろう。
「遺跡から半径二十キロ以内の監視を強化しろ。監視範囲は三時間経過後、一時間経過するごとに十キロずつ広げていけ」
「了解しました!」
森の中へ逃げ込まれたのであれば、物質転送装置でやみくもに兵士を送り込むのは適切ではない。
敵に同様の装置があるということも考えにくい。
つまり、敵は揚陸艇などを使って惑星へ降下しているものと考えられる。
そういう考えにいたったジェラルドは、口の端を吊りあげた。
――つまり、こちらはやつらが姿を現すのをただ待っていればいいというわけだ。
「さあ、出てこい、傭兵ども」
ファーブニルのブリッジにジェラルドの笑い声が響きわたった。
帰りの行軍は、予想通り難航した。
行軍が遅れている大きな要因は、怪我をしているコトハや一部のドルドリア兵ではなく、非戦闘員のファレルだった。
王宮育ちのファレルは、致命的なほど体力がなかった。
そのうえ、彼女の格好は簡素とはいえドレス姿だ。森の中を歩くのに適しているとはいえない。
更に、目の前で親しい人間が死んだことによる精神的なショックがある。
「大丈夫か……?」
リカルドは、頻繁に訊くが、そのたびにファレルは「……ん、平気」と答えるだけだった。
遺跡へ向かうときとは違い、帰りの行程で恐竜に襲われることはなかった。
ただ、こちらを伺うような殺気は感じられた。今のところは襲いかかる気がないというところだろう。
遺跡のガーディアンのような大型恐竜と遭遇していないことも幸いだった。
あたりはすっかり薄暗くなっていた。
揚陸艇までは、まだ一時間強はかかるだろう。
「足元が~、だんだん見づらくなってきましたね~」
柔和な笑顔のまま、眉尻をさげるミカヤ。
「少し休んだほうが良いんじゃねぇのか?」
サクヤはファレルの様子を尻目に、小声でユーリに語りかけた。
「今も隙あらば襲い掛かろうと狙っている奴らがいる」
「……今朝のか?」
行きの行軍で襲ってきたラプトルを思い浮かべ、サクヤはうんざりとした表情をうかべる。
「でもよ、あれなら何とか撃退できるんじゃねぇのか?」
「撃退は可能だろうな。ただし、こいつら全員を守りきれるかは別だ」
ユーリは視線だけをドルドリア兵に向けた。
「そうか、こいつらの武装は解除したんだったっけな」
小さなため息をついたサクヤは、諦めの表情を浮かべながらユーリから離れた。
「あと五キロほどで降下地点にたどり着きます」
端末の画面を覗きながらコトハがいった。
「ミカゲさんに帰投準備をするよう伝えてくれ」
ユーリは、自分のこめかみを指で突きながら指示をだす。
「かしこまりました」
コトハは、深々と頭をさげ端末を袖の下に入れると、その場で立ち止まって瞳を閉じた。
「なあ、あの娘は一体何をしているんだ?」
ラルフは、隣を歩くミカヤにたずねる。
「念話ですよ~」
「念話?」
初めて耳にする言葉に、思わずおうむ返した。
「そう、念話です~。相手の意識に直接語りかけてるんですよ~。電波を放ちませんので~、傍受される心配がないんです~」
「あの娘は、ミスティック能力者なのか?」
ミカヤは、その質問の返答を笑顔に変えてかえした。
「念話か……便利なものだな」
「そうでもございません。通信機と違って有効範囲が極端に狭いので、使い道もごく限られてきます」
ラルフの感心したようなつぶやきをきいて、念話が終わったコトハそういった。
「おい、お前ら。捕虜の前でペラペラと余計なことを喋ってるんじゃねぇよ」
口ではそう言っているユーリも、本心ではさほど気にしていないようだ。
それから十五分も経たないうちに、周囲を完全な闇に包まれてしまった。
