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3.師匠との出会い

 夜が明けた。 しかし、空は相変わらず灰色だった。太陽は雲に隠れ、村には冷たい風だけが吹いていた。


 レオンは一睡もしていなかった。 村の外れ、クロウが指定した場所へ向かって歩いていた。


 足取りは重かった。体が疲れているのではない。心が重かった。 昨夜、レオンは村中を歩き回った。


 家族の遺体を探した。しかし、見つからなかった。


  燃え落ちた家の中に、何かがあったのかもしれない。しかし、確認する勇気がなかった。


 友人たちの遺体は見つかった。マイク、サラ、トム、エミリー。 みんな、昨日まで笑っていた。今は、冷たくなっていた。


 レオンは一人一人に、簡単な墓を作った。石を積み上げただけの、粗末な墓。 それしかできなかった。


「ごめん...」


 レオンは何度も謝った。 守れなかった。何もできなかった。ただ、生き残っただけ。


 魔王の言葉が蘇る。

  『お前が生き残ったのは、俺が見逃したから』

  『お前の意志も、努力も、祈りも、何の意味もなかった』


 それが真実だった。レオンは、ただ運が良かっただけ。 いや、運が良かったのか?


 家族を失い、友人を失い、村を失った。 それを「運が良い」と言えるのか? レオンは分からなくなっていた。


――――――――――――――――――――――――――

村の外れに着いた。 そこは、小さな広場になっていた。かつては子供たちが遊んでいた場所。 今は、誰もいない。


 いや、一人だけいた。クロウだ。 彼は広場の中央に立っていた。黒い外套をまとい、腰には剣を帯びている。 レオンが近づくと、クロウは振り返った。


「来たか」


 クロウの声は、昨夜と変わらず冷たかった。


「はい」レオンは答えた。 「覚悟はできたか?」


 レオンは頷いた。 クロウはレオンをじっと見つめた。その目は、何かを探るようだった。


「お前は、一睡もしていないな」 「...はい」 「なぜだ?」 「眠れませんでした」レオンは正直に答えた。 「家族のことを考えていたのか?」 「はい」 「無駄だ」


 クロウは断言した。


「死んだ者のことを考えても、何も変わらない」


 その言葉に、レオンは怒りを覚えた。


「でも...」 「感傷は捨てろ」クロウは遮った。「今から、お前は過去を捨てる」 「過去を...捨てる...?」 「そうだ」クロウは頷いた。「家族も、友人も、村も、全て捨てる」 「そんなこと...」 「できないと言うなら、今すぐ帰れ。私の弟子にはなれない」


 レオンは黙り込んだ。 捨てる? 家族の記憶を? それは、できるのか? いや、していいのか?


「お前は勘違いしている。私が言っているのは、記憶を消せということではない」 「では...」 「執着を捨てろ、ということだ」


 クロウは一歩前に出た。


「お前は今、過去に縛られている。家族の死、友人の死、村の滅亡。それらが、お前の心を支配している」


 レオンは何も言えなかった。その通りだった。


「そんな状態で、強くなれると思うか?」 「...」 「なれない。過去に縛られた者は、前に進めない。お前が本当に強くなりたいなら、過去を断ち切れ。記憶は残していい。しかし、執着は捨てろ」


 クロウの言葉は、あまりにも冷酷だった。 しかし、不思議と説得力があった。


「分かりました」レオンは答えた。「やってみます」 「やってみる?」クロウは冷笑した。「やってみる、ではない。やるんだ」 「...はい」 「返事が弱い」 「はい!」


 レオンは大声で答えた。 クロウは満足そうに頷いた。


 最初の課題:聖剣

「では、最初の課題だ」


 クロウは腰の剣を抜いた。 それは、美しい剣だった。刀身は銀色に輝き、柄には宝石が埋め込まれている。


「これは何だと思う?」クロウは尋ねた。 「剣...ですか?」 「その通り。では、この剣は何のためにあると思う?」


 レオンは考えた。


「敵を...倒すため...ですか?」 「半分正解だ。では、残りの半分は?」


 レオンは分からなかった。


「分かりません」 「自分を守るためだ。剣は、攻撃のための道具であり、同時に防御のための道具でもある。しかし」


 クロウは続け、剣を地面に突き立てた。


「それだけではない。剣は、象徴でもある」 「象徴...?」 「力の象徴、正義の象徴、勇気の象徴。人々は、剣を見ると安心する。『この剣が、私たちを守ってくれる』と」


