26:巫女はバカップルにあらず
鈴緒はテーブルに突っ伏していた。
緑郎からの
〈【悲報】不銅に全部バレてた 【朗報】伯母さんに黙っててくれるってさ〉
という緊迫感ゼロなメッセージを受け取ってから、カフェレストランに入った今もずっと虚脱状態なのだ。
向かいの椅子に座った銀之介は「まあ、気持ちは分からんでもない」と鈴緒の頭頂部を眺めながら、メッセージの続きを読んだ。
「あいつが単行本の書き下ろしで、俺と鈴緒ちゃんの事を描いていたのが原因らしい。まさか月山さんが、あいつの愛読者だったとは」
「買わなくていいよ、あんなの! 焚書だ、焚書ぉ!」
テーブルに突っ伏したまま鈴緒が叫ぶ。焚書ついでに緑郎本体も火にくべて、全てをなかったことにしたいところだ。
恐怖政治待ったなしな雄叫びに、銀之介が小さく笑った。
「ただ月山さんも、親戚一同への説得には協力すると言ってくれているようだ。何よりじゃないか」
「うぅぅ……そうだけど……」
ようやく鈴緒が顔を持ち上げた。メニュー片手の銀之介を、情けない表情で見つめている。彼も視線に気づき、鋭い目をぱちくりさせた。
「どうした、鈴緒ちゃん?」
「……あのね、ちょっとわたしも……お知らせがありまして……」
「うん?」
「実は……不銅くんに付き合ってること隠すの……ちょうどいいかも、ってずっと思ってて……」
「え。何故」
途端に銀之介の顔が強張った。浮気や心変わりを疑われては大変、と鈴緒も姿勢を正して彼に懺悔する。
――自分の行動を振り返って、銀之介に甘え過ぎだと反省したこと。
――そして不銅に交際を隠匿するついでに、銀之介への甘えや依存も我慢できるかもしれないと思いついたこと。
――だから彼が来ない日も、ついつい素っ気なくなっていたこと。
改めて彼に打ち明けながら、鈴緒は思った。だいぶ自分勝手だな、と。我ながら酷いヤツである。もしも彼女が銀之介の立場なら、「そんなことで散々心配させたのか!」とデコピンぐらいお見舞いしたくなるかもしれない――そう考えると、彼女の背中も無意識に丸まった。
それでも鈴緒はデコピンを受けやすいよう、額を前に突き出しながら銀之介を仰ぎ見て判決を待つ。
恐々と見た彼の顔は相変わらず無表情なのだが、その目は思った以上に「凪」一色であった。
「せめて一言、事前に教えて欲しかった。さすがに傷付く」
悟りでも開いていそうな無表情でそう言われると、鈴緒の背中はますます縮こまった。
「だよね……ごめんなさい」
もしも銀之介に素直に打ち明ければ、「むしろもっと甘えてくれ!」と迫られる気がして言えなかった――という本音は墓場まで持って行くつもりである。
「ただ教えて貰ったところで、俺は鈴緒ちゃんをデロデロに甘やかし尽くす所存だが」
やっぱりそうだった。
鈴緒は「だと思ったよ」と言う代わりに、細い息を吐く。
「そうなるのが嫌だったから、こっそり我慢しようと思ったの」
「俺の思考を読んでくれて恐縮だ」
鈴緒は額だけでなく上半身ごと乗り出して、本音の見えない悟り顔を覗き込んだ。
「……ごめんね?」
眉が八の字になった彼女と至近距離で見つめ合い、とうとう銀之介の表情が崩れる。ふはっと笑った。
「俺も勿論、TPOは弁える。だから今後も、存分に甘えてくれ」
「うん」
鈴緒も素直にこくん、と一つ頷いた。
懺悔も無事に終わったところで、二人はメニュー表の吟味を再開した。鈴緒は銀之介がこちらへ向けてくれたメニューとにらめっこし、口をすぼめて考える。
カフェレストランであるこの店は、モノトーンと木製家具で統一されたシックな内装に反してボリュームたっぷりなメニューが好評だったりする。主に食べ盛りの学生から。
鈴緒もここの、食べるのに難アリなフィッシュバーガーが好きだった。お値段もそれなりなので、頻繁には食べられない。なので銀之介というスポンサー様が同席している今、心のままに食べたかった。
