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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン2

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15:体型もルパン寄りだし

 鈴緒たちがモアトピア内通路にて、パイナップルで武装したヤンデレ元嫁に遭遇していた頃のことだった。

 緑郎はモデルとして招かれた絵画教室にて、大歓迎を受けていた。


 古いビルの三階にあるその教室は、全面が板張りになっている。普段は机も置いているそうだが、今日は絵画モデルを招いてスケッチを行うということで、撤去されていた。代わりに、だだっ広い教室の中央には白い布が敷かれたお立ち台がある。緑郎はここに乗って、不必要なイケメンぶりを晒せばいいらしい。

 お立ち台を囲うようにして、椅子も十数脚置かれている。


「まだ生徒さんは来ないので、よければお茶でもどうです?」

 緑郎が教室の中を見学し、マンガの資料として写真も撮っていると、倫子のOGである室長に声をかけられた。赤い髪をしてお洒落な古着風の服を着た、いかにも美大卒な女性である。

「え、いいんですか?」

「はい。モデルの方に来てもらった時は、いつもお茶とお菓子は用意してますから」

 謝礼も大して渡せませんし、とはにかむ室長の後ろにある準備室から、倫子が現れた。手にはミスタードーナツの紙箱がある。


 倫子がその箱をフリフリしながら、にんまり笑う。

「さっき買って来たんですよ。お兄さん、一緒に食べましょ」

「はーい!」

 元々遠慮という概念を知らない緑郎だ。折角買って来てくれたのなら、と二人と共に大喜びで準備室へ向かった。


 ひっくり返した木箱の上にドーナツ入りの紙箱を置きながら、三人で雑談を交える。そうこうしている内に、外の教室で人の声や物音がし始めた。生徒たちがやって来たらしい。

 室長もその物音に気付き、ブラックコーヒーの入ったマグカップを木箱の隅に置く。

「そろそろ、みたいですね。始めましょうか」


 彼女の号令に、緑郎と倫子も同じくマグカップを木箱の余白に置いた。次いで緑郎が髪に手櫛を入れながら、教室へ向かおうとするも

「あ、日向さん。ちょっと待って」

途中で室長に呼び止められた。


(なんだろ。顔にドーナツが付いてるとか? さっき口は拭いたけど)

 などと考えつつ、緑郎が振り返る。すると室長はニッコリ笑って、両手を差し出した。

「服、お預かりしますから。ここで脱いでください」

「……なんで?」

 笑顔での謎提言に、緑郎も敬語を忘れて怯む。そこへ倫子がスススと近寄り、種明かしをした。


「お兄さん。実は今回、室長はイケメンのヌードモデルをご所望だったんですよ」

「ヌード!? それ、初耳だよ!?」

 どこか眠そうな垂れ目をまん丸にして、緑郎が声を張った。驚いた表情は、どことなく鈴緒に似ている。


 しかし驚愕する緑郎にも、倫子は悪びれもしない薄ら笑いのままだ。

「ですよね。私、言ってなかったんで」

「なんでぇ!」

「だって鈴緒に門前払いされるだろうなーって」

「そりゃそうだよー! 倫子ちゃん、鈴緒の理解度高ーい! さすがー!」

 うっかり妹との友情を賞賛してしまったが、それどころではない。


 だって緑郎は、イケメン笑顔でイケメン決めポーズをしていればOKの、健全なイケメンモデルを求められていると思っていたのだ。

 ヌードモデル自体が不健全だとは一切思わないけれど、だまし討ちでの脱衣強要は不健全であろう。


「すみません、おれ帰ります」

 緑郎は薄っすら青ざめながら、そう言うと再度ドアへ向かった。遠慮という概念のない彼は、こういう時もキッパリスッキリ断るのだ。

 しかしこうなることは倫子も、そしてオシャレ室長も想定していたらしい。二人は一瞬だけ目配せし合うと、まず室長が動いた。


 緑郎の背後を素早く取ると、ガッシリと羽交い絞めにしたのだ。

「ぎゃっ! 力強っ!」

「困りますよ、日向さーん。女性の生徒さんたちが、若いイケメンの裸体を舌なめずりしながら待っててくれてるんですよ?」

「言い方が怖いよー!」

 緑郎は両腕をばたつかせて逃げようと足掻くも、びくともしない。なんだこの腕力。


 そしてその隙に、倫子が緑郎の足元にしゃがみこみ、手際よく靴と靴下、そしてデニムのズボンを脱がせた。

「倫子ちゃん、なんか手慣れてない!? きゃーっ! やめてー!」

 緑郎の甲高い悲鳴を一切無視して、倫子は室長との見事な連携でカーディガンとシャツも脱がせる。

 だが最後のパンツに手をかけられたところで、二十六歳・独身男性は渾身の力を振り絞った。


「やだやだやだやだー! おれ、まだVIO脱毛とかしてないしー! ケツ毛だってむっちゃ濃いから、見せられないよー!」

 ケツ毛というパワーワードに、二人の手が止まった。力も緩む。室長は羽交い絞めの体勢だけ維持したまま、苦悶の顔でうなった。

「ケツ毛の生えたイケメン……解釈が分かれるところかも――あっ」


 この脱出チャンスを見逃すほど、緑郎はバカではない。尻もちをつくようにして拘束から抜け出し、パンツ一丁のまま準備室を飛び出した。

 教室に踊り込んだ途端、生徒であるご婦人方から黄色い悲鳴が上がった。緑郎はそれを聞いてちょっといい気分になりながらも、スピードを落とさずにそのまま教室からも逃走する。


「ガーッデム!」

 倫子はハリウッド映画に出て来る、ちょっとガラの悪い警察官のような悪態を吐きながら緑郎を追いかけた。

 細くて白い体からもお察しの通り、緑郎は運動が大嫌いだ。球技なんて生涯の敵だと思っている。


 しかし一方で、彼は散歩が大好きなうえ、重たい買い物袋を抱えたままスーパーやコンビニをはしごすることも得意だったりする。ついでに言えば、学生時代も長距離走だけはやたらと得意だった。

 つまり今も、逃げ足は優秀なのだ。


 倫子がビルの外に出た時にはもう、どこにも彼の痕跡はなかった。彼女は左右に広がる道を交互に見た後、思わず天を仰ぐ。

「なんでこんな足速いの……ルパンじゃん……おえっ」

 飲食直後に全速力を出したため吐き気を覚え、道路にしゃがみ込んだ。

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