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この世界には七人の魔女がいる  作者: 最中
その魔女は怠惰と呼ばれる
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06

 

 全く帰る気配を見せないロイドにベルは痺れを切らしてギリギリ保っていた猫を被ることをやめた。正直、すでに猫など被れていなかったと使い魔たちは思うがそこは黙っておく。これ以上主人の機嫌を損ねることは得策ではないことを理解している。


「あー腹立つ」


 不機嫌を隠さずに悪態を吐くが、それすらもロイドは楽しそうに笑うのだからタチが悪い。いいカモになっているのではないかと先ほど考えたが、恐らくそんなことはないことを理解する。すでに目の前にいる王子は外交に慣れて楽しんでいる性質だろう。

 そんなことをベルが考えているなんて微塵も思っていないだろうロイドは一通り笑った後ににこやかに言葉を続ける。


「すみません、そういう言葉や反応はなかなか受けないので新鮮なんですよ」

「王族に言える人なんて同じ位の人間でしょうからね。ただ、私これでも魔女様なんですけど?」

「えぇ、我が国の偉大な魔女殿です」

「気持ちこもってないなぁ……」


 ベルの言葉もなんのその。新しく用意された紅茶を優雅に飲むロイドに今度こそ舌打ちをしそうになる。

 そんなベルを楽しそうに見ていることも腹が立つが、ぐっと堪える。魔女としてすでに何千年と生きてきたのだ。ここでベルが大人になるのだ。

 そう、大人になるべきだ。と、何回も心の中で繰り返し引き攣った笑顔を見せながら負けじとベルも余裕を装って紅茶を口に運ぶ。


 ロイドは笑顔を絶やさず、それでいて真剣な視線をベルに向けると静かに口を開いた。


「魔女殿のことは敬う存在として。そして畏怖すべき存在として教えられてきます。特に我々王族は関わることも多いため国史より先に学ぶ存在です」


 一度言葉を切る。

 国史を学ぶより先に学ぶ魔女とは、世界を創造した神と崇められている存在が選んだ特別な存在。国によって崇め方は異なるとはいえ、魔女を特別視することは世界の共通認識だ。


 ロイドも今日この日まではその認識を疑ったことはなかった。


「ですが、本日実際にご尊顔を拝することが出来て魔女殿もただの少女であり、一国民だと感じました」


 思ってもなかった言葉に喧嘩を売られているなら買ってやろうと戦闘態勢だったベルは「へ?」と、気の抜けた声を出してしまう。

 一国民というのは間違いはない。この国で生まれ、生きていているのだから。

 ロイドの感じたことに間違いない。間違いはないがそんな気持ちは遥か昔に置いていった。


 この男は今度は突然何を言うのか。

 突拍子のない言葉にロイドと会ってから調子が狂い続けている。ベルは何かを言おうとした口を一度閉じて黙って紅茶を飲むことにした。


 一方のロイドもふざけた気持ちは微塵も持ち合わせていない。

 直接会い、会話をした自国の魔女は十代の女の子という印象を受けた。見た目はもちろんのこと、中身も年相応の女の子だ。

 それこそ末の弟と同い年くらいのどこにでもいる十代と言う印象を持ってしまった。こう思うことは不敬に当たるかもしれないが、持ってしまった印象を変えることは難しい。


 考えてみれば魔女に会うために滞在した街は魔女の恩恵を受けているというよりも、共存共栄をしている印象を受けた。

 年配のものは自分の孫と同じように魔女を思い、子どもたちは優しい魔女との思い出を楽しそうに話す。そう、隣人の話をするようにみな話すのだ。

 親しみを持った街の人間を見て、実際に会って教えが全てではないと実感した。教えられてきた畏怖すべき存在が全てではないのかもしれない。


 しかし、彼女は魔女なのだ。

 これは変わりようのない事実で、何千年も生きてきて、この先も生き続ける。

 国のため、この世界のためと均衡を守り続けて行く存在だ。


 ならば、自分だけは。


「ということで、今からは友人として過ごそうと思う」


 自分の短い生の中で魔女という友を持っても面白いだろう。彼女にとっては本当に一瞬の出来事になるだろう。


「ユウジン?」

「良い友になれると思いますが、どうですか? そもそもこう話していると学び魔女殿たちを理解したつもりでまったく理解していないと痛感しました。だからこそ友になって魔女を学び根幹を知りたいと思うのですが」

