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なろうっぽい小説

乙女ゲームは存在しない

作者: 伽藍

乙女ゲームの記憶を持つ転生悪役令嬢が婚約破棄劇で逆断罪して勝利したお話。

「レジーナ・リンドバーグ公爵令嬢! お前との婚約を破棄する!」


 王太子クレイグは王立学園の卒業パーティーで、自分の婚約者であるレジーナに人差し指を突きつけながらそう言った。


 王太子の隣には、聖女の神託を受けて平民でありながら王立学園に入学した聖女シャロンが佇んでいる。聖女シャロンは、入学して早々に王太子と近しくなったことで女子生徒たちからは嫌われていた。


 レジーナは扇子の裏でそっと嘆息した。レジーナにとって、この婚約破棄劇は全く想定内のできごとだった。


 なぜならレジーナは異世界からの転生者であり、前世でこの世界がとある乙女ゲームの舞台であることを知っているからだ。

 レジーナが前世の記憶を思い出したのは、ほんの三か月前のことだ。そうでなければ、この婚約破棄劇でしてやられる未来もあったかも知れない。聖女という立場は、王太子の婚約者として十分だからだ。


 間に合って良かった、と思った。お陰で、反撃をするだけの準備ができた。


 レジーナは口を開いた。記憶にある乙女ゲームの通りに。


「わたくしどもの婚約は王命により定められたもの。わたくしとの婚約を廃して、まさかそちらの平民と婚約をなさるお心算ですの?」

「彼女はただの平民ではない、聖女だ! わたしは聖女シャロンと婚約する!」


 ほとんど叫ぶように、クレイグは断言した。そんなに大声を出さなくても聞こえていますのに、とレジーナはますます辟易とした。

 こんな茶番に付き合うのも馬鹿らしくなって、レジーナは用意しておいた手札を切ることにした。


「先ほどからそちらのシャロンさんを聖女と仰っていますけれども」


 聴衆たちにも聞こえやすいように、気持ち声を高くする。


「シャロンさんは聖女ではなかったようですわよ。教会の皆さまから証言を頂けましたわ」


 控えていた侍女を呼び寄せて、レジーナは証言をまとめた書類を掲げて見せた。その書類には、大司教の正式な印章が押されている。


 ざわっ、と聴衆がざわめいた。シャロンが強く反応する。


「そんなはずはありません! わたしは確かに――」

「ただの平民が口を挟まないで頂けるかしら? 不敬ですわよ。よりによって教会を賄賂で懐柔しようだなんて、不届きなこと」


 何ごとかを反駁しようとしたシャロンの物言いを、レジーナはぴしゃりと遮った。


 乙女ゲームの記憶を持つレジーナには、この先が簡単に予想できた。

 恐らく王太子クレイグは廃嫡され、偽聖女シャロンは処刑されることになるだろう。そうしてシャロンと入れ違いに、レジーナが真の聖女として立つことになる。


 これは乙女ゲームの、特殊な悪役令嬢レジーナの勝利ルートだった。聖女として覚醒したレジーナは人間の敵である魔王を打ち倒し、第一王子が廃された代わりに王太子となった第二王子と婚約していずれ王妃となるのだ。


 顔色を失っている王太子を眺めやって、にこりと微笑む。


「真実の愛のお相手と、どうぞお幸せに」


 偽聖女シャロンが処刑されたのは、それから一か月が経った頃だった。


***


 そうして人間の敵である魔王アーダルベルトは、かつてシャロンと呼ばれていた少女の魂を大切に抱きしめる。


 万感をこめて、アーダルベルトは呟いた。


「おかえり、リュシア。恐い思いをさせてごめんね」


 シャロンだった少女の魂は、アーダルベルトのリュシアという呼びかけに応えるように仄かに瞬いた。


「リュシアの体はちゃんと保管してあるよ。すぐに蘇生してあげなくちゃ」


 熱に浮かされたように、ほとんど夢見るように、アーダルベルトはそう言った。


 シャロンという人間の少女は、アーダルベルトの恋人であるリュシアという魔族の女性の転生体だった。シャロンが命を喪うときを、アーダルベルトは今か今かと待っていたのだ。


 リュシアに恐い思いをさせてしまったことは申し訳ないけれど、それ以外は何もかもうまくいった、とアーダルベルトはほくそ笑む。

 なぜならシャロンは本当に魔族を打ち倒す力を持った聖女であって、レジーナの持つ前世や乙女ゲームなどといった記憶はアーダルベルトに植えつけられた偽物の記憶に過ぎないからだ。


