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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン2

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6:春はタラの芽もオススメだよ!

 上井が予約してくれていたのは、畳敷きになった半個室だった。テーブル中央にはIHコンロも備え付けられており、ここで鍋も楽しめるようだ。


 鈴緒と銀之介が二人並んで座って待っていると、十分ほどで上井もやって来た。相変わらず見事な金色の頭であるが、今夜は全く毛先を遊ばせていなかった。

 というか一分の乱れもない七三分けになっており、金色のヘルメットを装着しているように見えなくもない。


 おまけに以前に会った時に着ていたような、チャラくさいが垢抜けた服装でもなく、AOKIやコナカで売っていそうな実直灰色スーツ姿である。

 一体彼に何があったのか。地球外生命体に人格を乗っ取られたのか、と鈴緒は驚愕しつつ言いようのない不安を覚える。

 すると被寄生疑惑が浮上中の上井は、折り目正しく頭を下げた。腰も直角に折れている。


「安心してください! オレ、旦那とかカレシ持ちには絶対手ェ出さない主義なんで! なんかねとられ?とか、そういうヤベー趣味はないから! マジでノーマルってか、意外と純愛趣味なトコあるワケよ!」

 開口一番のこのマシンガンっぷりから、どうやら中身はウェーイな上井のままであるとはっきり分かった。鈴緒はホッとし、そして銀之介は害虫の品種を見定めるように目を細める。


「それ以前に妻帯者が火遊びを続けるから、ああなったんでしょう」

「それな!」

「三文字で完結させず、もっと反省して下さい」

 銀之介は自分を指差す二本の人差し指を邪険に払い、上井にも着座するよう促した。


 そして改めて、鈴緒のテスト激励会(※名目上)が開かれる。注文を取りに来た店員へ、上井はテキパキとオススメ料理と二人の希望メニューを告げた。同時に店員から受け取ったおしぼりや取り皿を、二人の手元にも並べる。

 この辺りの手際の良さは、さすがサービス業従事者であろう。


 なお上井がおでん屋を選んだ理由もそれとなく訊いたところ

「ソレなんだけどさ。最初はお気に入りのクラブにしようと思ってたんだけど。最近、メシがウマいトコも結構あるっしょ? でもギンちゃんがほら、サムライっぽいじゃん? だからこっちのがよくね?って思ったの」

とのことだった。鈴緒は自分の恋人が和顔であることを、今日ほどありがたく思ったことはない。


 なおサムライっぽいと言われた当人は

「地味顔ですみません」

と少し不機嫌そうに謝っている。鈴緒は店員からジンジャーエールを受け取り、軽く首をひねる。

(たぶん地味顔って意味で、お侍さんっぽいわけじゃないと思うけど)

 そう心の中でだけ呟いた。インテリヤクザ顔が地味を称するなど、片腹痛しである。


 銀之介も今日は車を運転して来たため烏龍茶を選び、そして上井もまさかのノンアルコールビールを手にしていた。名目は学生さんを労う会であり、その実態も先見の巫女に腹を見せてBIG-KANSHAの意ならびに絶対服従を示す場のため、一応は気を使っているらしい。


 チャラけた上井であるものの、食の好みはなかなかいいようだ。運ばれてきた名物のおでんも、天ぷらや煮物、あるいは刺身といったその他の料理も全て美味しかった。ここ佐久芽市は内陸地のため、美味しい鮮魚に出会える店は案外希少である。


 当初は色々と気を張っていた鈴緒も、ゼラチン質もとろけるおでんの牛すじ肉を食べた頃には、すっかり警戒を緩めていた。程よく出汁(だし)が染みており、真正面から向き合わないともったいないような美味っぷりだったのだ。


 銀之介は無表情のまま、黙々とフキノトウの天ぷらを抹茶塩で食べているものの、眉間にしわは寄っていない。つまりは彼もご満悦なのだろう。

 どうやら二人のお気に召したらしい、と上井も判断してにんまり笑う。酒盗の乗った豆腐を一口食べ、笑い顔をほんのりぎこちないものに変えた。

「……実はオレさー、先見のおかげで離婚もできてさー。だからマジで巫女さんには頭上がらねーってなって。で、どうしてもメシだけでもおごりたくって。ほら、ワイロ?的なのはダメって聞いたけど、メシぐらいならイケないかなーって」


