#11(修正)
「よし、みんな集まったな」
ブリーフィングルームへ入ったユーリは、主要クルーが顔を連ねているのを確認し、
「アヤネ、説明してくれ」
そういって自分の席にすわった。
「あいよ。まず、これね」
アヤネはブリーフィングルームの中央にホログラムの星図を投影する。
「フレースヴェルグに着いてから、私はコト姉ぇの指示でドルドリア帝国軍のグローバルラインにダイブして、ずーっと監視を続けていたわけね」
「ダイブ?」
声を上げたのは、リカルドだった。
「ダイブっていうのは、自分の意識そのものをネットワークの中に送り込む方法のことね。端末上でハッキングするより直感的な操作ができて、アンチソフトの攻撃をかわしたり、システムの中核そのものを攻撃したりもできるんだけど、まあ、逆に相手のセキュリティーにやられちゃうと、こっちの精神崩壊とかに繋がるから諸刃の剣なんだけどね」
アヤネは、カラカラと笑いながら話す。
「話もどすよ? で、ネットワークを監視していたら、一週間前に第二十三遠征艦隊からクリンク少佐へ発信された暗号ファイルを見つけたの。さすがは軍事用の暗号だよね。解読するのに時間かかっちゃった」
てへっと舌を出すアヤネ。それから眼鏡のずれを指先でなおし、説明を星図に切り替えた。
「暗号化されていたのは、タビト恒星系とその周囲三十光年の範囲の星図。星図の中央がタビト恒星系だね」
タビトはオリオン座を構成する恒星のひとつで、昔からテラ型惑星の存在を期待されていたが、そこまでの航路が確立していなくて未踏査のままになっている恒星系のひとつである。
「三十光年が広いのか狭いのか、ぜんぜんピンとこねぇぜ」とサクヤ。
彼女がぼやくのも無理はない。
普段はハイパージャンプ航法で数万光年の距離ですら数時間で移動してしまっているのだから。
「ちなみに、太陽系もこの範囲内にあるよ」
アヤネは、地球の位置を点滅させてみせた。
「意外と近そうじゃねぇか!」
「いや、遠いっしょ」
ラッドの言葉を否定したのはウェルナーだった。
「ラッドさんは、どうやって行く気? タルタロスはどんなに加速したって、通常航行では光速を超えられないんだよ?」
ウェルナーは呆れた表情をうかべる。
「ちょっとー、どんなに頑張って詰め込んだって、この船にはせいぜい半年分くらいの食料しか備蓄できないわよ?」
口を挟むカエルス。
物資の問題も重要事項のひとつだ。
「それについては、私から説明がございます」
説明を引き継いだのはコトハだった。
「まず、敵の航路でございますが、太陽系は現在ドルドリア帝国領にあります。おそらく、敵は太陽系にあるハイパージャンプドライバを使用して、恒星タビトの重力圏であるこの位置までワンウェイジャンプしてくると思われます」
ワンウェイジャンプとは、ハイパージャンプドライバが無い宙域へ向かう片道ハイパージャンプのことだ。
タビト恒星系から敵がジャンプアウトしてくると思われる予想宙域までの範囲を拡大投影する。
「正確には、このデータが発信されたのが一週間前ですから、既にこの宙域へ侵入していると考えるべきでしょう。この宙域からタビト恒星系までは、通常航行でおよそ一ヵ月半から二ヵ月前後であると思われます」
「あら~、出遅れ~? タルタロスの修理ぃ、まだかかるよ~?」
ミカヤは困ったように頬に手をあてた。表情は柔らかな微笑みのまま眉尻だけが下がっている。
「星図があるということは、ファレルはドルドリアに手をかしたというのか!?」
声を荒げたのはリカルドだった。
「落ちつけリカルド。コトハ、説明には続きがあるんだろ?」
リカルドを言葉で抑えたユーリは、コトハに説明の続きをうながした。
「はい。これに対して私たちが取るべき航路でございますが――」
コトハは手元の端末をすばやく操作し、星図の上に予定航路表が表示させる。
