3:メメント・モリシゲ
すみません……日曜日にもかかわらずうっかり次話を更新していたことに気付き、先ほど一旦削除いたしました。
粗忽者で誠に申し訳ありません!
改めて、火曜日にお届けいたします!
本日の鈴緒は、あくまで入学式の来賓である。そのため挨拶が終わった後、一旦控室へ通された。控室という名の、事務局の休憩室であるが。
休憩室に置かれた、破れた座面をガムテープで補強しているまあまあ貧乏くさい椅子に座り、鈴緒は足を組んだ。続いて腕も組み、ぐいとあごを反らす。
据わった目の彼女が見上げるのは、自分の前で直立不動のヤクザとパリコレコンビである。
「……で? その仮装は何なの? あとあのイカれた宗教国家みたいな警告アナウンスも、何? リハーサルでなかったよね? 銀之介さんがねじ込んだの?」
巫女というよりゴッドファーザーの風格を漂わせる鈴緒に、銀之介が息を飲んだ。
「君へ不躾な野次を飛ばす男を、黙らせるついでに……他の学生への牽制も、行っておこうかと……」
彼の珍しいへどもど口調に、隣の上井がそんな場面でもないのに目を丸くしている。
「牽制ね、ふうん」
鈴緒の瞳が弧を描く。チルドが過ぎる微笑みに、男二人がわずかに肩を震わせたが、彼女はそこへ更に畳みかける。一つ息を吸い
「限度があるでしょ! 馬鹿ッ!」
外でお仕事中の職員も飛び上がる声量で、思い切り吠えた。ヒィン!と、上井も鳴いている。
しかしこれまでにもキュートアグレッションをこじらせ、度々鈴緒の逆鱗にお触りしまくっている銀之介の立ち直りは早かった。
姿勢を正し、そのスジにしか見えない顔を引き締める。見事な懲役五百年顔だ。
「しかし鈴緒ちゃん。ここまで言い聞かせれば、君に粉を掛けようとする不遜な輩もきっと減るはずだ」
「だからって、新入生みんなを怖がらせる必要ないでしょ! これじゃあわたし、地雷どころかタタリ神じゃない!」
鈴緒の脳裏によぎるのは『もののけ姫』に出て来る、全身からリコリスグミを生やしたようなアレである。しかし彼女の怒声にも、銀之介は引かなかった。
「軽んじられるより、タタリ神の方がよほど良い。それに乙事主になれば、声だって森繫久彌になれる」
「森繁久彌になりたくないから!」
美輪明宏だと――ちょっと悩ましいところだ。
森繁ボイスへの声変わりを断固拒否の鈴緒に、ここで上井が助け舟を出す。両手を広げ、いつも通りのチャラチャラしい笑顔で銀之介に言った。
「いやいやいや、ギンちゃんさー……下ネタ飛ばすガキをシメるのは、オレも分かるけど。あんま束縛しすぎんのはダメだってー」
「俺は別に、束縛なんて――」
「束縛じゃん、他のヤローを全員遠ざけんの。あんまやりすぎると、オレの元嫁みたいになっちゃうよ? ヤンデレ、された方はマージで怖いから。ってかマジみんなの敵だから」
これには銀之介も黙りこくった。反論する代わりに、ぐっと奥歯を噛みしめている。実感がこもったこの言葉は、彼の心にザックリと刺さったらしい。
鈴緒はどや顔で胸も反らし、分の悪さを自覚した銀之介をじっとり見上げる。
「わたしも、ヤンデレ彼氏は嫌かなぁ」
「……アナウンスはやり過ぎだった。すまない」
鈴緒はうなだれて謝る銀之介を見つめた後、上井に視線を向けた。上井もそれに気づき、二人でガッツポーズを決める。
しかし銀之介がわざわざ、上井の手も借りて入学式に潜入したのは偏に鈴緒のためである。彼が反省しているのであれば、と鈴緒も表情をほころばせた。こてん、と首も傾ける。
