#10(加筆)
パンドラ要塞の直径は、およそ百キロ。港湾施設のほか、この要塞には工廠やドック、食料プラント、病院や学校などの一般市民の居住区まである。
人口は八百万人ほどで、住民の七割以上が軍事関係の従事者なのだとコトハは説明していた。
ウェルナーはこんな巨大な人工物を見るのは初めてだった。
ブリッジの外の景色は、要塞の外郭が壁のように広がっているだけだった。
「でかい……」
そのあまりの巨大さに圧倒され、それ以外の言葉もでてこない。
今は牽引ビームで誘導されているだけなので、ウェルナーは操舵する必要がなかった。
ユーリはこの宙域に着いてすぐ、ブリッジから出ていってしまった。
今、ブリッジを仕切っているのは副長のギンジだが、彼も暇をもてあましているというのが正直なところだろう。
一番忙しそうにしているのは、パンドラ要塞と頻繁に通信をかわしてるアヤネだ。
タルタロスが向かっているのは、パンドラ要塞のドック施設。
艦の損傷状態を説明すると、すぐにドックへ入渠することを指示された。
ユーリがブリッジから出ていったのは、このタイミングだった。
やがて、タルタロスは乾ドックの一つへと入港した。
全長五百メートルほどのタルタロスをすっぽりと包み込む船渠の奥の壁には、羽ばたいた鷲が大きくマーキングされている。
「あのマーク……どこかで……」
「フレースヴェルグの国籍マークでございます」
首をひねるウェルナーの横でコトハがいった。
「フレースヴェルグのことは噂程度に聞いたことあるけどさ、実際はどんな国なんだい?」
ウェルナーは、もてあました暇をコトハとの会話にあてることにした。
「傭兵国家でございます」
「傭兵国家?」
「はい。フレースヴェルグの主要産業は傭兵。男も女も十五歳を過ぎると傭兵として登録が可能になります。国民が傭兵として外国で活動するだけではなく、時にはフレースヴェルグそのものが他国に雇われて活動することもあります」
「へぇ……でもさ、船はどうすんの? 全員が生身で活動するわけじゃないだろ?」
「船は全て国から支給されます」
「国から!?」
さすがに驚いて聞きかえすウェルナー。
「はい。まず、傭兵志願者はフレースヴェルグの軍人になります。そして、それぞれ配置が決められます。
傭兵活動は艦艇単位で行うことになり、艦長には外部からフレースヴェルグ国籍外の人材を雇うなど、比較的自由な人事権が与えられます。
外部からの人材というのは、タルタロスでたとえるならウェルナー様やラッド様、カエルス様ような方たちです」
「外部からも人材を探すなんて、正規軍にしては珍しいな」
「フレースヴェルグは国民総人口が少ないので、ある程度は仕方ないことなのです」
一理あるなとウェルナーは思った。だが、もともとフレースヴェルグに興味があって聞いたわけではなかったので、彼の興味はあっさりと別のほうへと向かった。
「そういえば、コトハちゃんは二年前に十五歳だって言ったよな? ということは、コトハちゃんは十七歳なんだね」
「……それが何か?」
質問の趣旨を理解しかね、眉をひそめるコトハ。
「いやね、スメラギ五姉妹って、ぶっちゃけ何歳なのかなぁって、男として当然の素朴かつ純粋な疑問でさ」
苦笑いを浮かべ、頭を掻きながらごまかすウェルナー。
「私とスズネは十四歳だよ」
あらかたの入港手続きを済ませたアヤネは、耳に当てていた通信機を操作パネルの上においていった。
「あれ? 傭兵になれるのは十五歳って言わなかったっけ?」
「スメラギ家の娘たちは特別なんだ」
口を挟んできたのは、ウェルナーと同じく暇をもてあましていたギンジだった。
「特別……?」
「厳密に言うと、うちの娘たちは軍人ではない」
「そうなんすか?」
思わず聞きかえすウェルナー。
ギンジが何か言うまえに、コトハは横から口を挟んだ。
「それより、ウェルナー様が聞きたいのは姉たちの年齢ではないのですか?」
「おお、そうだった!」