「入手した星図とこれまでの星の流れを計算した結果、企業国家『ツァイル』領マーキュライ恒星系にあるポータルゲートからワンウェイジャンプするのが最短コースであるという結論に達しました」
「ツァイル……国民総社員とかいうあの国か?」
ラッドに首肯をかえすコトハ。
「企業国家『ツァイル』と傭兵国家フレースヴェルグは、かねてより軍事協定条約が結ばれておりますので、フレースヴェルグの軍艦は手続きなしで通過が可能です。
ツァイルとフレースヴェルグの関係を分かりやすく表現するならば、お互いに上客同士とでも言いましょうか。
今回は、そのハイパージャンプドライバを使って、タビト恒星系外縁部のこの宙域までのジャンプします」
予定航路表が消え、コトハがポイントした宙域が拡大投影された。
「この宙域までは一週間。ここからタビトまでは、更に一ヶ月ほどかかると予想されます。予想では、ドルドリア軍第二十三遠征艦隊と同じか、数日だけ早く到着できるはずでございます」
説明を終えたコトハは、一同に礼をする。
「ここからは俺が説明する」
続いて口を開いたのはユーリだった。
「まず、敵が星図を手に入れた理由。これは、さっきリカルドも口に出したが、ファレルがドルドリアに協力したからだろう」
「ファレル……なぜ……!?」
リカルドは動揺と落胆を隠し切れない。
「まあ、はやまるな。この星図が無ければ、俺たちに手出しすることは不可能だった」
「どういう……ことだ?」
「このデータがドルドリア軍のグローバルラインに転がっていたからこそ、俺たちは奴らを追うことができるんだ」
「つまり……」
「ファレルは、それを見越して意図的に解析作業に協力した可能性があるってことだ」
それを聞いたリカルドの顔は、少しだけ晴れやかになった。
「それにしても不自然だ。ファレルちゃんだけでその方法が思いつくものかな?」
ウェルナーの声に警戒の色がにじむ。
アルスレーナ恒星系から脱出するとき、タルタロスは軍事ネットワークほどとはいかないまでも、それなりに強固なハイパージャンプドライバーのセキュリティーを短時間であっさり突破しているのだ。
いくら強固なセキュリティーを誇る軍事ネットワークであったとしても、ハッキングされる可能性を考えないものだろうか。
「ファレル以外にも俺たちを招待したい奴がいるってことなんだろう」
「良い度胸してんな。そりゃ誰だ」
指を鳴らしながらサクヤ。
「単純に考えればクリンク少佐だろうな。だが、今のところ敵か味方か分からない以上は、警戒しておくに越したことはない」
そして、ユーリは不意に気の抜けたいつもの半眼にもどった。
「どのみにタルタロスの修理が終わらなければ動きようがない。あとは、各自で出航の準備をしておくよーに」
急に口調が適当になるユーリ。
その時、電子扉が開く音がブリーフィングルームにひびいた。
「そのことなのですが、マスター」
やってきたのはミカゲだった。
「ドック管理者に確認したところ、タルタロスの修理はあと一週間ほどで終了するそうですよ」
「ミカゲさん……どんな根回ししたんだよ……」
「何のことでしょう?」
半眼のままだが、眼光するどくミカゲをみつめるユーリ。
ミカゲは、それを微笑みで受けながした。
「まあ、良い……」
小さなため息をもらすユーリ。
聞いても無駄と判断し、これ以上ミカゲに追及することを断念した。
「聞いてのとおりだ。各員は速やかに出港準備にかかれ。コトハはまだ艦外にいるクルーを緊急招集しろ」
そして、ユーリは気を取りなおし、改めて皆に指示をだした。
フォルカーは、ドルドリア帝国宇宙艦隊総司令部をおとずれていた。
「ジェラルド・リュディガー准将の動向はどうか?」
ドルドリア宇宙艦隊最高司令官のアラン・メイソンは、腹に響くような重低音の声でいった。
禿頭で全身から威圧感を放っている、初老の大男だ。
「リュディガー提督の行動には、明らかに謀反を企てている意図があると、私は判断いたしました」