(でも、本当に食べづらいんだよねぇ……)
鈴緒は眉もひそめて、むぅと悩む。フィッシュバーガーの主役である白身魚のフライが、とにかくデカいのだ。ついでにぶ厚い。
そこにたっぷりのタルタルソースとレタス、そしてチェダーチーズが加わった上、焦げ目の付いたフカフカのバンズに挟まれているのだ。お分かりだろうか――鈴緒がめいっぱい口を開いたところで、それを凌駕する高さを誇っていることが。
よってフィッシュバーガーを食べる時は、口周りがタルタルソースまみれになる覚悟が必要となる。とてもじゃないが、彼氏の眼前にお出しできる面構えではないだろう。
それに今日は、真っ白なレース素材のブラウスを着ている。足を覆うのも、汚れが目立ちやすいローズピンク色のタイトスカートである。
タルタルおこぼれ必至のバーガーを前に、あまりにも無力な装備だ。
食欲を優先すべきか、プライドを優先すべきか――悩む彼女の尖った唇を、銀之介がツンとつついた。鈴緒がギョッとなって、目の前に座る彼を見る。
「何するの!」
店内が混み始めているので、小さな声で詰問した。銀之介は悪びれない顔で、てへっと首を傾げる。
「考え込んでいる様子だったので、和ませようかと」
「和まないし、TPO考えるって言ったのにっ」
「衝立で囲まれているんだ、問題ないだろ」
「うぐぅっ……」
彼の指摘通り、テーブルごとに木の衝立に囲まれて半個室となっている。唯一開けた通路側から周囲を見渡すが、誰もこちらを観察している様子はない。
言いくるめられて不貞腐れる彼女に、銀之介は「それで」と声をかけた。
「メニューは決まったか?」
「あ、うん、フィッシュバーガーが食べたいんだけど……ここの、大きくて食べづらいから。どうしようかなぁって」
銀之介もこの店には来たことがあったらしい。「確かに」と薄く笑った。
「そういえば――注文時に頼めば、二分割に切ってもらえた筈だが」
「えっ、そうなの?」
「ああ。課長がこの前、切ってもらっていた」
意外とハイカラなものを食す課長である。鈴緒も薄っすらと面識がある、ぽっちゃり体型に気弱な笑顔を思い浮かべ、ふふっと笑った。
「そうなんだぁ……じゃあ、お願いしようかな」
二分割ならば、丸かじりより難易度は下がるはずだろう。鈴緒はプライドよりも、食欲を優先することにした。
ただジャークチキンライスを頼もうとしていた銀之介にも、食べづらさと美味しさが天井知らずなダブルチーズバーガーを選ばせたが。一蓮托生である。
銀之介はそんなしょうもない企みに無言で乗っかってやりながら、ほんのり満足げな彼女を眺めていた。彼の口角も持ち上がっている。
鈴緒よりずっと背が高くて手も大きくて、もちろん口も大きい彼にとっては、チーズバーガーも「ちょっとデカいな」ぐらいだったりする。そこに思い至らない、小さくて迂闊な恋人が可愛くて仕方がないらしい。
――などとそれぞれ思惑を抱えた二人を、周囲の客もチラチラと眺めていた。本人たちには気付かれないよう、細心の注意を払いながら。
それは面白がってというよりも、愛でるための観察あるいは鑑賞である。
だって先見の巫女は、佐久芽市のマスコットでありアイドルなのだ。
そんな彼女が恋人と仲睦まじい様子を見せてくれようものなら、市民だってつい嬉しくなる。そして応援したくなるのである。
自分たちの平穏を守ってくれる巫女にも、その苦労に見合う幸せを手に入れて欲しいのだ。
なお鈴緒が周囲の人々から、バカップルどころか結婚前から「オシドリ夫婦」と認定されているのを知るのは、彼女が大学四年生になってからである。
こちらで二人のこじらせ気味ラブコメは終了となります。
長々とお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!
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