書き終わったら決めます!
「だーかーらー、この三人をあんたにプレゼントするって言ってるの」
「……」
「……」
「……は?」
数秒経っても言葉の意味が飲み込めず、さつきはポカンとした表情で固まる。
突然なにを言い出すのだろうかこの姉は。
「問題。オイラは誰でしょう?」
しぐれは自分を指さして問いかける。
「その問題になんの意味が?」
「いいから答える!」
問答無用だった。
「えーと、俺の姉で、異能統制局最高司令官?」
「はい正解。わたくしは異能統制局の最高司令官、桐谷しぐれ。じゃあ、君は?」
「俺?」
「そう」
「ええと? 桐谷さつき。異能統制局最高司令官、桐谷しぐれの弟……でいいのか?」
そう返すと、しぐれは違う違うと首を振る。
「不正解。桐谷さつき。十七歳。異能統制局最高司令官、桐谷しぐれの弟。そして、生まれつき右半身が麻痺していて、車椅子での生活を余儀なくされている。さらに先日誘拐されかけた人物でもある」
さつきは若干顔つきを強ばらせる。
今更、半身麻痺であることに反応したりはしない。問題はその後の方だ。
先日、何者かがさつきを誘拐しようとしたのだ。たまたま近くに居た統制局の職員が助けてくれたが、一歩間違えたら大事件に発展していた。その犯人たちはその後すぐに統制局に連れて行かれ、事情聴取が行われた。
「知ってると思うけど、あの犯人たちはあんたを狙ってはいたけど本当の目的はあたしだった。だから――」
「――再度誘拐事件が起こっても問題ないよう、護衛をつけようってわけ?」
捕まった犯人たちはさつき本人に用があったわけではなかった。狙われた理由は桐谷しぐれの弟だからというだけ。詳しくは知らないが、さつきを盾にしぐれに何かを要求する予定だったとか。
今後、またこういう事件が起こってもおかしくはないが……。
「護衛、ねぇ?」
言いつつ、直立不動で立っている三人に視線を向ける。
三人ともさつきとそれほど年は変わらないように見える。
こちらから見て一番左にいる少女は淡い水色の髪の毛が特徴的だ。その表情は人形かなにかのように全く動かない。ぼんやりとしぐれとさつきの会話を見守っている。
真ん中にいる少女は鋭い視線をさつきに送っている。その瞳の色は赤。腰まである黒髪をポニーテールにまとめている。
最後に、右端の少女は紺色の長袖ジャージ姿。胸には『異能統制局』と刺繍がしてある。ミドルショートに切りそろえた髪の毛はの色は白。
「しぐ姉。もうちょっと詳しく説明してくれない? 誘拐されかけたのは事実だけど護衛をつけるほどのものでもないでしょ? 犯人たちはもう捕まってるんだしさ」
「あんたがそれ言う?」
「……どういう意味?」
そこで、しぐれはふざけた態度を一変させる。
真剣そのものの表情と声音で断言する。
「あんた、能力者に襲われるわよ」
「………………はあ?」
たっぷり十秒あけて、さつきが驚きの声をあげる。
「いやいや。なんの根拠があって?」
「この間の誘拐事件。あれ、結構厄介な問題みたいなのよ。あいつら自身は自分たちが監視されてることを知らなかったみたいだけど、あんたを助けた統制局の局員が不審な人影を見たって証言してるの」
「不審な人影?」
「そう。『近くの民家の屋根に誰か居た』って。それで、よく調べたら確かに証拠があった。屋根に人の足跡がついてたのよ」
屋根に足跡。
常人では不可能なことだ。能力者で間違いないだろう。
「その件についてなにか知らないか、あんたを誘拐しようとした犯人たちに聞いたの」
「で、なんか分かったってこと?」
「そう。あの犯人たち、能力者に脅されて事件を起こしたみたい。まあ、犯人たちは犯人たちで、上手くいけば金が手に入るぜやっほーいみたいな感じだったらしいけど」
そこでしぐれは言葉を切る。
さつきは考え、問いかける。
「それでどうして俺が狙われるってことになる?」
「簡単な話よ。犯人たち、あんたの身柄をその能力者に渡す予定だったらしいの」
なるほどと思う。
あの誘拐犯たちが捕まったからと言って安心できるわけではないということか。黒幕に最低でも一人以上は能力者がいるなら、護衛を着けるのも頷ける。
が、まだ疑問は残る。
「まあ、なんとなく事情は分かった。でも、なんで俺が狙われるんだ?」
最大の謎はそこだ。
その黒幕が、もし失敗した時のことも考えて身を潜めていたしろなんにしろ、理由が分からない。さつきが狙われる理由があるとすれば、異能統制局最高司令官であるしぐれの弟だから、というくらいしか思いつかない。
さつきの質問に、しぐれは
「さあ?」
さらっとそう返した。
「……さあ?」
「うん。さあ」
「いやいや、落ち着こうか。なにか手がかりくらいあるんじゃないの?」
「それがさっぱり。あの犯人たちみたいに、あたしになにか要求する予定だったとも考えられるし、あんた自身に価値を見出してる可能性もあるしでよく分からないのよ」
大袈裟に肩をすくめてみせるしぐれ。
さつきはため息をつくと同時に、しぐれの言葉に引っかかりを覚える。
「ん? 俺自身に?」
「こ、れ」
「……ああ」
納得。
さっきしぐれに「あんだがそれ言う?」と言われたことを思い出す。
さつきは皆と一緒に運動できない分、その時間を勉強に当てていた。特に、機械類に興味を持っていたため機械工学を集中的に学んでいた。十五歳になる頃には統制局の技術班と一緒に機材の開発にあたったりもしていた。
そして、その成果が、しぐれが耳につけているイヤリングというわけだ。花の形を模した普通のイヤリングに見えるが、実は極小の通信端末だ。まだ統制局の中でも一部の人間にしか伝えられていないが、これを開発したグループの中心に居たのはさつきなのだ。
「あんたは統制局のことをよく知っているし、その上頭も良い。だから――」
「例え目的がしぐ姉の方だったとしても、俺が捕まるのは統制局としても避けたい」
「そういうこと」
さつきは改めてしぐれの後ろに立つ三人を見て、それから「分かった」と了承した。