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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン2

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14:金剛力士の方かもしれない

 鈴緒がモアトピアへの入場直後、かなりグイグイ迫るナンパコンビに遭遇してしまったものの、その後のデートは至って平和だった。


 まずは二人で巨大プールに向かい、三十分単位でレンタル可能な浮き輪も使ってしばらく遊んだ。おいそれと市外へ出られない鈴緒にとって、たとえ人工でも波に乗れるのは楽しかった。


 次に、火山がもくもくと煙を漂わせているアトラクションエリアに向かって、ハワイの神話をテーマにした急流すべりを楽しむ。

 コースターが進むトンネルは壁から天井まで全てディスプレイになっており、気合が入りまくった映像も鑑賞できるのだ。

 もっとも鈴緒は、アップダウンの激しい行程で大騒ぎするのに必死で、アトラクションのストーリーを楽しむどころではなかったが。


「叫び過ぎて声が枯れ木のようだ。大丈夫か?」

 ぐったりとコースターから降りた鈴緒に、銀之介が無表情に声をかける。鈴緒はのそり、と顔を持ち上げた。

「うん、大丈夫……えーっと、次はジェットコースターだっけ?」

 しかし一つ深呼吸すると、すぐに背筋が伸びた。急流すべりの出口に設置されていた館内マップで、ジェットコースターへの道順を確認する。


 全く懲りていないその姿に、銀之介の眉間が訝しげに寄せられた。

「何故そこまで絶叫マシンに固執するんだ?」

 鈴緒は彼の半ば呆れたような問いに、大きな瞳をキョトンと丸く見開く。


 別に鈴緒は、無理をして固執しているわけではない。キャーキャーと叫びまくって体力ゲージが赤字になっていたものの、叫びながら思い切りエンジョイしているのだ。

 そう、普通に大好きだったりする。ただ楽しみ方が、人一倍うるさいだけで。


 なのでえへんと胸を張り、銀之介へ笑いかけた。

「え? だって安全に危険を楽しめるんだよ? 人生におけるレアものでしょ」

 レアものという表現がツボに入ったのか。銀之介がつい噴き出す。

「凄い理屈だな。絶叫マシンをヴィンテージワイン扱いしていたとは、畏れ入った」


 クツクツと笑いながらの言葉に、今度は鈴緒の眉が寄った。小難しい顔で、小首も傾げられる。

「ちなみに、そのヴィンテージワインって美味しいの? なんか偉い人が、妙にありがたがってるイメージなんだけど」

 大人しく法律に従っている鈴緒は、甘酒以外の「酒」と名の付く飲み物を飲んだことがない。ただ会食などで、「これこれは何年もので」といったオッサンたちの酒談義をアホ面で聞いていた記憶はある。


 銀之介は軽く腕を組み、短くうなった。

「だいたい千円から五千円辺りの低価格ワインの方が、飲みやすく旨いと言われている」

「あー……うん、なるほどねぇ」

 つまり高い金を払わせるくせに、選り好みする味なんだね――という言葉はギリギリで飲み込んだ。だって人目があるもの。


 鈴緒はそんな周囲の人目を、ちらりと見渡した。何人かは鈴緒に近付こうとするが、すぐに隣の銀之介に気付いて怖気づいていた。

 彼女は口の中で再び「なるほど」と呟く。

(そっか。彼氏のお顔が怖いと、自動的にボディガードも兼ねてくれるんだ)


 鈴緒が街を一人で歩いている時は、市民の皆様からよく見られているし、よく声もかけられる。そして友人が同行していれば、気遣って遠巻きにしてくれる人もいるけれど、気にせず声をかけてくる遠慮知らず野郎もまあまあ多い。

 ちなみに緑郎と歩いている場合は、むしろ緑郎から周りに声をかけている。


 そんなわけで地域密着型のタレント並みにプライベートが守られていない鈴緒だったが、今日はナンパに絡まれて以降はずっと自由の身である。

 今まであまり気にしたことがなかったけれど、銀之介と連れだって歩くことの恩恵をしみじみ再確認した。


(銀之介さんって、生まれついてのセコムなんだね……どうして大学職員なんて、物静かなお仕事を選んだんだろ?)