ウェルナーの興味は、やはり彼女らの年齢にあったようで、彼の頭に一瞬浮かんだ疑問はあっさりと霧散した。
「こういうのは、直接本人には聞けないからね」
ウェルナーは操舵席の椅子を後ろへ回し、背筋を正して座りなおす。
「まず、次女ミカヤはマスターと同じ二十二歳でございます」
「へぇ、ユーリって意外と若かったんだなぁ。どこか達観したところがあるから、俺と同じくらいかと思ってたよ」
あからさまなほどミカヤに興味を示さなかったウェルナーを見て、アヤネは笑いをこらえるのに必死だった。
「長女のミカヤは、ウェルナー様より一つ若い二十六歳でございます」
コトハも何かを察し、わざとらしい物言いをした。
「そっか、ミカヤさん、俺の一つ年下かぁ」
「ウ、ウェルナーさん……は、鼻の下が伸びてます……」
スズネのつぶやきも、今のウェルナーの耳には届いていないようだ。
やがてタルタロスは入渠を完了し、船体の各所を固定され係留が完了した。
「タルタロス、フレースヴェルグ船渠へ入渠が完了いたしました」
入渠完了をつげるコトハの声が、ブリッジ内に白々しくひびいた。
「マスター、タルタロスの入渠が完了いたしました」
ユーリが自室のベッドで仰向けになり、チェーンネックレスの先についた羽ばたいた鷲をかたどった飾りを無造作に弄っていると、彼の顔の横にポップアップしたホログラムディスプレイにコトハの顔が映しだされた。
「修理や補給などに一ヶ月必要とのことです」
「そうか、一ヶ月もこんなとこに足止めされるのか……」
ユーリは、うんざりとした口調でため息をつく。
「修理の間、クルーには休暇を与えますか?」
「お前に一任するわ」
寝返りをうち、ホログラムディスプレイに背をむけるユーリ。
「かしこまりました」
コトハはホログラムディスプレイの中で礼をして通信を終えた。
それから数分後、部屋の呼び出しコールがなった。
ユーリはベッドから起き上がり、電子扉の横にあるモニターを確認する。
モニターにはリカルドが映っていた。
ユーリは電子扉をあけて、リカルドを招き入れることにした。
「どうした、改まった顔をして」
「休んでいるところ、すまない」
「暇だったから気にするな。まあ、入れよ」
ユーリはデスクの椅子をリカルドに用意し、自分はベッドに腰掛けた。
「修理には一ヶ月はかかるらしいな」
椅子に座ってリカルド。
「らしいな。まあ、こればかりは仕方ないだろう」
ユーリはそっけなく答える。
「あせっても仕方ないのは、俺も理解している」
リカルドはそういったあと少しだけ言いよどみ、意を決したように口をひらいた。
「俺に戦闘の訓練をつけてくれ」
「……それは、生身の戦闘か? それともVMPか?」
「両方だ」
ユーリはリカルドの目をみつめた。
リカルドも目をそらさずみつめかえす。
「お前は某国とはいえ、一国の王子なんだ。クライアントとして俺たちを雇うという選択肢だってあるんだぜ?」
「それだと俺が落ちつかない。それに捕らわれているのは俺の妹だ。自分の妹は自分の手で取りかえしたい」
リカルドの瞳を覗き込むように見つめるユーリ。彼の眼差しには固い決意が現れていた。
「良いだろう。もともとそのつもりだったしな。お前の戦技訓練はラッドに任せる。あいつは、ああ見えても元はバストゥーラ共和国軍の特殊部隊長だ。教導隊で教官をしていた経験もあるんだぜ」
「人は見掛けによらないというが……。なんでそんな人物が傭兵なんかをやっているんだ」
「本人にもいろいろあるんだろうぜ」
笑ってこたえるユーリ。
「なんにしても恩に着る。俺が言うのもおかしいが、俺たちを助けてユーリには何か得はあるのか?」
「得ねぇ……」
いつもの半眼に戻ったユーリは、頭をぼりぼりと掻きながらつぶやいた。
「ベラルージュのアーティファクトに興味がある――と言ったら、お前は警戒するか?」
リカルドはしばし沈黙したあと、フッと笑う。
「そういえば、お前たちは、最初からそうだったな」
リカルドにとってユーリという人間は、信用するにあたいする人物となっていた。
