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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン2

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5:ウェーイの悲哀

 いつかの朝に鈴緒が視た、上井の死の先見。

 それは妻によって包丁で滅多刺しにされるという、殺意の純度が高すぎる殺され方であった。なお、殺害寸前で割って入った警察の調べによると、妻が犯行に至ったきっかけは上井の女遊びだったらしい。自業自得である。


 ただ妻も「浮気性の夫に散々振り回され、遂に限界を迎えた哀れな女性」で済むタマではなかったようだ。警察が参戦する前に、上井のイケメン面をボッコボコにしていたらしい。もちろん素手(ステゴロ)であり、殴り慣れているとしか言いようがない。


「殴られすぎて、旦那さんの顔の形状がアンパンマンみたいになっていた。警察(うち)も本人か判断付かなくて困ったけど、本人もスマホの顔認証が全然反応しなくて無茶苦茶困ってたなぁ」

とは、妻を羽交い締めで止めた警察官のコメントである。


 そんな笑うに笑えない顛末(てんまつ)も聞いていたので、鈴緒も彼の事件はよく覚えていた。

 しかし、それはそれとして。鈴緒は胡桃色の髪をフルフルと振り、上井からの謝礼をやんわり拒否した。

「お気持ちはありがたいけど……あと着信履歴が多すぎて本当に怖いけど、お礼は貰えない。だって街の人から何か貰ったら、ナントカって条例とかに違反しちゃうし」


 そう。巫女は国ならびに市から報酬を貰って先見を行っているので、市民から個別に謝礼を受け取ると最悪逮捕されるのだ。なので相手がどれだけ「いつか地べたに這いつくばらせて、わたしに縋りつかせてやりたい」と願っている相手でも、金品を貰うわけにはいかない。


