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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン3

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10:メガネは嫉妬し、悩む

 銀之介と緑郎は、高校時代からの友人同士だ。だから銀之介も、緑郎の母方の親戚筋がまあまあ面倒臭いことは時折聞き及んでいた。

「伯母さん、基本は悪い人じゃないんだけどさー……今もなんか……パパとママにこじらせてんだよね。劣等感っていうのかな? だから、おれも妹もたまに難癖付けられててさー……ちょっと困るんだよね」

「ばあちゃんの妹だから、大叔母さん? その人たちも色々言って来るから、どうしたらいいんだろ?」

といった具合に。ただ緑郎は基本的に、楽しいことを追い求める気質である。愚痴をこぼす頻度自体が低かった。


 それでも数少ない愚痴や弱音において、従弟である不銅に関してはただの一度も不平不満を聞いたことがなかった。きっとそれなりに仲もよかったのだろう。

 不銅のクソ真面目さを物語った時も、たとえ話にしては妙に具体的だった。おそらく実際にあったエピソードに違いない。


(親戚と冷戦下にあるよりも、そんな関係性の方がよほど健全だ。そう、分かってはいるんだが……)

 銀之介は胸中でそう吐き出しながら、じっとりと眼前の光景を眺めている。ダイニングテーブルを挟んで、向かいには鈴緒と不銅が並んで座っていた。


「鈴緒、これも美味しいですね。ほら、食べて」

 不銅はテーブルの上の料理を食べては、鈴緒の皿にも載せたりとあれこれ世話を焼いていた。

 今日の昼食は不銅が来るということで、奮発して近所のトラットリアでオードブルを注文していた。イタリア家庭料理を提供する大衆向けレストランなので、普段は見慣れない料理も多い。彼が絶賛しているのも、肉で巻かれた肉団子のトマト煮だ。肉への執念が凄まじい調理方法である。


「うん、大丈夫、食べてるから。不銅くんこそ、もっとちゃんと食べてよ。主賓でしょ」

 そして鈴緒も緑郎の世話を受け入れつつ、彼がまだ手を付けていない白身魚のパン粉焼きを皿に載せてやっている。見事な相互扶助だ。


 だがしかし。鈴緒の彼氏という立場からすれば、この状況はとんでもなく面白くない。

 もちろん自分と鈴緒がお付き合いしていると伝えていないのだから、仲良しこよしな従兄妹コンビにどうこう言う権利も持っていない。そして鈴緒が不銅へ突然よそよそしい態度を取れば、何かを勘ぐられてしまう可能性だってある。


(分かってはいるんだが……なんで鈴緒ちゃんの隣に、こいつがちゃっかり座ってるんだよ。そこは俺がもぎ取った特等席だぞ。分かってるのか、こいつ?)

 頭で分かっていても、それが納得できるか否かはまた別の問題だ。

 銀之介は無表情を保っているものの、視線の殺意だけは徐々に増していた。緑郎や鈴緒にそれを気付かれないよう、出来るだけ顔を上げないように努める。テーブルにでんと乗った、ラザニアのプレートを代わりに睨んだ。


 その時、鈴緒がわずかに身を乗り出す。次いでラザニアの横に置かれていた、取り分け用の大きなスプーンを手にした。彼女はまだ湯気の残るラザニアを一掬いしながら、銀之介の皿にも手を伸ばした。銀之介の眼力が弱まり、きょとんと中腰の彼女を見る。


「鈴緒ちゃん?」

 鈴緒は真正面から銀之介を見つめ、にこりと微笑んだ。

「ラザニア食べたいんでしょ? はい」

「あ、うん……ありがとう」

 どうやら不銅の代わりにラザニアを凝視していたのを、勘違いされたらしい。だが可愛らしく皿を差し出してくれる優しさが嬉しく、そのまま受け取ることにした。


 そう、銀之介だって分かってはいるのだ。鈴緒が不銅にあれこれ世話を焼いているのは、楽しく食事をするための「普通」の行為なのだと。

 そんなことにすら嫉妬してしまった自分が情けなかったが、視界の隅に映る不銅の表情に気付いた時、ふとある疑問が芽生えた。


 不銅が、自分を睨んでいるような気がしたのだ。表面上は穏やかな表情であるが、目つきだけは先ほどの自分と大差ないように見えた。一瞬だけだが。


(鈴緒ちゃんは兄扱いしているが、向こうはそうでもないのでは?)