 離婚。

 前触れなく投下されたこの重たいワードに、思わず二人の箸もとい、全身の動きが止まった。お互いにちらりと相手に視線を送った後、数秒の間を置いて銀之介が口を開く。

「それは、おめでとうございます――と返しても、問題無い話題なのでしょうか?」

 真顔でのこの質問に、上井はダハーッと笑った。


「全然オッケーってか、むしろ祝ってほしいかなーって! 離婚できて今オレ、超スッキリしてるっしょ?」

「そうでしたか。離婚、おめでとうございます」

 鈴緒も小さく頭を下げ、銀之介に続く。

「あざっす!」


 おどけた仕草でお辞儀を返した上井が、離婚までの経緯を詳しく語ってくれた。そこはちょっと気まずいから、あえて訊かなかったのに。


 先見で上井の死が予告されたあの日、警察官が彼の住むマンションまで様子を伺いに行ったところ、彼は玄関口で馬乗りになった妻から殴られている最中だった。

 妻はその場で現行犯逮捕され、その後家宅捜索も行われたのだという。


 そしてその時に、二人の寝室から真新しい包丁が何本も見つかったのだそうだ。先見の内容――めった刺しでの殺害と照らし合わせると、自分に使われる予定だった凶器に違いない。

 ベッドの下からエロ本よろしくコンニチハ!した包丁たちに、上井は思わず失禁しちゃったという。


 ビビりまくる彼に、警察官たちも「これはあくまで個人の意見だけど」と前置きしたうえで離婚を勧めたのだ。妻に逮捕歴が付いたこともあり、自分が働く美容室オーナーに紹介してもらった弁護士の力も借りつつ、トントン拍子で離婚にこぎつけたのだという。


「上井さん、間一髪だったんだ……助かってよかったですね」

 鈴緒が顔を強張らせて、思わず彼の無事を喜んでしまった。なにせ先見で防いだ殺人事件の顛末など、なかなか知る機会がない。それにここは田舎町のため、大事件も少ない。感慨深くなっても仕方がないのだ。


「巫女さん、マジ優しー! ってかおまわりさんにも言われたけど、マジのマジでヤバかったみたいでさー。だからマジで巫女さんには感謝してんのよ。包丁の束とか見たら、千年も恋も冷めるし……何アレ? オレの嫁って弁慶だったの?」

 ここで上井が言葉を切り、座卓に両肘をついた。「けど」と呟く。


「アイツも、結婚してすぐの頃はマージですっごいイイ女だったんだけどなー……オレだってそん時は、浮気とか絶対してないし? マジでオレの何がダメだったのか、今も分かんねーんだよな。ソコだけちょっと、不安ってか気になるってか……」

 しょんぼりとため息を吐く姿は、普段より老けて見えた。鈴緒もつられて、眉毛が情けなく下がる。


 そんな彼女へ一度視線を向けると、上井はスラックスの尻ポケットからスマートフォンを引っ張り出した。フォトアプリを起動し、画面を操作する。

「これ、元嫁な。今も昔も、ビジュはマジでサイコーなのよ」

「あ、本当ですね。キリっとしてて美人」

 鈴緒も座卓へ身を乗り出し、そこに置かれたスマートフォンを覗き込んで感嘆する。


 どこかの海で撮られたと思しき写真には、ロングヘアの綺麗な女性が映っていた。凛とした爽やかな笑顔からは、夫を惨殺するような湿度の高さは伺えない。もちろん転生した弁慶にも見えない。


 先見で視た鬼の形相での惨殺シーンから、鈴緒が彼の妻を「いつも包丁の刃をベロベロ舐めて、ニタニタ笑っている危険人物」と思い込んでいたことは、ここだけの秘密である。


 一方の銀之介の興味の矛先は、上井の元妻よりもおでんの白滝に向けられていた。しかし鈴緒に可愛らしくシャツの袖を引っ張られ

「ねえねえ。ほら、美人だよ」

と何故かお勧めされたため、大人しく箸を置いてスマートフォンを拝見する。

「げぇっ」

 そして即座にうめいた。


 決して吐き気を催すような写真ではないため、鈴緒も上井も目を丸くして彼を見る。二人から不思議そうに見つめられ、銀之介が居心地悪そうに眼鏡を押し上げた。

「すみません、つい。まさか上井さんの奥さんが、元同級生だとは存じ上げなかったので」

「えーっ! マジでっ?」

「そうなのっ?」

 今度は上井と鈴緒が、素っ頓狂な声を出す番だった。

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