フォルカーは冷静な口調でこたえる。
「証拠はあるのか?」
「まず、この軽巡航艦の開発設計図です。リュディガー提督は『軽砲術艦』と呼称しているようですが」
「軽砲術艦……」
フォルカーからデータを受けとり、端末に表示させるアラン。
「ふむ、はじめてみる見たことがない艦種だな」
「リュディガー提督は、自身の領地にある工廠で極秘裏に開発を行っており、完成も間近です」
「なるほど。他にも何か根拠がありそうだな」
フォルカーに含みのある表情に、アランは重ねてたずねた。
「リュディガー提督は、先のベラルージュ王国との戦争で不正に入手したメモリーキューブを解析し、アーティファクトテクノロジーのありかを突き止め、それを手に入れるべく行動をおこしております」
「こちらに届いている報告書では、テラ型惑星の存在が濃厚な宙域への航路を発見したため、調査に向かうとあるが?」
ドルドリア帝国遠征艦隊の平時の任務は、新航路開拓と新天地の探査と確保にあった。
艦隊単位で行動するのは、未知の領域へ足を踏み入れるための防護策でもある。
「その報告自体に偽りはありません。ただ、その情報の入手方法に問題があります。現在、第二十三遠征艦隊には、ベラルージュ王国第一王女のファレル殿下が拘束されております」
「なに……? それは聞き捨てならんな。詳しく聞かせてもらおうか」
アランの眉がぴくりと動いた。
「ベラルージュ王家のものは、先の戦争でみな死亡したのではなかったのか?」
「戦乱のさなか、王子と王女をメモリーキューブとともに連れだし、ひそかに監禁していたのです」
「なぜ、貴官はすぐに報告しなかったのだ?」
アランは机の上で手を組み、静かな口調で訊いた。
「リュディガー提督の本心を見定めるためです。ですが、彼と行動を共にすることで謀反の意思を確信するにいたりました」
「それでも貴官はすぐに報告していない。それは何故だ?」
アランは眼光鋭く睨めつけた。
「国家の利益を考えたためです」
「国家の利益だと?」
「そうです。証拠がそろっている今、リュディガー提督を捕らえるのは容易い。ならばアーティファクトテクノロジーを探させ、それを発見した時点で反逆者として処分し、アーティファクトテクノロジーもまとめて接収してしまえいい」
何も言わずにフォルカーの目を睨みつづけるアラン。
フォルカーに動じる様子はない。
「貴官の考えは分かったが、そう簡単に事が運ぶものか?」
「既に手は打ってあります。第二十三遠征艦隊の行き先も把握しております。つきましては、私めに艦隊をお与えくださいませんか?」
フォルカーの言動は堂々としたものだった。よほど自信ががあると見てとれる。
アランは、しばし考えたあと、「良いだろう」といった。
「即応可能な半個艦隊を用意するゆえ、すぐに出立できるよう準備を整えて待機していろ」
「はっ、閣下のご配慮に感謝いたします」
フォルカーは敬礼をかえすと、すぐに踵をかえして宇宙艦隊総司令部をあとにした。
「係留アンカー解除」
「ゆ、誘導ビーコン照射されたよ」
タルタロスのブリッジが三週間ぶりに慌しくなる。
「タルタロス、微速前進」
ユーリの指示をうけ、ウェルナーはメインスラスターのスロットルをほんの少しだけ押しあげた。
「本国管制から通信。貴艦の安全を祈る――だって」
「適当に返信しておけ」
「よろしいので?」
コトハは、アヤネに指示をだした直後のユーリにいった。
「良いんだ。それより、航路図のセットアップは完了しているか?」
「完了しております。ご確認なさいますか?」
「いや、コトハを信用している。タルタロスはポータルゲートを通過する前にコンバットモードに変形する」
「かしこまりました」
深々と頭を下げるコトハ。
フレースヴェルグから予定より早くに離れられることを、ユーリは心の底から歓迎していた。
