満たされない夕食
自分の進む道を決心したとき、震えたのは、武者震い…ではない気がする。負うことになる責任の重さと、後戻りできない恐怖に思わず身がすくんだという方が正しい。結婚しよう。まだそんなことは言えないけれど、心の中では何かが確実に積もっていた。
おいしそうに行儀よく料理をついばむ姿を見れるのは正面に座れる僕だけの特権。年齢よりもかなり幼く見えるのは見た目だけじゃなくて、纏っている空気。同年代の女性に比べて片手分引いてもまだ足りない。実際は僕と片手分以上離れている。
明日会う約束もできない、情けない自分に負けそうになる。それだけじゃない。お金や車の運転や就職。ぼんやりとした灯りに照らされ、暗い影がうっすらと揺れている。
パシャッ
携帯で僕は撮られていた。写っているのは陰気な顔した僕だった。僕は、不意打ちに怪訝な表情を浮かべた。
足りないの。笑顔の隅に寂しさをたたえながら、携帯画面を見つつ呟く。黒酢餡がかかった蓮根の素揚げをつつく。箸は行き場を失ったように皿の上でステップを踏む。
急に切なくなって愛しさが溢れてくる。満たしてあげられない情けなさより、満たしてあげたいという欲求が湧いてくる。
散々ふらついた箸先は蓮根を捉え、軽やかに口へ運んでいった。小さな口を少しだけ開く。モグモグと動くほっぺたはまるで小学生。
少し甘くて酸っぱい香りが、僕の口の中にも広がっていた。