神主見習いと少女
神主見習いという言葉は私が勝手に作りました。
この物語は全てフィクションです。
白い小袖に、浅葱色の袴を着た少年は、今日も箒を持って神地内を清掃していた。何も上を覆っていない体は冷たい風により冷やされていく。
少年はまだ中学生になったばかりであり、神主見習いをしていた。これは本人の意思ではなく、神主の一人息子と、後継ぎが自分だけであるため、強制的にやらされているのであった。
少年は正直に言って継ぎたいと言う気持ちは全く無かった。日本人や神社好きな外国人なら知らない者がいないほどの神社の神主なんて荷が重すぎるのだ。本来なら親戚に代わって欲しいものだが、父が霊感がない者にはさせられないと一蹴するのである。そして、息子には霊感があるからと神主にならせる気満々だった。
「霊感なんて馬鹿らしい」
思わず少年はため息が出る。霊感とはお話の中にあるもので、現実にあるわけないと考えているのだ。父がいう霊感は思い込みに決まっていると少年は常々思っていた。
掃除を嫌々やっていると、少年は小石に引っ掛かり派手に転んでしまった。
「いってー」
少年は大きな痛みを感じ思わず声を上げてしまう。服も派手に汚れていた。しかし、怪我はしていないないようで安心する。また、ここ最近は出張とやらで怒る父もいないため、転んだのはまだ今日で良かったと思うものの、綺麗に洗わなければならないと思うと、ため息が出るのだった。
「あはは」
何処からか笑い声が聞こえた。聞いたこともない声である。聞こえた方に向かって行くと、そこには、茶色いチェック柄のワンピースを着た少女がいた。
「すごく派手に転んだね」
少女は汚れた少年を見て再び先程と同じように笑い始めたのであった。少年はその笑いにイライラして、少女に「笑うな」と叱責してその場から離れようとした。
「待って! 私はノリコ。貴方は?」
少女は少年を急いで止め、唐突に自己紹介をし始めた。少年は面倒だなと思いながらも律儀に自己紹介をした。
「俺は尊だ。一応ここの神主見習いをしている」
「一応って……あはは」
「何が可笑しい!」
少年は真面目に自己紹介したにも関わらずまた笑われ、大変不快に思った。少女はごめんごめんと軽く謝り、言葉を続ける。
「一応ってことはやる気が無いんだなと思って。折角向いているのに勿体無いなと思ったんだ」
「勿体無い?」
少年は少女のよく分からない言葉に困惑してしまう。少女は今度こそ声を出さなかったものの、唇を少しだけ上げて笑っていた。
「無自覚なんだね」
少女はその一言を言い残して、風のように姿をあっと言う間に消したのであった。
それからというものの、少女は毎日のように少年の前に現れた。いつも少年をからかい、ちょっとしたことに笑って楽しそうにしていた。少年は馴れ馴れしいと鬱陶しく感じていたが、少女が常に絡んでくるため相手をせざる得なかった。
少女には毎回よく分からない話に付き合わされた。自分はかつて「ロクのヒメ」と呼ばれていたとか、今の服はとても軽いとか、また今は大変便利だなどなど、現代離れした話ばかりする。また、いつもいつの間にか姿を消していた。見た目は自分と同じぐらいなのに、どうしてここまで価値観が異なるのか、また少女のことをほとんど知らなかった少年には不思議で堪らなかった。
少女と会い、ちょうど1ヶ月経った日。毎日来ていた少女は姿を現さなかった。少年には何故少女が来ないのか理由は分からなかった。普段なら嫌でも勝手に現れて絡んでくるというのにと、普段とは違う出来事に少年はソワソワして落ち着かなかった。もしかしたらいつもとは違う場所にいるのかもしれないと思い、少女を探しに少年は移動し始めた。何故少女を探そうとしているのかは少年自身にも分からなかった。
いざ探そうとしても人が多く、また大変広い神社である。そのため、少年が簡単に見つけられるわけがなかった。
少年は30分ほど歩き、後ろ側の人が全くいないところまで来てしまった。これ以上探しても見つかりはしないと諦めて帰ろうとした時、少女の声が聞こえた。
「無礼者! 我が神地に勝手に入るでない」
普段は聞き慣れない言葉とドスのきいた声に驚いてしまう。しかし、何があったのか気になり声のする方を向くと、いつもとは違う姿の少女がいた。
少女は化粧をして大人びており、また重そうな十二単を着て、頭の上には輝いた平額を付けている。また、髪はただ長いと言うわけではなくて、少女の身長よりも長いストレートな黒髪と大層変わった姿をしていた。