タルタロスのクルーたちは、つかの間の帰郷を満喫するため、みな船を離れて自分たちの家へと帰っていった。
その中にコトハの姿もあった。
ここはスメラギ家の邸宅。つまり、スメラギ五姉妹の生家だ。
数ヶ月ぶりに自宅へ戻ったコトハは、そのまま自室にむかう。
部屋の照明をつけ、肩に斜めがけしていたカバンをベッドにおろした。
コトハは小さく一息ついたあと、カバンの中から今まで寄航した先でみつけた小物の数々を取り出し、コレクションボードへと並べていく。
それは五センチにも満たないガラス細工だったり、その惑星にしか生息しない動物のマスコットだったり、ほとんどが旅行先のみやげ物店などで売っていそうなものばかりだった。
コトハはコレクションを並べながら、満足そうに小さく笑う。そして、コレクションボードの端に飾ってあった写真立てが目に入った。
写真立てを手にとり、懐かしそうに眺めるコトハ。
写真の中央には十五歳くらいの鮮やかな金髪の少年が面倒くさそうにそっぽを向いて立っている。
そして、その少年の肩に手を回して勝気な笑みを見せてピースサインをしているのは、少年と同じ年頃の赤毛の少女。
その左隣に穏やかな笑みを浮かべた栗色の長いウェーブヘアの女性は、この中で最年長だろう。
少年の左隣に立つ黒髪の少女は、嬉しさと恥ずかしさを混在させてはにかみながら少年と手を繋いでいる。
写真の前列には、七歳くらいの少女が二人。二人とも髪の色こそ違うが、顔つきが全く同じところから双子であることが見て取れる。
双子とはいえ、性格の違いは表情に出ていた。
小麦色の髪の少女は、とても明るく笑っているのに対し、桃色の髪の少女は、うつむき不安そうな上目遣いでこちらを見ている。
「こんな時期もあったっけ……」
ユーリとスメラギ家の娘たちは、まるで兄弟のように育ってきた。
指で写真立てをなでるコトハの表情には、どこか憂いをおびていた。
そして、小さなため息をひとつついて瞑目したあと、意識を切りかえるようにぱっと目をあけ、またいつものポーカーフェイスになって部屋をあとにするのだった。
「……はい」
薄暗い部屋の中、ミカゲは通信機のモニターに向かって会話をしていた。
モニターの光に顔を照らされ、どことなく不気味にみえる。
「で、現状は?」
モニターからは、低く渋い男の声。
「リカルド王子を保護しております」
「なるほど」
モニターに向かって頭をさげるミカゲ。
「タルタロスの修理は急がせよう。ミカゲは引き続きタルタロスに残るように」
「かしこまりました」
ミカゲは更に深く頭を下げたあと、通信機の電源を切った。
フォルカーの自室に指令書の着信を知らせる電子音がなった。
フォルカーは端末に近づき、届いた指令書をひらく。
「…………」
指令書を読み終えると端末を閉じ、部下の呼び出しを行った。
ほどなくして部下がやってくる。
「お呼びですか?」
やってきたのは、まだ顔に幼さが残る若い下士官だった。
「本国司令部から召還命令が届いた。私はしばらく艦隊から離れるが、そのあいだ、私にかわってファレル殿下の世話とメモリーキューブの解析を頼みたい」
「はっ、承知しました」
やや緊張気味の敬礼かえす若い下士官。
「名は?」
「メナス・アギーレ伍長であります」
「年齢は?」
「先月で二十三歳になりました」
フォルカーはメナスの頭から足の先までまじまじ見つめた。
メナスの顔には冷や汗がにじむ。
「そう緊張するな。年齢は私なんかより丁度良さそうだな。長旅のあいだ、ファレル殿下の話し相手にでもなってやれば良い。くれぐれも周囲にはぞんざいな扱いなどさせないよう注意しろ」
「わ、わかりました」
敬礼姿勢がこわばっているメナスを見て、フォルカーは声をだして笑ってしまった。
「いや、すまん。私はあとから艦隊を追う。復隊できるのはかなり後になってからだろう。メモリーキューブの解析が終わったら、軍のグローバルラインを通じ、暗号化したうえで私宛てに送信してくれ」
「了解しました!」