光源といえるのは、木々の間からときおり顔をみせる月の明かりくらいだ。
「暗視スコープくらい持ってきてねぇのかよ……」
サクヤは、ドルドリア兵たちに悪態をついた。
「お前たちの捕虜になることが、そもそも想定外なんだ。無理を言わないでくれ」
ラルフは抗議の声をあげる。
言い争いをしてもなんら問題解決にならないことは、この場の誰もがわかっていた。
「光源を作る必要があるな」
通信端末ディスプレイの光を頼りに足元を探るユーリ。
端末から発せられる光程度で闇の中を歩くことは、さすがに無理がある。
「よし」
ユーリは、弱い光で照らされた足元から、何かを見つけて拾いあげた。
「木の枝なんて拾って、どうするつもりだ」
訝しげに訊いてきたのは、リカルドだった。
「コトハ、植物の蔓がないか探せ」
ユーリは、同じくらいの長さの枯れ枝を拾いながらいった。
「かしこまりました」
コトハは袖の下から端末を取り出し、ディスプレイを起動させ、その明かりをたよりに周囲を探りはじめる。
「おい、ユーリ」
「わかんねぇか? 松明作るんだよ。これ持ってろ」
リカルドに枯れ枝を押しつけたユーリは、そのままドルドリア兵たちのもとへ行った。
「タバコ吸うやつはいるか?」
五人のドルドリア兵が手をあげた。
「その中で、オイル式のライター持ってるやつは?」
手を上げていた人数が三人まで減る。
「それをよこせ。それから、タオル、ハンカチ、何でも良いから提供してくれ」
「すまない。けが人の治療で使っている」
ラルフは部下のオイル式ライターを集め、それをユーリにわたした。
「そうか……」
「……要らない布なら私が」
ファレルは、そういうとドレスのスカートの膝から下を引き裂いた。
「ファ、ファレル」
「……足手まといになるのは、嫌なの」
慌てるリカルドを制し、ユーリに破りさったスカートの裾を手わたす。
「足手まといだなんて思っちゃいねぇよ」
それを受けとり、ユーリは笑みをかえした。
「マスター、蔓はこのようなものでよろしいでしょうか?」
コトハが持ってきた蔓は、細くしなやかで、まだ湿り気が残っているものだった。
「上出来だ」
コトハの頭を無造作に撫でるユーリ。
「サクヤ、ライターのヘッド部分を斬ってくれ。俺まで一緒に斬んじゃねぇぞ?」
ユーリはそういうと、三本のライターを握った両手をサクヤに突きだした。
「ちょっ、おま、暗くて良く見えねぇって!」
「お前なら出来る」
「どうなっても知らねぇからな!」
サクヤは冷や汗を流しながら刀の柄に手をそえた。
ライターがあらわになっている部分は、拳の上五センチ程。さらにヘッド部分となると、上部二センチ程度しかない。
一寸でも狂えばユーリの手首ごと斬りおとしてしまいかねなかった。
呼吸を整え、神経をユーリの手の中にあるライター一点に集中させる。
「――っ!!」
刀を一閃するサクヤ。手ごたえはあった。
「見事だ……」
ラルフたちドルドリア兵は、あまりの技術に思わず見惚れてしまう。
ユーリは、ヘッドが斬り飛ばされたライターのオイルをファレルから受け取ったスカートの裾に染みこませた。
「ミカヤ。銃弾の火薬を二発分くらい分けてくれ」
「はい~、ちょっとお待ちくださいね~」
ミカヤは、微笑みながら懐からハンマー状の何かを取り出した。
「ミカ姉ぇ……何だよ、それ」
「ブレット・プラーよ~?」
サクヤに柔和な笑顔をかえすミカヤ。
ブレット・プラーとは、弾頭と薬莢を分離させるための道具だ。
「何でそんなもん持ち歩いてるんだよ」
