#9(修正)
「私に無断で艦隊から重巡航艦を向かわせたようだな」
ジェラルドは、フォルカーへ執務デスクごしに訊いた。
司令室にひびくエンジンの駆動音は、この場の空気を重たいものへとかえる。
「指示を仰いでいる暇が無いと判断しましたので、越権行為であることを重々承知したうえで、私が独断で派遣しました」
フォルカーは敬礼をとかずに答える。
艦隊から重巡航艦を迎撃に向かわせたのは、フォルカーの独断であった。
「やつらの艦は予想外に高性能で、駆逐艦程度の攻撃は受け付けませんでした。しかし、戦艦の速度では間に合わないと判断したので、ある程度の速力と火力を有する重巡航艦を向かわせたのですが、結局は間に合いませんでした」
「まあよい。間に合わなかったのは結果論だ。あのときの貴官の判断は正しかった」
「恐縮です。ところで、防衛艦隊ならびに港湾施設の被害状況ですが――」
敬礼を解くと、フォルカーは胸のポケットから報告書をとりだす。
「アルスレーナ宇宙ステーション第十三ハッチは、当面のあいだ使用不可能です。防衛艦隊の被害は、艦隊旗艦の重巡航艦が大破。軽巡航艦三隻は無傷ですが、駆逐艦八隻が中破ないし小破したもようです」
「そうか」
フォルカーは報告書ごしにジェラルドの様子を見るが、報告内容には興味がなさそうに指先で机を叩いていた。
「被弾した駆逐艦や巡航艦は、スラスターユニットか主砲を破壊されておりますが、奇跡的に人的被害はゼロであったそうです。港湾施設も避難が間にあったようで、人的被害が出ておりません」
「ところで、メモリーキューブのほうはどうなっている」
両手を机の上で組みなおし、フォルカーを覗きこむような上目遣いでみる。
ジェラルドの関心は、むしろそちらのほうにある。
「そちらのほうは、問題ありません。ファレル殿下がお持ちになっておられます」
「ならば解析を急がせろ」
「はっ、ただちに」
フォルカーは敬礼を残し、司令室をあとにした。
「……敵には一切興味なしか。あれが奇跡であるものか」
通路を歩きながら、フォルカーはひとりごちる。
傭兵たちはあの状況下で攻撃に手心を加えられるほどの相手だということだ。あの傭兵たちに対しては、常に気にかけていないと足元を掬われるかもしれない。
「まあいい。やつら、こちらが撒いた餌に上手く食いついてくれるかな」
フォルカーは次の手を打つべく、ファレルにあてがわれた部屋へと向かった。
「状況整理をしよう」
タルタロスの食堂で、ユーリはカニクリームパスタをフォークに巻きつけながらいった。 現在、ここにはユーリを中心としたタルタロスの主要クルーが集まっている。
「まずは現状だ。メモリーキューブとファレルは、敵の手にある」
ユーリの言葉を聞いて、リカルドは拳を握り締めた。
「お前、まさかドルドリア帝国を相手に戦う気じゃねぇだろうな」
ラッドがふと思った疑問を口にする。
「急ぐな。それはあとで説明する」
ラッドを制し、ユーリは言葉を続けた。
「次にタルタロスの現状だが――」
「それは私から説明いたしましょう」
コトハが説明を引きつぐ。
「現在、タルタロスは第四副砲塔が大破。この戦闘で第四副砲の砲術班に死傷者が出ております。
光学シールドも現在は使用不能。仮にこの状態で戦闘になった場合、駆逐艦の主砲ですら致命傷になりかねません。
また、推進剤など物資の備蓄も残り少なく、四日を越える航行は不可能な状態にあります」
まるで他人事のように淡々と説明するコトハ。
「食料だって残りわずかよ? 節約しても三日もたないわ」
厨房からカエルスが叫ぶ。
「というように、タルタロスは危機的な状況に立たされている」
パスタを頬張りながら言葉を結ぶユーリからは、まるで緊張感が感じられない。
「一番近い港は――」
「ドルドリア領には戻れませんし~、一番近いのは現在いるバルナス恒星系第二惑星の宇宙ステーションですかね~。ここから五日の距離ってところかしら~」
ラッドのつぶやきにミカヤが言葉を重ねた。