フレースヴェルグはユーリの故郷でもある。当然、彼の肉親もそこにいる。
ユーリは父が苦手だった。
さいわい、フレースヴェルグにいるあいだ、父から接触を試みてくることはなかった。
それはそれで不気味なのだが、今となってはどうでも良い。
「ああ、そうだ。スズネ、コトハ、それからミカゲさん。三人にはツァイルでジャンプしたあとに苦労をかけるとおもう」
ユーリは、思い出したように三人に声をかける。
「……?」
スズネはきょとんとした表情をかえした。
それとは対照的に、コトハとミカゲは合点がいったような顔をしている。
「ミスティックレーダーをご使用なさるのですね?」
ユーリはコトハに首肯してみせた。
「これから向かうのは、未知の領域。通常レーダーだけでは対応しきれないような不測の事態がおこりかねないからな」
ミスティックレーダーは、ミスティック能力者の感応波を利用した特殊レーダーのことだ。
通常のレーダーと違い、増幅させた感応波を空間に放ち、物体や現象といったものを感じ取って探索するレーダーなので、相手のステルス機能など全く役に立たない究極のレーダーともいえる。
このシステムの問題は、システムの核となるミスティック能力者の絶対数が少ないということと、レーダーの性能が能力者の実力に左右されるというものなのだが、タルタロスには、ミスティックレーダの核となりえる強力なミスティック能力者が三名も在籍していた。
「レーダー展開後は、八時間ずつ三交代で当直任務に当たってもらう。順番は、三人で話し合って決めてくれて構わない」
ちなみに三人の中で最も強力なミスティック能力者はスズネだった。
「スズネちゃん。重要な任務だから、頑張って務めましょうね」
「ふぇっ、プレッシャーかけないでよぉ」
母に微笑みかけられ、半泣きになるスズネ。
「タルタロスの命運は、お前の肩にかかっている」
ユーリはわざとらしくスズネの肩をつかむ。
「マ、マスターまでぇ……」
半泣きから完全な泣きっ面にかわったスズネの顔をみて、からかったユーリは声をだして笑った。
やがて、タルタロスはいくつかのポータルゲートを経て、企業国家『ツァイル』領マーキュライ恒星系のハイパージャンプステーションに到着した。
背広姿のハイパージャンプステーション職員が通信を入れてきた。
「貴艦が向かう先は未踏の領域です。何があるか分からないし、宇宙漂流やジャンプ中になんらかの障害物に衝突して宇宙の塵と化す危険もあります。それでもジャンプするのですか?」
「問題ございません。全ての責任は我々にあります。この艦が漂流することになったとしても、ハイパージャンプの許可をだした貴国になんら不利益は発生いたしません」
コトハの淡々とした言葉をきいて、職員の男性はまだ何か言いたげではあったが、少しの間のあと「分かりました。無事の航海を祈ります」といって通信を切った。
通信が終了したあと、ハイパージャンプステーションの姿勢制御スラスターが火を噴き、射出座標の設定にはいる。
三十分ほどして設定完了の通信が入り、タルタロスはハイパージャンプステーションへと飛び込んだ。
「恒星タビトの重力圏に到着いたしました。現在、恒星タビトのヘリオポーズ付近であると思われます」
コトハの淡々としたセリフがブリッジ内にひびく。
そこは、何も無い空間だった。
少なくとも、ブリッジから見える景色は、何万光年も離れた場所で光を放っている星たちだけだ。
「ミ、ミスティックレーダー展開します」
ヘッドギアを装着したスズネがいった。
ヘッドギアには、数本のコードがつなげられている。
ドルドリアから入手した星図と通常レーダー、ミスティックレーダーから得られたデータがリンクし、ブリッジの中央に現宙域の星図が表示された。
「恒星の光も届かない距離だ。何があるのか分からないから、周囲の状況には細心の注意を払えよ。特に小惑星や彗星などの不確定浮遊物には厳重に注意するようにな」