硬さが抜けない敬礼に、再び笑ってしまうフォルカー。
「まあ良い。ファレル殿下に挨拶をしてこよう」
フォルカーはメナスをつれて部屋をでた。
その足でまっすぐファレルの部屋へと向かう。
「ファレル殿下の部屋へは、ノックをしたあと数秒待ってから入室しろ」
ファレルの部屋の前で、フォルカーはおもむろに口をひらいた。
「返事を待たなくてもよろしいのですか?」
「いくら待っても返事なんて返ってこないさ」
そういって、フォルカーは電子扉をノックした。
「殿下、フォルカーです。入りますよ」
フォルカーは、メナスに説明したとおり、数秒待ったあとに扉の開閉ボタンを押した。
扉が開くと、ベッドに腰掛け無表情とも虚ろともいえない表情でこちらを見つめるファレルの姿が目に入った。
艦隊へつれてこられたときの制服のような姿から、フォルカーが用意させた控えめな装飾のドレスに変わっている。
「その服はお気に召しましたか?」
「……着るものがないから仕方なく着てるだけ」
口調には、あいかわらず抑揚がない。
メナスは、その姿に衝撃をうけていた。
肌は浅黒く、長く美しい銀髪はツインテールに。
瞳は綺麗な切れ長で、抱き寄せるだけで折れてしまいそうな繊細で華奢な身体。
まるで人形のような美少女がそこにあった。
「……その人は?」
口をパクパクさせているメナスに視線をうつし、ファレルが訊いた。
「ああ、紹介が遅れました。彼はメナス伍長。これからは、彼に殿下のお世話をするように命じてあります」
「メ、メメ、メナス・アギーレ伍長であります!!」
メナスは緊張のあまり、声をうわずらせた。
「……そう」
ファレルは一通りメナスの全身を眺めたあと、再び視線を虚空へともどす。
うろたえるメナスを尻目に、フォルカーは言葉をつづけた。
「私は本国から召還命令が届いてまして、しばらくのあいだ艦隊を離れます。あとのことはメナス伍長に任せてあります。メモリーキューブの解析結果は、ドルドリア軍のグローバルラインを通じて私に送信するよう命じてあります」
そして、フォルカーはファレルの耳元に顔を近づけて小声でつづける。
「解析データが無ければ、兄君を連れた傭兵たちはこの艦隊へ近づくことは出来ないでしょう。私の言っていることがわかりますね?」
ファレルの瞳に微かな動揺の色が浮かんだように見えた。
「言ったはずです。我々は協力しあえると」
「……わかった」
覚悟をきめるファレル。
このままでは、いずれドルドリアにアーティファクトテクノロジーが奪われてしまうだろう。
武力で無理やりメモリーキューブを奪ったような国に、ベラルージュ王国が守り続けてきたアーティファクトテクノロジーを渡すわけにはいかない。
一縷の望みをかけ、フォルカーに言われたとおり解析作業に協力することにした。
「では、私はリュディガー司令への挨拶があるので、これにて失礼いたします」
フォルカーは敬礼すると、部屋にメナスを残して司令室へと向かった。
タルタロスのクルーたちは、不意におとずれたつかの間の休息を楽しんでいた。
タルタロスが船渠に入って、既に二週間が経過している。
ミカヤとサクヤは、カエルスをつれてショッピングに出かけていた。
三人の後ろを大量の荷物を抱えたウェルナーがふらふらした足取りでついてくる。
ミカヤがショッピングに出かけることを聞きつけたウェルナーは、みずから荷物持ちを買ってでた。その結果がこれだった。
風体だけならウェルナーより厳ついカエルスなのだが、どうやら女子としてカウントされているようで荷物持ちを手伝う気配がない。
三人の会話も内容だけならまるで若い女性たちのもので、それがよけいにウェルナーの現実逃避をさそう。
ショッピングの帰り、ミカヤが馴染みにしているカフェを訪れていた。
ウェルナーは、物珍しそうに店内をみわたす。
店内には若い男女や小さな子供を連れた母親などがいて、ここが要塞の中だということを忘れさせてしまう光景が広がっていた。
「なんつうか、のどかっすね」