 鈴緒は無礼なことを考えながら、館内マップの上に設置されているディスプレイを見た。コースターが急降下する際に撮られた写真が表示されており、その下に「ご購入をご希望の方は、窓口または係員まで」とのポップアップが出ている。一枚千円とは、なかなかの強気な価格だ。


 ただ目をつぶってノリノリで叫ぶ鈴緒の隣で、普段と一ミリも変わらない無表情を維持している銀之介の面構えは、千円を出す価値があるかもしれない。

 鈴緒はディスプレイを指さしながら、銀之介に声をかける。

「ねえ、銀之介さ――」

「買いません」

「えーっ、記念に買おうよぉ。銀之介さんの顔も、ほら、魔除けとかになりそうだし」

「俺は不動明王か。勢いで買ったところで、大して見返さないでしょう。別の物にしなさい」

 淡々とした声で、すげなく断られた。しかし言い方が、どことなくお母さんっぽい。


 鈴緒は口を尖らせ、母という概念ををまとった銀之介をじっとり見るも、確かに千円はぼったくりである。さほどゴネずに諦めた。

「千円出すなら、さっき売ってたマラサダ買った方がお得?」

「だな。あちらなら二つ買っても、まだお釣りが出る」

 テーマパークでの浮かれ度数ゼロな言葉を残し、財布の紐の硬度が鉄鎖(てっさ)級の二人はジェットコースターへと向かった。


 だが山の中をくり抜いたようなデザインの、広々とした通路を歩いている途中で足が止まる。

 従業員専用の通用口から、大荷物を抱えた男性が速足で出て来たのだ。ぶつからないよう立ち止まり、続いて男性の顔を見て「あ」と同時に呟く。

 二人の声に、男性も鈴緒たちの方を見て「あ」と呟き返した。


 大荷物を抱えた従業員は、上井だった。チャラいビジュアルに、原色バリバリのアロハシャツがよく似合う。


「うわーっ、巫女さんとギンちゃんじゃーん! マジで来てくれたんだ? うわ、ヤベ、嬉し!」

 大きな段ボールを抱えたまま、上井がキャッホウとはしゃぐ。箱から飛び出ていた棒状の何かが、そのはずみに外へ飛び出た。銀之介が危うげなくそれを受け止める。


 が、よくよく見ると棒状の何かは模造剣だった。模造剣には苦い思い出のある銀之介は、思い切りのしかめっ面でそれを箱に戻した。

「こんな物で、何をしでかすつもりなんですか。強盗ですか、恐喝ですか」

「オレ、割とクリーンだよ!? ってかオレのモノじゃねーし、ショーで使う小道具だし!」

 上井は慌てた様子で箱を下ろし、中から松明のようなものも取り出す。


「これはファイアーダンス?だっけ。火点けて持っておどるヤツね。で、そん時に剣もぶん回したりするワケ」

「すごい。けっこう本格的なんですねぇ」

 鈴緒は先端に布が巻きつけられた松明を指で突きながら、吐息まじりに感心する。

 アラサーの承認欲求をくすぐる素直な賞賛に、上井も得意げにニヤけた。


「なんかハワイから、わざわざフラダンスの先生も呼んだっぽくて?評判はめっちゃイイね。あ、ステージが見やすい場所、教えたげようか? ちょうど昼メシん時にやるから、メシ食いながら見るのオススメだし」

 鈴緒と銀之介の返事を待たず、上井がアロハシャツの胸ポケットに突っ込んでいたスマートフォンを起動する。


 銀之介は一瞬何か言いかけるも、鈴緒が目をキラキラさせていたので、大人しくお勧めの鑑賞スポットを拝聴することにした。彼はダンスにあまり――いや、全く興味はないものの、それを見て楽しそうな鈴緒は是非とも眺めたいのだ。


「えーっとね、一番オススメがカフェレストランのマハロアってトコでさ。ココ、ポキ丼がけっこうウマいの。んで次が――ぶえっ」

 スマートフォンで店の外観を見せながらの解説だったが、途中でトゲの生えた丸い物体が飛んできたため中断された。丸い物体ことパイナップルは、上井の横っ面に見事命中する。上井は情けない声をこぼしながらバランスを崩し、ついでに背後の壁に頭をぶつけた。


 鈴緒がビックリしてパイナップルが飛んできた方向を見ると、派手な花柄水着を着た綺麗な女性が立っていた。左手でパイナップルを掴んでいるので、彼女が犯人で間違いないだろう。

 鈴緒にとって初対面の女性だが、その顔だけは見覚えがあった。つい先日、上井から写真を見せてもらった彼の元妻にそっくりである。


 彼女がちらり、と隣の銀之介を窺うと。

 銀之介はどんぶり鉢いっぱいに詰め込まれた苦虫を食わされたような、いつも以上に凶悪な面構えになっている。そして二人の足元にうずくまっている上井も、女性を見て肩を震わせ始めたので、彼の元妻こと憂子(ゆうこ)氏で間違いないのだろう。

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