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「あの質問はどういう意味だ?」
オリバがカナン・ミラーを呼びに席を立ったところでロイドが質問を投げかける。
ベルがオリバに投げかけた質問の意図が汲み取れなかった様子だ。わざわざ改めて聞くような質問でもない。それをベルが聞いたことが不思議で仕方がなかった。
「意味のない質問ではないんだろうとは思っているけど」
「もちろん。確認できて良かったよ」
「そんなに重要ということか? だってただの」
そこまでロイドが口にすると扉のノック音が聞こえる。続きの言葉を飲み込み軽く咳払いをするとベルを一瞥してから入室の許可を声かけた。
自分の興味関心を飲み込んでしっかりと応対をするロイドは本当に真面目だ。ベルはそんな様子を楽しそうに見ながら出された紅茶に手を伸ばすのだった。
「失礼いたします。こちらがカナン・ミラーでございます」
「我が国の魔女さま及び、第二王子に挨拶いたします」
オリバと共に入室してきた女性は直様二人に挨拶の礼儀を取る。ロイドが楽にするように伝えると一つに結ばれた長い髪を揺らしながら顔をあげた表情は緊張からか少し硬いようだ。
「こんにちは、カナンさん。忙しいのに時間作ってもらってごめんね?」
「とんでもございません。本日忙しいというのも、ポータルに不具合があり、緊急点検が入るそうでこの後の移動に使えないことになってバタバタしてまして」
「わーお」
心当たりしかない単語に思わず変なリアクションを返すことになる。
隣のロイドの視線が刺さっている気がしてそちらを見ることはできなかった。ベルたちが利用したことでトラブルになっていたとして、起きたことは仕方がない。
そもそもベルたちがポータルを使ったせいなのか定かではない。それに、ポータルを理避けするルールがあることを知らなかったのだから自分は悪くない。
ここでベルがまたポータルの話題に触れると話がややこしくなるのは目に見えている。何故なら悪くないと言えど元凶である自覚はあるからだ。
では、どうするのかと言えば簡単だ。
今の話は聞かなかったことにしよう。
ベルの中から今の会話を捨て去り、改めてにこやかにカナンに向き直る。
「理由はともかく忙しいことに変わりはないんだからお話し聞かせてもらうね」
「はい、よろしくお願いいたします」
「硬くならなくて大丈夫だよ。ざっくばらんに話す感じで大丈夫」
どこかまだ固い様子のカナンにベルはリラックスと笑いかける。魔女と相対してリラックスするなんてまともな大人であれば無理だろう。
そういった当たり前のことに思い至らないベルはどこかズレているとロイドは思っている。何百年と引き篭もり、外とのコミュニケーションを遮断していた結果なのかもしれないけれど。
そんなことを思われているなど知る由もないベルは早速話を聞くためにと、指を鳴らして今日までにまとめてきた資料を取り出す。
初めて魔女と対面したカナンたちは突然のことに、ポカンと口を開けている。ここ数日でロイドは何度も目にしてきたと言えど、やはり不思議な現象だ。
「え、何? あ、これ? これは当日の記録をこちらで模写した資料だよ。ちゃんと記録の確認をお願いして作ってるはずだけど」
「あっ、えぇ。おっしゃる通り先日魔女さまの使い魔であるマッシュ殿が来た際に閲覧許可を出してます」
ただ、そこではない。
ベル以外が思ったことだったが、誰も口に出すことはしなかった。
伝えてもきっとベルには伝わらないだろう。ここにいる誰よりも年下の見た目をしている少女が魔女であるということで全てが片付けられる事象だと理解しているのだ。
「ね、ちゃんと許可取ってる」
「え、えぇ。はい、そうですね」
「一応読める限りカナンさんが担当した他の案件も読んだんだけど、めちゃくちゃ細かく書いてるよね。これが普通なの?」
「普通、というと難しいのですが……報告書については詳細が分かれば細かい決まりはありません。私は詳細に書きすぎている方だとは思います。箇条書きで上手くまとめる先輩方もいますので」
オリバに何度も視線を送りながら答えるが、特に訂正が入ることもなかった。カナンの説明であっているということなのだろう。
「なるほどね。すごい性格が出そうだね」
「そうですね、少しはあると思います」
「ね、読み比べると面白そう……ちなみに今着てる服って制服?」
ニコニコと会話を繰り広げてきた中で突然服の質問を投げかける。
カナンもオリバも同じようなスーツを着ていた。男女の差はあれどここまで揃っているのなら私物という線は薄そうだ。
「はい、そうです。見習いはまた少し違うデザインになっています」
「ふーん。じゃあ、この日。ラヴィ・ティミンを担当した日も制服だったの?」
テンポよく繰り広げられていた会話が一瞬途切れるが、すぐにカナンが回答をした。
「えっと、制服でした。業務上の決まりなので」
「そっかそっか。じゃあ、ラヴィ・ティミンはどんな服装だった?」
今度こそシンっと静まり返った。
難しい質問ではないはずだ。ただ相手の服装を聞いただけ。
聞いてはいるが、実はカナンが現れる前に質問をベルはしており答えをすでに持っていた。
ロイドは何故その質問をしているのか未だ分からなかった。どうしてわざわざ服装を聞いたのか不思議に思っていた。
しかし、明らかに動揺をしているカナンを見ると服装がラヴィ・ティミンの謎を解明するものなのだと理解する。
一方のカナンはバクバクと心臓がうるさかった。
思い出せないからではない。思い出す度にラヴィ・ティミンが様々な格好をしているからだ。
白いワンピース。
黄色いシャツの洋服。
青のスーツ。
記憶の中の彼女は様々な服装でカナンに優しく笑いかけている。
彼女とは一度しか会っていない。それなのにどの服装もしっくりきてしまう。どの彼女とも会ったと自信を持って言えるくらいに記憶の彼女は何人もいるのだ。
段々とカナンの顔色が悪くなっていく。
服装について忘れたと言うこともできない。
自分が会ったラヴィ・ティミンはどれ。
彼女の様子がおかしい。
同席しているオリバも流石におかしいことに気づきベルに助けを求める視線を投げる。
ロイドからもオリバからも助けを求められるような視線が届く。二人とも今の状況が飲み込めていないため言葉を発することを躊躇っているようだ。
のんびり出された紅茶を飲んで待っていたベルだったが二人の視線とサナの顔色がだいぶ悪くなってきたことを受け潮時だろうとカップを静かに置いた。
「あなたの報告書には、制服を着ていたと書いてあるの。二人とも制服だったんだね」
制服という言葉にハッとする。
そうだ、制服だ。
学生は平日でも休日であっても制服を着てもらうことを規則としてお願いしている。ラヴィ・ティミンも例に漏れず制服だった。
学生の話を聞くことは過去にも他の留学生で経験済みだ。
それなのにどうして制服であることを思い出せなかったのか。
それこそ見たこともない私服をいくつもすぐに思い浮かべてしまったのか。
背筋がゾッとする。
得体の知れない何かが自分の記憶に住み着いているようだ。
「思い出した?」
「はい……でも」
弱々しく返事をしたカナンは泣きそうな表情で訴えた。
「でも、彼女の顔が思い出す度に変わるんです」
先程まで思い出した姿は髪の長い姿だったはずが、今は髪が短い姿で記憶のラヴィ・ティミンが微笑んでいた。




