4.師匠との出会い(2)
二人は森の中を歩いていた。
クロウは無言で歩き続けていた。 レオンは、その後ろを黙ってついていった。
しばらくして、クロウが口を開いた。
「お前は、私をどう思っている?」
突然の質問に、レオンは戸惑った。
「え...?」
「正直に答えろ」
レオンは考えた。 クロウをどう思っているのか?
恩人? 師匠? いや、それだけではない。 恐怖も感じている。そして、違和感も。
「分かりません」レオンは正直に答えた。
「分からない?」
「はい」レオンは続けた。
「あなたは...騎士だと言いました」
「ああ」
「でも、魔王とは戦わないんですか?」
クロウは立ち止まった。
「なぜ、そう思う?」
「だって...、敵同士でしょう?」
「そうだな」クロウは認めた。
「確かに、敵同士だ」
「なら、なぜ...」
「戦っても、意味がないからだ」
クロウは答えた。
「意味がない...?」
「そうだ。私と魔王は、ほぼ同等の力を持っている。もし戦えば、どちらかが死ぬ。しかし、それでは何も解決しない」 「解決しない...?」 「ああ。魔王を倒しても、別の魔王が現れる。私を倒しても、別の騎士が現れる。永遠に繰り返すだけだ」
レオンは理解できなかった。
「では、どうすればいいんですか?」
「システムを変えることだ」 「システム...?」
「そうだ。この世界は、力による支配で成り立っている。強者が弱者を支配する。それが、システムだ。このシステムを変えない限り、魔王を倒しても無意味だ」
レオンは混乱した。 システムを変える? そんなことが、できるのか?
「お前には、まだ理解できないだろう。だから、今は考えるな。ただ、強くなれ。そうすれば、いつか分かる」
クロウは再び歩き出した。レオンは、その後ろを追った。
しかし、頭の中は混乱していた。 クロウの言っていることは、あまりにも複雑で、あまりにも冷酷だった。 しかし、不思議と説得力があった。
レオンの価値観は、確実に揺らいでいた。 昨日まで信じていたこと。 正義は勝つ。努力は報われる。善人は救われる。 それらは、全て幻想なのか?
レオンは、自分が何を信じればいいのか、分からなくなっていた。
森の奥の小屋
森の奥に、小さな小屋があった。
「ここが、お前の住処だ」クロウは言った。
レオンは小屋を見た。 古く、小さく、窓も少ない。とても人が住めるような場所には見えなかった。
「中に入れ」
レオンは小屋の中に入った。中は、予想通り質素だった。 小さなベッドが一つ。テーブルが一つ。椅子が一つ。それだけだった。
「今日から、お前はここで暮らす」
「はい」
「訓練は、明日から始める。今日は休め」
クロウは出ていこうとした。
「待ってください」レオンは呼び止めた。
「何だ?」
レオンは、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「あなたは...昨夜、村で魔王と遭遇したんですよね?」
クロウは振り返った。
「ああ、遭遇した」
「なぜ...戦わなかったんですか?」
クロウは少しの間、沈黙した。
「戦っても、意味がないからだ」
「意味がない...?」
レオンは理解できなかった。
「でも、あなたは騎士でしょう? 魔王を倒すのが使命なのでは...」
「使命? 誰が決めた使命だ?」
「それは...王国が...」
「王国の命令だから従う? それが正しいと思っているのか?」
レオンは言葉に詰まった。クロウは続けた。
「いいか、レオン。魔王と戦って勝てたとしよう。そうすれば、お前の村は救われたか?」
「それは...」
「救われない。既に滅んでいた。では、復讐になるか?」
「...はい」
「復讐して、何になる? 家族は戻るのか?」
「戻りません...でも...」
「でも、気が済むか?」クロウは嘲笑した。
「それは、ただの感情の発散だ」
レオンは反論できなかった。クロウは窓の外を見つめながら言った。
「私が魔王と戦わない理由は、もっと別にある。魔王を倒しても、世界は変わらない。別の魔王が現れるだけだ。この世界のシステムが変わらない限り、永遠に魔王は生まれ続ける」
