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プロローグ(改稿)

縦書きを想定し、数字は全て漢数字にしてあります。

 人類の歴史とは、すなわち戦いの歴史だ。

 それは、場所や文明、種族が違っても、主義や思想によって分かれ、国家という名の縄張りごとに分かれれば、たとえそれが宇宙という広大な舞台であったとしても必ず発生する。

 だから、これは自然の流れなのだ。

 ただ、たまたま自分がその流れに飲まれてしまっただけにすぎない。

 青年は、燃え盛る王城を前に立ち尽くしていた。

 炎はごうごうと音をたて、青年の顔を赤く照りかえし、火の粉が頬をかすめ散る。

 フラーンミュール王国は、銀河の片隅にある小さな国家だった。

 目だった産業もなく、隣国を脅かすほどの軍隊も存在しない。

 国王の統治のもと、国民たちは穏やかな暮らしを続けていた。

 隣国のドルドリア帝国が攻めてくるまでは。

 当時のドルドリア帝国は、その版図を広げるため急激な軍備増強を図っていた。

 この国は、たまたまドルドリア帝国が版図を広げる最初の礎にされてしまったにすぎない。

 フラーンミュール王国は、さしたる抵抗も出来ないまま陥落した。

 いかに理不尽であっても、それが人類の歴史なのだ。

 青年の手には、砂紋のような模様が刻まれた小さな箱があった。

 それを持つ手に力がこもる。

「兄上、必ずや祖国復興を成し遂げてみせます」

 青年の目に絶望の色は見えない。

 あるのは闘志。そして、その奥に秘めた復讐心だった。


 こんなに必死に走ったのはいつ以来だっただろうか。

 リカルド・サドラーは、ぼんやりとそんなことを考えた。

 だが、記憶の引き出しをひとつひとつ開けて確かめるほど、今の彼に余裕はなかった。

 少なくとも、それは月明かりしかないような闇夜の中ではないことだけは確かだろう。

 さいわい、ネグリアード人の彼は夜目がきく。

 そして、褐色の肌は闇に紛れやすく、リカルドの長身ですら覆い隠してくれる。

 逃げるには最適の条件だった。

 あたりを包む静寂のなか、二つの足音と荒い息遣いだけがひびいていた。

 満点の星空はせわしなく動きまわり、ときおり強く輝いたかと思えば、それは一瞬にして掻き消える。

 それは星空ではなかった。惑星ベラルージュの軌道上で繰り広げられている艦隊戦の光だった。

 地上から見上げる惑星軌道上での戦いは、音も匂いもしない。あるのは星と見まごう微かな光だけだ。

 艦隊戦とはいっても、惑星ベラルージュを主星とするベラルージュ王国に大規模な宇宙艦隊はなく、少数の国防艦隊を有するのみだった。

 対するは、軍事大国のドルドリア帝国の正規艦隊だ。

 ドルドリア帝国は、十五年ほど前から領土を拡大させてきた軍事大国である。

 そんな国が相手なのだ。勝敗など火を見るより明らかだった。

 ベラルージュ王国の防衛艦隊が壊滅するのは、もはや時間の問題だろう。

 リカルドは焦っていた。

 とにかく逃げなければならない。

 逃げ場所があるわけではない。

 宇宙そらへ逃げることは叶わない。

 ならば、せめて敵に見つからないところへ身を潜める必要がある。

 少なくとも、妹のファレルだけでも。

 一瞬、背後からファレルの足音が消えた。

 リカルドは足を止め、振り返って彼女の姿をたしかめた。

 リカルドのやや後方、ファレルの透き通るような長い銀髪がリカルドの胸の高さくらいで上下に揺れている。

 褐色の肌は闇に溶け、表情をうかがい知ることはできないが、聞こえてくる荒い息遣いからファレルが苦悶の表情を浮かべているだろうことは容易に想像できた。

「ファレル……」

 リカルドは、ファレルに近寄り手をさしのべる。

「……平……気」

 息も絶え絶えに抑揚のない声でファレルはいった。

「もう少しだ。がんばれ」

 しかし、ファレルは小さく首をふる。

「……兄さん、これをもって逃げて」

 そういって、肩にかけていたショルダーポーチをリカルドにさしだした。

「何をいっている! お前を見捨てて行けるわけがないだろう!」

 リカルドは、ショルダーポーチの受け取りを拒否して、かわりにファレルが差し出した手を取って己の肩にかけ、反対の手でファレルの腰を支えて無理やり移動をうながした。

 リカルドは、ここまでファレルのことまで考えず、休みなく走り続けてしまった己のことを、彼女を支え歩きながら心のなかで深く叱責した。

 だが、ここまでくればもう大丈夫なはずだ。

 街の明かりは丘の麓はるか遠く、いかにドルドリア帝国が強大であっても、広い惑星上から特定の人間を探し出すのは不可能に近いだろう。

 ならば、すこし落ち着いてもいいのではないかと、そう思い始めたときだった。

 目の前にまばゆい光のドームが出現したかと思うと、その中か十数人の武装した兵士たちがあらわれた。

「っな!?」

 手でひさしを作り、光から目を背けるリカルド。

 彼らは、リカルドたちをすばやく取り囲むと、ビームアサルトライフルに装着されたフラッシュライトで照らし、銃口を突きつけながら近寄ってきた。

 夜の闇の中、リカルドの周囲だけが明るき切り取られる。

 リカルドと彼らの間を生ぬるい風が吹きぬけた。

 ファレルの背後にいた兵士は、彼女が持つショルダーポーチを強引に奪うと、ポーチを開けて中身を確認する。

「箱を確保」

 ポーチの中から砂紋のような模様が刻まれたキューブをつかみ出した兵士は、上官とおぼしき男に報告した。

「こちらウィアー大尉。箱は確保した。だが、鍵が二本ある。どちらかはフェイクと思われる。指示を要請する」

 報告を受けた男は、銃口を突きつけたままインカム型の通信機に語りかける。

 リカルドは、目の前に起こった出来事が信じられないでいた。

 空を見上げると、まだ戦闘による閃光が絶え間なく輝いている。

 ベラルージュ国防艦隊はまだ抵抗を続けていて、ドルドリア艦隊の惑星内への侵入を許していないのだ。

「どこから……あらわれた!?」

 まったく状況が飲み込めない。

「――了解した」

 敵兵の隊長は、インカム越しに受けた指示に返答し、リカルドに歩み寄ってきた。

「ふたりとも、我々についてきてもらおう。大人しくしていれば、手荒な真似をするつもりはない」

 男の目には、有無を言わさぬ威圧的な光が宿っていた。

 リカルドは、何も言わずに男の目をねめかえす。

 だが、下手な抵抗でファレルに危害が加えることを避けるため、男のことばに従うことにした。

「わかった。お前たちに従おう。だから、ファレルには手を出すな」

「約束しよう」

 そういうと、男は部下に命じ、リカルドとファレルの両腕に後ろ手で手錠をかけた。

「鍵を確保した。回収を請う」

 男がインカムに呼びかけると、しばらくしてあたりは光のドームにつつまれる。

 光の中、リカルドは兵士たちのコンバットスーツの腕部分にペイントされた、国籍識別マークに目がとまった。

 それは、リカルドが知っているドルドリア帝国軍のそれとは異なるものだった。

 光のドームが集束され、消えたあとには再び闇の静寂があたりを支配した。

 それまでリカルドたちが居た場所を風がぬけ、道端の草たちが擦りあうさわさわという音だけが闇の中で響いている。

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