「やぁね~、ガンスリンガーとして~、当たり前のたしなみじゃないの~」
ミカヤとサクヤのやり取りを聞きながら、ユーリは「当たり前なのか?」と心の中でツッコミを入れるが、めんどくさいので口には出さなかった。
ミカヤは、銃弾をはめ込んでブレット・プラーを勢いよく振り下ろす。
闇に静まり返った森の中に軽い打撃音が鳴り響びいた。
虫たちの鳴き声がとまるが、それも一瞬のこと。すぐに虫たちの大合唱が始まった。
「どうぞ~、マスター」
二発分の火薬をブレット・プラーから取りしたミカヤは、それを掌に盛りつけて差しだしてきた。
「ここに入れてくれ」
ユーリは、ライターオイルで湿った布をひらく。
ミカヤは、その中へ慎重に火薬を注ぎいれた。
ユーリはその布を丸めると、リカルドから枯れ枝を三本受けとり、枝の先端で布をはさんでコトハがみつけてきた蔓を巻きつけて固定する。
「おい、誰か一本タバコに火をつけろ」
それを聞いて、一人のドルドリア兵がタバコを取りだし、ガス式のライターで火をつけた。
「これで良いのか?」
火がついたタバコを持って駆け寄ってくるドルドリア兵。
「おお、サンキュー」
タバコを受けとったユーリは、それを枯れ枝で挟んだ布に押しあてた。
タバコの先が火薬に触れ、シュッと音を立てながら燃えあがり、それがライターオイルで湿った布に引火して炎の塊となった。
「そんなに長持ちはしないだろうけど、とりあえず一時間くらい燃え続けてくれてれば良いからな」
ユーリが作った即席松明のおかげで、周囲の視界は先ほどまでとは比べ物にならないくらい広がった。
「とはいっても、松明はこれ一本だからな。死にたくないやつは、俺から離れるんじゃねぇぞ」
そして、一行はユーリを先頭に密集隊形で行軍を再開する。
火を恐れてか、それ以降は恐竜の気配も遠のいたのだった。
河の底に沈めた揚陸艇の中でミカゲは、雑誌を読みながらのんびりとした時間をすごしていたところに、コトハからの念話がとどいた。
念話の内容は、揚陸艇の離陸準備にとりかかってほしいというものと、軌道上に敵艦隊が展開しているというものだった。
念話が終わり、揚陸艇の各種起動スイッチをオンにしていく。
だが、まだエンジンは始動させない。
揚陸艇は、エンジンを切った状態でしか発動しない簡単なステルス装備と簡単な武装しか装備していなかった。
ゆえにエンジンの始動は、ユーリたちが帰艦するぎりぎりまでできない。
はやまって始動させると、軌道上にいる敵艦隊に位置を教えてしまうことになる。
システムをあらかたウォームアップ状態にしたあとは、再び何もやることがなくなった。
そして、読みかけの雑誌を再び読み始めたのだった。
「もう少しで森を抜けるようです」
コトハは、端末で揚陸艇と自分たちとの位置情報を確認していった。
松明の炎もかなり弱まっていて、あと十数分ほどで消えてしまうだろう。
「おい、急ごうぜ!」
サクヤは、ユーリを急かした。
炎の勢いが衰えるにつれ、周囲を取り囲む恐竜の殺気が増えてきている。
このまま森の中で光源を失うのは危険だが、月明かりの下にさえ出てしまえばどうにかなるはずだ。
「仕方ない、走るぞ。ただし、なるべく固まって移動しろ」
ユーリの号令で全員が小走りになった。
やがて、闇の先に薄明かりが浮かび上がってきた。
「森を抜けるぞ!」
ドルドリア兵の一人が声をあげて速度をあげる。
それにつられて他の兵士たちも全力で走りだした。
「馬鹿、突出するな!」
ユーリは必死に叫んだ。だが、こうなっては規律などあったものではない。
ずっとこちらの様子を伺っていた恐竜たちの気配が動くのを感じた。