「ちなみにアルスレーナ恒星系であれだけのことをやらかしたのに、俺たちは指名手配にすらなっていない」
「どういうことだよ?」
コトハのセリフに疑問符を投げかけたのはサクヤだ。
「あちらさんもいろいろと脛に傷があるってことだろ?」
ユーリは、呆れたように吐きすてた。
「で、お前はこれからどうする気だ?」とラッド。
「そうだな。まず、敵はドルドリア帝国ではない」
「根拠は?」
「アルスレーナの守備隊は、国賓として迎え入れるはずのリカルドたちを、俺たちが拉致したと思っていた。二人がどういう扱いをうけていたのかも全く知らないようだった」
「根拠としては弱いな。情報規制がひかれていた可能性がある」
ラッドは問答無用の指摘をする。
「俺たちが指名手配されていないのも理由の一つだ」
「ふむ……」
確かに、言われてみたら不自然な気はする。
「それから、最後に現れた巡航艦だな」
「は?」
声を上げたのはラッドだけだが、ほかの者も言葉の意味を理解しかねているようだ。
「あの巡航艦の所属は、ドルドリア帝国軍第二十三遠征艦隊です。第二十三遠征艦隊は、ベラルージュ王国侵攻のさい、前衛艦隊の一角として出撃しております」
「マ、マスターたちが逮捕されたあと、こ、拘置所に現れたのも第二十三遠征艦隊の副官、フォルカー・クリンク少佐だよ」
コトハの説明を補足するようにスズネがいった。
「拘置所で面会を求めてきたのもその男だ」
「そういえば、まるで自分たちの存在を印象付けるようなタイミングだったよな」
ラッドは率直な印象を口にした。
「おそらく、ラッド様の言うとおりなのでしょう。我々への挨拶と思われます」
「挨拶ぅ?」
コトハの見解にラッドは声をあげる。
「つまり、ファレルは我々が預かった。取り返しにこれるもんなら来てみろってところだろ?」
「何のためにそんなことしたのかは知らねぇが、上等じゃねぇか! もちろん、やるんだろ!? 喧嘩売られっぱなしなんてダセェぜ?」
拳を鳴らしながらサクヤがいきり立った。
「まあな。ただ、今の状態では無理だ。仮にも正規軍相手なんだからな。正面から突っかかったところで勝ち目はねぇ」
「何か考えあるの?」
アヤネが頬杖をつきながら問う。
「正直言うと何も無い」
「なんだと!?」
ユーリの言葉を聞いて、リカルドは勢いよく立ち上がった。
「まあ、落ち着け。相手の正体が分かったのなら、手の打ちようはある」
「じゃあ、私はドルドリア帝国軍のネットワークを監視してれば良いかんじ?」
自分に指差しアヤネ。
「ああ、頼む」
ユーリは首肯をかえした。
「それよりも教えてほしい」
リカルドは、おもむろに口をひらく。
「ファレルの勾玉を見て、なぜメモリーキューブだと分かったんだ? あの形状は俺も初めてみるものだった」
リカルドの視線はコトハに向けられていた。
「それは……」
コトハは軽く胸元をひらく。
「おぉ!?」
思わず胸元を凝視するように身を乗り出したのはラッドだった。
コトハは気にせず襟元からネックレスを引きだす。
「!?」
ユーリ以外全員の視線がネックレスに集まった。
チェーンには勾玉がぶらさがっている。
「それは……!?」
「はい。メモリーキューブでございます」
コトハは、驚きの声を上げるリカルドに淡々とつげた。
「私どもスメラギ家の人間も、ベラルージュ王家の人間と同じくメモリーキューブの守り手にございます」
「そうだったの……!?」
アヤネは驚きの声を上げ、ほかの姉妹たちも互いに顔を見合わせている。
コトハは首肯し、勾玉を胸元へもどして着物の襟を合わせなおした。
「リカルド様が知らなかったように、本来、これはメモリーキューブを継承した人間にしか知らされないこと。
私は二年前、十五歳の誕生日の日、キューブの継承者に決められたとき、前継承者の母から教えられました。
メモリーキューブとは失われし古代文明の片鱗、アーティファクトテクノロジーへの道しるべでございます。
