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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン2

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23:バレンタイン当日の悲劇

 大きなイベント前後というものは、それに関連した事件・事故も起きやすい。たとえば夏祭りがあれば、迷子や熱中症、はたまたスリ被害などがもれなく付いて来るのだ。

 バレンタイン当日の今朝も、先見の舞台では恋にまつわる痛々しい事件が繰り広げられていた。


「だってあー君にフラれたんだもん! ウチ、もうどうなってもいいのー!」

 涙で化粧がグッチャグチャになった二十代前半と思しき女性が、大泣きしながら駅のホームで大の字になっている。彼女を遠巻きにする利用客が怯えた、あるいは迷惑そうな表情を浮かべている。

 何人かは親切心で彼女に声をかけるも

「こっち来ないで! あー君以外いらないの!」

そう叫んだ女性が振り回すカバンで(したた)かに殴られていた。


 もはや毎年恒例と言ってもいい光景でもあるので、鈴緒は全くの無表情で駅名や女性の特徴、ホーム内の時計が指し示す時間をメモしていく。

 鈴緒の巫女歴も、まもなく五年目に突入する。いつの頃からかメモを取るのも上手くなったものだ。

 彼女は要点だけをまとめたメモを持って祠を出ると、台所にいた銀之介に渡す。彼は朝食を作り終え、ボウルを洗っている最中だった。


 鈴緒は、伏し目がちになってメモを読む銀之介を見上げて、細い肩を一つすくめた。

「去年は中学生の男の子がやらかしてたけど、この時期は若気の至りが多いよね」

 彼女の脳裏に蘇るのは、好きな女の子が学年一のモテ男にチョコを渡しているのを目撃してしまい、川に投身自殺しようとしていた少年の泣き顔だ。あの後、元気にやっているのだろうか。

 銀之介は鈴緒の声に視線を向けると、無言で目をぱちくりさせる。今一つピンと来ていないようだ。

「そう、なのか?」

 彼女の推測通り、今一つどころか全くピンと来ていない声だ。


 ただ彼のこの態度は「彼らしい」かと問われれば、実に「らしい」ものである。

(だって銀之介さんの場合、女の子にフラれたぐらいで死にそうには……見えないよねぇ)

 鈴緒も内心でそんな仮説を立て、情緒に欠ける男へお白湯のような笑みを向けた。銀之介の場合、こっぴどくフラれるどころか、好きな女性に命を狙われる等の激重ハプニングに遭遇しても一晩寝れば復活しそうだ。たぶん食欲も一切落ちないどころか、おやつを食べる余裕だってあるだろう。


 勝手に鋼メンタル認定を下された銀之介は、眼前の恋人がかなり失礼なことを考えているとは露知らず。いつも通り、警察署へ律儀に先見の報告を行っていた。

 なお彼はいつも通りの、ワイシャツにスラックス姿だ。ネクタイは、鈴緒がクリスマスにプレゼントしたお洒落チェック柄のものである。本日は出勤日なのだ。

 すでに春休みモードに突入している部屋着姿の鈴緒は、今度こそ彼を心から労う笑顔になる。


「職員さんって、お休みの間もお仕事あるんだね。いつもお疲れ様です」

「ありがとう。出勤日数は、学期内よりかなり減るがな」

 銀之介もテーブルに座ろうとする動きを一瞬止め、彼女を見下ろして薄く笑った。そしてほんのわずかに首を傾げる。

「確か鈴緒ちゃんも、日帰り旅行なら市外に出ても問題なかったな?」

「え? うん、そだね」


 不意の質問に桃色の唇をすぼめ、鈴緒も小さく頷き返した。日帰りであれば土地神も黙認してくれるため、高校時代も校外学習は楽しめたのだ――修学旅行は、無念のお留守番であったけれど。


 銀之介は不思議そうな彼女へ、身を乗り出して提案する。

「長期休暇中なら、俺も休みが取りやすい。日帰りで、市外にも遊びに行こう」

「いいの? 疲れない?」

「連休も取れるから、問題ない」

「そっかぁ……」

 彼の即答に、鈴緒の相好もとろける。嬉しそうにはにかむ姿を眺め、銀之介も三白眼を細めた。


 二人で行きたい場所の候補を挙げている内に、銀之介の出勤時間になった。彼が腕時計に視線を落とし、次いでジャケットを羽織っている様子を鈴緒はぼんやり見上げていたが、途中でハッと思い出す。

(あ、どうしよ。チョコ、渡しそびれた……)

 本当は朝一番に渡すつもりだったのに、あれやこれやと雑談に花が咲いたためすっかり忘れていたのだ。男性へチョコを渡す習慣がなかった、鈴緒の無味乾燥な半生が全ての原因である。


 台所を出ようとしている彼を呼び止めようか、と一瞬だけ悩むが

(あ、でも。それなら夜、銀之介さんのお部屋で渡した方がゆっくりできるよね)

