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2.絶望の朝(2)

夜になっても、村は燃え続けていた。


レオンは動けなかった。ただ座り込んで、炎を見つめていた。 額には、魔王が刻んだ紋章が残っていた。それは目には見えないが、確かに存在を感じる。触れると、あの時の絶望が蘇る。


家族の顔が浮かんでは消えた。 父の笑顔。母の優しい声。トマスの頼もしい背中。ジェイクの冗談。 全て、もう戻らない。


「俺のせいだ...」レオンは呟いた。「俺が弱いせいだ...」


魔王の言葉が繰り返し頭の中に響いた。 『弱さが、家族を殺した』


それは真実だった。認めたくないが、真実だった。 もしレオンが強ければ、魔物と戦えれば、家族を守れたかもしれない。


「でも、どうすれば...」


レオンは頭を抱えた。 魔王との力の差は絶望的だった。あの圧倒的な存在感。あの恐ろしい力。 人間に、あれほどの存在に勝てるのか?


「無理だ...」レオンは呟いた。「俺には無理だ...」


絶望が心を支配しようとしていた。その時、背後から声が聞こえた。


「本当に無理だと思うか?」


レオンは振り返った。 そこには、一人の男が立っていた。黒い外套をまとい、腰には剣を帯びている。


男はフードを下ろした。 現れたのは、三十代後半くらいの、鋭い目をした男性だった。顔には古い傷跡があり、黒髪は短く整えられている。


レオンは息を呑んだ。 「お前は...誰だ...!」


レオンは後ずさりした。しかし、体が震えて、まともに動けなかった。 男は静かに言った。


「私はクロウ・ダークネス。王国の騎士だ」


レオンは混乱した。しかし、よく見ると、風格がある。 魔王のような圧倒的な威圧感はない。レオンは理解した。いや、理解したつもりになった。


「魔王軍の襲撃を聞いて駆けつけたが...」 クロウは村を見回した。 「間に合わなかった」


クロウの目には、深い疲労のようなものが宿っていた。


「お前は...魔王を見たか?」 レオンは頷いた。「見た...あいつが...全部...」 「そうか、お前は、これからどうする?」


クロウは尋ねた。


「俺は...」レオンは拳を握りしめた。「強くなりたい...魔王を倒したい...」


クロウは少し驚いたような表情を浮かべた。 「魔王を? お前が?」 「そうだ」レオンは真っ直ぐにクロウを見つめた。「あいつを倒す。必ず」


クロウは黙ってレオンを見つめていた。その目には、何か複雑な感情が宿っていた。


「愚かだな」クロウは呟いた。 「何...?」 「愚かだと言っている。お前のような弱者が、魔王に勝てるわけがない」


レオンは怒りが込み上げてきた。 「じゃあ、どうすればいいんだ!」


「諦めることだ」クロウは冷たく言った。 「ふざけるな!」レオンは叫んだ。「家族を殺されて、黙っていられるか!」


「では、お前は死にたいのか?」クロウは尋ねた。「魔王に挑んで、無意味に死にたいのか?」


レオンは言葉に詰まった。クロウは続けた。


「復讐とは、感情の発散に過ぎない。お前が魔王に挑んで死んでも、家族は戻らない。村は戻らない。ただ、お前が死ぬだけだ」


その言葉は、あまりにも冷酷で、あまりにも正論だった。 レオンは何も言えなかった。クロウは深く息を吐いた。


「しかし。それでもお前が望むなら、私が訓練してやろう」 「え...?」 「お前を強くしてやる。ただし、覚悟が必要だ」


「覚悟...?」


「私の訓練は、地獄だ」クロウは警告した。「途中で後悔しても、逃げることは許さない。死ぬかもしれない。心が壊れるかもしれない。それでも、やるか?」


レオンは震えた。しかし、他に選択肢はなかった。


「やります」


レオンは答えた。 クロウは微かに笑った。それは、満足のような、それとも別の何かのような、不思議な笑みだった。


「良い答えだ」


クロウは手を伸ばし、レオンの額に触れた。 レオンは身構えた。魔王が触れた時と同じ場所だ。 しかし、今回は痛みはなかった。代わりに、温かい感覚が広がった。


「これは『契約の印』だ。お前が私の弟子であることの証」


レオンの額に、新しい紋章が浮かび上がった。それは魔王の刻印の上に重なるように現れ、そしてすぐに消えた。


「明日の朝、村の外れで待っている。それまでに、覚悟を決めておけ」


クロウは外套を翻して歩き出した。


「待ってください!」レオンが叫んだ。「あなたは...魔王を倒せるんですか?」


クロウは振り返らなかった。 「さあな。だが、お前よりは強い」


その言葉を残して、クロウは闇の中に消えていった。


レオンは一人、燃え盛る村に残された。 額に触れると、二つの紋章が重なっているのを感じた。 魔王の『絶望の刻印』と、クロウの『契約の印』。


「俺は...強くなる...」


レオンは空を見上げた。 灰色の空。しかし、遠くに朝の光が見え始めていた。 これが、レオンの物語の始まりだった。


村を見下ろす丘の上で、クロウは立ち止まった。


彼は自分の手を見つめた。同じ手で、村を襲い、人々を殺し、そして少年に希望を与えた。


「完璧だ」


クロウは呟いた。 魔王としての自分と、騎士としての自分。 二つの顔を使い分けることで、レオンの心を完全に支配する。


絶望を植え付け、そして希望を与える。 突き落とし、そして救い上げる。 これが、クロウの「教育」だった。


「弱さを知らなければ、強さは得られない」 「絶望を知らなければ、希望は見えない」 「理不尽を知らなければ、正義は理解できない」


クロウの目には、深い虚無があった。 しかし、その奥底には、何か別の感情も宿っていた。 それが何なのか、今はまだ誰も知らない。


「あの少年は、良い素材だ」


クロウは闇の中に溶けるように消えていった。


村は朝まで燃え続けた。 そして、灰だけが残った。


灰の村、灰の空、灰の希望。 その灰の中から、レオンの物語が始まる。


それは、彼が想像もしなかった、残酷で、しかし必要な物語だった。

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