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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン1

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12/79

12:夢見が悪いというレベルじゃない

 兄の予期せぬカミングアウトにより、結局鈴緒は銀之介に謝るどころではなかった。

 あのまま二人と顔を合わせぬよう、ほぼほぼ部屋に閉じこもったまま眠りに就くこととなったのだ。

 そして入浴中に、鈴緒自身が危惧していた通り。罪悪感と衝撃に(さいな)まれての夢見は、最悪だった。


 いや。そもそもこれは、夢なのだろうか――

 気が付くと鈴緒は祠の中の、先見でいつも使っている木の椅子に座っていた。周囲も先見中のように、舞台に様変わりしている。

 かりそめの舞台が描いているのは、どこかの浴室のようだった。中央に置かれた円形の大きなバスタブの中に誰かが入っている。一人ではなく、二人いるようだ。


 向かい合って密着し、イチャコラと仲良く入浴中なのは銀之介と鈴緒だった。

(なんでまた……!)

 叫び声こそ上げなかったものの、現在の鈴緒は頭を抱えて椅子に座ったまま悶絶する。

 だが彼女の静かなる慟哭を気にする様子もなく、未来のバカップルはがっつり全裸で抱き合ったままである。


 どうやら未来の鈴緒は銀之介の太ももに座っているらしく、顔の高さがほぼ同じだった。

 距離感がゼロというとんでもハレンチ体勢のまま、二人は呑気に喋っていた。

「銀之介さん。明日もお休みなんだよね? お昼ご飯、どうしよう?」

 自分の顔を覗き込む鈴緒に、銀之介が額を重ね合わせてしばし考える。

「たまには外食するか。行きたい店はあるか?」

「そうだね……あ、駅の裏にある、マンマパッパに行きたいかも。久しぶりにあそこの、サーモンのソテーが食べたいなぁ」

「ああ、分かった」


 甘ったるい了承の声に、現在の鈴緒は呆然となる。目を見開き、ゆるゆると顔を上げて二人を眺めた。

(本当にこの人、わたしのことが好きなんだ……)

 今更ながらに、かなり真剣な感情を寄せられているらしいと悟ってしまった。


 だが、この悟りがいけなかったのかもしれない。

 動揺のあまり吐息をこぼした直後、鈴緒は自分の体が濡れていることに気付いた。いや、それどころか服も下着も身に着けていない。

「えっ?」

「ん? どうした鈴緒ちゃん?」

 びっくりして声を上げると、すぐ目の前から低く落ち着いた声がした。顔を跳ね上げて前を見れば、同じく全裸の銀之介がこちらを伺っている。


 舞台上の未来の鈴緒の中に、現在の意識が混線してしまったのかもしれない。

 先見においても前代未聞の事態に、鈴緒は目を白黒させることしか出来なかった。

「鈴緒ちゃん?」

 銀之介が再度呼びかけて来る。同時に強張った鈴緒の頬を、指先でそっと撫でた。もう片方の腕は鈴緒の背中を押して、自分へと優しく抱き寄せる。


 恋愛経験すらない現在の鈴緒にとって、裸で男性と抱き合うなどパニック必至の状況だというのに。彼に抱き寄せられると不思議と心地よく、気持ちも落ち着いた。

 無意識にこてん、と彼の肩に頭を預ける。

「今日はやけに甘えただな」

 銀之介もそんな彼女を拒むことなんてせず、どこか嬉しそうに胡桃色の髪を撫でていた。


 銀之介は着痩せするタイプらしく、脱ぐとなかなかのマッシヴ体型である。なんともなしに逞しい首筋や肩のラインを見つめていた鈴緒は、左の鎖骨にある傷跡に気付いた。何かで切ったような歪な皮膚の引きつりが、そこに残っている。

 鈴緒が指先で傷跡を撫でると、銀之介がくすぐったそうに笑う気配があった。


(うわっ!)

 顔を上げて目が合い、鈴緒のお湯で火照った顔が更に赤くなった。こちらを見つめて笑う銀之介の表情が、見たことがないくらい甘ったるいのだ。

 おまけに露骨に照れる鈴緒を見つめ、更に口角が持ち上がる。

「どうしたんだ? そんな顔をされると、またしたくなる」

「え? またって――きゃぅっ」

 鈴緒の問いかけは、自分の媚びまくりな悲鳴でかき消えた。彼女の背部を支えていた銀之介の手が、背中から腰を撫で始めたのだ。


 何がしたいかなど、皆まで言うまい。この不埒な手つきでお察しだ。だってお尻も揉まれている。


 現在の鈴緒は脳内で「助けてポリスメーン!」と絶叫していたのだが、肉体の方はあいにく彼を拒もうとしなかった。

 むしろ現在の鈴緒の意思を無視して、彼の首に腕を絡める。たわわな胸も、胸板へ更に押しつけた。そしてキスをねだるように、薄く口を開けて舌を覗かせる。

 そのまま銀之介を潤んだ瞳で見つめた。


 致す気満々な銀之介ももちろん、愛する妻のお誘いに全乗りである。ますます笑顔を深めて、彼女へ顔を近づけた。二人の鼻先がこすれ合い、噛みつくような口づけが交わされ――る直前で、鈴緒は目が覚めた。


 ベッドで仰向けになったまま、両目をかっ開いての覚醒である。

 十九年の半生において、一番の目覚めの良さかもしれない。眠気の欠片すら残っていなかった。

 しかし代わりに、心臓は未だにドッコドッコと大暴れである。血の巡りがよすぎて、視界も脈打っている気がする。


 鈴緒はゆるゆると上半身を起こして、絶望の眼差しになった。

「……今のって夢? それとも先見? え、やだ、あんな際どい事後……ううん、直前の映像見せられても……お願い、ただの悪夢であって……思春期によくある、ちょっとエッチな夢でありたまえ……君死にたまふことなかれ……」

 もはや自分でも何を願っているのかよく分からないまま、与謝野晶子も混ざっていた。


 鈴緒はしばらくうなだれてから、ヘッドボードに置いてある時計に目を向けた。時刻は六時十五分――普段の起床時間より、一時間近く早起きしてしまったようだ。

 このまま寝直そうかと思ったものの、夢の内容が内容だったためか、喉がカラカラに乾いていた。空咳も二度ほど出てしまう。


 水分補給をするため、鈴緒は一度キッチンへ向かうことにした。ふらつく足取りでベッドを降り、部屋を出た。

「いたっ」

 その際、お約束のようにドアノブにぶつかりつつ、一階へ繋がる階段を目指す。

 またスリッパを履き忘れた、と気付いたのは階段前までたどり着いた時であった。


 木製の廊下を素足で歩いていると、ほとんど足音がしない。

 そのため鈴緒も、そして階下から上って来た銀之介も、顔を見合わせるまでお互いの存在に全く気付いていなかった。

 昨夜の罵倒や盗み聞きした告白や、先ほどのハレンチ悪夢などの余波で、鈴緒はすぐさまそっぽを向こうとしたものの。

 顔を背けるより早く、彼が上半身裸であることに気付いてしまった。


「ぎにゃあ!」

 諸々の気まずさをかなぐり捨てて、鈴緒はたまらず叫んだ。その不細工な叫びは奇しくも、尻尾を踏まれた時の猫の悲鳴にそっくりだったという。

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