レオンは混乱した。
「システム...また、その言葉...」
「お前には、まだ理解できないだろう。だから、今は考えるな」
「でも...」 「いいか。お前が知るべきことは、一つだけだ。この世界に、絶対的な正義など存在しない」
その言葉が、レオンの心に重くのしかかった。
「正義が...存在しない...?」
「そうだ。王国は正義だと言う。魔王は悪だと言う。しかし、それは王国の視点だ。魔王の視点では、王国こそが悪かもしれない」
「そんな...」
「お前の村が襲われたのは不幸だった。しかし、魔王にとっては、それが正しかったのかもしれない」
「正しい...わけが...」
「なぜ、正しくないと言える? お前の基準は何だ?」
レオンは答えられなかった。クロウは深く息を吐いた。
「お前に言いたいのは、これだ。善悪は、立場によって変わる。正義も、悪も、絶対的なものではない。だから、私は王国の命令だけに従うことはしない。私は、私自身の判断で動く」
レオンは、クロウの言葉の意味を理解しようとした。しかし、あまりにも複雑だった。
「あなたは...なぜ、私を弟子にしたんですか?」レオンは尋ねた。
クロウは少し考えてから答えた。
「お前の目が気に入ったからだ」
「俺の...目?」
「そうだ。お前は、まだ諦めていない。絶望の中でも、まだ前を向こうとしている。そういう人間は、稀だ」
クロウは小屋のドアに手をかけた。
「期待しているぞ、レオン。お前が、どこまで成長できるか。そして、お前が最終的に何を選ぶか」 「何を...選ぶ...?」
クロウは答えなかった。ただ、小屋を出ていった。
レオンは一人、小屋に残された。 窓から外を見ると、クロウの姿は既に見えなかった。
レオンは、ベッドに座った。 体は疲れていた。しかし、心はまだ混乱していた。 クロウの言葉が、頭の中をぐるぐると回っていた。
『力が全てだ』 『正義など存在しない』 『世界は不公平だ』 『善悪は、立場によって変わる』
それらは、本当なのか? レオンは、昨日までの自分を思い返した。
平和な村で、家族と暮らしていた。王国を信じていた。正義を信じていた。
「騎士たちが守ってくれる」と。 しかし、村は滅んだ。
騎士たちは、何も守れなかった。いや、そもそも来なかった。
クロウだけが来た。しかし、戦わなかった。なぜ?
レオンには、まだ分からなかった。
しかし、一つだけ確かなことがあった。 昨日まで信じていたことが、信じられなくなっている。
「正義は勝つ」という信念。
「努力は報われる」という希望。
「善人は救われる」という願い。
それらは、全て幻想だったのか?
レオンは、床に転がっていた聖剣の破片を思い出した。
あの美しい剣は、無残に燃やされた。 クロウは言った。
『これは、ただの鉄の塊だ。人々が勝手に価値を与えただけだ』
では、レオンが信じていた価値観も、同じなのか? 誰かが勝手に与えた価値に過ぎないのか?
レオンは、頭が痛くなった。考えても、答えが出ない。
「くそ...」 思わず呟いた。
昨日までは、全てが単純だった。 善と悪、正義と不正、強さと弱さ。全てが明確に分かれていた。
しかし、今は違う。全てが曖昧で、混沌としている。
その時、窓の外から鳥の鳴き声が聞こえた。 一羽の鳥が、木の枝に止まっていた。小さな鳥だったが、元気に鳴いていた。
この鳥は、正義とか悪とか、考えているだろうか? いや、考えていない。ただ、生きているだけだ。
「俺も...それでいいのか?」
難しいことは考えず、ただ強くなる。それだけを目指せばいいのか?
しかし、それでは、家族の死は何だったのか? ただの不運? ただの偶然? それを受け入れていいのか?
レオンは、また混乱した。 しかし、疲労が限界に達していた。
レオンは、ベッドに横になった。 眠る直前に、レオンは思った。
(明日から、訓練が始まる。俺は、どうなるんだろう。クロウは、俺に何を教えるんだろう) (そして...俺は、最終的に何を選ぶんだろう...)
クロウの最後の言葉が、レオンの心に引っかかっていた。 選ぶ? 何を?
答えを考える前に、レオンは深い、しかし悪夢に満ちた眠りに落ちた。




