新たな目覚め
気がついたら風呂場の扉の前っていうか台所で、スッポンポンで寝ていた。
変な姿勢で寝ていた所為なのか身体が変な姿勢で固まっていて、動かすのに難儀する。
身体が冷たいほど冷え切っていたのと固まった身体を解きほぐそうと、「……」『もう1回風呂入るか、アレ? 声が出ねえぞ、風邪ひいちまったのかな? 風呂入ってから風邪薬飲んどくか』
そう思いながら湯船の手を入れたら冷え切ってた。
『えぇー俺、何時間寝てたんだよ?』
しかし冬場にこんな寒いところで寝ていてよく死ななかったな。
風呂に入るのを諦めて台所からリビンク兼寝室の隣の部屋に行き、部屋着兼寝間着のジャージを着てその上にトレーナーを着た。
本棚の隅に置いてある薬箱から風邪薬を3錠取り出し口に放り込む。
『水、水、良っか此れで』
水の代わりにテレビの前のテーブルの上にあったウィスキーをラッパ飲みして、風邪薬を喉の奥に流し込む。
『アレ? 香りがしないし味もねーぞ。
鼻も詰まってるのかな? 味は? スーパーで買った安酒だからか? でもさっき風呂入る前までは味あったよな? 何でだろ? そういえば今何時だ?』
ベッドの枕元に放り出してあるスマホの電源を入れ……点かない。
『なんだよ、電池切れかぁ? 寝るとき充電しようとは思ってたけど、風呂入る前40%は残ってた筈なんだけどな? 買って半年しか経って無いスマホなのにな、やっぱりメイド・イン・チャイナは駄目だな、次買い換えるときは日本製にしよう』
スマホに充電ケーブルを繋ぐ。
『やっぱ壁掛け時計買おうかな? スマホがあれば時計なんていらないって思ってたけど、スマホが使えないと時刻も分からないからな、さっきまで寝てたから全然眠くならないから、仕方ねーテレビでも見てるか』
テレビを点ける。
テレビを点けたら、画面に映ったニュースキャスターのネエチャンが変な事を言う。
「全世界で死者が蘇ってます」
画面が切り替わりどっかの斎場が映し出される。
葬儀会場の真ん中に置かれている棺桶から身を起こした年寄りに、親族らしい5〜6人の老若男女が群がり泣きながらしがみつく。
画面が切り替わると今度は、棺桶から身を起こした男が棺桶を覗き込んでいた青年に掴みかかる。
此処でまたニュースキャスターが映され、説明した。
「今映されたのは、殺人事件の被害者の葬儀場で、偶々被害者を殺害した加害者が棺桶の中の被害者の顔を見ていたところ被害者が蘇り、加害者に掴み掛かったところです。
現在、全国の警察は安置所に収容されていた何らかの事件に巻き込まれたと思われる遺体と筆談で意思の疎通を図り、加害者の特定を進めて幾つかの事件の加害者を逮捕したとの事です」
また画面が切り替わる。
何処かの戦場が映し出され、簡易の墓から這い出して来た兵士が銃を手にして、生者の兵士と肩を並べて戦闘に従事していた。
またニュースキャスターが映される。
「此の映像はウクライナです、ウクライナ、ロシア双方の戦死者が蘇り戦場に復帰しているとの事。
ただ、ウクライナ軍の戦死者はほとんどの戦死者が戦闘に復帰しているのに対し、ロシア軍の戦死者は自分が死から蘇ったと知ると、三分の二の兵士は戦場から故郷に向けて逃走、残りの三分の一の兵士のうち戦闘に復帰するのはそのまた三分の一で、残りの三分の二の兵士は上官や仲間の筈の生者の兵士に掴み掛かっているとの事です」
ニュースキャスターが下を向き、視聴者には見えないモニターを見てから話しを続けた。
「今入って来たニュースです。
政府は蘇った死者の事を蘇ったとは言わずに、新たに目覚めたと言うようにすると閣議決定したとの事です」
『なんだよ、死者が蘇っているっていう緊急時に、政府のクソ共はそんなどうでも良い事を話し合ってたのかよ』
味も香りもしない酒を煽りながら、1週間前に温かい風呂から寒い台所に出た所為で心筋梗塞で死んだ男は、自分も新たに目覚めた1人だと気が付かないままテレビを見続けていた。