21:着々と拡散される黒歴史
不銅が佐久芽大学を訪れるのは、今日が初めてだった。
高校時代にここの受験を希望していたものの、母から「あんな中途半端な偏差値の学校ではなく、もっと上を狙うように」とザマス顔で厳命されていたためだ。
実のところ、佐久芽市役所への就職もかなり渋られていた。しかし結局は、地方とはいえ「公務員」の持つ安定感抜群なネームバリューのお陰で許されたのだ。
最後まで「どうして国家公務員を目指さなかったの」と、愚痴はこぼされたけれど。
不銅にとっては念願かなっての佐久芽大の訪問であったが、共通教育棟の出入り口で度肝を抜かれる羽目となっている。
そこには、美術学部の有志が受験生を応援するべくせっせと作り上げた挙句、鈴緒を暴れイノシシから守るために真っ二つにへし折られた聖剣が展示されていたのだ。
聖剣の前には達筆な文字で雄々しく「ガチ聖剣」と書かれた、木製の名札も立てかけてある。
「……大きいですね、これ」
不銅はしばらく唖然とした末、どうにか口に出来た感想がこれだった。彼の傍らの先輩も、そうだろうと訳知り顔で頷いている。本日は、彼が受け持つ社会人講座業務のお手伝いのため、不銅も大学に同伴していた。
「去年だったかな。巫女さん――ほら、入社式でも挨拶に来てただろ? あの可愛らしい女の子が逃げ出した、イノシシと変質者に襲われて。その時にここの職員さんが、このオブジェを担いで巫女さんを助けたんだって」
「はいっ?」
タチの悪い夢あるいは妄想のような内容である。不銅は思わず先輩への礼儀をド忘れして、素っ頓狂な声を上げた。
しかし先輩も、疑心暗鬼な彼の反応は予想通りだったらしい。ガチ聖剣の隣に掲示されている、拡大コピーされた新聞記事も指さした。
「ほら、ここにも書いてる」
その新聞記事も見出しが「モテモテ!命の危機!先見の巫女、ストーカーとイノシシに狙われる!」という、平成の御代に放送されていた子ども向けアニメのサブタイトルのようだった。ますます胡散臭く、不銅の表情が苦々しげにしかめられる。
しかし生真面目な彼は、胡散臭い見出しの記事も丁寧に読み進めた。
そしてふざけた見出しに反して、大事な従妹が刃物を持った他学部の先輩に追われた挙句、農学部が無断で飼育していた野生のイノシシにまで襲われかけたという、とんでもない命の危機に遭っていたことを知る。
不銅は思わず、うえっと情けない悲鳴をこぼした。次いで弱々しい声で言った。
「職員の方が間に合って、本当によかったですね……」
「だよな。もし間に合ってなかったら、今も市内はずっとお通夜状態だったと思う」
先輩は苦笑いの表情だが、それに反して声は硬い。
市の象徴もといマスコットが早逝したというだけでなく、先見によって保証されていた市の安全も失われることになるのだ。きっと、財政や治安面での打撃も大きいだろう。
ほんのり青ざめる二人の後ろに、短髪の年若い男性が駆け寄った。研究支援課から狙われているモテ男こと日野である。
「すみません、お待たせいたしましたー!」
市役所の担当者二人へ勢いよく頭を下げた彼は、二人が眺めていたガチ聖剣にも視線を向ける。
「あ、これ見られてたんすね。すごいでしょ?」
「ええ、まあ」
どういった意味での「すごい」なのか判断が付かず、先輩も不銅も半笑いで頷く。しかし日野は二人の反応にさほど重点を置いていなかったらしく、特に気にした様子もなく続けた。
「実はこれ折ったの、自分の先輩なんですよね。背高くて、ずっとなんか武道?してたらしくて、腕っぷしも強い先輩で」
「なんというか……大学職員らしくない方ですね」
「ですよねー、警察官とか自衛官向きっすよね。しかも、助けた巫女ちゃんとお付き合いもしちゃう、ちゃっかり者で!」
「えっ?」
大学職員が巫女――というか、在学生とお付き合い。それは果たして、問題ないのだろうか。先輩が目を丸くしている。不銅もつい、おろおろと日野と先輩、そしてガチ聖剣を順繰りに見た。
困惑気味な彼らの反応は、想定内だったらしい。日野は人の好さそうな表情のまま、軽く手を上げて肩をすくめる。
「まあ、世間的には『それって道徳的にどうなんだ?』だとは思うんすけど。お互い、それぐらいの判断は出来る年ですし。巫女ちゃんも義務教育は終わってますし、その辺は本人らに任せる感じっすね!」
「はー……自由ですねぇ」
「それが校風なんで! あ、あとあれですね。巫女ちゃんって前から変なヤツにモテがちだったらしくて、先輩が無償のボディガードしてる今の方が、大学側的にも安全っていうか」
「さすが、イノシシを撃退しただけありますね」
「そうなんすよ。この前の入学式も――」
日野はまるで英雄譚を諳んじるかのように、銀之介の入学式でのやらかしを朗々と語った。課長にとっては頭を抱える事案だったあれも、日野の中では「そこにシビれる! あこがれるゥ!」案件であったらしい。感じ方は人それぞれなのだ。
彼は最後に呆然とする公務員二人へ、自身のスマートフォンを差し出した。
「そして、そんな先輩の雄姿を撮影したものがこちらになります。わざわざこんな格好で、彼女さんの晴れ舞台を守ったんすよ? 純愛でしょ?」
「純……うん、そうなんだけど、うん……」
不銅の先輩は喉元まで出かかった「怖いよ」という一言を、どうにか飲み込むことに必死だった。
一方の不銅は、怯えるではなく呆れていた。半ば感心混じりではあったけれど。
(旭谷さん、本当に鈴緒のことが好きなんですね)
写真の中の銀之介は、本人の趣味でないことが丸わかりのイカつい出で立ちで周囲を見渡している。
きっと彼は自分が汚れ役――というかイロモノ枠になってでも、鈴緒の心を守りたいのだろう。
手段はとんでもなく馬鹿馬鹿しいものの、不銅はそんななりふり構わない姿に、つい好感を覚えてしまった。