「仕方ねぇ。リカルド、お前はこれでファレルを守れ!」
自分のハンドコイルガンを投げわたすユーリ。
「ユーリはどうするつもりだ!?」
「俺は心配ない」
ユーリは、ジャケットの内側からコンバットナイフを取り出した。
「コトハはこっちの護衛をしていろ」
「かしこまりました」
二本の短刀を構えてコトハ。
ドルドリア兵は、全員が走りだしたわけではなく、ラルフを含む三名の兵士は駆けだすこともなく冷静に対応していた。
先頭を走るドルドリア兵が森を抜ける直前、横からラプトルが襲いかかってきた。
ラプトルがドルドリア兵に食らいつく瞬間、側頭部に銃弾を浴びて横に吹っ飛ぶ。
「てめぇら、手間かけさせやがって! あとで覚えてやがれ、ただじゃ済まさねぇからな!」
サクヤはドルドリア兵たちに悪態をつきながらも、ラプトルを斬り伏せることに必死だった。
「足を止めるな! 一気に駆け抜けろ!」
ユーリは、ラプトルの喉にナイフを突きたてながら叫ぶ。
そして、そのラプトルを背後から襲いかかってきたラプトルの盾として使い、ナイフをすばやく抜いて、それを襲い掛かってきたラプトルの下あごを切り飛ばした。
ドルドリア兵たちが森を抜け、十数匹のラプトルがそれに続く。
「くそっ、こんなにいやがったか!」
数が多すぎて、ユーリたちだけでは捌ききれそうになかった。
「河に入るんじゃねぇぞ!」
ラプトルの上半身と下半身を両断しながらサクヤが叫ぶ。
慌てて立ち止まるドルドリア兵たちにラプトルの群れが追いすがった。
その時、河に巨大な水柱がわき上がり、それに驚いたラプトルたちの足が止まる。
水柱の中から発砲音が連続して響き、ラプトルの身体を次々弾き飛ばした。
水柱が消え、そこにあったのはミカゲが操る揚陸艇だった。
「おかえりなさい、マスター。朝よりずいぶんと人数が増えてるみたいですね」
外部スピーカーからミカゲの声がながれてくる。
ラプトルたちは、目の前にあらわれた巨大な脅威を恐れ、慌てて森の中へと逃げ帰っていった。
「強化ゴム弾か……」
弾き飛ばされたラプトルも起き上がる。そして、二、三度頭をふると慌てて逃げだす。
ユーリはナイフをジャケットの内側におさめると、全員の無事を確認した。
「ナイスタイミングだ、ミカゲさん」
「そんなことより、早く戻ってきてくださいな。エンジンを始動させたので、ドルドリア艦隊に現在地を特定されてると思いますよ」
揚陸艇から河岸へ向けて大型のゴム製揚陸ボートが撃ちだされる。
揚陸ボートは河岸の手前に着水し、ミカヤとサクヤが二人がかりで岸まで引きよせた。
ボートは八人乗りで、ユーリが操舵して七人ずつ二回に分けて揚陸艇まで運んだ。
全員の収容が完了し、揚陸艇は離水準備にはいる。
「軌道上はドルドリア艦隊に押さえられている。どうするつもりだ?」
リカルドは落ち着かないようすだった。
「策は打ってあるから安心しろ。ミカゲさんにパイロットとして同行してもらってるのも、念話のためだけじゃない」
リカルドとは対照的にユーリは落ち着き払っている。
「みなさん、席について安全ベルトを締めてくださいね。
これより当艦は大気圏を離脱します。
離脱まで一時間半ほど。
途中、ドルドリア艦隊からの妨害が予想されます。
かなり揺れると思いますので、危険ですから絶対に席を立たないでくださいね」
ミカゲは笑顔で説明した。
全員の準備が整ったのを確認すると、揚陸艇の姿勢を垂直に立たせる。
「それでは、出発します」
メインスラスターのスロットルを一気に押しあげ、艦を急加速させえた。
