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この世界には七人の魔女がいる  作者: 最中
その魔女は怠惰と呼ばれる
3/12

02

 


「まーっじょさま! 今日も庭で遊ばせて!」

「いいけど、ちゃんと夕刻の鐘が鳴ったら帰りなよ?」

「はーい!」

「まじょさま、これお母さんから! ご飯もちゃんと食べてって」

「おぉ、耳が痛いけどマーサに有難うって伝えておいて」

「うん! じゃあ、庭で遊んでくるね。これどーぞ」


 わらわらと数人の子供たちがベルに挨拶をして元気よく去って行く。ベルは慣れたように簡単に相手をするとひらひらと手を振って見送る。


「あの子たちは……近くの街の子たちですか?」

「そうだよ。あの子たちの住んでる領地に間借りさせてもらってるようなもんだから昔から交流してるんだよね」


 目線を郵便の山に戻しながら言葉を続ける。

 これも違うと手紙を分ける。手紙を出されたところで返事をしないのだからもっと違う方法を取ってほしいものだ。


「で、私の庭っていうか森は代々子どもたちの遊び場になってるんだよね。かくれんぼとかに適してるし、植物の知識もつく。そうして遊んでた子たちが大人になって、あんな感じで子どもを通して気にかけて毎日声かけてくれるの」


 魔女のお姉さんが、気付くと友人の魔女になる。そして妹のような魔女になり、娘、孫の魔女になっていくのだ。

 友人を過ぎると敬う存在としての距離感になっていき、直接的な交流は無くなって行く。その弟や妹に、自分の子どもに。その交流は引き継がれていくのだ。


 マーサも庭で元気に遊び回っていた女の子だった。

 花冠を作るのが得意で、年下の面倒もよく見ている子だったはずが、気付いたら結婚し、二人の子どもがいる。


 いつだってベルの周りは目まぐるしく変わっていき、その中でひとり取り残されていく。


「毎日?」

「よく飽きないよねー」

「魔女の試練はないのですか?」


 魔女の試練。

 なんだその単語ときょとんとしてしまうが、少し考えて来た人間を迷わせてることを言っているのだろうと理解する。

 そんな呼び方されてるのかと思いながら、恐らく出したという公文書をやっと見つけた。


「魔女の試練なんて呼ばれてるの? なんか仰々しいね」

「我々は三ヶ月かけて十回チャレンジの末に魔女さまにお会いできたのですが」

「へー。でも一応は心からこの場所に来たいと思う人はすぐに来れるようにしてるからなぁ。あの子たち本気でここで遊びたい、学びたいって思ってるから簡単なんじゃない?」

「我々も必死だったのですが……」


 苦笑いする姿を横目にペーパーナイフで封を開ける。必死かどうかは人によって異なるのだから文句を言われてもベルには関係がない。これに関しては残念ながら子どもたちの方が必死だと言うことなのだ。

 とは言えわざわざ公文書を出してるならそれなりに必死だと言うことは理解する。ただ事前に連絡しているから簡単に会えるとでも思っていたのか。その気の緩みが恐らく道を迷わせたはずだ。


「まぁ、今回の依頼でまた来ることあればその時は問題ないから」

「それなら良かったです」

「で、肝心の中身は……学園で起きてる不可解な事象の検証依頼? こんな平和そうな依頼に公文書まで送ったの?」


 平和すぎて王族も暇なのか。

 怪訝そうな顔をするベルに対しまた苦笑いを見せるがすぐに深刻そうな表情になる。


「不可解なことに魔術の類が絡んでいる可能性があるのです」

「……それ、本気で言ってる?」


 場の空気が一瞬で変わる。


 魔術、魔法、呪い。

 様々な呼び方をされるそれは魔女たちが持つ特有の力を指す。


 魔女たちは不可侵を約束している。それは己の力を間違った形で使わないという魔女たちの誓約とも言える。

 魔女が誕生してから一度だって破られたことはない。破るような魔女だっていないのだ。信頼とも信用とも形容しがたい関係だが、魔女にしか分からない繋がりが確かにある。


 それなのに魔術が絡んでいるとこの男は言うのだ。


「気に障ったのであれば心よりお詫び申し上げます。もちろん確証はありません。ただ、我々にはその可能性を疑うくらい不可解なのです。ですから、魔女さま。どうかお力を貸してください」