とくに形状を変化させることが出来るメモリーキューブは世の中にわずかしか存在しておらず、隠されたテクノロジーは、この世界のバランスを変えうるほど強力なものであるといわれております」
この宇宙には、遥か昔に栄えていたとされる古代文明があったとされている。
古代人たちがどのように消えたのか。どこへ消えたのかは分かっていない。
ただ、彼らは現在の人類を凌駕するほどの科学技術力を有していたことが分かっている。
彼らが残した遺跡は、宇宙の各所で発見されている。
それはアーティファクトテクノロジー、略してアーティファクトと呼ばれていた。
今はどんな船にでも搭載されている重力制御装置も、アーティファクトの一つだ。
メモリーキューブとは、そんなアーティファクトを記した宝の地図のようなものなのだ。
とりわけ形状を変化させることが出来るメモリーキューブは珍しく、隠されたアーティファクトは計り知れないものだった。
「ベラルージュにそんな秘密が……」
リカルドは、自らの血筋に秘められたものに衝撃をうける。。
「何の躊躇もなくリカルド様を囮につかったということは、敵はこの秘密を知っていて、形状を変えたキューブを所持していたことで、ファレル様がキューブの継承者であることを悟ったということになります」
「おい、それじゃノンビリしていられないんじゃないか?」
食後のコーヒーをすすりながらラッド。それをユーリが否定した。
「いや、少なくともアーティファクトテクノロジーが見つかるまでは、ファレルの身の安全は保障されたとみなすべきだな」
「なんでそう言えるんだよ」
「継承者がアーティファクトの鍵だからでございます」
「鍵?」
コトハは首肯し、再び説明をつづける。
「キューブと継承者はセットなのでございます。
ベラルージュ王家には、箱の状態でメモリーキューブが保管されておりました。この時点で鍵が二人のうちどちらなのかは分かりません。
ですから、敵はリカルド様とファレル様を捕らえたのです。
ですが、勾玉になったメモリーキューブをファレル様が持っていたことで、継承者がファレル様であることが知られました。
そうなると、リカルド様は用済みとなります。だから、躊躇なく囮に使ったのでしょう」
「ちょっと待てよ。勾玉を持ってたからといって、なんで継承者だって分かるんだ? 預けてただけかも知れねぇだろ?」
ラッドの言葉にコトハは頭をふり、再び胸元から勾玉を取り出すと、それをアヤネにわたした。
「え? 何これ!?」
両手を受け皿にして勾玉を受けとったアヤネは、思わず声をあげた。
勾玉は、アヤネの手のひらの中で箱型へと変貌していく。
「これが答えでございます」
コトハがアヤネの手からメモリーキューブを拾いあげ、箱の一面を優しくなると、メモリーキューブは再び勾玉状へとゆっくり変化していった。
「この姿を維持させられるのは、キューブの継承者だけでございます」
その様子は、ラッドだけではなく、スメラギ家の姉妹たちも目を丸くしてみていた。
「ねぇ、そんなことより物資事情はどうするのよ」
話の腰をおったのは、厨房で洗い物をしていたカエルスだった。
「食料は三日分無いのよ? さすがにドルドリア領には戻れないだろうし、一番近いサーラン恒星系だって五日はかかるんでしょ?」
カエルスの言葉は、食堂に重い空気をのしかからせる。
とりわけ苦々しい表情を浮かべているのはユーリだった。
「そのことなのでございますが――」
「やっぱり……それしかないのか……?」
コトハの言葉をユーリの搾りだすような声がさえぎる。
「マスターもそのつもりでこの宙域へ来たのではないのですか?」
あさってのほうを眺めて、ユーリはコトハの言葉を聞きながす。
「何か手はあるのか?」
コトハは、ラッドの質問に首肯をかえした。
「ここから二日の距離にあるアステロイドベルトにポータルゲートがございます」
「ポータルゲートだって?」
声を上げたのはウェルナーだった。
彼の頭には、既存の航路図が全て暗記されている。だが、この宙域にポータルゲートがあるというデータは無かった。