彗星は、恒星の重力圏の外側に浮遊していた原始恒星系星雲のなごりが、何らかの要因によって恒星の重力に引き寄せられている天体である。
恒星に近づけば恒星の熱によって氷が溶けだし、尾を引きながら恒星からの光を反射させるが、恒星から遠くはなれた宙域では光を反射することもなく、高速で闇の中を漂っているようにしかみえないし、そもそも肉眼で発見すること自体が容易ではない。
そのうえ、彗星は他の惑星の重力など、何らかの要因で簡単に軌道がかわる。
星図上には、タルタロスを中心に周囲三十光分以内の宙域の詳細なデータが立体投影された。
タルタロスの周囲百二万キロ以内に、いくつもの小惑星が漂ってる。
宇宙規模で考えるなら、これは小惑星がかなり密集しているといえる。
ドルドリア軍から手に入れた正確な星図がなければ、ワンウェイジャンプをしたときにいずれかの小惑星と衝突していただろう。
レーダーによると、一番近くにある小惑星はタルタロスからは八千キロ離れたところにあるようだ。
それはタルタロスの針路上にあり、大きさは二十キロほどあり、小惑星を形成する主な成分は岩石と氷。
それが高速で恒星タビト方面へ引き寄せられるように移動している。典型的な彗星の軌道だ。
相対速度は、タルタロスのほうが速い。
「前方の小惑星を潜在的危険小惑星として、レーダー圏外になるまで監視を続けろ」
スズネは首肯し、作業をつづける。
「作戦の第一段階は達成できそうだな」
ユーリは、傍らに立つコトハに向かっていった。
作戦の第一段階とは、敵よりも早くに目的宙域へ到着することだ。
未踏査宙域にテラ型惑星を発見した場合、第一発見者に統治権利が発生するという国際宇宙法を利用するためだ。
「敵がそれであっさり諦めるとも思えませんが……」
「力ずくで俺たちを排除しようとするだろうな」
「勝算はおありなので?」
いくら占有権を主張したところで、相手は艦隊だ。正面からまともにやりあえば、いかにタルタロスが強力な戦艦であっても多勢に無勢。勝算なんて無きに等しい。
「今のところ、特にないな。実際の宙域図を見てから考えるさ」
左手で頬杖をつき、右手でチェーンネックレスを弄りながら答えるユーリ。
コトハはそのしぐさをみて、それ以上の質問を投げかけることはやめた。
ドルドリア軍第二十三遠征艦隊は、太陽系からワンウェイジャンプを行ってから既に二週間が経過していた。
解読された星図がかなり正確なものであったおかげで、太陽系から恒星タビトの重力圏へ侵入した第二十三遠征艦隊は、これといったトラブルもなく順調な航海をつづけていた。
ファレルはメモリーキューブの解析が終了したあと、まるで一切の興味を失ったかのように何日も放置されていた。
この日もファレルは何もやることがなく、窓の外に広がる漆黒の闇をただぼんやりと眺めていた。
コンコンと、ファレルの部屋の電子扉をノックする音がきこえる。
ファレルは返事を返さない。今までだって一度たりとも返したことがない。
「ファレル殿下、入りますよ」
聞きなれた青年の声とともに電子扉が開いた。
「ご機嫌はいかがですか?」
声の主は、フォルカーが艦を離れてからファレルの世話役をしているメナスだった。
彼は、幼さが残る顔にさわやかな笑顔をうかべていた。
ファレルから言葉がほとんど返ってこないことにもう慣れたのか、メナスははじめの頃のようにうろたえたりしなくなっていた。
「お食事です。ここへ置いておきますね」
小さな机の上に食事を乗せたトレイをおく。
「あと四週間ほどで目的地に着く予定です。どんな惑星が待っているんでしょうね」
メナスの無邪気な笑みからは、心の底から新天地調査を楽しみにしている様子がうかがえた。
それを見て、ファレルは複雑な心境にかられる。
「……そんなに楽しみ?」
初めてファレルから話しかけられ、メナスは目をまるくする。