「ここは~、居住区だからね~」
朗らかな笑みを浮かべ、アールグレイに口をつけながらミカヤがいった。
「食べ物も美味しいわね。てっきり、タルタロスみたいなフードプリンタで作られたものが出てくるのかと思ったけど」
カエルスはフルーツタルトをゆっくり味わいながらいった。
「要塞には食料プラントもあるし、プラントで補いきれねぇもんは、外から輸入してっからな」
サクヤはフォークにショートケーキの苺を刺し、それを振りながら説明した。
それからしばらくの間、ケーキに舌鼓を打ちながら他愛もない会話をつづけた。
皆が二杯目のドリンクを飲み終わるころ、おもむろにカエルスが口をひらいた。
「ねえ。コトハちゃんって、いつもあんななの?」
「あんなとは?」
アイスカフェラテを啜りながら問いかえすサクヤ。
「無愛想というか、感情がないというか。せっかく可愛いのにもったいないじゃない」
ウェルナーも興味があるらしく、じっとサクヤをみつめている。
ミカヤとサクヤは互いに視線を交わしたあと、小さくため息をついた。
「意外かも知れないけれど~、私たち五姉妹の中で一番感情豊かだったのは~、コトハちゃんなのよ~?」
「マジでか!?」
驚きの声をあげたのは、ウェルナーだった。
「マジだぜ。ユーリに一番懐いていたのもコトハだったしな」
そういって、サクヤは三杯目のアイスカフェラテを店員に注文した。
「でも、それが何でああなっちゃったの?」
「コトハちゃん~、自分を押し殺して無理してるんじゃないかな~」
「なんか、わけありそうねぇ。聞かないほうが良いことなのかしら?」
「そんなことはないけれど~」
あごに人差し指をあて、考える素振りを見せるミカヤ。
「あたしらスメラギ家とユーリのシュリック家は、昔から主従関係にあるんだ。小さい頃は兄弟姉妹のように育てられたし、今も関係はその頃とほとんど変わらねぇんだけどな」
「主従関係? 家主と使用人みたいなもんか?」
ウェルナーは、ギンジが言っていた「娘たちは特別」という言葉を思い出していた。
「まあ~、そんな感じかな~? コトハちゃん、私たち五姉妹のリーダーにされちゃったから~、自分なりにマスターとの関係にケジメをつけてるんじゃないかなぁ~」
「ふぅん……なんか、大変ねぇ」
カエルスは、哀れみの声をあげながらブラックコーヒーを飲み干した。
店の客はほとんどが入れ替わっていて、ショッピング街のアーケードには夕刻を知らせる音楽が鳴り響いていた。
リカルドは、ラッドのもとで戦闘訓練にいそしんでいた。
特に力を入れたのはVMPの操縦訓練で、これにはコトハも協力していた。
タルタロス内の訓練施設でリカルドをフライトシミュレーターに乗せて、ラッドはコトハとの会話に夢中になっていた。
フライトシミュレーターは半球体で、その中に六つほどのコックピットが、まるで中央の制御コンピューターから生えた花びらのように設置されている。
「いやー、最初はね、めんどくさかったんだよ。実際。でも、まさかコトハちゃんまでこいつの訓練に付き合ってくれるとは思わなかったぜ!」
ラッドの鼻息は荒い。
「特別なことではございません。リカルド様が強くなられることを希望しておりましたので、私も協力するべきだと思ったまでのことでございます。ですので、ラッド様は私のことなど気になさらず、リカルド様の訓練に集中してくださいませ」
そんなやりとりの中、シミュレーターのコックピットが音を立てて開いた。
「くそっ、またやられた!」
脱いだヘルメットを叩き、心底悔しがるリカルド。
ラッドはコックピットを覗きこみ、モニターのスコアを確認した。
「四百三十五秒、一機撃墜か。腕を上げてきたじゃないか」
「墜とされたら一緒だ」
反対側からコトハも覗きこむ。
「ランク四ですか。いくらなんでも最初からは、いささか厳しいのではございませんか?」
「いやいや、正規兵を一から育て上げるのとわけが違う。短期間で力量を上げるには、これしかないんだよ」
不意にコトハの顔が接近してきたので、顔を赤め鼻を掻くラッド。