「えぇ、本当に意味わからない……怖いよこの王族。どんな思考したらそんな発想になるの?」


 やんわり拒否の意を伝えるつもりが本音が口から出てしまうくらいには動揺している。

 この男はここ数百年の中で出会った王族の中で一番国の根幹がしっかり根付いているようだ。


「周りから真面目って言われない?」

「いえ。どっちかと言えば色々なことに興味を持ちすぐに行動してしまうから一つに集中しろとは言われ続けてきました」

「色んなことに興味って言うけど、どうせ全部ちゃんと調べあげるんでしょ」

「もちろんです」


 自信満々に答えるロイドという男は、良くも悪くもアグリカを代表する性格をしているとベルは思う。本当に少しは自国の魔女を見習ってほしいくらいだ。


「真面目だよ、十分過ぎるくらい」

「そうでしょうか」


 無自覚なところも厄介だ。

 怠惰と呼ばれる魔女について学んできていると言うが一体何を学んでいるのか。ここ数百年間何もしなさ過ぎて反面教師とされすぎたのかもしれない。


 小さくため息を吐く。

 魔女としての責務を少し休みすぎたのかもしれない。ベル自身は少しと思っているが使い魔たちからすれば十分すぎるくらいに常に休んでいると思っている。


「わかった」


 ここまできたら腹を括ろうではないか。

 どうせ短い時間の付き合いになる。人の数十年は魔女からしたらほんの一瞬だ。


「友だちになりましょう。あなたに怠けることの重要性を教えるために」


 魔女であるベルを見て精々学べば良いのだ。

 真面目であることだけが正義ではないことを。怠けることで取れるバランスがあることを。


「ありがとうございます。良き友であるように努めます」

「その返事はすでに固いし、友だちじゃない。砕けていいよ、もう」

「じゃあ、その言葉に甘えて。流石に魔女殿を呼び捨てにはできないので、ベル殿と呼ばせてください」

「お好きにどうぞ。じゃあ、そうと決まれば今すぐ帰って」

「嫌だと言ったら?」

「聞くわけないでしょ」


 まだ居座ろうとするロイドに笑顔を向ける。


「また明日ね、ばいばい」


 指を鳴らし、一気に街へと送り届ける。

 急なことで尻餅をついているかもしれないが、友だちになったのだから許されるだろう。

 依頼の話よりもその後の話の方が疲れた。依頼を受けたことを後悔したくらいだ。


『ご友人ができるなんて素敵ですね』


 クスクス楽しそうに笑う使い魔に苛立つ元気もない。

 そんなことをする時間もすでにベルの中では残っていないのだ。


「マッシュ減らず口を叩く暇があるならすぐい動いてくれる」

『何なりと、我があるじ』

「平和ボケしてる我が国の王族にアグリカの魔女の真髄を知ってもらいましょう」

『仰せのままに』


 何故アグリカが怠惰の魔女なのか。その正しい歴史が伝わっていないことが恐ろしいと思いつつ、歴史を繋ぐことの難しさも痛感する。国に対して関心を持たな過ぎたことを今さら反省するなんて思ってもみなかった。


 とはいえ、魔女を理解したいなんて魔女からすれば馬鹿馬鹿しいことであることも事実だ。

 そう考えると正しく伝わっていようがいまいが本来はどうでもいい。魔女は魔女が理解しているだけで十分なのだ。


「魔女は魔女になる前から魔女だったんだよ」


 使い魔にも聞こえないくらい小さな声で呟いた言葉は誰にも理解されない魔女の真実といえるものだった。


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