「どこに通じているゲートなんだよ」
そのポータルゲートが本当に存在するのであれば、バルナス恒星系はポータルゲートを管理している国の属領ということになる。
「……フレースヴェルグだよ」
ユーリは、まるで重いため息でもつくかのように、その名を吐きだした。
「傭兵たちのその後の足取りは? そうか、分かった。引き続き調査しろ」
通信端末のスイッチを切り、フォルカーはファレルと向きあった。
「タルタロスの消息は掴めないようです」
ファレルは無表情のまま、フォルカーの目を見つめ返している。
「あの船は、そうそう沈むような船じゃありませんよ」
「……どうして?」
「単艦で防衛艦隊に包囲された状況から切り抜けたのです。しかも、あの状況下で手心まで加える余裕が彼らにはあった」
「……手心?」
ファレルの口調は、相変わらず抑揚がない。
「彼らは、あの状況のさなか、こちら側に人的被害が出ないよう、艦艇の無人区画のみを狙って攻撃し、正確に艦の戦闘力を奪ったのです。
あの艦のクルーの能力は、尋常じゃない。
そんな艦が簡単に沈むわけがない。消息不明なのではなく、上手く姿をくらませたんですよ」
フォルカーは、愉快そうに笑って答えた。
「……あなたは、何を考えてるの?」
「そうですね……。少なくとも、リュディガーの野望に興味はない――とだけ申し上げておきましょう」
「……どういう意味?」
フォルカーの言葉の意味を汲みとれず、ファレルは思わず聞きかえす。
「私たちには、協力しあえる部分があるということです」
フォルカーはそれだけいうと、一礼をして退室していった。
タルタロスは、アステロイドベルトの中を航行していた。
アステロイドベルトといっても、小惑星の間隔は広く、遠方から見るそれとは印象がちがう。
「本当にポータルゲートなんてあるのか? 星図には何も映ってないぞ?」
操舵桿を握り締めながら、ウェルナーは半信半疑な声をあげた。
ウェルナーの目の前にあるモニターには、周辺宙域の星図が表示されているのだが、それらしいものは何処にも見当たらない。
「秘密のゲートなんだから当たり前だろ」
ユーリの投げやりな言葉がかえってくる。
ミカゲは、そんなユーリの様子をブリッジの隅からほほえましく眺めていた。
「も、目前にポータルゲート。ゲ、ゲートとの同期完了したよ」
「目前? どこに――おわっ!」
スズネのたどたどしいアナウンスを聞いて、ウェルナーは前方の窓をのぞき見る。
すると、何も無かった空間に巨大な円形鏡のようなものが虹色に輝きながら浮かび上がってきた。
上下左右に五キロはあろうかという巨大なそれの鏡面は、まるで水面のようにたゆたっている。
ウェルナーは、ポータルゲートを実際に見るのははじめただった。
「コースそのまま。ポータルゲートへそのまま突っ込め」
「お、おう」
唖然としていたウェルナーは、ユーリの言葉で我にかえり、操舵桿を握りなおしてメインスラスターのスロットルをゆっくりと押しこむ。
ゆっくりと速度を上げたタルタロスは、ゲートの鏡面へと消えていった。そして、タルタロスを飲みこんだポータルゲートは、虹色に輝きながらその姿を消していった。
ゲートを潜りぬけたタルタロスの目の前には、それまでと変わらない空間が広がっているようにみえる。
「フレースヴェルグから通信。私たちの帰還を歓迎するって」
アヤネは通信機の操作をしながらいった。
「針路回頭百三十度。要塞パンドラへ向かえ」
頬杖をつき、ため息と一緒に言葉を吐きだすユーリ。
ウェルナーは、ユーリの指示通りに操舵桿をまわした。
ブリッジからの景色が旋回し、目の前には巨大な惑星型の人工物があらわれた。
「あれは……」
状況があまりよく理解できていないウェルナーは、声をしぼりだす。
「マスターの故郷、フレースヴェルグの主星。宇宙要塞パンドラでございます」
ウェルナーの様子を尻目に、コトハは無表情のまま淡々と告げた。