そこへ暇をもてあましていたユーリがふらりとやってきた。
「どんな調子だ……って、コトハもいたのか。ロリコンに言い寄られたりしてないか?」
「だ、だだ、誰がロリコンだ!」
ラッドは思わず憤慨する。
「お前だよ、お前。自分の年齢の半分しか生きてない未成年の小娘に熱を上げるようなやつをロリコンといわずに何て表現すれば良いんだ?」
小指で耳の中をほじくりながら、ユーリは半眼のままいった。
「て、てて、てめぇ! よりにもよってコトハちゃんの前で!!」
「申し訳ございません。もうすこし静かにしていてくださいませんか? 私がリカルド様に操縦のコツを教えてさしあげているのに、リカルド様が全く聞き取れないではございませんか」
コックピットから顔をあげ、心底迷惑そうにいうコトハ。涙目のラッド。
「はっははは! 聞こえてねぇみたいたぜ? よかったな!」
ユーリは膝を叩きながら喜んだ。
そして、ふと思いついたことを口にする。
「なあ、リカルド。ちょっとそこを退け。二人の模擬戦を見てみたくねぇか?」
コトハとラッドに視線を交互に送りながら、ユーリはそう提案した。
「面白そうだな、是非見てみたい」
「だ、そうだ。二人はどうだ?」
シミュレーターから降りるリカルドを眺めながら、ニヤニヤとユーリ。
「本気か!?」
「私は構いませんが……」
コトハの歯切れが悪い。
「言いたいことがあるなら、ハッキリと言え」
「マスターがそうおっしゃるのでしたら……」
コトハは、そう前置きをして一礼すした。
「万が一、私が勝ってしまったら、ラッド様の誇りに傷をつけてしまうのではないかと思いまして」
そんなことを言われて黙っていられるほど、ラッドも大人ではなかった。
「おいおい。いくらコトハちゃんでも、それは聞き捨てならねぇな。まるで俺が負ける可能性あるみたいじゃねぇか? これでも俺はコトハちゃんがこーんなに小さいときからVMPに乗ってるんだぜ?」
そういいながらラッドは、自分の膝くらいの高さの虚空を手でなでる。
「話は決まりだな」
こうして、なし崩し的に二人の模擬戦が開催されることになった。
ラッドが使用機体を選択しているとき、コトハから通信がはいる。
「私も同じ機体を選択いたしましょうか?」
だが、その言いまわしは、遠まわしに手加減することを申し出ているように感じさせ、かえってラッドをむっとさせる結果になった。
「いや、使い慣れた機体を使ってくれてかまわない。あとで言い訳されたくないからな!」
「かしこまりました……では」
そこへ、ユーリの通信が割りこむ。
「二人とも、よく聞け。ルールは簡単。シミュレーターが開始したら、互いに逆方向へと飛ぶ。開始後、俺がカウントをとるから、ゼロになったら反転して戦闘開始。撃墜されたほうが負けだ」
「分かりやすくていいな」
「かしこまりました」
「よし、それじゃカウントいくぜ? 十……九……八……」
ユーリはカウントを取りながら、シミュレーターの設定をリアルGモードへと切り替える。
「……三……二……一……ゼロ!」
カウントゼロになった直後、二機のVMPは訓練施設の大型モニター上でそれぞれ反転を見せた。
「ぐ……っ! Gがリアルだと!?」
最初に声を上げたのはラッドだった。
「ああ、言い忘れたが、模擬戦はリアルGモードで行われる。普段しないような無茶なフライトをしたら、身体がGに押しつぶされて圧死するから気をつけろ?」
「ユーリ、てめぇ! 俺はともかく、コトハちゃんにまで無茶しやがって!」
「コトハたちは、毎日このモードで訓練してるぜ?」
「……っ!?」
言われてみると、コトハのフライトに一切の動揺が見られない。
「くそっ、俺だってやってやるぜ!」
気を取り直したラッドのフライトは、瞬時におちつきをとりもどした。
それを見て、ユーリもさすがはラッドだと感心する。
「コトハちゃん、悪いけど、一気に決めさせてもらうぜ!?」