少女の前には大きな黒いモヤみたいなものが憚っており、そのモヤに向けて怒っているように少年は感じた。少女はモヤに向かって手に持っている扇子を広げて優雅に舞う。すると少女の周りからキラキラと輝く不思議な光が出てくるのだ。その光はモヤに対して攻撃をしていく。だんだんそれは光によって弱まったのか小さくなっていった。しかし、まだ完全には消えていない。モヤが無くなる前に少女は倒れてしまったのだ。
「大丈夫か?」
少年は思わず少女に駆け寄る。少女は大変疲れているようで、とても立てる雰囲気ではなかった。
「尊、来てくれたんだ」
その声は先程とは違い、とても細々しい掠れた声だった。少女は声を振り絞って、少年に頼み事をした。
「私はここの神。この街を守るのが役目。でも、今はもう力が出ない。だから、尊にあの穢れを退治して欲しい」
少女は何処からか大麻を渡してきた。少年は父が儀式の時に穢れを払う時に使うものだと言っていたのを思い出す。
「これをどう扱えって言うんだ? 俺は使ったことないぞ」
勿論少年は父が使っているのを何回も見たことあった。しかし、少年自身が使ったことも、また持ったことすらも無かった。何もしたことがないのに押し付けないで欲しいと、少年はつい大きな声で反論してしまう。
「取り敢えず振ってくれたら良い。大事なのは払おうとする気持ち。その気持ちのもと、思いっきりそれを振ってくれたら大丈夫」
弱っている中、必死に懇願された少年は断るわけにはいかなかった。勿論不安はあるものの、このままでは本当に不味いと、よく分からないままも取り敢えずやってみようと少年は大麻を前に持つ。そして、立ち去れと念じながら思いっきり大麻を振った。すると、少しずつだが、穢れは消えてゆく。少年は消えるまで必死に念じながら大麻を振った。無我夢中だった。穢れが完全に消えた時はもう日が落ちようとしていた。
次の日。少女はいつもの場所にやって来た。今日は昨日とは違い普段の女の子が来ているような淡いブラウスとスカートだった。少女は今までのことを全て話した。
平安時代に貴族の娘として生まれた少女であったが、その時未知の病に侵され、そのまま亡くなってしまった。そのため、その病を恐れた親が少女を神として祭り上げたことがこの神社の始まりだという。
少女は、神主や巫女の力を借りながら現代まで、この街を守り続けてきた。普段は神主の儀式や巫女の舞で穢れは払うことが出来るのだが、今回は神主である少年の父が出張で1ヶ月以上留守にしていたため、少女だけでは中々穢れに気付かず、昨日のようになってしまったということだった。かなり大きな穢れであったことと、久しぶりの舞に疲れて、自力では最後まで払うことは出来なかったらしい。そのため、神主の息子である少年に残りのお祓いを頼んだというわけだった。少年の父ならあれぐらい小さくなっていれば、すぐに追い払うことは出来たらしいが、少年は未経験であったため時間がかかったらしい。
因みに普段ワンピースやスカートを着ているのは軽いのと可愛いからという理由だけで、特に意味があるわけではないとのことだった。
少年は飛んだ災難に見舞われたと思いつつも、平和を守ることが、そして少女を守ることが出来てほっとした。
「尊はお父さん以上に霊感が強いわよ。だってお父さんは私の存在は気づかなかったのに、尊は私のことをハッキリ見えるもの」
少女に突如言われた一言。それに関しては少年は大変驚いた。何故なら自分が見えるぐらいだから、父も見えているだろうと思っていたのだ。どうやら少女の存在は気づいているものの、人としては認識出来ていないらしく、これでは父親に言っても信じてもらえないし、この状況になんてこったと少年は嘆いてしまう。その様子を少女は愉快そうに笑った。
「ということで、これからは次期神主として頑張ってね」
「誰が次期神主だ。人をからかう神を守るだなんて嫌だね」
「え〜! いいじゃんか別に」
「そんな一言で済ますな。せめてからかうのやめてお願いするんだな」
「なんで神の私がお願いしなきゃいけないわけ? からかっちゃいけない理由も分からない。からかい甲斐があるのに〜」
その日から長い間、少年と少女はやるやらないの議論をずっと繰り返した。
少年と少女は将来、神と神主という主従の立場になり、また死ぬまで腐れ縁で繋がることになるとは、今の少年には予想もしないことである。
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