 レオンは頷いた。 確かに、王国の騎士たちは剣を持っていた。そして、村人たちは騎士を信頼していた。


「しかし」クロウの声が低くなった。「それは幻想だ」 「え...?」 「剣は、ただの道具に過ぎない。それ自体に力はない。力があるのは、剣を振るう者だ」


 クロウは剣を抜き、レオンに差し出した。


「持ってみろ」


 レオンは恐る恐る剣を受け取った。重かった。そして、冷たかった。


「どう思う?」クロウは尋ねた。 「重い...です」 「それだけか?」


 レオンは剣を見つめた。 美しい剣だ。きっと、高価なものだろう。しかし、それ以上の感想は浮かばなかった。


「分かりません」レオンは正直に答えた。 「そうか」クロウは頷いた。


 クロウは剣を取り戻し、それを地面に置いた。 そして、懐から火打ち石を取り出した。


「何を...」 「この剣を燃やす」クロウは淡々と言った。 「え...?」


 レオンは耳を疑った。剣を燃やす? 「待ってください! その剣は高価なものでしょう!?」 「そうだ。この剣は、王国から与えられた聖剣だ」 「聖剣...!?」


 聖剣。選ばれた者だけが持つことを許される特別な剣。


「なぜ、そんな貴重なものを...」 「貴重?」クロウは冷笑した。「これが貴重だと?」


 クロウは剣を蹴飛ばした。剣は無造作に地面を転がった。


「これは、ただの鉄の塊だ。特別な力など、最初からない」 「でも、聖剣は...」 「幻想だ。人々が勝手に価値を与えただけだ」


 クロウは火打ち石を使い、剣の周りに火を灯した。 剣の柄が燃え始め、宝石が熱で割れた。刀身も熱で歪み始める。


「やめてください!」


 レオンは叫んだが、クロウは止めなかった。


 力と価値の真実

「お前は、今何を感じている?」クロウは尋ねた。 「信じられません...なぜ、こんなことを...」 「なぜだと思う? これは、お前への最初の教訓だ」


 クロウは燃える剣を見つめた。


「世の中には、価値があると思われているものがある。聖剣、地位、名誉、家族、友情。人々は、それらに価値を与え、それらを守ろうとする。しかし」


 クロウの目が鋭くなった。


「それらは本当に価値があるのか?」 「家族に...価値がない...と?」 「違う。価値はある。しかし、それは絶対的なものではない」 「絶対的...ではない...?」


「お前の家族は、お前にとって価値があった。しかし、魔王にとっては、価値がなかった。だから、簡単に殺された。つまり、価値とは、相対的なものだ。ある人にとって価値があるものが、別の人にとっては無価値。そして、力を持つ者が、価値を決める」


 レオンは理解し始めた。クロウが何を伝えようとしているのか。


「この聖剣は、王国にとって価値がある。しかし、私にとっては価値がない。だから、燃やす。そして、誰も私を止められない。なぜなら、私が力を持っているからだ」


 剣は完全に燃え尽きた。残ったのは、歪んだ刀身だけだった。


「これが、世界の真実だ。力を持つ者が、全てを決める。お前の家族の命も、村の運命も、全て力を持つ者が決めた。魔王が決めた」


 レオンは震えた。それは恐怖ではなく、怒りだった。


「それは...間違ってます。人の命は...価値があるはずです」 「誰が決めた?」 「それは...」


 レオンは言葉に詰まった。


「誰も決めていない。人々が勝手にそう信じているだけだ。しかし、現実は違う。魔王は、お前の家族を簡単に殺した。それが、現実だ」


 クロウはレオンの前にしゃがみ込んだ。


「いいか。この世界には、二種類の人間がいる。力を持つ者と、持たない者。持つ者は、自分の価値観を他人に押し付けられる。持たない者は、他人の価値観を押し付けられる。お前は今、どちらだ?」 「俺は...」 「持たない者だ。だから、お前は魔王の価値観を押し付けられた。『お前の家族は無価値だ』と。そして、それを受け入れるしかなかった」


 レオンは唇を噛んだ。悔しかったが、反論できなかった。


「お前が強くなりたいなら、まず、この真実を受け入れろ。世界は不公平だ。正義など存在しない。力が全てだ。それを理解した上で、力を手に入れろ」


 覚悟の証明

 クロウは立ち上がった。


「さあ、答えろ。お前は、この真実を受け入れるか?」


 受け入れれば、残酷な世界に身を投じることになる。拒否すれば、仇を討つ力は手に入らない。


「俺は...受け入れます」 「本当か?」 「はい」 「なら、証明しろ。この聖剣の残骸を、踏みつけろ」


 レオンは困惑した。


「これは、王国の象徴であり、正義の象徴だ。お前がこれを踏むということは、お前が今まで信じていた価値観を踏みにじるということだ。それができるなら、お前は本当に過去を捨てられる」


 レオンは剣の残骸を見つめた。 歪んだ刀身。燃えた柄。 レオンは深呼吸し、一歩前に踏み出した。


 足が、剣の上に乗った。金属の冷たさを、足の裏に感じた。


「もっと強く踏め」


 レオンは体重をかけた。剣が、さらに歪んだ。


「これが、お前の決意だ。お前は今、過去を踏みつけた。正義を踏みつけた。そして、新しい道を選んだ」


 レオンは、不思議な感覚に襲われた。 罪悪感と同時に、重い鎖が外れたような解放感があった。


「これから、お前は私の弟子だ。私の教えに従え。私の命令に従え。そうすれば、お前は強くなれる」


 レオンは頷いた。


「はい」 「返事が小さい」 「はい!」


 クロウは満足そうに笑った。


「良い。では、訓練を始める。ついて来い」


 クロウは歩き出した。レオンは剣から足を下ろし、その背中を追った。

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