 聖女は魔族の天敵として神に造られた存在だから、魔族の王であるアーダルベルトが聖女であるシャロンに手を出すことはできなかった。だから、ちょうど良い立ち位置にいたレジーナを利用することにしたのだ。

 レジーナは自分が前世の記憶を持つ異世界からの転生者であると思い込んだだろう。この世界が乙女ゲームの舞台であると思い込んだだろう。


 まさか、そんなわけがないのに。


「だからあんたが聖女に目覚めることも永遠にないよ、悪役令嬢さん」


 愉悦を湛えた声で、アーダルベルトは嘯いた。


 魔族の天敵である聖女は特別に造られた存在だから、神であろうともそう簡単に生み出すことはできない。シャロンは正真正銘の、この世界にたった一人の聖女だった。

 人間たちは、唯一の希望をあっさりと死に追いやったのだ。


「まぁ、僕が仕組んだことだけどさ。簡単すぎてびっくりしちゃった」


 もともと聖女シャロンに王太子クレイグが一方的に言い寄っていたから、あとは周囲の認識をほんの少し誘導するだけで十分だった。多少なり強い力を使ったのは公爵令嬢と教会に対してだけで、あっさりと公爵令嬢は植えつけられた前世の記憶を信じたし、教会は賄賂を受け取ったと思い込んで聖女を偽物と断じた。

 シャロン、リュシアには辛い思いをさせてしまったけれど、アーダルベルトは自分の人生をかけてリュシアに償うつもりだった。


「全く、神様もひどいことをするよね。よりによってリュシアの転生体を聖女に仕立てるだなんて。そもそもリュシアは、卑劣な人間に殺されたというのに」


 声は軽く、けれど震えが走るような響きで、アーダルベルトは言った。


 リュシアはもともと、アーダルベルトの恋人だった。かつての魔族は人間と敵対などしていなかったのに、魔族の土地を欲した欲深い人間たちが一方的な侵略戦争を仕掛けてきたあげくにリュシアを殺したのだ。

 だからアーダルベルトは、人間を滅ぼすことを決めた。


 けれど人間が滅びることは、神々にとっては不都合なことだったらしい。人間というのは適度に賢くて愚かでしかも短命だから、繰り返し転生させて魂を磨き上げるには最適なのだ。だから神々は、地上に聖女を遣わせた。


 そんな事情なんて、アーダルベルトには知ったことではないけれど。


 いずれにせよ、すでに聖女を失った人間などアーダルベルトには烏合の衆に過ぎなかった。あとは羽虫を散らすようなものだ。


「僕は人間に怒っているんだよ」


 だって人間は、リュシアを殺したから。


「僕は神々に怒っているんだよ」


 だって神々は、リュシアに無理を強いたから。


「僕は世界に怒っているんだよ」


 だって世界は、リュシアに優しくないから。


「だから、ねえ」


 アーダルベルトは大切に抱きしめたリュシアの魂にそっとキスをして、とろけるように優しく微笑んだ。


「リュシア、僕がきみに飛びきり優しい世界をあげる」


 弾むような足取りで、かつて亡くなったリュシアの遺体を安置してある地下に向かう。その途中で、アーダルベルトはふと思い出したように、どうでも良いように呟いた。


「それにしても、まさか、前世の記憶がこんなところで役に立つなんてね」

婚約破棄テンプレから始まるいつものやつ。なんなら先頭二行は前作の焼き直し

なんか前に似たような設定で書いた気がするけれど思いついちゃって勿体ないので書くし上げちゃう。わたしは何回でも似たようなお話を気が済むまで擦ります


わたしの世界観だとあんまりRPGよろしく「魔王が人類の敵」みたいな設定にはしないのですが、この作品は人間が魔王をバチ切れさせたので魔王は人間を滅ぼす気でいます


別に性癖ってわけではないと思うのですがわたしの作品だと真実の愛のお相手は結ばれずにどちらか亡くなる(亡くなっている)ことが多いので、これは珍しくハッピーエンドです。やったね!


【追記20250510】

活動報告を紐付けました! 何かありましたらこちらに

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3439791/

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― 新着の感想 ―
シャロンが不憫じゃないですかね。 彼女の視点だと冤罪で処刑され、黒幕は魔王。しかもその目的は自分を消して自分の前世の女とやらを生き返らせるため。怨敵ですやん。 ちょいと妄想。 アーダルベルトがリュシ…
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