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この世界には七人の魔女がいる  作者: 最中
その魔女は怠惰と呼ばれる
8/12

07

 



「翌日も来て良いと言うから、親交を深める雑談でもしようと思ったんだけどな。この資料の山はなんだ?」


 昼過ぎにやって来たロイドはベルの用意したものに呆気にとられていた。

 数日時間が欲しいと言っていた資料の整理及びこれからの行動をまとめ終えていたのだ。


「友だちって言ってもそういうのは業務外」


 全くもって相手にする気のないベルにロイドは苦笑いをする。

 友だちになろうと言わせたもののまだまだ心の壁はあるらしい。機嫌を損ねても意味はないので目の前に置かれた資料に手を伸ばす。

 少し資料に目を通すつもりが次々に資料を読み漁ってしまう。そこにはラヴィ・ティミンに対する分析や仮説が細かくまとめられていた。

 ロイドが渡した資料も決して雑にまとめていたわけではない。ただこの資料はラヴィ・ティミンに会ったかのようなレベルなのだ。


「これはどうやって?」

「普通にもらった資料を元に調べただけだよ。そっちの資料も頑張ってたけど、爪が甘いね」


 ロイドに渡した資料と同じものを手に取ると該当のページを開き見せる。見てみると、そこはラヴィ・ティミンに関することがまとめられていたページだった。それがなんだと言うのだろう。ロイドはベルの説明を静かに待つことにした。


「ティミン家が実在してることは確認したみたいだけどそれじゃダメだよ」


 ティミン家は確かにフォーテリグに昔から実在する家門だ。恐らく存在する家門であることで間者の可能性は低いと判断したのだろう。家門を巻き込んだ騒動となると責任を負うことになる。そんな危険を冒すほど逼迫した世の中ではない。

 ただ、その考えは爪が甘いのだ。実在する理由まで調べなければ見えないことはたくさんあるというのに。


「いい? このティミンという家門は今から約二百年前に当時の第一王子が病弱だったことから王位を辞任した際に与えられた特例の家門なの。余計ないざこざを起こさないために生涯独り身だったの」

「それはつまり」

「その家門は一代限りで子孫なんていない。ラヴィ・ティミンは突然出てきた女の子ということ」


 ティミンは一代限りの家門という記録しか存在していない。これはフォーテリグで管理されている家門一覧でも確認できることだ。家門一覧は国立図書館にもあるから調べようと思えば簡単に調べられる。