「遺跡から東におよそ一五キロの地点に国籍不明の揚陸艇を発見しました!」
惑星上を監視していたレーダー手が声をあげた。
「アクイラへ入電。VAMP部隊を出撃させ、揚陸艇が惑星軌道上まで達した時点で拿捕させろ」
ジェラルドは笑みを浮かべる。
「了解しました。戦闘空母アクイラへ指示。VAMP部隊を出撃させ、惑星軌道上にて敵揚陸艇を拿捕せよ」
通信士が指示内容を伝えると、アクイラから了解した旨の返信がきた。
戦闘空母アクイラは、艦橋から前方は重巡航艦並みの火力を有する主砲を二門装備した戦闘艦と同じ構造をしていて、後部甲板から両舷に向かってV字の甲板が延びている。
二十一機のVAMPを搭載しており、第二十三遠征艦隊は、この戦闘空母を二隻保有していた。
ファーブニルからの指令を受けてから五分後、アクイラからデルタ翼のVAMPが九機発進するのが見えた。
「敵艦隊は、VAMPを出撃させたようです」
ミカゲの隣に座り、レーダーを監視していたコトハがいった。
「どうするつもりだ? 頭は完全に押さえられているぞ」
そう口にしたのは、ラルフだった。
「仮に逃げられたとして、お前たちの母艦は、すでに撃沈されている」
「撃沈されるところを見たのか?」
そう訊くユーリには、動揺などが全く見られない。
「ああ、爆散する様子は、艦内モニターに映しだされていたからな」
「俺が訊いているのは、肉眼で確認したのかっていうことだ」
「……どういう意味だ?」
「モニター越しでしか見ていないんだろ?」
宇宙空間は漆黒の闇の世界だ。しかも、宇宙での戦闘は、VAMPなどによる互いに肉薄した戦闘以外は、肉眼で視認できるような距離では戦わない。
外部カメラをとらえた映像を拡大し、CG処理をほどこしてモニターに映しだすというのが一般常識だった。
つまり――、
「その映像は、本当にタルタロスが爆散する映像だったのか?」
「まさか……」
ユーリは、ニヤリとした笑みを浮かべるだけで、それ以上は何も言わなかった。
「だが、VAMPの追撃はどうする? 揚陸艇に振り切れるとでも思っているのか!?」
その問いにも、不適な笑みを浮かべ続けるユーリ。
「戦場の黒天使……って聞いたことないか?」
質問の趣旨を理解できないラルフは、訝しげな表情を浮かべた。
「二十年ほど前まで勇名をはせていた傭兵の通り名だな。
漆黒のVAMPを駆り、一騎当千の戦闘力で恐れられていた傭兵だ。
その傭兵のVAMPには、死神の鎌を持った天使のシルエットが赤くペイントされていたという話だが、それがどうかしたのか?
やつは二十年前、忽然と姿を消していらい、誰もその姿を見ていない。
一説によると、どこぞの戦闘で戦死したという噂をきいたぞ」
「だってさ」
ユーリは、ラルフの話をそのままミカゲにふった。
ミカゲは、ただ朗らかに笑っているだけだ。
「今、あんたの目の前で操縦桿を握っている女性が、死亡説まで流れている黒天使だよ」
「…………」
一瞬、ユーリの言葉が理解できなかったラルフ。
「……黒天使は女だったのか。いや、待て。いくらなんでも若すぎるだろう!?」
ミカゲは、どう見ても三十路前後。そうなると、黒天使は年端もいかない少女だったということになる。
「母の年齢は、よん――」
「コトハちゃ~ん?」
ミカゲのどす黒い笑顔を見て、コトハは言葉に詰まる。彼女の額に光っているのは、恐らく冷や汗だろう。
「ちなみに~、黒天使の長女である私が~、二十五歳ですよぉ~?」
間延びしたミカヤの言葉が場の空気を和ませた。
「まあ、あとはお察しってことだ」
そういうとユーリは、心底愉快そうに声を出して笑った。