 しかしそんな内情は、鈴緒の婿候補である銀之介も当然知っていた。彼もどこか困った様子で口を引き結ぶ。

「俺もその事は伝えたんだが、まだ食い下がって来ているんだ」

「わぁ、めげない。上井さんの前世、スッポンなの?」

「もしくはザリガニあるいは、クワガタか」


 前世節足動物疑惑のある上井は、鬼着信以外にショートメッセージも無数に残していた。銀之介がそれも鈴緒に見せる。

〈お恥ずかしい話ですが、妻からはずっとDVを受けてました。でも女性に暴力を振るわれていると知られるのが恥ずかしく、周りに相談できずにいました〉


 鈴緒がキョトン顔で、メッセージを読む。そして肩を落とし、深々と息を吐く。

「上井さんって、文章だとまともなんだ……」

 銀之介も彼女のまんまるな目を見つめ、ゆっくり頷き返す。

「俺も驚いた。意外と根は誠実なのかも知れない」


 彼の推論に、鈴緒は大きく見開いていた目を半眼にした。ついでに腕まで組む。

「浮気するのに、誠実?」

「――それもそうだな」

 銀之介はほんの一瞬だけ、上井を擁護しようと口を開いた。しかしすぐさま本能が危険――自分の火遊びも疑われる可能性を察知し、鈴緒の言葉を丸ごと肯定した。

 この場合、彼の判断はものすごく正しい。


 上井からのメッセージはその後も複数回に渡って続き、最後は

〈そんな地獄の暮らしから救ってもらったので、せめてご飯ぐらいはご馳走させて下さい。巫女さんと二人きりのご飯では世間体も悪いと思うので、ぜひギンちゃんも一緒に〉


「この、ギンちゃんって?」

 鈴緒が薄々答えの分かっていることを尋ねると、銀之介の眉間にシワが刻まれる。ものすごく不本意そうだ。

「いつの間にか決まっていた、俺のあだ名だ」

「ふうん。可愛いね、ギンちゃん?」

 鈴緒がにんまりと笑って呼びかけると、銀之介に無言で頬を掴まれた。そのまま頬をもちもちと揉まれ、ふぶぅと情けない声を漏らしてしまう。


 銀之介は鈴緒の頬を堪能する手を止めず、片方の眉だけくいと持ち上げる。

「ふむ。相変わらず求肥(ぎゅうひ)のような触感だ。君の主成分は餅米とお砂糖なのか?」

「タンパク質ですぅっ」

 鈴緒は彼のゴツゴツとした大きな手を払い落とし、小さく息を吐く。


「上井さんの事情は、分かったけど……でもご飯をおごってもらうのは、やっぱり駄目だよね?」

「先見の礼という名目なら、駄目だろうな」

 淡白に返した銀之介は、スマートフォンを操作してカレンダーを見る。


「ところで。学期末試験が、間もなく始まるな」

「ん? あ、うん、そうだね」

 急な話題転換に一瞬虚を突かれながら、鈴緒はこくりと頷いた。銀之介は彼女の不思議そうな顔をちらりと見つめ、次いで再度カレンダーへ視線を落とす。


「例えば顔見知りとして、テストに臨む君への激励という名目で食事に誘うのであれば、言い訳も立つ」

「……でも、それってズルじゃないの?」

 社会人経験が乏しいために潔癖なところがある鈴緒は、不安そうに眉をひそめる。一方、その手の方便には慣れっこの銀之介は、わずかに口角を上げた。

「場所が高級レストランなら角も立つだろうが、庶民向けの店ならそこまで誰も咎めないだろう。そもそも君と彼は、先見以前に顔を合わせていたという実績もある」


 「わたし、無駄な実績を解除しちゃってたんだねぇ」と、鈴緒は言いかけてどうにか飲み込んだ。代わりに微妙な苦笑いを浮かべる。

 脳内には「パリピとおトモダチ」という不名誉な実績またはトロフィーが、燦然(さんぜん)と輝いていたが。


 銀之介の屁理屈もとい気遣いもあり、数日後には上井行きつけの店で夕食を奢ってもらうことになった。

 その日はちょうど期末テストの前日でもあったので、激励会という名目にもピッタリの日取りである。


 なお鈴緒は、行き先を教えられるまでずっと

「絶対ドゥンドゥンと、うるさい重低音でお腹を揺すられまくるクラブに招待されちゃうんだ」

と信じていたし、食事会の開催場所が「なごみ屋」という名前の飲食店だと教えられてもなお、クラブ疑惑を燻らせていた。本当は「NAGOMI-YAH!」と書くのだろう、と薄っすら信じていたのだ。

 もしも実際にそんな名前のクラブがあったら、場末感が漂い過ぎていて不安を覚えるだろう。


 しかし銀之介の車で向かった先にあったのは、住宅街のど真ん中にある「知る人ぞ知る」店だった。町家を改装した、実に趣のある店構えだ。入口横の看板を見る限り、おでんが売りの小料理屋らしい。

 鈴緒は入口の石畳で転びかけるというお約束を交えつつ、銀之介と共に入店する。


 そして着物姿の店員に予約席まで案内されながら、こっそりと彼のジャケットを引っ張った。銀之介もすぐに気付き、彼女へ視線を落とす。

「うん、どうした?」

 鈴緒は彼女の方へ体を傾けてくれた銀之介に、こしょこしょと耳打ちをする。

「わたし、絶対にうるさいお店に連れてかれると思って、耳栓も持ってきたんだけど……」


 彼女の不安を裏切るように、店内に流れているのは琴で奏でられるJ-POPメドレーだった。有線放送だろうか。音量も絞られており、重低音なノイズなど皆無である。

「そうか。奇遇だな」

 銀之介も小声でそう答え、コートのポケットからLOFTの黄色いビニール袋を取り出した。中身は旅行用の、結構いい耳栓であった。


 鈴緒はその未開封の耳栓を手に乗せ、力なく笑う。

「こんなところで気が合っちゃっても」

「君と俺の中での上井氏のイメージが近いという事は、すなわち物事の考え方も似ているという事だろう」

「ポジティブだねぇ。それでこの耳栓、どうするの?」


 このまま死蔵するには、少しもったいない耳栓である。鈴緒の問いに、銀之介もしばし黙して考える。

「次の会議で使おうかと。よく眠れそうだ」

「会議中はかっぽじろうよ、お耳。退屈でもさ」

 ザ・クソ真面目なメガネスーツ姿から繰り出される、ダメ会社員半歩手前の回答に、鈴緒が憐れみのこもった眼差しを注いだ。

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