「でも……怖い格好までして、あの学生君を見張ってくれてたのは、嬉しかったけどね。ありがとうね」
にこりと微笑んでそう言えば、銀之介の眉がわずかに下がった。そして上井は、思い切りやに下がっている。
こうして命の恩人からのお礼を賜った後、上井は先に休憩室を出ることになった。
ここで働く銀之介と違い、彼は完全なる部外者である。他の職員にとがめられると、だいぶややこしい。
休憩室から出て行く彼へ、鈴緒は改めてお辞儀をした。
「お休みの日なのに、変なことに巻き込んじゃってごめんなさい」
「いやー、なんかガチでオシャレしたの久々だし。コレはコレで楽しかったんで! ってか巫女さんバカにするヤツ、オレも許せねーし!」
朗らかに言った後、上井はパリコレなスーツのまま大学を後にした。目立って仕方がないが、無事外へ出られることを祈ろう。
鈴緒は上井へ手を振りながらドアを閉めた後、後ろで所在なさげに立つ銀之介を振り返った。それにしても、と改めて彼の姿を観察してつい笑う。
「どこからどう見ても、反社の人だ。そんなスーツ、よく持ってたね」
銀之介も、鈴緒の声が明るくなっていることに少しホッとしながらも、窺うように答えた。
「私物でなく、上井さんに借りたんだ」
「パリピの人脈ってすごいんだねぇ」
鈴緒は笑いながら椅子に座り直し、隣の椅子も長机から引っ張り出した。そして銀之介へ手招きする。
銀之介の全身からも強張りが取れ、おずおずと彼女の隣に腰掛けた。
「鈴緒ちゃん、すまなかった」
「うん、次からカルト教団なアナウンスは止めてね」
鈴緒は笑顔で頷き、背中を丸める銀之介の顔を覗き込んだ。どこか気落ちした様子の無表情と一緒に、ボタンが外された彼の襟元も視界に入る。当然、鎖骨の傷跡も。
「こんなところに古傷があるから、余計に悪い人っぽいよね」
そう笑って彼の鎖骨を撫でると、銀之介の表情もようやく和らいだ。
「上井さんには、特殊メイク要らずだと言われたな」
「コスパもいいね――そういえばこの怪我の原因、上井さんに言ったの?」
この傷跡の製作者は、上井の元妻にして銀之介の元同級生である。上井にも思い切りDVをかましていた彼女の過去の悪行を、元夫はどう思ったのか。
銀之介は広い肩を軽くすくめた。
「『オレの元嫁、筋金入りじゃん! マジヤベー!』と言っていた」
「上井さんの真似、上手だね」
銀之介の意外な才能に、鈴緒が破顔する。銀之介はご機嫌な彼女を見つめながら、自分の襟元に触れている小さな手を取った。
鈴緒の細い指が、そのまま銀之介の大きな手に絡め取られる。同時に体も引き寄せられ、二人の額も重なった。
「鈴緒ちゃん、お疲れ様」
「ん、ありがと」
鈴緒はくすぐったい触れ合いに白い頬を色づかせながら、気恥ずかしげな微笑みに変わる。銀之介も口角を持ち上げ、顔の位置をずらした。
彼の次の行動をすかさず察した鈴緒が目を閉じたところで、かすかに金属のきしむ音がした。キィィというか細いその音に、二人の動きもぴたりと止まる。同時に、音の出所へ視線を向けた。
耳障りな音の出所は、さび付いたドアの蝶番だったらしい。いつの間にか薄く開かれたドアから、二対の目が縦に並んでこちらを覗いていた。ビクリ、と鈴緒の全身が跳ねる。
二対の目の持ち主である牧音と倫子が、促すように手を差し出した。
「あ、お構いなく。そのままイチャコラ続けていいよ、どうぞ」
「ベロチューも、ぜひぜひ」
「してたまるかッ!」
隠れる気もない覗き魔二人に、鈴緒が涙声で吠えた。