 こういう処置をすることは実は彼の国では実は珍しくない。しかしアグリカでは例のないことだから気付けなかったのだろう。


「じゃあ、ラヴィ・ティミンは何者だ?」

「まずフォーテリグでは廃位を希望した王族に家門を用意することは珍しくない。これを前提としたときに考えられるのは」


 ロイドに向けてベルは淡々と仮説を話していく。


「家門一覧には系譜までは流石に載ってない。このことから適当に選んだ単独犯の可能性もある。けど一代限りの家門をわざわざ選んだことから王族絡みの可能性の方が高い」

「王族? まさか何のために」

「フォーテリグの王族には変わった規則があるの知ってる? 王女は成人になる十八歳になるまでお披露目されないっていう」

「その規則は聞いてる。末の弟もまだ婚約者の王女に直接会ったことはなかったはずだ。写真だけが送られてきているとか前に聞いた」

「じゃあ、ラヴィ・ティミンの正体でもおかしくないじゃない」


 突拍子もない言葉にロイドは言葉を失う。

 何を馬鹿げたことを言っているんだと、ベルの言葉に反論しようと口を開くものの一度言葉を飲み込む。馬鹿げたと言うのは簡単だ。ただ、本当にそうあしらう事なのか。

 王女の姿を見たことがない以上、その論は一理ある。一理あるがおかしい点がいくつもあるのも事実だ。


「そうだとしても、説明が付かない。そもそも理由がないじゃないか」

「どうして? いくらでも理由なんて考えられるでしょ」

「こちらに情報を開示せずに向こうの王女を送り出す理由が? それこそ我が国に対して何か企んでると捉えかねない」

「そうなんじゃない?」

「だから、それはあり得ないって言ってるじゃないか。各国が手を取り互いに不可侵であるのは暗黙の了解で、それこそ均衡を守る魔女殿たちが黙ってないだろう」


 ロイドの言葉にベルは優しく微笑む。

 昨日から本当に魔女について正しく伝えられていないことを実感する。魔女を敬うと言いながら結局人は自分たちの都合の良い情報しか後世に伝える気がないのだろうか。

 魔女を知りたいと言ってきたこの男は本当に魔女を知らないらしい。正しくは知った気になっているのだろうけど。


 魔女とは何か。間違った知識をここでひとつだけ教えてやろうではないか。


「勘違いしてるようだけれど」

「勘違い?」

「そう。私たち魔女は均衡が守られるなら人々の争いに手も口も出さないよ」


 子どもをあやすように。もしくは諭すように優しい口調でベルは話す。ロイドは理解の出来なさそうな表情を見せるが、嘘は言っていない。


 魔女は人の絶対的な味方ではない。それは魔女が選ばれてから今日まで変わらない魔女の規則だ。

 これまでは人口を減らすことで均衡が守られる事態に陥っていないだけで、必要なことであれば魔女たちは争いを見守るし手を貸すことだってあるだろう。


 今の人たちは魔女を平和の象徴としているようだが、それは人々の勝手な思い込みだ。

 ベル自身魔女として生きてきて一度たりともそんな気持ちで過ごしたことはない。


「それは、どういう意味で捉えればいい?」

「言葉そのままだけど……そもそもさ、魔女をなんだと思ってるの? 私たちは均衡を保つ存在感。それがどんな手段であろうと守られるならなんでもいいのよ」

「そんな」

「そんな、何? 勝手に魔女を美化してるのはそっちじゃない」

「それは、そうかもしれないが」

「今は私たち魔女が何かなんてどうでも良いでしょ。ラヴィ・ティミンについての対応が先」


 魔女がなんたるかを語り出したらロイドの寿命が尽きてしまう。

 ベルとしては別に方ってもいいのだが、今回の依頼を放棄することになるので流石にできない。


「仮説だってば。王女なのかは知らないけど、一つの可能性としてはあり得る範疇なんだよ。こうやっていくつか仮説を立てて一つずつ潰していかないと」

「それは確かに……」

「まぁ、本当に魔術や魔女が関わっているって場合は他国の王族とも言ってられないけど」


 アグリカではベルが出不精のため魔女という存在は滅多に会うことができない認識だが、他国ではそんなことはない。未だに王族より権威を持ってしまい、決め事の度に公の場に出ている魔女もいるくらいだ。

 他国では会おうと思えば簡単に魔女に会うことも依頼することも出来てしまうのだ。


「まぁ、とにかく。王族が絡んでいるのかを確認するために行くよ」

「どこにだ?」


 立ち上がり指を鳴らして他所行きの服に変えるベルを不思議そうに見てくる。

 これ以上資料と睨めっこしたところで可能性の域を出ない。考えうる今回の件をフォーテリグに問い合わせるにはまだ確証が足りない状態だ。


「ラヴィ・ティミンと話した担当に会いに行くのよ」

「それについてはまだこちらで確認している」

「もう昨日のうちに仕事のできる使い魔がアポイント取ってるから大丈夫」


 呆気に取られているロイドを見てベルは満足そうに笑う。


「知ってる? 時間って有限なんだよ」


 悠長なことなんて言ってられない。

 慌てているロイドを尻目にベルは外に向かう。


 平和が続くことは良いことではある。ただ、そのせいで忘れられることも多いことも事実だ。


 魔女の役目は今も昔も変わっていない。

 必要であれば世界の半分を滅ぼすことも平気でできる。例え、自分に優しくしてくれている街の人間たちが含まれたとしても、罪悪感を抱くとは思えない。


 そんな自分は魔女として一人前かもしれないとベルは密かに笑うのだった。




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