 頭を簡単に下げる姿にイライラしていた気持ちが途端に阿呆らしくなる。

 王族を名乗るならそんな簡単に頭を下げるなとあきれてしまう。


 そもそも魔女たちの本質など人に分かるわけがないのだ。理解できないことを理解されない、勘違いされることにイライラしたところで意味はない。


 分かっているはずが、簡単に揺らぐ。まだまだ魔女として未熟なのだと実感する。

 久しぶりに人と話すとこういうことが起きるから面倒くさい。やはり引きこもってのんびり過ごしたい。


 そんな主人の気持ちを落ち着かせるつもりなのか。新しい紅茶はウバを使ったものに変えたらしい。どこまでも出来る使い魔だとその様子にも肩の力が抜ける。


「まぁ、いいや。不可解って?」

「フォーテリグ王国から短期留学生が来ています。ただ、今年度は該当国からの留学予定はなかったのですが向こうからの要望で急遽決まったことでした」


 フォーテリグ王国と聞いてすぐに頭に浮かぶのは自分と同じ魔女の子だ。さっき手紙も来ていたが、後で読もうと放り出したためまた郵便の山に埋もれている。

 変な繋がりが出てきたな、と思いながら話の続きを静かに待つ。


「彼女はちゃんとフォーテリグ王国の公式な留学生です。ですが、彼女の周りで不可解なことが起きています」

「不可解なこと?」

「彼女に懸想する学生が大変多いのです」


 なんだ懸想する学生が多いって。

 突っ込みたいところをぐっと我慢してまずは聞くことに集中する。今のところは三ヶ月かけてやってきたにしてはつまらない話だ。


「その熱量が異様なのです。彼女が雑談の中で言った母国の食べ物を商社の倅が半ば強引に流通するように家族に対し行動した例や、髪の短い女性は可愛いと一言言っただけで、女子生徒がこぞって髪を切りました」

「懸想している生徒には女の子も含まれてるの?」

「はい。性別問わず彼女に懸想してます」

「それって全員なの?」

「彼女と過ごす時間の長い級友はほぼ彼女に懸想してます。それこそ、想いが強い者は憔悴するほどに」


 へー。と、短く返事をして紅茶を口に含む。

 数人ならファンクラブのようなものだろうと追い返したが、話を聞けば毛色が違いそうだ。

 憧れから真似ることはあれど、一人の女性の言葉で行動するにしては少し過激だ。


「級友って何人くらい?」

「一クラスとしたときに約三十名ほどになります」

「そりゃ不可解と言えば不可解だ」

「何より、話を聞いても全員が彼女に対する印象が違うのです。可憐な少女という者がいれば、活発な人とも言う。見た目もどこか一致しなく……」

「その女生徒って外でも同じ?」

「外、というと?」

「学園の外でも同じようにファンが存在するのかってこと」

「学園が全寮制のため、寮も学園内と判断される場合は分かりかねます。彼女が来てからまだ生徒の帰省時期が来てないため全ては学園内のことです」

「未実証だから分からないのか」

「本来、魔女さまのお力をお借りすべきではないことは重々承知しております。ただ来週、末の弟が中学先から戻り、彼女と同じクラスのため解決に急いでおります」


 なるほどなぁと小さくベルは呟く。

 これは魔術を知らない人間から魔術が関わっていると疑われても致し方ない。そもそも今話を聞いただけでも、本当にその女生徒が存在しているのか怪しく思うレベルだ。

 集団幻影の可能性もあるし、存在するなら精神的に操作されている可能性もある。


 さらに王族が現在進行形で通っている級友にそんな存在がいるとなれば国として動くことも納得できる。

 話しを聞く限りは聞き込みなどをして頑張ったようだ。しかし、掴みどころのない回答にお手上げなのだろう。


 それに万が一本当に魔術が絡んでいる場合は国際問題では済まない。


「めんどくさいなぁ」


 心の中で呟いたはずの言葉は大きなため息とともに音になっていた。


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