コトハの機影を射程にとらえたラッドは、搭載した全てのアサルトミサイルの照準をコトハに合わせ、全てを一気に発射した。
その直後、まるでミサイルを追うように自らも突撃する。
全てを回避しきれいなと判断したコトハは、ミサイルから逃れるように急上昇をし、光学チャフをばら撒きながらミサイルの無力化をはかった。
「勝負あったか!?」
興奮気味のリカルド。
ユーリは冷静な表情でモニターを眺めていた。
ミサイルの大半は無力化できたが、それでも十発ほどのミサイルが追尾してくる。更にその後方からラッドの機影もせまる。
「…………」
コトハは機体の針路を更に九十度急変させた。
逃げながらミサイルの予測針路を頭の中で計算し、さらにそこへ乱数を加え、タイミングをしっかりはかり――、
「……っ!!」
一瞬の判断で機体の姿勢制御スラスターを噴かせた直後、全てのスラスターを切った。
コトハの機体はゆっくりと回転しながら、慣性のみで虚空をただよいはじめる。
「なっ!?」
驚きの声を上げたのはラッドだった。
予想外のコトハの動きに一瞬判断がおくれる。
だが、コトハには、その一瞬だけあればじゅうぶんだった。
コトハを赤外線で追尾していたミサイルは、コトハの機体の横を通り抜け、それに続いてラッドの機体も通過する。
コトハは、このタイミングを待っていた。
ラッドの機体が目の前を通過するその一瞬にタイミングを合わせてライフルの弾を叩き込み、ラッドの機体を蜂の巣にした。
ラッドの機体が火を噴き、やがて爆散した。
「す……すごい……」
リカルドは感嘆の声をあげた。
シミュレーターが開き、二人が中から出てきた。
「お、俺は、あ、あれだぞ!? コ、コトハちゃんの奇策にやられただけで、同じ方法では負けないぞ!?」
「はい。私も同じ方法で勝てるほど甘くないことは、重々承知いたしております」
コトハは、負け惜しみをするラッドに対して、謙虚なもの言いで頭を下げている。
「おい、男が負け惜しみとか、だせぇぜ?」
「るせぇ!」
リカルドの目にも、ほんの少しだけ軽蔑の色が滲んでいた。
「それより、ラッド様は兵装を無駄遣いする癖があるようでございます。少し改めたほうがよろしいかと存じます」
さらにコトハから駄目だしをくらい、もはや立つ瀬がない。
「まあ、今回はラッドのほうが少し分が悪かったからな」
「どういう意味だ」
眉をひそめるラッド。
「まず、機体性能の違い。ラッドのドゥネイルは、フレースヴェルグ軍の汎用機。コトハのスレイプニルはコトハ専用の特殊機だ。そして、もう一つ。コトハはフレースヴェルグ軍機の兵装を熟知している。だから、最後にスレイプニルを追っていたミサイル十本が全部赤外線探知だって知っていたから、あんな奇策を思いついたんだよな?」
「はい、その通りでございます」
ユーリに振られ、素直に答えるコトハ。
「な、なんだってぇ!?」
「でも、あそこでラッド様に撃たれていれば、落とされていたのは私でございます」
「そういうこった。奇策は相手の意表をつくからこそ奇策なんだよ」
コトハの頭をぽんぽん叩きながら、ユーリはラッドを冷やかしながらいった。
「くそっ、油断さえしてなければ、俺は勝てていたのか!」
がっくりと膝をつき、両手を床につけてうな垂れるラッド。
そんなとき、アヤネから通信がはいった。
「マスター、ドルドリア軍グローバルライン上に、第二十三遠征艦隊の航路図と目的地までの星図の暗号化ファイルが見つかったよ」
「そうか、分かった。そっちへ行くからブリーフィング準備をしていてくれ」
「了解だよ~。……って、コト姉ぇ、何か顔が赤いようだけど大丈夫?」
通信終了間際、アヤネはユーリの手が頭に乗ったままのコトハが目にはいり、思ったことを口にした。
「なんでもないから。私はクルーの招集がございますので、これで失礼いたします」
コトハはくるりときびすを返し、つかつかと訓練施設から出ていった。
「……なんだ、あいつ?」
ユーリはぼんやりとつぶやき、
「さぁ……」
ラッド、リカルド、アヤネの返事がハモった。