だが、すぐに気を取りなおしてニッコリと笑みをかえした。
「もちろんですよ。未知の惑星を探索することは、僕の小さい頃からの夢ですから。僕が遠征艦隊勤務を希望したのだって、夢をかなえられる数少ない選択肢の一つだからなんです」
夢を語るメナスは、まるで少年のようだった。
ファレルは、そんなメナスに好感を抱く。だが、同時に彼を欺いている事実に罪悪感も感じていた。
タルタロスが恒星タビトの重力圏に到着してから十日ほどが経過した。
潜在的危険小惑星と認定した小惑星とは、進行方向が同じで小惑星自体も猛スピードで漂っているため、相対速度の差が小さく、まだCG処理された姿をモニターで捉えたにすぎなかった。
「小惑星までの距離、およそ三千キロです」
現在ミスティックレーダーを担当しているのはミカゲだった。
彼女の言葉と同時に、メインスクリーンのサブウィンドウ内に周辺宙域の各種データが数値化されて表示される。
ユーリが座る艦長席の横、いつもはコトハが立っている場所にギンジがいる。
ギンジは、CG処理がなされ拡大投影された小惑星とサブウィンドウに表示されている数値を見ながら難しい表情を浮かべていた。
「どうかしたのか?」
その様子に気付き、ユーリがたずねる。
ギンジはその問いには答えず、ただ黙ってサブウィンドウ内で変化し続ける数値データを注視しつづけた。
「ウェルナー、取舵いっぱい、俯角六十度だ!」
とつぜん大声で指示をとばすギンジ。
「ぅお、何で!?」
「黙って従え!」
「りょ、了解!!」
ウェルナーは、あまりの気迫に思わず言うとおりの操舵をした。
次の瞬間、前方の小惑星が崩壊をおこし、無数の岩や氷の塊が飛散した。
破片一つの大きさは百メートルから一キロほどの塊で、まともに衝突すればタルタロスもただでは済まないだろう。
それらがタルタロスとの相対速度を急激に落としたのだ。針路を変えていなければ、タルタロスは回避行動もできないままその中へと飛びこみ、破片に激突して爆沈していたかもしれない。
「あっぶね……っ!」
ウェルナーの額に冷や汗がにじむ。
ギンジの表情は、いつもの落ち着いたものに戻っていた。
「艦長の指示も仰がず、独断で指示を出したご無礼をお詫びします」
「いや、ギンジさんのおかげで助かった」
ユーリは、頭を下げるギンジに向かっていった。
「あの小惑星が崩壊するなんて、よく分かったな」
「ははは、船乗りとしての長年の勘ですよ」
ギンジは笑ってみせた。
「周囲の温度とイオン濃度が急激に上昇しておりましたので、おそらくフレアなどの影響で発生した太陽嵐がこの宙域まで流れてきたのだろうと予想したのです。そして、目の前の小惑星の構造は、岩石が三割で残りの七割近くが氷でしたので、強烈な太陽嵐に耐え切れずに崩壊するであろうと予想したまでです」
そして、勘が当たっていて何よりでしたと、再び笑ったのだった。
沈没の危機を脱したタルタロスは、その後、何事もなく航海をつづけた。
やがて、恒星タビトが闇の中に輝く星々の中でもひときわ明るく輝く天体になるころ、
「スズネ、恒星タビトを中心に半径一光時以内にある惑星をトレースしろ」
ユーリはスズネに指示をだした。
「う、うん」
スズネは電算危機のサポートを借りながら、未知の恒星系のトレースを開始した。
基本データが無いため、計算にはそれなりの時間を要する。
そして、十五分が経過した。
「マ、マスター。ト、トレース結果が出たよ」
ブリッジ中央に投影されていた星図が、より範囲の狭いものに切りかわる。
そこには、恒星タビトのほかに四つの岩石惑星が映し出されていた。
「あっ!」
アヤネが声をあげた。
恒星タビトから一億七千万キロの距離に青く輝くテラ型惑星があった。
「針路、タビト恒星系第二惑星。最大戦速!」
「了解っ!」
ユーリの指示をうけ、ウェルナーは操舵桿をきり、メインエンジンのスロットルレバーを一気におしあげた。