「無駄口叩いていると、舌噛みますよ?」
ミカゲの声は、心なしか高揚している。
揚陸艇は、すでに熱圏を抜けて外気圏に達しようとしていた。
揚陸艇の速度は、この惑星の重力圏から離脱するのに必要な時速四万キロを超えている。
「敵VAMP三個小隊が接近」
レーダーを監視していたコトハは、淡々とした口調でつげた。
「みなさん、歯を食いしばってくださいね」
言い終わると同時に軌道を急速変更させるミカゲ。
その直後、それまで揚陸艇がいた場所をビームバルカンの光弾が抜けていった。
「スラスターを狙ってるみたい。生け捕りにするつもりみたいですね」
その直後、揚陸艇はVAMPの編隊と交差する。
VAMP編隊は、そのまま旋回して揚陸艇の後方にぴたりとついてきた。
VAMPがビームバルカンを撃つたびに、ミカゲは揚陸艇の軌道を変えて回避する。
大層な重力制御装置を有していない揚陸艇の内部は、そのたびに急激な負荷がかかっていた。
普段からVAMPに乗っていないファレルには、相当きついのだろう。苦悶の表情を浮かべ、顔色もすぐれない。
「母様、避けて!」
コトハが叫んだ。
「分かってるわよ」
ミカゲが軌道修正した直後、正面から飛んできたビーム光と交差した。
そのビームは、追いすがってくるVAMPを一機破壊する。
慌てて散会するVAMP編隊。
そこへ、正面から突っ込んできた白亜のVAMPが乱入していった。
「騎兵隊参上ってか!」
声の主はラッドだった。
更に別の方角から多数のミサイルが飛来した。
ミサイルは、そのままドルドリア艦隊へと襲い掛かり、数隻の駆逐艦を餌食にした。
その間もラッドはドルドリア軍のVAMP編隊を撹乱しつづけ、更に三機のVAMPを撃墜していた。
ラルフらドルドリア兵たちは、その光景を呆然と眺めていた。
「この宙域を全速離脱する。目標は月だ」
眼前に白く輝く衛星を指差すユーリ。
「ラッド、深追いはするなよ」
「分かった。あと少し、揚陸艇との距離を離せたら俺も離脱する」
惑星軌道上にラッドを残し、揚陸艇は全速力で月へ向かった。
それを追うようにドルドリア艦隊も動きだす。
「零時の方向から高出力熱源反応」
その直後、揚陸艇とすれ違うようにイオン砲の熱源が通過した。
プラズマの光線は、陣形の中ほどに位置する戦艦を左舷前方をつらぬく。
更に二本のプラズマと立て続けにすれ違い、その全てが同じ戦艦に命中した。
前方から鋭角からプラズマで穿たれた戦艦は、艦体を分断することなく左舷前方で爆発をおこし、爆発の勢いで艦体を仰け反らせて回転しながら後続の重巡航艦と接触し、その艦もろとも爆散した。
ドルドリア艦隊の艦隊運用に乱れが生じる。
「ほら、見えてきたぜ?」
ユーリが指差すほうをみると、そこには真紅の戦闘艦があった。
艦体前方が双胴になっているその艦は、艦体の前部構造こそ違うが、後部構造はタビト恒星系に来たとき撃沈した、あの輸送艦とほとんど同じ形状だった。
「これがタルタロスの本来の姿さ」
「…………」
唖然とするラルフ。
タルタロスから誘導ビーコンが放たれた。
揚陸艇はビーコンに引かれ、双胴の間を通るかたちでタルタロスの格納庫へと帰艦した。
「タルタロスへようこそ。みなさまの臨時拘留場所は食堂になります。ご苦労をおかけしますがご容赦のほどを」
レーダー席から立ち上がったコトハは、ラルフらドルドリア兵たちのほうへと向きなおり、深々と頭をさげていった。
「お前たちは……何者なんだ」
「傭兵だよ。ただのな」
ラルフの搾り出す声にユーリは、不適な笑みを浮かべていった。