すぐに妙案を思いついた。ひょっとすれば、クリスマスのイチャイチャタイムの続きをお楽しみ出来るかもしれない。


 幸い銀之介も、チョコを欲しがる素振りはない。朝の慌ただしい時間には渡してこないだろう、と彼も考えているのかもしれない。鈴緒はそんな推測に乗っかることにして、笑顔で銀之介を見送った。

 彼が家を出た後で静かにドアの施錠をしていると、階段を下りる足音が聞こえた。このクソ寒い朝に素足で部屋を出て来た緑郎は、まだ半開きの目をこすりながらスマートフォンを眺めている。


「おはよー、スズたま」

「おはよう。歩きスマホは危ないよ」

「んー? あ、ごめんねー。ちょっと急ぎの連絡来てて」

 鈴緒がチロリとにらむと、緑郎は足を止めてごまかし笑いを浮かべた。次いで鈴緒にスマートフォンを見せる。

 画面に表示されているメッセージの差出人は、昨日緑郎を追いはぎした美術教室の室長だった。


 お詫びのメッセージだろうか、と鈴緒も読み進めて――勝気な眉をしかめる。

「え。お兄ちゃん、またモデルしに行くの? バカにもほどがない?」

「バカなのは本当だけど、今度は大丈夫だから!」

 緑郎は己がバカだと認めつつ、その前に来ていたメッセージまでスクロールする。

「ほら、腰布だったら巻いたままでもいいんだってー。優しいよねー」

 兄の「優しい」の判定基準がよく分からない。鈴緒は頭痛を覚え、こめかみを撫でる。

「……つまり、ヌードになるんだ?」

「うん、セミヌードだけど。ビーチクは見せちゃいますね、ハイ」


 自分だったら、セミでもセミファイナルでも絶対に嫌である。鈴緒は露骨に顔を歪め、身体もそらす。

「お兄ちゃん、変態じゃん……」

 蔑み切った妹の声と目に、緑郎は変わらず呑気なままだ。

「あははー。だってほら、アロハシャツだけで警察署に行くよりさ、気まずくないでしょ?」


 昨日は銀之介のお慈悲でアロハシャツは買ってもらえたものの、肝心のズボンは水着と似たり寄ったりのハーフパンツしかなかったのだ。そのため昨日の彼は、アロハシャツ+水着という超軽装で警察署入りを果たしていた。馴染みの刑事からも

「こんなはしゃいだ格好で事情聴取受けた人、日向君が初だと思うよ」

と半笑いで言われたらしい。


 この兄ですら感じた居心地の悪さに、鈴緒もつい言い淀む。

「うぐっ、それは……まあ……そうね……」

「そうなの。だから今日も脱いで、昨日の『早く帰りたーい』って気持ちの分も褒めてもらおうかなって」

「お兄ちゃんって前向きだねぇ」

 一応兄なりに、奪衣婆事件のケリをつけようとしているらしい。ならば鈴緒も、これ以上は文句を言うまい。


「でも風邪だけは気を付けてね」

「えー? バカは引かないって言うよ?」

「お兄ちゃん、この前寝込んだばっかりじゃん」

「あ」

 鈴緒は胃腸炎まで発症していた過去すら忘れている兄に、心底呆れる。そして寝癖の付いた頭のまま、慌ただしく朝ごはんを食べた彼も見送った。


 珍しくも家に一人きりとなった彼女は、せっかくだからとティーポットを温め始める。お客が来た時すらほぼ使われないティーポットで紅茶を蒸らした。その間に、買い置きしていたスコーンもトースターで温める。

 鈴緒は休日を全力でエンジョイする体勢を整え、意気揚々とリビングへ向かった。鈴緒たちは三人とも映画の趣味が違うため、なかなか観る機会がなかった作品をじっくり楽しむつもりなのだ。


 選んだのは『コマンドー』だった。映画の趣味など千差万別であり、優劣を付けるべきものでもないが――紅茶やスコーンとは、絶対に合わない作風だということだけは確かである。必要なのはきっと、コーラとポテトチップスだ。

 しかしこの場にそれを指摘する者はいないので、鈴緒はニコニコ笑顔でアールグレイを飲みながら、丸太を抱えるシュワちゃんを鑑賞していた。


 だがシュワちゃんが飛行機にて、同乗者の安眠を気遣って客室乗務員に「彼を起こさないでやってほしい」と願い出る微笑ましいシーンに差し掛かった時だった。

 スマートフォンがメッセージの着信を知らせたのだ。鈴緒は映画を観終わってから確認しようかと思ったが、すぐに思い直して一時停止ボタンを押す。メッセージの内容が気になり、シュワちゃんの暴れっぷりに集中できない気がしたのだ。


 そしてテーブルに置いていたスマートフォンを見て――固まった。メッセージの差出人は銀之介だったのだが、その内容が問題だった。


〈お世話になっている先輩が、旦那の転勤で急遽退職する事になった。春休みに入ると同僚で集まるのも難しいため、今日プレゼントを買いに行く。急な連絡ですまないが、食事も済ませて帰る〉


 鈴緒は頭が真っ白のまま、しばらく固まっていた。

 一時停止したままのテレビ画面には、シュワちゃんが貨物室のワンちゃんに驚く瞬間が映ったままである。

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