 なにせ鈴緒は可愛い。ちょっと短気で意地っ張りなところはあるけれど、一度気を許すとふとした時に甘えて来るところも、猫みたいで大変可愛らしいのだ。

 銀之介はこの疑問を、食事後に緑郎へ早速ぶつけることにした。彼はあれこれ自問自答して悩む暇があれば、即動き出したいタイプなのだ。短気な鈴緒と、ある意味では同類である。


 なお不銅は品行方正なので、食事後もずるずる居座るような真似はしなかった。デザートも食べ終わった後、丁寧に礼を言ってから早々にお暇を告げたのだ。

 そして鈴緒が駐車場まで彼を見送りに出ている間、男二人は片付けを担当していた。銀之介が皿を洗い、緑郎はテーブルを拭いたり料理の入っていた使い捨てプレートを捨てている。


「月山さんは、鈴緒ちゃんに惚れてるんじゃないのか?」

 そんな最中(さなか)の単刀直入な疑問に、緑郎は目を瞬いた。布巾を片手に持ったまま、ぐるりと首を捻る。チェシャ猫っぽい。

「え? なんで? なにその発想? お前、鈴緒とイチャイチャし過ぎて、ラブコメ脳になっちゃったの?」

「違う。鈴緒ちゃんにラザニアを取り分けて貰っている時、彼から睨まれたんだ」

「マジでっ?」

 緑郎が素っ頓狂な声を出し、再び反対側に首を傾げている。銀之介の言葉も不銅の行動も、どちらも意外だったらしい。


 しばらく考えこんだ末、緑郎の答えは「否」だった。

「不銅がにらんだ理由は分かんないけど……たぶん鈴緒のことは、あっちも妹ぐらいに思ってるんじゃないかなー。今日もほら、鈴緒と仲良かったけど、前からあんな感じだったし。隣に座ってるのがおれだったら、たぶんおれにもご飯食べさせてると思う」

 想像するだけで、ちょっと暑苦しい光景である。銀之介も思い切り眉をひそめた。

 緑郎の言う通りだとすれば、不銅が鈴緒の隣を選んだのは幸運だったのかもしれない。


「彼はまさか、介護士を目指していたのか?」

「いやいや、おれまだ元気だから! ってかあいつ、おれらだけじゃなくてママとか、あいつの親とも距離近かったから、誰に対してもそうなんだと思うよ。えーっと……ほら、パーソナルパーキングだっけ? あれが狭いだけでしょ」


 ドヤ顔でこう結論付けた緑郎に注がれる、銀之介の視線は呆れ混じりだ。

「パーソナルスペースだろ。お前は心に駐車場があるのか?」

「あるかも。借りる?」

「要らん」

 銀之介は、自分の胸を指して「月額五千円でどう?」となおも押し売りする緑郎をしっしと追い払った。


 ちなみに日向家の親戚一同との距離が近めな不銅だが、鈴緒たちの父のことだけは警戒しているらしい。

 彼が中学校二年生ぐらいの頃に、ピザ生地のようにぶん回されてから近付かないようになったという。そのため

「お前ってほら、パパより背高いし、顔も怖いし。今度はナンみたいに壁に貼り付けられるかもーってビビられて、にらまれてたんじゃない?」

というのが、緑郎の推測であった。


 銀之介も自分が無愛想で顔もちょっぴり強面寄り(注:個人の感想です)だとは認識しているので、初対面で怖がられることには一応慣れている。

 顔が原因だったのなら、不銅にも申し訳ないことをしたのだが――

「何がどうなって、あのお父さんからピザ生地みたいな扱いを受けたんだ?」

 かえって謎が増えた。一体不銅と日向パパの間に、何があったのか。

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